昼休み。周りに結構人もいて、
そんな中、女に平謝りする俺はたぶん、カッコ悪いよな。
「機嫌直して。ほら、これ。」
膨れっ面する彼女に差し出す袋。
中身は昨日買ったストラップ。
無駄にならなくてよかった。
「…転校生。」
「は?」
漸く口を開いた彼女に、これでもかと睨み付けられる俺。
怖くはないんじゃが、何言われるか少し緊張する。詐欺師らしからぬ。
「雅治昨日、転校生と帰ったんでしょ?あたしを置いて。」
転校生。
その単語を聞いて、俺の頭の中で昨日のことが蘇った。
松浦のことか。確かにディズニーストアで偶然会って、何となく一緒に帰った。
…何となくじゃないな。
あのままバイバイはちょっと嫌だと思っただけ。
「たまたま駅まで一緒だっただけじゃ。」
「じゃあ何であたしを置いてったの?」
まさか忘れてたなんて口が裂けても言えないよな。途中で思い出したけど、面倒じゃから引き返さんかったんよーごめんプリッ…これもまずいな。
とりあえずはその場しのぎの嘘を。
「弟から熱出たって連絡きてのう。家に誰もいなくて、心配だからすぐ帰った。」
彼女の目、一瞬にして色が変わる。ありきたりな嘘でその場しのぎすぎじゃけど、まぁ今乗り切ればよかろう。
「そう…だったの。」
疑ってはいても、心の奥底では信じたいもの。与えられた嘘に、真実を見ようと。ご苦労さん。
「だから本当にごめん。今週必ず埋め合わせするから。」
「うん…わかった。あたしのほうこそ疑ってごめんね?」
「いや、俺のが悪いって。本当に俺はお前だけじゃ。」
にっこりと、うれしそうに笑った彼女を見て、あーひとまず安心だと胸を撫で下ろす。罪悪感なんてあったら、そもそも詐欺師やっとらんよ。
彼女は満足いったのか、自分の教室に帰っていった。
「別れちまえばいーのに。」
後ろからふと、甘い匂いとともに聞き慣れた声がした。誰かなんてすぐわかる。
俺はくるりと振り返る。満面の笑みで。
「盗み聞きとはとことん趣味悪いのう、ブン太クン。」
「お前には負ける。」
ガムをぷくーっと膨らませ、パチンと割ったかと思うと器用に元通りガムを口に引っ込めた。
こいつは虫歯にならないんだろうか。立海七不思議じゃ。
「めんどくねー?あーゆう女。」
「あれが可愛いとこじゃろ。」
「嘘だろい。」
「もちろん。」
「即答かよ!」
俺にツッコミを入れたその勢いで、ブン太は窓によっ掛かり、しゃがみ込んだ。頭を掻いて、何かを言い出そうとしてる。
わかりやすいやつじゃの。本題は別だろ。
「で、昨日一緒に帰ったのか?」
「駅まで。」
「どうよ?」
「何が。」
「松浦、けっこう可愛くねー?」
「どーじゃろ。」
「可愛いって普通に!」
昨日までは50点だったけど。
『これ、ありがとうね!』
そう笑った顔は悪くなかった。っちゅうのが正直な感想じゃな。
「あ!」
昨日のことを思い出していたせいで一瞬、ボケっとした。その俺の耳に響いた声。
「仁王くんに丸井くん!」
声がしたほうを見ると、噂のガール。
松浦千夏。
「おっす!」
しゃがみ込んでたブン太は立ち上がった。
急ににやけて、お前さんほんとぉーにわかりやすいのう。
「ホントに仲良しだね!」
「ま、クラスも一緒だしな。そーいやお前って何組?」
「あたしはA組だよ、涼子と一緒!」
言った後で人の顔見て気まずそうな顔すんのやめんしゃい。
ますます似てるのう。そーゆう、後先考えずにまず動くとこ。
気まずそうな空気にはなったものの、フォローのつもりなのか単に自分の話をしたかったのか、ブン太が話題をころっと変えた。それに松浦は乗っかり、楽しそうにしゃべってる。
ここは気を利かせて教室に戻ったほうがいいんじゃろか。
うーん、俺のキャラじゃないがのう。
「ね!仁王くんもそう思うでしょ?」
いきなり話を振られて、一瞬止まった。しまった…。
目だけ動かせば、ブン太はゲラゲラ笑ってる。
「今の仁王、マジレアだぜ!」
…お前のせいじゃ。らしくなく気利かせようと思ったからじゃ。
「そういえば仁王くんって隙なさそうだもんねぇ!クールってゆーか。」
ブン太と一緒になって松浦も笑ってる。
それがあまりにも楽しそうで、昨日ちょっといいと思った笑顔だったからか、
意地悪したくなった。
「俺だってたまには考え込むこともあるんじゃ。笑うな。」
そう言って俺は松浦の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「もー、朝セットしたのに!」
予想通りの反応。
ふて腐れて髪を整えている。
でもちょっと楽しそうに見えるがな。
「あたしの髪、朝寝癖とか大変なんだから。でも仁王くんは髪真っすぐできれいだよねー。」
松浦は背伸びをして、俺の縛ってある髪を触ってきた。
俺は髪触られるのが嫌い。
触るのは好き、でも…、
「丸井くんの髪はふわふわー!えいっ!」
「おいっ!俺だって朝セットしてんだぜ!…おらっ!」
「ちょっとー!やめてよー!」
ブン太とお互いの髪をぐしゃぐしゃにし合って喜んどる。
しまいには、ブン太に羽交い締めをくらって、ギブギブ、とか言ってるけど、それでもうれしそうにゲラゲラ笑っとる。
こーゆーのを、俗に“じゃれ合う”または“いちゃつく”と言う。
でも何だかそれを見て、
「お前さんたち、幼稚園児みたいじゃな。」
「「はっ?」」
さっきの俺以上にぼけっとした顔。
「それじゃーまるでうちらが子供っぽいみたいじゃない!」
「そーだそーだ!…たしかにこいつはガキっぽいけど。」
「あー!裏切ったな!」
そう言い合って、再び“じゃれ合い”または“いちゃつき”が始まった。
どっちもどっちじゃな。
俺が軽くため息をつくと同時に、5時間目が始まるチャイムが響いた。
「…あ、授業始まっちゃう!またね!」
松浦は慌てて廊下を走っていった。
「いやー、うん。可愛いよ。やべーな!」
ブン太もウキウキな足どりで教室に入っていった。
その文字通りガキみたいな後ろ姿を見て、さっきの松浦とこいつのやり取りを思い浮かべた。
素直に、うらやましかった。
絶対に言わんけど。
「…たまにはガキっぽく見せるのも必要じゃのう。」
俺が呟くと、ブン太は振り返った。
ニカーっと笑顔のまんま。よっぽどうれしかったんだろうか。
「なんか言ったかー?」
俺も変わるときかもな。
よくわからんけど、楽しくなってきた。気分が。
「いや、独り言。」
やっぱ80ぐらいいくかも、あいつ。
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