玄関のドアを開け、満面の笑顔で俺にプリンとコーラを突き出す千夏さんを見て、思わず。
いや、見舞いの品ぐらい袋に入れてくんない?って冷静に思ったりもして。
「マジだよ。」
「…学校は?」
「休んだ。」
「いーんすか?」
「いーの。ほらほら、病人は寝てなさい。」
まだ不思議な顔をしたままな俺をぐいぐい押し込む。
「本気にするとは思わなかったんすけど。」
「え!?冗談だったの!?」
それは一時間ほど前。
熱でぐったりしてた俺に千夏さんからメールが届いたんだ。
『赤也くん風邪大丈夫!?』
風邪のときって、心身ともに弱るっつーか、なんかそんなメールがきただけで正直うるっとした。
相手が千夏さんだからかもしれないけど。
『大丈夫!!すぐ治りますよ〜』
『ほんとに?私のせいだよね〜なんかお詫びの品とかほしいものない?』
全然千夏さんのせいとか思ってなかったし、むしろ昨日は千夏さんちに行けてラッキーだった。
でも冗談半分、期待も込めて、こんなメールを送った。
『プリン!できれば千夏さんの見舞い付き!』
本気にするとは思わなかったなんてさっきは言ったけど、軽く部屋掃除しといたのは内緒。
とりあえず部屋に通した。
「熱はどう?」
「大丈夫っすよ。今そんなねーし。」
「ほんとに?どれ…、」
そう言って千夏さんは俺のおでこに手を当ててきた。
ひんやりして、気持ちいい。
「んー、まぁ今は落ち着いてるかもしれないけど、油断しちゃだめだからね。」
「へーい。」
千夏さんがくれたプリンを食べつつ、世間話をした。
テニスのこと、学校のこと、今やってるドラマのこと。
まだ体はちょっと怠くて、でも千夏さんの笑顔を見てると元気が出てくる。
俺はもう自分の気持ちには気付いてて。千夏さんが好き。はっきりそう言える。千夏さんのうれしそうな顔、おもしろがってる顔、膨れつつも軽く笑ってる顔、全部笑顔だけど、その違いがはっきりわかる。
好きだから、恋してるから、いつも見てるから。
だからだろーな、今の千夏さんの笑顔、ちょっと曇ってるって。すぐわかっちまったんだ。
気になることは聞く。じゃねーと気持ち悪い。
何となくだけど、今ここにいることは、単に俺の心配をしただけじゃないんだろうって、予想ついたから。
「千夏さん、学校でなんかあったんすか?」
「な、なにも…、」
「なくないですよね。」
わかんだよ、千夏さんのことは。っていうより、好きだから、わかりたい。
千夏さんはちょっと考えて、言おうか言わないか迷ってた。俺はその間静かに待ったんだ。この俺がね。恋って恐ろしいもんだと思った。
暫くして、千夏さんは口を開いた。
「うん…、あのね……、」
―♪〜♪♪〜
タイミング悪く千夏さんの携帯が鳴った。
その音に千夏さんは機敏に反応して(いつもとろいのに)、携帯の画面を見て固まってる。ずっと鳴ってるから電話だろーに、でない。
「でないんすか?」
「えー…、うーん…、」
「俺ならいいっすよ。」
「う、うん、じゃあ…、」
申し訳なさそうに、それ以上に戸惑いながら、千夏さんは電話に出た。
「はい。…え?あ、あはは、ごめんごめん。」
聞いちゃ悪いんだけど、気になっちまって。
俺は千夏さんの声に耳を澄ませた。
「え!?なんで知ってん……違うよ、あたしが勝手に言っただけで…、謝らないでよ。」
気まずそうに話してて、たぶん相手は、今日千夏さんから笑顔を奪ったやつ、またはそれに関係するやつってわかった。
無条件に怒りが込み上げた。赤目にならねーことを祈る。
「今?今は…、ひ、秘密!女の子にそんなこと聞くもんじゃないよっ。」
ついでにその台詞で、相手が男だということがわかった。
まさか、ブン太先輩……?
怒りとか、まだよくわかんねー状況は置いといて。俺の心臓は次第に速くなっていった。
「だ、大丈夫!あたしは大丈夫…大丈夫だからさ…、」
いきなり声が小さくなった千夏さん。その顔を見てぎょっとした。泣いてんじゃねーか。
「千夏さん…!」
堪らず俺は、千夏さんの肩を掴んだ。でっかい目から、ぽろぽろ涙を零してる。
「大丈夫!ほんとなんでもないから!」
「大丈夫じゃねーじゃん!ちょっと貸して。」
絶対大丈夫なんかじゃない。そう思って千夏さんから携帯を奪った。
誰か知らねーけど、千夏さんを泣かすやつがいたら俺が許さねえ。それが例えブン太先輩でも…。
怒鳴りつける覚悟で大きく息を吸ったその直後、俺は固まって動けなくなった。
『赤也か?』
予想もつかなかった人物の声が耳に届いた。
「…仁王先輩?」
“仁王先輩には惚れないでほしい”
ふざけんじゃねーよ、神様よう。
なんで千夏さんが泣いてんのか、仁王先輩と何があったのか、
…わかんねーけど。
要は、事態は最悪で。最後に、俺の思い通りじゃねーこともわかった。
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