俺はゲームの画面をバシンと叩いた。
負けた。コンピューターごときに。
“CONTINUE?”の画面を前に、百円玉を握りしめるけど。…今月は金使いすぎたしなー。どーすっか…、
何時かと思って携帯を開くと、新着メールあり。
さて、誰からなのか、ちょっとワクワクしながらメールを開いて見たら、
「…チッ。」
思わず舌打ち。や、別に嫌な相手じゃねーけど。
仁王先輩からだった。仁王先輩からのメールは、今までの経験からだとあんまり得することはない。
その予測通り本文を見て、俺は顔をしかめた。
“今日、赤也んちに泊まることにしてほしいぜよ”
とりあえず逆らっちゃ怖いから、
“了解です”の一文だけ送っといた。
同じようなメール、前にもきたことある。そのときは確か、高山サンとの別れ間際かなんかで。
あの人はけっこう気楽にくっついたり別れたりすんだけど。高山サンがあまりに憔悴して、一晩ついてたって聞いた。ほんとか嘘か知らねーけど。
…今回もそうなのかねぇ。そしたらあの人はまた誰かと付き合うんだろうな。
一応、立海テニス部レギュラーってだけで、学校内外問わずモテるんだけど。プラス、やっぱ仁王先輩は女惹きつける何かを持ってんだよな。
詐欺師なだけに。
千夏さんの顔が頭を過ぎった。
あの人は、詐欺にかからないでほしい。
そんなこと言うとマジで仁王先輩が犯罪者みたいだけど。普通に、仁王先輩に惚れないでほしい。
なんでかわかんないけど、そんとき俺は、“他の男に惚れないでほしい”とは思わなかった。
もちろん、他の誰でもなく、俺に……ってゆーのはあるっちゃあるけど。でもなぜか冷静に、“仁王先輩はやめとけ”って、思った。
全然俺にはいい人だし(怖いけど)、
彼女にも優しくするんだろうけど、
何が本気か掴めない。詐欺師なだけに。それが理由かな。
あれこれ考え込んでると、いつの間にか“CONTINUE?”は消えててゲームは終わってた。
おかげですぐ帰る気になった。ちょっと、仁王先輩に感謝した。
俺はチャリを必死でこいで家へ向かった。途中、雨が降ってきたから。
制服ビショビショにしたら、母ちゃんに怒られちまう。
前だけに集中しながらこいでた、
つもりだったけど、右隅の視界に見覚えのある姿が飛び込んできた。
俺はすぐにブレーキを握る。
「千夏さん!」
「あ、赤也くん!びっくりしたぁ!」
俺の顔を見るなりへらっと笑った千夏さんは、走っていた足を止めた。
見たら、上から下までビショビショだった。いつもの制服に、ラケバに、手には白いビニール袋。形的にケーキっぽい。
こんな休みの日に会えるなんてラッキー…、って、んなこと考えてる場合じゃねぇ。
「千夏さん、後ろ乗って!」
「え?え?」
「早く!」
俺の言葉に千夏さんは慌てて乗り込む。
「家どっち?」
「えっと、えっと…、み、右のほう!」
「しっかり捕まって!雨当たると痛いから、俺の後ろに隠れてて!」
「は、はい!」
俺はさっき以上に必死でチャリをこいだ。
最初は控えめに腰んとこを掴むだけだった千夏さんも、次第に、握る力が入ってって。
たぶん、今はおでこを、俺の背中にくっつけてる。
すげーこのオイシイ状況を噛み締めながら、俺は千夏さんの指示する方向へとチャリを急いだ。
「あ、ここここ!」
しばらくして、千夏さんは俺の背中をバシバシ叩いた。…痛いから。
チャリを止めると豪快に水しぶきが飛んだ。千夏さんは急いでチャリを下りた。
「じゃ、お疲れっす!風邪ひかないでくださいよ!」
短くそれだけを言って、俺が再びチャリを発進させようとすると…、
「あ、待って赤也くん!」
「?」
「雨止むまでうち上がってなよ!」
俺も中二とはいえ、男っすよ。なんて。出来すぎたドラマみたいな展開に、内心喜んだ。でもほんのちょっと、戸惑いながら。
素直に、千夏さんちに上がった。
ちょうど仁王先輩から、さっきのメールの返事がきたとこだった。
“俺、男として終わっとる?”
