act.10 Akaya

「くっそ!」



俺はゲームの画面をバシンと叩いた。
負けた。コンピューターごときに。
“CONTINUE?”の画面を前に、百円玉を握りしめるけど。…今月は金使いすぎたしなー。どーすっか…、

何時かと思って携帯を開くと、新着メールあり。
さて、誰からなのか、ちょっとワクワクしながらメールを開いて見たら、



「…チッ。」



思わず舌打ち。や、別に嫌な相手じゃねーけど。
仁王先輩からだった。仁王先輩からのメールは、今までの経験からだとあんまり得することはない。
その予測通り本文を見て、俺は顔をしかめた。



“今日、赤也んちに泊まることにしてほしいぜよ”



とりあえず逆らっちゃ怖いから、
“了解です”の一文だけ送っといた。

同じようなメール、前にもきたことある。そのときは確か、高山サンとの別れ間際かなんかで。
あの人はけっこう気楽にくっついたり別れたりすんだけど。高山サンがあまりに憔悴して、一晩ついてたって聞いた。ほんとか嘘か知らねーけど。
…今回もそうなのかねぇ。そしたらあの人はまた誰かと付き合うんだろうな。

一応、立海テニス部レギュラーってだけで、学校内外問わずモテるんだけど。プラス、やっぱ仁王先輩は女惹きつける何かを持ってんだよな。
詐欺師なだけに。



千夏さんの顔が頭を過ぎった。
あの人は、詐欺にかからないでほしい。
そんなこと言うとマジで仁王先輩が犯罪者みたいだけど。普通に、仁王先輩に惚れないでほしい。

なんでかわかんないけど、そんとき俺は、“他の男に惚れないでほしい”とは思わなかった。
もちろん、他の誰でもなく、俺に……ってゆーのはあるっちゃあるけど。でもなぜか冷静に、“仁王先輩はやめとけ”って、思った。

全然俺にはいい人だし(怖いけど)、
彼女にも優しくするんだろうけど、
何が本気か掴めない。詐欺師なだけに。それが理由かな。



あれこれ考え込んでると、いつの間にか“CONTINUE?”は消えててゲームは終わってた。
おかげですぐ帰る気になった。ちょっと、仁王先輩に感謝した。



俺はチャリを必死でこいで家へ向かった。途中、雨が降ってきたから。
制服ビショビショにしたら、母ちゃんに怒られちまう。

前だけに集中しながらこいでた、
つもりだったけど、右隅の視界に見覚えのある姿が飛び込んできた。
俺はすぐにブレーキを握る。



「千夏さん!」

「あ、赤也くん!びっくりしたぁ!」



俺の顔を見るなりへらっと笑った千夏さんは、走っていた足を止めた。
見たら、上から下までビショビショだった。いつもの制服に、ラケバに、手には白いビニール袋。形的にケーキっぽい。

こんな休みの日に会えるなんてラッキー…、って、んなこと考えてる場合じゃねぇ。



「千夏さん、後ろ乗って!」

「え?え?」

「早く!」



俺の言葉に千夏さんは慌てて乗り込む。



「家どっち?」

「えっと、えっと…、み、右のほう!」

「しっかり捕まって!雨当たると痛いから、俺の後ろに隠れてて!」

「は、はい!」



俺はさっき以上に必死でチャリをこいだ。
最初は控えめに腰んとこを掴むだけだった千夏さんも、次第に、握る力が入ってって。
たぶん、今はおでこを、俺の背中にくっつけてる。

