act.8 Nioh

「暇じゃ。」



かれこれ一時間。赤也のやつ、探す気あるのか。俺がこのまま隠れきったら罰ゲームだというのに。
俺が、カワイソウだからと反故にするわけがないのは赤也もわかっとるじゃろうが、本当にするのか楽しみ。相手がわかっとるだけに。
あいつの反応も楽しみ。

暇だし、今から一時間前のやつらとの会話を思い返した。



『暇だな。』

『そっすね。』

『爆笑してーな。赤也なんか腹よじれるぐらいすげーおもしろい話してみろよ。』

『ハードル上げすぎ。話せないっす。』



途中で雨が降ってきたから部活が早く終わった今日。傘もなく、早く帰るのもなんだから、俺たちの教室で三人ぐだぐたしてた。
俺としてはこいつらのバカっぽいやり取り見とるだけでも、わりと退屈しのぎはできてるんじゃけど。



『ゲームしよか。』

『ゲーム?』

『仁王先輩ゲーム持ってきたんすか!?』



俺の言葉に可笑しいほどくいついてきた。
たぶん、想像してるゲームとは違う。



『三人でゲームやって、負けたやつは罰ゲーム。』

『お、いいじゃん!やろーぜ!』

『…罰ゲームあんのやなんすけど。』

『あれー?赤也クンは負けるのが怖いんでちゅか〜?』

『そんなことねーし!やりますよ!』



やっぱこいつらは面白い。うらやましいぐらいに単純でわかりやすい。



『で、仁王のゲームってなん……、』



ブン太の目線が俺を通り越したと思ったら、動きが止まった。
俺と赤也はそのブン太の視線を追っかける。捕らえたのは、廊下を走る、



『千夏!』



うっれしそーなブン太のでかい声が響いた。やっぱりうらやましい。

それじゃ松浦も一緒にって、ゲームをやることになり、



『なんだよ、仁王の言ってたゲームってかくれんぼかよ!』

『そうじゃ。』

『かくれんぼなんてつまんないっす。いくつだと思ってんすか。』



予想通り、こいつらからは容赦ないバッシングを受けた、が…、



『でもかくれんぼ楽しそう!あたしやりたいな。』



この一言でかくれんぼ実行が決定したのは言うまでもない。ほんと単純。

松浦が入るのは予想外じゃったが、一応、ゲームと名のつくものにリスクがないのはつまらんし。

赤也がじゃんけんで負け、かくれんぼが開始する直前。



『赤也が俺とブン太を見つければ俺らの負け、見つけられなければ赤也の負け。』

『ちょっと!俺負ける率高いじゃないすか!』

『赤也クンは自信ないんでちゅか〜?』

『違います!』



また始まる、ガキの争い。
そんな二人に俺はらしくないさわやかな笑顔で、つい今し方思いついた提案をした。



『あ、罰ゲームは“好きな人に告白”な。健闘を祈るナリ。』



二人に耳打ちして、俺は一足先に隠れ場所を探しに教室を出た。
振り向いちゃいないが、そのときのあいつらのリアクションはだいたい読める。



そして今の今までひっそり隠れてるわけじゃけど。
たった今、扉を開ける音がした。誰か入ってきたのがわかった。



「まさかこんなとこにいるわけないよねぇ。」



独り言っぽいのが聞こえてきた。この声は…、

俺は隠れている“個室”の上から“外側”を覗いてみた。
ああ、やっぱり。松浦。
こいつも鬼に参戦ってことじゃな。
にしてもこいつ、なかなか鋭いのう。

しばらくキョロキョロしたあと、いないと判断したのか出ていこうとした。



「仁王くん、早くでてきてよー。」



その言葉を聞いたら負けとか勝ちとか一瞬どっちでもよくなって、
でも冷静に、何だか面白いシチュエーションじゃないかと感じて、
かくれんぼの趣旨に反る形をとりたくなった。俺はここだ、と。

ゆっくり開いた扉に松浦は振り向く。と、同時に物凄い形相になる。本来なら爆笑のそれ。



「に、に、仁王く…ッ!!」

「叫びなさんな。まだゲーム中じゃ。」



俺は直ぐさま叫びかけの口を押さえた。軽く笑いながら。
すると松浦の表情が変わった。その顔に俺は一瞬止まる。…見間違い?