らしくねー言葉に、笑っちまった。そうっすねって、返したいのは山々だったけど。
“男は攻めるのが一番だとおもいます。誰かさんの、侵略すること火のごとくってね”
そう返信したのは、千夏さんちからの帰り道。
「ちょっと待っててね。」
千夏さんにそう言われ、俺は玄関で突っ立って待ってる。
そういやちょっと前に引っ越してきたんだっけ。新築の家の匂いがする。玄関もここから見える廊下や階段も、全部きれい。
「どうぞ。」
千夏さんはすでに部屋着に着替えてた。髪だけ濡れてて、なんかエロかった。
タオルを渡され、頭をまずはわしゃわしゃと拭いてから、靴と靴下も脱いで上がらせてもらった。
「お風呂入る?」
「や、いっす。なんかジャージとか貸してもらえれば。」
風呂なんか入ったらやべーだろ。中二とはいえ、俺も健全な男ですから。
「じゃあこれとこれ。誰もいないからここで着替えちゃっていいよ!あたしお茶用意するから!」
「へーい。」
…誰もいねーのかよ。
千夏さんを独り占めできる純粋なうれしさと。心の底に渦巻く、汚い欲が込み上げる。まさに下心。
着替え終わった俺は、千夏さんの向かった部屋に行った。リビングだ。入った瞬間甘い、いい匂いがして、俺の腹が軽く鳴った。
「ケーキじゃん。いいんすか?」
「どうぞどうぞ!」
「やった!」
ちょっとブン太先輩みたいな喜び方だった。
普段、ブン太先輩とは喧嘩もよくするし、お互いバカにしてばっかだけど。一緒にいると楽しい、好きな先輩の一人。
ケーキ=ブン太先輩。
そんな感じでいつも思い出す。
「今日ね、ケーキバイキング行ってきたんだ。」
「へぇ。だからこんなにあんだ。」
マジブン太先輩と似てんだな。
あの人も休みになりゃーケーキ食いに行ってるし…、
「でも今日はびっくりしたな!ほんとにいっぱい食べるんだもん!」
…何が?誰が?
「ドーナツはあたしのが食べれるけど、ケーキは負けたわぁ!あれかな、男の子って、油っこいのがダメなのかな?」
俺の心拍数が上がった。まさか、もしかして、が頭を連呼。同時に湧いてきた、違うよなって期待は平然と消えてく。
「…ブン太先輩も一緒だったんすか?」
思ったことすぐ言っちまうのは、
俺もブン太先輩も似てる。
だからよく喧嘩もするし、仲もいい。
仲良しなんだ。俺らは。
「そうだよ!聞いてなかった?あたしが誘ったんだけどね。」
ブン太先輩に出会って一年ちょい。
今、初めて。潰してぇと思った。
そんくらい今までは仲良かったんです。仲良くしてもらってたんです。
あぁそうか、これが所謂、嫉妬ってやつ。
大好きが大嫌いに変わっちまうんだ。
思ってた以上に、俺、千夏さんのこと、好きになってた。
「付き合ってんすか?二人。」
ここはやっぱはっきりさせときたい。
真顔の俺の質問に、千夏さんはあははと笑った。
「違う違う!ケーキ食べに行っただけ!」
思わずにやけちまったのは、安心感からか、
千夏さんの笑顔を見たからか。
「千夏さん彼氏は?いんの?」
何となく答えはわかってるものの、
恋愛関係にもってくには、まずはお互いの恋愛話ができるようにならねーと。
「えー!いないよ!まだまだそんな!」
「でも欲しいでしょ?彼氏。」
「うーん、まぁいたらすごい楽しいんだろうけど…、できる予定ないし!できそうもないでしょ!」
この人、モテてる自覚ないんだな。
俺の予想、テニス部レギュラーだけで確実に二人、あともう一人ももしかして、だぜ。
「さぁ、もうこんな話やめよう!虚しくなってきた!あははっ」
こりゃー思った以上に手強いな。
どーします?先輩たち。
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