すげーこのオイシイ状況を噛み締めながら、俺は千夏さんの指示する方向へとチャリを急いだ。



「あ、ここここ!」



しばらくして、千夏さんは俺の背中をバシバシ叩いた。…痛いから。
チャリを止めると豪快に水しぶきが飛んだ。千夏さんは急いでチャリを下りた。



「じゃ、お疲れっす!風邪ひかないでくださいよ!」



短くそれだけを言って、俺が再びチャリを発進させようとすると…、



「あ、待って赤也くん!」

「?」

「雨止むまでうち上がってなよ!」



俺も中二とはいえ、男っすよ。なんて。出来すぎたドラマみたいな展開に、内心喜んだ。でもほんのちょっと、戸惑いながら。
素直に、千夏さんちに上がった。

ちょうど仁王先輩から、さっきのメールの返事がきたとこだった。

“俺、男として終わっとる?”
らしくねー言葉に、笑っちまった。そうっすねって、返したいのは山々だったけど。

“男は攻めるのが一番だとおもいます。誰かさんの、侵略すること火のごとくってね”
そう返信したのは、千夏さんちからの帰り道。



「ちょっと待っててね。」



千夏さんにそう言われ、俺は玄関で突っ立って待ってる。
そういやちょっと前に引っ越してきたんだっけ。新築の家の匂いがする。玄関もここから見える廊下や階段も、全部きれい。



「どうぞ。」



千夏さんはすでに部屋着に着替えてた。髪だけ濡れてて、なんかエロかった。
タオルを渡され、頭をまずはわしゃわしゃと拭いてから、靴と靴下も脱いで上がらせてもらった。



「お風呂入る?」

「や、いっす。なんかジャージとか貸してもらえれば。」



風呂なんか入ったらやべーだろ。中二とはいえ、俺も健全な男ですから。



「じゃあこれとこれ。誰もいないからここで着替えちゃっていいよ!あたしお茶用意するから!」

「へーい。」



…誰もいねーのかよ。
千夏さんを独り占めできる純粋なうれしさと。心の底に渦巻く、汚い欲が込み上げる。まさに下心。



着替え終わった俺は、千夏さんの向かった部屋に行った。リビングだ。入った瞬間甘い、いい匂いがして、俺の腹が軽く鳴った。



「ケーキじゃん。いいんすか?」

「どうぞどうぞ!」

「やった!」



ちょっとブン太先輩みたいな喜び方だった。
普段、ブン太先輩とは喧嘩もよくするし、お互いバカにしてばっかだけど。一緒にいると楽しい、好きな先輩の一人。
ケーキ=ブン太先輩。
そんな感じでいつも思い出す。



「今日ね、ケーキバイキング行ってきたんだ。」

「へぇ。だからこんなにあんだ。」



マジブン太先輩と似てんだな。
あの人も休みになりゃーケーキ食いに行ってるし…、



「でも今日はびっくりしたな!ほんとにいっぱい食べるんだもん!」



…何が?誰が?



「ドーナツはあたしのが食べれるけど、ケーキは負けたわぁ!あれかな、男の子って、油っこいのがダメなのかな?」



俺の心拍数が上がった。まさか、もしかして、が頭を連呼。同時に湧いてきた、違うよなって期待は平然と消えてく。



「…ブン太先輩も一緒だったんすか?」



思ったことすぐ言っちまうのは、
俺もブン太先輩も似てる。
だからよく喧嘩もするし、仲もいい。
仲良しなんだ。俺らは。



「そうだよ!聞いてなかった?あたしが誘ったんだけどね。」



ブン太先輩に出会って一年ちょい。
今、初めて。潰してぇと思った。
そんくらい今までは仲良かったんです。仲良くしてもらってたんです。

あぁそうか、これが所謂、嫉妬ってやつ。
大好きが大嫌いに変わっちまうんだ。
思ってた以上に、俺、千夏さんのこと、好きになってた。



「付き合ってんすか?二人。」



ここはやっぱはっきりさせときたい。
真顔の俺の質問に、千夏さんはあははと笑った。



「違う違う!ケーキ食べに行っただけ!」



思わずにやけちまったのは、安心感からか、
千夏さんの笑顔を見たからか。



「千夏さん彼氏は?いんの?」



何となく答えはわかってるものの、
恋愛関係にもってくには、まずはお互いの恋愛話ができるようにならねーと。



「えー!いないよ!まだまだそんな!」

「でも欲しいでしょ?彼氏。」

「うーん、まぁいたらすごい楽しいんだろうけど…、できる予定ないし!できそうもないでしょ!」



この人、モテてる自覚ないんだな。
俺の予想、テニス部レギュラーだけで確実に二人、あともう一人ももしかして、だぜ。



「さぁ、もうこんな話やめよう!虚しくなってきた!あははっ」



こりゃー思った以上に手強いな。
どーします?先輩たち。

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