act.4 Nioh

「本当にごめん。」



昼休み。周りに結構人もいて、
そんな中、女に平謝りする俺はたぶん、カッコ悪いよな。



「機嫌直して。ほら、これ。」



膨れっ面する彼女に差し出す袋。
中身は昨日買ったストラップ。
無駄にならなくてよかった。



「…転校生。」

「は?」



漸く口を開いた彼女に、これでもかと睨み付けられる俺。
怖くはないんじゃが、何言われるか少し緊張する。詐欺師らしからぬ。



「雅治昨日、転校生と帰ったんでしょ?あたしを置いて。」



転校生。
その単語を聞いて、俺の頭の中で昨日のことが蘇った。

松浦のことか。確かにディズニーストアで偶然会って、何となく一緒に帰った。
…何となくじゃないな。
あのままバイバイはちょっと嫌だと思っただけ。



「たまたま駅まで一緒だっただけじゃ。」

「じゃあ何であたしを置いてったの?」



まさか忘れてたなんて口が裂けても言えないよな。途中で思い出したけど、面倒じゃから引き返さんかったんよーごめんプリッ…これもまずいな。
とりあえずはその場しのぎの嘘を。



「弟から熱出たって連絡きてのう。家に誰もいなくて、心配だからすぐ帰った。」



彼女の目、一瞬にして色が変わる。ありきたりな嘘でその場しのぎすぎじゃけど、まぁ今乗り切ればよかろう。



「そう…だったの。」



疑ってはいても、心の奥底では信じたいもの。与えられた嘘に、真実を見ようと。ご苦労さん。



「だから本当にごめん。今週必ず埋め合わせするから。」

「うん…わかった。あたしのほうこそ疑ってごめんね?」

「いや、俺のが悪いって。本当に俺はお前だけじゃ。」



にっこりと、うれしそうに笑った彼女を見て、あーひとまず安心だと胸を撫で下ろす。罪悪感なんてあったら、そもそも詐欺師やっとらんよ。
彼女は満足いったのか、自分の教室に帰っていった。



「別れちまえばいーのに。」



後ろからふと、甘い匂いとともに聞き慣れた声がした。誰かなんてすぐわかる。
俺はくるりと振り返る。満面の笑みで。



「盗み聞きとはとことん趣味悪いのう、ブン太クン。」

「お前には負ける。」



ガムをぷくーっと膨らませ、パチンと割ったかと思うと器用に元通りガムを口に引っ込めた。
こいつは虫歯にならないんだろうか。立海七不思議じゃ。



「めんどくねー?あーゆう女。」

「あれが可愛いとこじゃろ。」

「嘘だろい。」

「もちろん。」

「即答かよ!」



俺にツッコミを入れたその勢いで、ブン太は窓によっ掛かり、しゃがみ込んだ。頭を掻いて、何かを言い出そうとしてる。
わかりやすいやつじゃの。本題は別だろ。



「で、昨日一緒に帰ったのか?」

「駅まで。」

「どうよ?」

「何が。」

「松浦、けっこう可愛くねー?」

「どーじゃろ。」

「可愛いって普通に!」



昨日までは50点だったけど。
『これ、ありがとうね!』
そう笑った顔は悪くなかった。っちゅうのが正直な感想じゃな。



「あ!」



昨日のことを思い出していたせいで一瞬、ボケっとした。その俺の耳に響いた声。



「仁王くんに丸井くん!」



声がしたほうを見ると、噂のガール。
松浦千夏。



「おっす!」



しゃがみ込んでたブン太は立ち上がった。
急ににやけて、お前さんほんとぉーにわかりやすいのう。



「ホントに仲良しだね!」

「ま、クラスも一緒だしな。そーいやお前って何組?」

「あたしはA組だよ、涼子と一緒!」



言った後で人の顔見て気まずそうな顔すんのやめんしゃい。
ますます似てるのう。そーゆう、後先考えずにまず動くとこ。

気まずそうな空気にはなったものの、フォローのつもりなのか単に自分の話をしたかったのか、ブン太が話題をころっと変えた。それに松浦は乗っかり、楽しそうにしゃべってる。

ここは気を利かせて教室に戻ったほうがいいんじゃろか。
うーん、俺のキャラじゃないがのう。



「ね!仁王くんもそう思うでしょ?」



いきなり話を振られて、一瞬止まった。しまった…。
目だけ動かせば、ブン太はゲラゲラ笑ってる。



「今の仁王、マジレアだぜ!」



…お前のせいじゃ。らしくなく気利かせようと思ったからじゃ。



「そういえば仁王くんって隙なさそうだもんねぇ!クールってゆーか。」



ブン太と一緒になって松浦も笑ってる。
それがあまりにも楽しそうで、昨日ちょっといいと思った笑顔だったからか、
意地悪したくなった。



「俺だってたまには考え込むこともあるんじゃ。笑うな。」



そう言って俺は松浦の頭をぐしゃぐしゃっとした。



「もー、朝セットしたのに!」



予想通りの反応。
ふて腐れて髪を整えている。
でもちょっと楽しそうに見えるがな。



「あたしの髪、朝寝癖とか大変なんだから。でも仁王くんは髪真っすぐできれいだよねー。」



松浦は背伸びをして、俺の縛ってある髪を触ってきた。
俺は髪触られるのが嫌い。
触るのは好き、でも…、



「丸井くんの髪はふわふわー!えいっ!」

「おいっ!俺だって朝セットしてんだぜ!…おらっ!」

「ちょっとー!やめてよー!」



ブン太とお互いの髪をぐしゃぐしゃにし合って喜んどる。
しまいには、ブン太に羽交い締めをくらって、ギブギブ、とか言ってるけど、それでもうれしそうにゲラゲラ笑っとる。
こーゆーのを、俗に“じゃれ合う”または“いちゃつく”と言う。

でも何だかそれを見て、



「お前さんたち、幼稚園児みたいじゃな。」

「「はっ?」」



さっきの俺以上にぼけっとした顔。



「それじゃーまるでうちらが子供っぽいみたいじゃない!」

「そーだそーだ!…たしかにこいつはガキっぽいけど。」

「あー!裏切ったな!」



そう言い合って、再び“じゃれ合い”または“いちゃつき”が始まった。
どっちもどっちじゃな。

俺が軽くため息をつくと同時に、5時間目が始まるチャイムが響いた。



「…あ、授業始まっちゃう!またね!」



松浦は慌てて廊下を走っていった。



「いやー、うん。可愛いよ。やべーな!」



ブン太もウキウキな足どりで教室に入っていった。
その文字通りガキみたいな後ろ姿を見て、さっきの松浦とこいつのやり取りを思い浮かべた。

素直に、うらやましかった。
絶対に言わんけど。



「…たまにはガキっぽく見せるのも必要じゃのう。」



俺が呟くと、ブン太は振り返った。
ニカーっと笑顔のまんま。よっぽどうれしかったんだろうか。



「なんか言ったかー?」



俺も変わるときかもな。
よくわからんけど、楽しくなってきた。気分が。



「いや、独り言。」



やっぱ80ぐらいいくかも、あいつ。

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