act.7 Bunta

ガラッと扉の開く音が響く。来た。
足音がだんだん大きくなる。
近づいてくるのがわかる。
どうか、気付きませんようにと、祈る気持ちで息を潜めた。



「…どこ行きやがった。くそっ!」



あきらめたのか、足音はここから遠ざかっていった。扉を開け閉めする音も。
もう、大丈夫か?
俺は様子を見ようと、こっそり戸を開けると…、



「うわっ!」

「へへっ、ブン太先輩みっけ!」



目の前には満面の笑みを浮かべた赤也が立っていた。



「ちっくしょー!絶対出てったと思ったのによー!小細工なんかしやがって!」

「それはここの違いっすよ。」



そう言って赤也は、ニヤニヤしながら人差し指でトントンっと頭を指した。
…バカ也のくせに。



「それより、よくこんな掃除用具入れなんかに隠れますね。埃塗れじゃないっすか。」



俺は自分の制服についた埃をパタパタと叩いた。
俺だってこんなとこ隠れんのやだったけど、絶対負けたくなかったし、
ここに隠れりゃ見つからない自信あったし…、



―ガラッ



また教室の扉を開ける音がした。
俺も赤也もそっちを見て、相手を見て、自然と口元が緩んだ。



「あ!ブン太もついに見つかっちゃったんだ!」



千夏はでかい声で残念そうに叫んだ。



「おー。こいつ、下手くそな演技しやがって。」

「その下手くそな演技に騙されたのは誰っすか〜。」

「るせーよっ!千夏はすぐ見つかっちゃったのか?」

「教卓の下にいたら見つかっちゃったぁ。」

「お前鈍臭そうだもんな。」

「るせっ!」



ケタケタ楽しそうに笑ってる。
それ見て俺も笑ってる。
抱きしめたくなるこの笑顔。



今俺らがやってたのは、かくれんぼ。
今日は雨で部活は早めに終わった。
すぐ家帰んのもつまんねーし、
俺らが教室で適当にしゃべってたら、
忘れ物を取りにいこうと廊下を走ってた千夏を見つけた。
俺も、たぶん赤也も、千夏感知センサーがあって、どこにいても見つけられる。
じゃあなんかして遊ぶかってなって、



『俺、かくれんぼやりたいナリ。』



ってことで、4人で、旧校舎限定かくれんぼをやることに。
旧校舎のほうが狭いし、ボロくて雰囲気出るし。
じゃんけんで赤也が負けたから赤也が鬼でスタートしたけど…、



「つーか、仁王は?」



このかくれんぼやりたいって言い出したの、あいつなわけなんだけど…、



「まだっす。」



やっぱな。
こんなの、詐欺師の専売特許じゃねーか。



「よし、俺らも探すか!」

「いーっすよ!俺一人で探すから。」



負けず嫌いの赤也は受け入れない。予想通り。
まー、そんなのも仁王の思う壷だろうよ。



「でもよ、負けたらお前…、」

「ぜってー負けねーから大丈夫っす!」



赤也は鼻息荒く、教室を出てった。
残された俺と千夏は顔を見合わせて、吹き出した。



「仁王くん、絶対今の赤也くん見たら笑うよね!」

「いくらあいつでも爆笑かもな!」



二人で一通り赤也をネタに笑ったあと、千夏はその辺の席に座った。俺も後に続いて、千夏の隣の席に座る。



「あーなんか腹減ったな。」



とか適当にいいつつ、さっきから俺は千夏ばっか見てる。
まぁ腹は減ったけど、なんかそれが満たされるようで。
可愛いなぁとか、こんな仕草すんだなとか。初めて会ったときより、次の日会ったときより、さっき会ったときより、どんどん可愛く見えて。
どんどん、持ってかれてる。



「ふふっ、ブン太はいつもお腹空いてるね。」

「るせー。って、お前もだろ?」



名前で呼ばれるのも、自分で頼んでおきながら最初はドキドキで恥ずかしかったけど、もういい意味で慣れた。
もっともっと、俺の名前を呼んでほしい。



「あたしはブン太ほどじゃないし!…あ、そうだ、あたしグミ持ってる。はい、あげる。」

「サンキュー!…お、なんだ?“青春味”?」

「なんかね、最初酸っぱくて甘いんだって!」

「それが“青春味”?」

「そう!なんかかっこいいから買っちゃった!」

「ははっ、千夏ほんと変なもん好きだよな。」

「るせー!…ってかブン太もじゃん!」



俺がこいつを名前で呼ぶのも、すっげー照れたけど、これも慣れた。
もっともっと、こいつの名前を叫びたい。



「そーいやさ、ブン太。来週の日曜、暇?」

「え?」

「付き合ってほしいとこあるんだけど。」



“開いた口が塞がらない”
先人はずいぶんと的を射た言葉を考え出したもんだ。俺の口は塞がらない。
これって、もしかするとだな…、



「忙しいならいいよ!全然!」



俺が何も言わないことに、千夏はだんだんと不安になってきたのか、全然いい!を連呼してる。焦ってるように見える。



「いや!忙しくねぇ!」



ちょっと力みすぎたかも。静かな教室に響いた。…焦ってるのは俺でした。



「…あー、その…、来週の日曜部活は午前だけだし、午後からなら空いてんだけど…、」

「ほんと!?」

「おう。どこ行くんだよ?」

「あのね、こないだ新しくオープンしたケーキバイキングの店があって!」

「うおっ!ケーキバイキングか〜!ちょーいきてー!」

「でしょでしょ!ブン太なら絶対のってくれると思った!」



千夏はうれしそうに新しくオープンしたというその店の説明をし始めた。
これってもしかしなくても…、



―ガラッ



教室の扉が開き、振り返ると、
赤也が不機嫌そうな顔して突っ立ってた。
…やっべぇ今の聞かれてたか!?



「…見つかんねー。」

「「は?」」

「仁王先輩どこにもいないっす!」



完全に忘れてた。今かくれんぼの最中だっけ。
俺と千夏は顔を見合わせる。きっと思ってることは一緒で、
お前かくれんぼしてたこと忘れんなよ、とか、やっぱ仁王の圧勝、赤也の悔しがってる姿がウケんな、とか、お互いの吹き出しそうな顔見て一目瞭然。
でも笑っちゃ赤也に悪いから堪えてるのも一目瞭然。



「じゃあ三人で仁王くん探そう!」



ちらっと赤也の顔見ると、複雑そうな顔してる。
悔しいけど、千夏の提案を無視するわけにはいかないんだろうよ。



「そーだな!そんで腹減ったから飯食いいこーぜ。」

「でも…、」

「ばーか、お前、7時までに見つけらんなかったら“罰ゲーム”だろい?」

「うっ…、」



“罰ゲーム”、俺と赤也と仁王の間での賭け。
鬼が残りの二人を見つけらんなかった場合、“好きなやつに告る”。
どーせ三人とも同じ相手なんだろーけど。…仁王は違うかもだけど。てか彼女まだいたよな。

でもこれはある意味、罰ゲームじゃなくて、“抜け駆けゲーム”だと俺は思った。そして可愛い後輩を罰ゲームから救ってやるという建前で、実は自分も救われるという。俺って天才的だろい?

けど実際、このかくれんぼで抜け駆け手に入れたのは…、



「よし、じゃあ三人で探そう!あたしあっち行くね!」



千夏の顔見て、さっきの話を思い出し、軽くにやける。もしかしなくとも。
あの話はデートってことだよな!



「さっさとあの詐欺師探し出して飯行くぞい!」

「へーい…。」



いつまでも不機嫌そうな赤也の肩に腕回して、教室を後にした。

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