act.16 Akaya

『赤也か?』

「…仁王先輩?」



なんでかわかんねーけど、とりあえず目の前で千夏さんは泣いてて、電話の相手は、仁王先輩。
つまりは、今日千夏さんが学校サボった理由は、仁王先輩絡みってこと。



『赤也今どこにおる?』

「どこって、自分んちですけど。」

『なんで千夏がお前さんちにおるんじゃ。』

「なんでって、こっちが聞きたいっすよ。なんで千夏さん泣いてんすか!」



俺は先輩相手ということも忘れ、声を張り上げた。千夏さんを泣かせた原因が仁王先輩なら許さねえと思ったし。
いつの間にか仁王先輩が“千夏”って呼んでたことに、くだらねーヤキモチ妬いたから。



「赤也くん違うの!仁王くんは関係ないから!」



かばってるようにしか見えねえ。そんな嘘らしい嘘が通じるかっての。
でもこれ以上、千夏さんが泣くのは見たくねーし。何より、とっととこの電話を切りたかった。



「仁王先輩。詳しい話はまた明日しましょ。とりあえず千夏さんには俺がついてるんで。さよーなら。」



そう言って一方的に切ってやった。
礼儀とか、一応の上下関係を大事にする立海テニス部じゃありえねー態度だけどよう。
千夏さんのことじゃあ話が別。先輩だろーがなんだろーが、一歩も譲る気はねぇ。



「ごめんね、赤也くん。」

「謝んなくていいっすよ。でも、…仁王先輩となんかあったんすか?」



それが知りたい。
俺の呟いた声に、千夏さんはらしくない、すげー困った顔をした。



「…仁王くんと、何かあったわけじゃないの。あたしが…、てゆうか、昨日…今日かな、話は遡るんだけど…、」



それから俺は、千夏さんの口からぽつりぽつりと零れる話を聞いた。
昨日、というか今日になった夜中に仁王先輩が千夏さんちに来たこと、仁王先輩がフラれたこと、マジかわかんねーけどどうやらへこんでたこと。
そして、かくれんぼでのことと、今朝のこと。全部、聞いた。



「だからね、本当に仁王くんは関係なくて…、なんであたしも泣いちゃったのかわかんなくて、むしろなんで学校サボったのかもわかんなくて。」



千夏さんはもう泣いてなくて、へらへら笑ってる。
ああ、無理してんだなって、思いつつ、俺の頭の中には、二つの疑問だけが残った。

千夏さん、自分の気持ち気付いてんの?なんで自分が今朝そんなこと言ったのか、そう思ったのか。
なんでかくれんぼでのこと、大事に思ってんのか、わかってる?

じゃあ仁王先輩は?あの人のことだし、千夏さんの言動の意味なんか100%わかってんだろうけど。あの人自身は?

…どうでもよかったら歩いて家まで行かねーよな。あの人はYesかNoの人だ。Noなら端から関わらない。それが救いだと思ってたけど…、

なるほどね。一番潰さなきゃいけなかったのは、ブン太先輩じゃなかった。



「本当にごめんね。あたし先輩なのにね。仁王くんと仲悪くならないでね。」

「や、大丈夫っすよ。」



最後のやつはどうかわかんねーけど。

謝らなきゃいけないのは俺です。ごめんね、千夏さん。俺、性格悪いから。千夏さんの気持ち気付いたけど、応援してやんない。二人の後押ししてやんない。
だって俺も好きだから。譲れないから。

そんでこれから、もっとひどいことしちまう。
あんたのこと、困らせちまう。



「わっ!赤也くん!」



俺は千夏さんを抱きしめた。
昨日、こんなふうに仁王先輩にも抱かれたのかなって思うと、腕に力がこもる。ほんと、テニス部は嫌な先輩ばっかだぜ。
俺の飯分取るやつとか、テニス何回挑戦しても敵わないバケモンとか、プライベートで小言ばっかの人もいるし。恋愛分野にもいたとはな。
ま、目標があると倒しがいあるけど。つまり俺は負けねえ、負けたくねぇ。恋愛も、テニスも。いつかブッ潰してやる。

あ、大食いだけは彼に譲ります。



「千夏さん、俺、千夏さんが好きです。」



俺が言うと、千夏さんの息がたぶん、10秒以上は止まった。いや、マジで。



「………えぇ!?」

「おそっ!」



でもいいリアクション。相変わらず。
やっぱこっちは気付いてなかったか。



「うそ!?」

「嘘じゃねーし、告白してんだから嘘とか言わないでよ。」

「あ!ご、ごめん!」



えーっとって言いながら千夏さんは考えてる。てゆーか困ってる。
…答えなんか決まってるくせによ。



「別に返事はいいっす。」

「…え?」

「大体わかるし。千夏さんの気持ちが知りたいとかじゃなくて、俺の気持ちを伝えたかっただけだから。」



ごめんね、自分勝手で。俺はこーゆうやつだから。全然ガキで。たぶん恋愛に関してはあの人の足元にも及ばないんだろうが。

でもガキなりに、好きな人のほんとの笑った顔が見たいから。なにかあれば支えにもなりたいから。元気になってほしいから。そんな俺の思いをわかってほしいから。
それならいち早く気持ち伝えるのが一番だって思ったんだ。



「ありがとう。すごく、すごくすごくうれしい。」



よかった。俺の好きな笑顔だ。
俺の気持ちは伝わって、きっと喜んでくれてる。



「俺、千夏さんが、そう笑ってくれるだけでうれしい。」



そう言ってまた抱きしめた。
そしたら千夏さんも抱きしめ返してくれた。俺のほうがでかいのに、なんだか千夏さんに包み込まれてるような気がした。

ちょっと泣きそう。たやすく告白したつもりだったけど、知らないうちにすげえ緊張してたらしい。

それ察してか、千夏さんは頭を撫でてくれた。優しく、優しく。俺ガキだなー。
ごめんね、千夏さん。好きです。

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