「…んー…、」
携帯の音…?電話?
あたしは寝ぼけながら部屋の時計を見る。
午前2時。丑三つ時。
こんな時間に誰だよ、当然軽くキレながら。いつもしまっている鞄のポケットから、携帯を手に取った。
画面に表示されたその名前を見て、
半開きだった目がおかげでバッチリ開いた。
慌てて通話ボタンを押すけど。急いでるつもりが、スローモーションのようで、
切れないで!
そう心で叫びながら、一つ咳払いをして携帯を耳にあてた。
「も…、もしもし?」
『あ、寝とった?』
電話越しの声は初めてだった。前に番号交換するだけして、そのあとは電話だってメールだって何も、なんの音沙汰もなかったから。
耳元で囁かれてるみたいで、ちょっとドキッとする。
「ぜ、全然…、」
『寝てたわけじゃな。』
バレバレですか。
さすが詐欺師!あんま関係ないか。
『まぁ、普通は寝とるか。こんな時間にごめんな。』
「う、ううん、全然大丈夫!」
なんでだろう。電話だから?夜だから?いつもより大人しい自分がいる。
一緒にいるわけじゃないのに、電波が繋がってるだけのことなのに、二人だけの空間にいるみたいだ。ドキドキする。
「えっと、どうかした?」
こんな時間にっていうのはもちろん、
ちょっと仁王くんの声も大人しい気がして。
『うん。なんか、千夏ちゃんに電話したくなったんじゃ。』
千夏ちゃん!?
おかしい!今日の仁王くんはおかしい!
「そ、そっか!電話してくれてありがと!」
間違いなく本心だった。
電話がきて、すごくうれしい。そのうれしさと、変なドキドキと、夜なだけに舞い上がる気分があって。
耳に響く少しの雑音に気づくのが遅れた。
「…あれ、仁王くん、もしかして外?」
『ああ。今日は遅くなってのう。』
遅くなってって、部活じゃないし。どこかで遊んでたのかな。でも外じゃないだろうし。誰かの家か……、
…誰んちだろ。ブン太?赤也くん?
違うよね。きっと…、
「…か、彼女んちでも行ってたの?」
『そう。でも今帰っとる。』
即答。いや、わかってたけどね。わかってたよ。でもそれに対してなぜか言葉が浮かばず、暫く沈黙が流れた。
その沈黙のおかげであたしはあることに気付いた。
「帰っとるって、どうやって?」
あたしの記憶が間違いじゃなければ、仁王くんの彼女んちから仁王くんちは、電車じゃないと帰れない。
でも今、こんな時間に電車はないよね?
『タケコプターじゃ。』
「バカにしてんの?」
クッて、電話の向こうで笑うのがわかった。
よかった、いつもの仁王くんだ。
つられてあたしもようやく笑えた。
『歩いとるよ。』
「はぁ!?」
『駅でいうなら千夏んちの最寄り駅まで歩いてきた。』
「…どこまでほんと?」
『全部ほんと。というか、今千夏んちの前。』
「それは嘘でしょ!」
『嘘かどうかは見ればわかるナリ。』
バカバカしいけど!あたしは一応、一応ね?ぐしゃぐしゃだった髪を整え、こっそり自分の部屋の窓を開けた。
あたしの部屋は二階。下を見たら…、
誰もいませんでした。
『やーい、ひっかかった。』
「…ヤロォ!」
そーゆう人だとは思ってたけどさぁ!
あたしはため息をつきながら窓を閉めた。
「もうっ!からかわないでよ!……あれ?」
また、あることに気付いた。
なんであたしが下を確かめたことわかったの?
あたしは慌てて再び、窓を開けた。
「ちゃんと確かめんしゃい。」
制服に、ラケバのままの仁王くんがそこにいた。
ブン太たちの言う、気障な微笑みの。
「にっ…!」
夜中の2時。丑三つ時。
どうにか叫びは止まり、下にいる仁王くんに向かって今度は小声で叫んだ。
「どーしたのよっ。」
「いっぱい歩いて足がもうパンパンじゃ。」
どんだけ歩いたんだか。
…あたしに、会うため?まさか。でも。
電話がきて、実際に会えて。
込み上がるこの感じはなんだろう。
抜き足差し足忍び足、プラス駆け足で、あたしは玄関に舞い降りた。
ふと、一階のリビングから、ケーキの匂いがした。同時にブン太と赤也くんのことを思い出した。
あたし並に子供な二人。
扉の向こうの仁王くんが、少し遠くに感じた。
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