act.15 Akaya

「…マジ?」



玄関のドアを開け、満面の笑顔で俺にプリンとコーラを突き出す千夏さんを見て、思わず。
いや、見舞いの品ぐらい袋に入れてくんない?って冷静に思ったりもして。



「マジだよ。」

「…学校は?」

「休んだ。」

「いーんすか?」

「いーの。ほらほら、病人は寝てなさい。」



まだ不思議な顔をしたままな俺をぐいぐい押し込む。



「本気にするとは思わなかったんすけど。」

「え!?冗談だったの!?」



それは一時間ほど前。
熱でぐったりしてた俺に千夏さんからメールが届いたんだ。



『赤也くん風邪大丈夫!?』



風邪のときって、心身ともに弱るっつーか、なんかそんなメールがきただけで正直うるっとした。
相手が千夏さんだからかもしれないけど。



『大丈夫!!すぐ治りますよ〜』

『ほんとに?私のせいだよね〜なんかお詫びの品とかほしいものない?』




全然千夏さんのせいとか思ってなかったし、むしろ昨日は千夏さんちに行けてラッキーだった。
でも冗談半分、期待も込めて、こんなメールを送った。



『プリン!できれば千夏さんの見舞い付き!』



本気にするとは思わなかったなんてさっきは言ったけど、軽く部屋掃除しといたのは内緒。
とりあえず部屋に通した。



「熱はどう?」

「大丈夫っすよ。今そんなねーし。」

「ほんとに?どれ…、」



そう言って千夏さんは俺のおでこに手を当ててきた。
ひんやりして、気持ちいい。



「んー、まぁ今は落ち着いてるかもしれないけど、油断しちゃだめだからね。」

「へーい。」



千夏さんがくれたプリンを食べつつ、世間話をした。
テニスのこと、学校のこと、今やってるドラマのこと。
まだ体はちょっと怠くて、でも千夏さんの笑顔を見てると元気が出てくる。

俺はもう自分の気持ちには気付いてて。千夏さんが好き。はっきりそう言える。千夏さんのうれしそうな顔、おもしろがってる顔、膨れつつも軽く笑ってる顔、全部笑顔だけど、その違いがはっきりわかる。

好きだから、恋してるから、いつも見てるから。
だからだろーな、今の千夏さんの笑顔、ちょっと曇ってるって。すぐわかっちまったんだ。

気になることは聞く。じゃねーと気持ち悪い。
何となくだけど、今ここにいることは、単に俺の心配をしただけじゃないんだろうって、予想ついたから。



「千夏さん、学校でなんかあったんすか?」

「な、なにも…、」

「なくないですよね。」



わかんだよ、千夏さんのことは。っていうより、好きだから、わかりたい。
千夏さんはちょっと考えて、言おうか言わないか迷ってた。俺はその間静かに待ったんだ。この俺がね。恋って恐ろしいもんだと思った。

暫くして、千夏さんは口を開いた。



「うん…、あのね……、」



―♪〜♪♪〜



タイミング悪く千夏さんの携帯が鳴った。
その音に千夏さんは機敏に反応して(いつもとろいのに)、携帯の画面を見て固まってる。ずっと鳴ってるから電話だろーに、でない。



「でないんすか?」

「えー…、うーん…、」

「俺ならいいっすよ。」

「う、うん、じゃあ…、」



申し訳なさそうに、それ以上に戸惑いながら、千夏さんは電話に出た。



「はい。…え?あ、あはは、ごめんごめん。」



聞いちゃ悪いんだけど、気になっちまって。
俺は千夏さんの声に耳を澄ませた。



「え!?なんで知ってん……違うよ、あたしが勝手に言っただけで…、謝らないでよ。」



気まずそうに話してて、たぶん相手は、今日千夏さんから笑顔を奪ったやつ、またはそれに関係するやつってわかった。
無条件に怒りが込み上げた。赤目にならねーことを祈る。



「今?今は…、ひ、秘密!女の子にそんなこと聞くもんじゃないよっ。」



ついでにその台詞で、相手が男だということがわかった。
まさか、ブン太先輩……?
怒りとか、まだよくわかんねー状況は置いといて。俺の心臓は次第に速くなっていった。



「だ、大丈夫!あたしは大丈夫…大丈夫だからさ…、」



いきなり声が小さくなった千夏さん。その顔を見てぎょっとした。泣いてんじゃねーか。



「千夏さん…!」



堪らず俺は、千夏さんの肩を掴んだ。でっかい目から、ぽろぽろ涙を零してる。



「大丈夫!ほんとなんでもないから!」

「大丈夫じゃねーじゃん!ちょっと貸して。」



絶対大丈夫なんかじゃない。そう思って千夏さんから携帯を奪った。
誰か知らねーけど、千夏さんを泣かすやつがいたら俺が許さねえ。それが例えブン太先輩でも…。

怒鳴りつける覚悟で大きく息を吸ったその直後、俺は固まって動けなくなった。



『赤也か?』



予想もつかなかった人物の声が耳に届いた。



「…仁王先輩?」



“仁王先輩には惚れないでほしい”
ふざけんじゃねーよ、神様よう。

なんで千夏さんが泣いてんのか、仁王先輩と何があったのか、
…わかんねーけど。
要は、事態は最悪で。最後に、俺の思い通りじゃねーこともわかった。

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