act.1 Akaya

意外な言葉に、みんな目を丸くした。いや、柳先輩の目は開かなかったけど。



「どーしたんスか!?仁王先輩!」

「そーだよ!お前がミスドなんて似合わねー単語使うんじゃねーよ!」

「随分失礼じゃな。今日はドーナツな気分なだけじゃ。」



ドーナツな気分って…。相変わらず気まぐれな人だな。と思っていた俺に走る嫌な予感。



「しょーがねえ。今日はミスドにしようぜ。」



やっぱり…!嫌な予感的中。この人は何だかんだ自分の(食)欲が一番。
俺としては試合後なんだし、ミスドより腹いっぱいになる焼肉のが断固いいわけ。金ねーけど、そこはジャッカル先輩の奢りで。



「焼肉にするって決めたじゃないっスか!」

「却下!もうミスドに決定!」

「焼肉がいいっス!」

「だめだ!ミスド!」

「肉!」

「ドーナツ!」



俺とブン太先輩のガキみたいな争いが始まった。いつものことだけど、お互い譲らない。



「き、君たち、そろそろいいかな…?」



そんな争いを中断させる一言。
忘れてた。最後の礼、してなかった。



「お前たち!きちんと一列に並べ!…失礼致しました、審判員の方。どうぞ、続けて下さい。」



真田副部長の一喝も入ったところで列からはみ出てた俺とブン太先輩は元に戻り、最後の礼をして、コートを後にした。

にしても納得がいかねえ。ミスドなんて選択肢、初めてじゃねえ?いつもは焼肉か、金なければマック。でも票数的に、
焼肉→俺(後輩=やや弱)、ジャッカル先輩(弱)
ミスド→ブン太先輩(強)、仁王先輩(超強)
蕎麦→柳生先輩(弱。俺的にも却下。)

ブン太先輩の思い付きに、仁王先輩の気まぐれが乗っかる。
……どう考えても、ミスドになるよな。あの二人に対抗できるのなんて、真田副部長の裏拳(最強)か幸村部長(最恐)だけだろ。



「よーっし、じゃあ行くぞ!」



あーあー、こんなに浮かれちゃって。よっぽどドーナツ食いたかったんだな。しょうがない。
でも何で仁王先輩も?甘いもん嫌いなくせに。…なんか裏がありそうで怖いし。

とりあえず、真田副部長、柳先輩と別れて、俺らは駅までだらだら歩いてった。



「近くにミスドあるかな?」

「この辺りにはありませんね。一番近くて一つ隣の駅前か、学校の近くのお店でしょう。」



柳生先輩が即答。柳先輩がいないときは柳生先輩が俺たちの頭代わり。電車マニアかよ。意外とミスドマニアだったり?



「どっちのがいい?」

「学校の近くでいんじゃねーか?どうせ帰り道だしな。」



ジャッカル先輩の言葉に、俺も頷きかけた。俺学校に自転車置きっぱなしだし、そっちのが助かる。

でも待てよ。確かこないだクラスのやつが──…、



「ハイハーイ!俺、隣の駅のがいいっス!」



俺の大好きな格ゲー揃いのゲーセンがあるって、クラスのやつが言ってたんだった。金ねーけど、ジャッカル先輩も連れていくということで。



「切原くん、ゲームセンターですか?」

「ぅげ!」

「あまりやり過ぎるとよくないですよ。」

「へ、へーい…、」

「まぁまぁ。俺は隣の駅前でいいぜ。」



ブン太先輩が割って入ってきた。なんだか天使に見えた。さっきまでは悪魔だったけど。



「赤也は焼肉がいいのに譲ってくれたんだし。そっち行こうぜ!」



たまにこーゆう優しいとこがあるから、ブン太先輩ってちょっといいやつって思うんだよな。普段はわがままだけどさ。
それで俺たちは、一つ先の駅のミスドにやってきた。やっぱブン太先輩の意見は強い。

