「…仁王先輩?」
なんでかわかんねーけど、とりあえず目の前で千夏さんは泣いてて、電話の相手は、仁王先輩。
つまりは、今日千夏さんが学校サボった理由は、仁王先輩絡みってこと。
『赤也今どこにおる?』
「どこって、自分んちですけど。」
『なんで千夏がお前さんちにおるんじゃ。』
「なんでって、こっちが聞きたいっすよ。なんで千夏さん泣いてんすか!」
俺は先輩相手ということも忘れ、声を張り上げた。千夏さんを泣かせた原因が仁王先輩なら許さねえと思ったし。
いつの間にか仁王先輩が“千夏”って呼んでたことに、くだらねーヤキモチ妬いたから。
「赤也くん違うの!仁王くんは関係ないから!」
かばってるようにしか見えねえ。そんな嘘らしい嘘が通じるかっての。
でもこれ以上、千夏さんが泣くのは見たくねーし。何より、とっととこの電話を切りたかった。
「仁王先輩。詳しい話はまた明日しましょ。とりあえず千夏さんには俺がついてるんで。さよーなら。」
そう言って一方的に切ってやった。
礼儀とか、一応の上下関係を大事にする立海テニス部じゃありえねー態度だけどよう。
千夏さんのことじゃあ話が別。先輩だろーがなんだろーが、一歩も譲る気はねぇ。
「ごめんね、赤也くん。」
「謝んなくていいっすよ。でも、…仁王先輩となんかあったんすか?」
それが知りたい。
俺の呟いた声に、千夏さんはらしくない、すげー困った顔をした。
「…仁王くんと、何かあったわけじゃないの。あたしが…、てゆうか、昨日…今日かな、話は遡るんだけど…、」
それから俺は、千夏さんの口からぽつりぽつりと零れる話を聞いた。
昨日、というか今日になった夜中に仁王先輩が千夏さんちに来たこと、仁王先輩がフラれたこと、マジかわかんねーけどどうやらへこんでたこと。
そして、かくれんぼでのことと、今朝のこと。全部、聞いた。
「だからね、本当に仁王くんは関係なくて…、なんであたしも泣いちゃったのかわかんなくて、むしろなんで学校サボったのかもわかんなくて。」
千夏さんはもう泣いてなくて、へらへら笑ってる。
ああ、無理してんだなって、思いつつ、俺の頭の中には、二つの疑問だけが残った。
千夏さん、自分の気持ち気付いてんの?なんで自分が今朝そんなこと言ったのか、そう思ったのか。
なんでかくれんぼでのこと、大事に思ってんのか、わかってる?
じゃあ仁王先輩は?あの人のことだし、千夏さんの言動の意味なんか100%わかってんだろうけど。あの人自身は?
…どうでもよかったら歩いて家まで行かねーよな。あの人はYesかNoの人だ。Noなら端から関わらない。それが救いだと思ってたけど…、
なるほどね。一番潰さなきゃいけなかったのは、ブン太先輩じゃなかった。
「本当にごめんね。あたし先輩なのにね。仁王くんと仲悪くならないでね。」
「や、大丈夫っすよ。」
最後のやつはどうかわかんねーけど。
謝らなきゃいけないのは俺です。ごめんね、千夏さん。俺、性格悪いから。千夏さんの気持ち気付いたけど、応援してやんない。二人の後押ししてやんない。
だって俺も好きだから。譲れないから。
そんでこれから、もっとひどいことしちまう。
あんたのこと、困らせちまう。
「わっ!赤也くん!」
俺は千夏さんを抱きしめた。
昨日、こんなふうに仁王先輩にも抱かれたのかなって思うと、腕に力がこもる。ほんと、テニス部は嫌な先輩ばっかだぜ。
俺の飯分取るやつとか、テニス何回挑戦しても敵わないバケモンとか、プライベートで小言ばっかの人もいるし。恋愛分野にもいたとはな。
ま、目標があると倒しがいあるけど。つまり俺は負けねえ、負けたくねぇ。恋愛も、テニスも。いつかブッ潰してやる。
あ、大食いだけは彼に譲ります。
「千夏さん、俺、千夏さんが好きです。」
俺が言うと、千夏さんの息がたぶん、10秒以上は止まった。いや、マジで。
「………えぇ!?」
「おそっ!」
でもいいリアクション。相変わらず。
やっぱこっちは気付いてなかったか。
「うそ!?」
「嘘じゃねーし、告白してんだから嘘とか言わないでよ。」
「あ!ご、ごめん!」
えーっとって言いながら千夏さんは考えてる。てゆーか困ってる。
…答えなんか決まってるくせによ。
「別に返事はいいっす。」
「…え?」
「大体わかるし。千夏さんの気持ちが知りたいとかじゃなくて、俺の気持ちを伝えたかっただけだから。」
ごめんね、自分勝手で。俺はこーゆうやつだから。全然ガキで。たぶん恋愛に関してはあの人の足元にも及ばないんだろうが。
でもガキなりに、好きな人のほんとの笑った顔が見たいから。なにかあれば支えにもなりたいから。元気になってほしいから。そんな俺の思いをわかってほしいから。
それならいち早く気持ち伝えるのが一番だって思ったんだ。
「ありがとう。すごく、すごくすごくうれしい。」
よかった。俺の好きな笑顔だ。
俺の気持ちは伝わって、きっと喜んでくれてる。
「俺、千夏さんが、そう笑ってくれるだけでうれしい。」
そう言ってまた抱きしめた。
そしたら千夏さんも抱きしめ返してくれた。俺のほうがでかいのに、なんだか千夏さんに包み込まれてるような気がした。
ちょっと泣きそう。たやすく告白したつもりだったけど、知らないうちにすげえ緊張してたらしい。
それ察してか、千夏さんは頭を撫でてくれた。優しく、優しく。俺ガキだなー。
ごめんね、千夏さん。好きです。
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