act.11 Heroine

―♪〜♪♪〜…



「…んー…、」



携帯の音…?電話?
あたしは寝ぼけながら部屋の時計を見る。
午前2時。丑三つ時。
こんな時間に誰だよ、当然軽くキレながら。いつもしまっている鞄のポケットから、携帯を手に取った。

画面に表示されたその名前を見て、
半開きだった目がおかげでバッチリ開いた。

慌てて通話ボタンを押すけど。急いでるつもりが、スローモーションのようで、
切れないで!
そう心で叫びながら、一つ咳払いをして携帯を耳にあてた。



「も…、もしもし?」

『あ、寝とった?』



電話越しの声は初めてだった。前に番号交換するだけして、そのあとは電話だってメールだって何も、なんの音沙汰もなかったから。
耳元で囁かれてるみたいで、ちょっとドキッとする。



「ぜ、全然…、」

『寝てたわけじゃな。』



バレバレですか。
さすが詐欺師!あんま関係ないか。



『まぁ、普通は寝とるか。こんな時間にごめんな。』

「う、ううん、全然大丈夫!」



なんでだろう。電話だから?夜だから?いつもより大人しい自分がいる。

一緒にいるわけじゃないのに、電波が繋がってるだけのことなのに、二人だけの空間にいるみたいだ。ドキドキする。



「えっと、どうかした?」



こんな時間にっていうのはもちろん、
ちょっと仁王くんの声も大人しい気がして。



『うん。なんか、千夏ちゃんに電話したくなったんじゃ。』



千夏ちゃん!?
おかしい!今日の仁王くんはおかしい!



「そ、そっか!電話してくれてありがと!」



間違いなく本心だった。
電話がきて、すごくうれしい。そのうれしさと、変なドキドキと、夜なだけに舞い上がる気分があって。

耳に響く少しの雑音に気づくのが遅れた。



「…あれ、仁王くん、もしかして外?」

『ああ。今日は遅くなってのう。』



遅くなってって、部活じゃないし。どこかで遊んでたのかな。でも外じゃないだろうし。誰かの家か……、

…誰んちだろ。ブン太?赤也くん?
違うよね。きっと…、



「…か、彼女んちでも行ってたの?」

『そう。でも今帰っとる。』



即答。いや、わかってたけどね。わかってたよ。でもそれに対してなぜか言葉が浮かばず、暫く沈黙が流れた。

その沈黙のおかげであたしはあることに気付いた。



「帰っとるって、どうやって?」



あたしの記憶が間違いじゃなければ、仁王くんの彼女んちから仁王くんちは、電車じゃないと帰れない。
でも今、こんな時間に電車はないよね?



『タケコプターじゃ。』

「バカにしてんの?」



クッて、電話の向こうで笑うのがわかった。

よかった、いつもの仁王くんだ。
つられてあたしもようやく笑えた。



『歩いとるよ。』

「はぁ!?」

『駅でいうなら千夏んちの最寄り駅まで歩いてきた。』

「…どこまでほんと?」

『全部ほんと。というか、今千夏んちの前。』

「それは嘘でしょ!」

『嘘かどうかは見ればわかるナリ。』



バカバカしいけど!あたしは一応、一応ね?ぐしゃぐしゃだった髪を整え、こっそり自分の部屋の窓を開けた。
あたしの部屋は二階。下を見たら…、



誰もいませんでした。



『やーい、ひっかかった。』

「…ヤロォ!」



そーゆう人だとは思ってたけどさぁ!
あたしはため息をつきながら窓を閉めた。



「もうっ!からかわないでよ!……あれ?」



また、あることに気付いた。
なんであたしが下を確かめたことわかったの?
あたしは慌てて再び、窓を開けた。



「ちゃんと確かめんしゃい。」



制服に、ラケバのままの仁王くんがそこにいた。
ブン太たちの言う、気障な微笑みの。



「にっ…!」



夜中の2時。丑三つ時。
どうにか叫びは止まり、下にいる仁王くんに向かって今度は小声で叫んだ。



「どーしたのよっ。」

「いっぱい歩いて足がもうパンパンじゃ。」



どんだけ歩いたんだか。
…あたしに、会うため?まさか。でも。
電話がきて、実際に会えて。
込み上がるこの感じはなんだろう。

抜き足差し足忍び足、プラス駆け足で、あたしは玄関に舞い降りた。
ふと、一階のリビングから、ケーキの匂いがした。同時にブン太と赤也くんのことを思い出した。

あたし並に子供な二人。
扉の向こうの仁王くんが、少し遠くに感じた。

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