次の瞬間、物凄い力で口を押さえていた右手を振り払われた。



「こ、ここどこだと思ってんのよ!」



一応小声で叫ばれた。
俺はわざとらしくも周りを軽く見渡し、真顔で答える。



「どこって、女子トイレ。」

「だ、だから!なんで男の仁王くんがここに…!」

「でも俺を探しにきたんじゃろ?大正解。よくできました。」



そう言って松浦の頭をわしゃわしゃと撫でる。いつものように、膨れながらもうれしそうにするかと期待して。
でも違った。再び浮かんだその表情に、また動きが止まってしまう。

それでも俺の頭は冷静に働いた。外の廊下を誰か歩く音がする。誰か、入ってくるだろうとわかった。
そう判断した俺は、半分計算、半分思わず、松浦の手首を掴み、一番奥の個室へ入った。がっちり鍵を閉めて。



「ちょっと、仁王くん…!」

「しっ。」



空気を読んだのか、松浦は大人しくなった。

程なくして女子トイレの入口の扉が開く音と同時に、女のペチャクチャ喋る声がトイレ内に響き渡った。
そのトイレに入ってきた声を聞いて俺は思わずため息が。かなりまずい相手な予感。

ふと松浦の顔を見ると、
さっきのが見間違いじゃなかったのを裏付けるように、顔はまだ少し赤かった。

こーゆう表情を何て言うか。
いわゆる“女の顔”。いつも大口開けて笑うこいつもそんな表情するんだなと、少し口元が緩んだ。俺はこーゆう表情が嫌いじゃない。

その松浦の視線があるところで固まっているのに気付いた。
そう、俺は松浦の手首を掴んだままだった。脈と、こいつのこの表情から、ドキドキしてるのが伝わってくる。

…やばい。俺までドキドキしてきてしまった。柄でもないが、このせまい空間で、手が触れ合っている状態。呼吸が乱れていく。
ブン太や赤也に、気取ってると文句を言われるこの顔も、少し崩れていくのがわかる。

逆に松浦の顔はどんどん、
何て言うのか、艶っぽい顔になっていった。このままはまずいと、俺の危険信号が点滅する。

何とかごまかすように、俺は松浦から目を背け、外の世界に耳を傾けた。もちろん、手は離した。
こいつがそれにどんな顔したかはわからんが。



「ねぇ、涼子。最近どうなの?」



思った通りの名前が耳に届いたせいか、我に返ることができた。そしてやっぱり涼子だったかと再びため息をついた。
それに対し、松浦は小さくくすっと笑った。

ああ、いつものだ。
さっきのは、あれは見間違いじゃな。



「どうって、何が?」

「仁王くん、まだ好きなんでしょ?」



内心、出ていって話をやめさせたかった。涼子の気持ちは気付いてるっちゅうか十分知っとるが、俺は応えてやれない。こんなときに聞くのもどうだか。
何より聞かせたくない、こいつに。これ以上の話はよくないって、そんな予感があったから。



「でも仁王くん、彼女いるし。」

「えー、すぐ別れるでしょ。」

「どうかなぁ。」

「それよりさ、最近千夏と仁王くんたち仲良くない?」



松浦の名前が出たところで、こいつがビクッと反応した。

その反応は当然。思った通り、どう考えてもこれから先続くのは嫌な話じゃろ。例え俺の悪口とか、女癖がどうとかの話をされても、それはどーでもよかった。

ただこいつ自身の話に及ぶのは、それは別で。
女って本当に面倒。



「いきなり仁王くんたちと仲良くなるなんてうざいよね。」



松浦は俯いて軽く肩を震わせた。

何で俺たちと仲良くすることがうざいにつながるんじゃろうな、お前さんは悪くないぜよ、そう言って励ますのは簡単。
もちろん出ていって黙らすのも簡単。こいつも、女子便にいちゃいけない俺も気まずいが、釘を刺すのは悪くない。

ただ、どっちも今は正解じゃない気がした。どっちにしても、こいつの気持ちを置き去りにするようで。

まだまだ悪口が続きそうな少女A(名前わからん)に苛つきを覚えながら、
俺はそっと両手で、松浦の耳を塞いだ。
驚いた松浦は顔を上げて、目に涙を溜めてるのがわかった。

こんなよくわからん理由で傷つけるだけの話を聞かせたくない。
こいつの耳に届かなければいい。そう思って。



松浦はまた俯いたあと、俺の手に自分の手を重ねた。
その行為に少しばかり心臓が速くなりながらも、こいつの手の体温から、
“ありがとう”、そう言ってるのが伝わってきたような気がする。



「千夏はすごくいい子だから、仁王くんたちともすぐ打ち解けられたんだよ、きっと。」



遠くで涼子がそう言ってるのが聞こえた。こいつに聞こえてるかどうか。そのことを伝えたほうがいいのかどうか。少なくとも救われる言葉だったんじゃないか。そうは思ったが。

でも今はただ、こいつを“守る”、
それだけで頭がいっぱいだった。



しばらくして、俺と松浦は赤也たちの前に出頭した。トイレでの出来事はお互い触れなかった。それがいい。
嫌なことは忘れるのが一番、その言葉だけ耳打ちしたら、いつものように笑ってくれた。



結局、松浦が俺を見つけたことになり、勝負はドローになった。
でも現実の試合状況は極めて混戦の予感。まずいことになってる気がした。

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