今思うと、マジ偶然。
普段行かないミスドと滅多にこないこの駅前。
いくつか選択肢はあったのに、あえて選んだ道。



入ると、すぐ目に飛び込んできたのは見慣れた制服の集団。



「あれ、立海じゃね?」



そう、立海の女子たちがいた。6人の集団。しかも、何となく見覚えある連中。



「あ、女テニじゃん。」

「本当だ。偶然っスね。」



同じテニス部の女子たち。三女だな。パッと見、同じく試合帰りに寄ってる感じ。そういや女テニも今日試合だったっけ。



「よっ。」

「あっれー?丸井!」

「何でいんの!?」



その集団にブン太先輩が声をかけると、一気にうるせー女子の声が響き渡った。



「俺たちも試合帰りで来たんだよ。」



ブン太先輩が俺たちのほうを親指で差すと、練習したかのように一斉にくるりとこっちを振り向く女子たち。息合いすぎ。



「随分めずらしいねぇ、男子がミスドなんて来るの。」



椅子側の、一番手前に座ってる女が言った。

あれは高山涼子先輩。女テニの部長。かなりの美人で、気の強そうな人。
ちなみに仁王先輩と噂がありました。仁王先輩がフッたそうで。もったいねえ。



「昨日CM見てよ、急に食いたくなったんだよ。」

「最近よく見るよね。あれ、仁王くんもいるじゃん。もっとめずらしい。」



高山先輩は仁王先輩に話を振る。まぁ別に同じテニス部員だしおかしくもないけど。なんつーか、白々しく感じるのは俺だけ?



「おう。今日はドーナツな気分だからのう。」

「何それー、ドーナツな気分って。仁王くんおっかしー。」



あらら、しっかりペテンにかかっちゃって。完全に仁王先輩にはまってる目だな。
やっぱりちょっと気まずいのは俺だけ?



「おいおい、んなことより早くドーナツ食おうぜ。あっち、あっちが空いてる。」



この人はまた若干気まずい雰囲気をいとも簡単にぶっちぎってくれんなぁ。でも、感謝。



「さー、食うぞー!」



皿にどさどさと積み上げたドーナツを目の前に、ブン太先輩はかなりご満悦気味。よかったっスねー、念願のドーナツが食えて。

なんだかんだでドーナツもうまいし、腹も割と満たされたしで満足した。
まだまだ食う気満々のブン太先輩を笑いながら、何となく、女テニの集団を見てみた。一個年が違うだけでだいぶ大人っぽい気がする。かわいいってよりはきれいって思える。



「三女ってレベル高いっスね。」

「そーか?みんなケバくねーか?」



ジャッカル先輩が顔をしかめるのもわかる。確かにみんな派手。茶髪とか化粧とかしてんのがわかる。…ま、ここにいる約二名も負けずに派手だけど。



「でも二女は微妙っスよ。ガキっつーか。」

「お前も二年だろい。」

「いやいや、二女は色気がねえんスよ。」

「切原くん。その発言セクハラですよ。」

「赤也が女を語るなんて十年早いぜよ。」



容赦ねえなぁ、この人たち。と、いつもの後輩イジりにイラッとしつつ、ふと、女テニの一人が気になった。



「あの人、初めて見たっス。三女っスか?」



俺の言葉に先輩たちがせーので女テニのほうを見る。あんたらも息合ってるっスね。



「ん?誰だあれ。」

「初めて見るのう。」



派手な三女の中に、一人普通のやつがいた。普通ってゆうか、周りが目立って華やかな感じだから、逆に目立つ。



「あれは3年A組の松浦千夏さんです。今年度になって立海に転入してきた方ですよ。」



柳生先輩がさらりと答えた。A組ってことは柳生先輩と同じクラスってことか。ふーん、転校生ねぇ。



「70点。」



ブン太先輩は口にドーナツを含んだまま言った。いきなりの点数、その意味に俺もすぐ気付き、あとに続く。



「趣味悪いっスね。俺40。」

「言うねえ。俺は50っちょいじゃな、おまけして。」

「お前ら最低だな…。」

「まったく、品の欠片もない…。」



ジャッカル先輩と柳生先輩は呆れ返ってる。でもよう、女見たら、大体みんな点数つけねえ?普通は口に出さねーだけで。

全然好みじゃねーその転校生サンを、俺は見ていた。なんか気になった、てゆーのは結果論かもしんないけど。
ドーナツをずいぶんうまそうに食ってるなとか、食べながら会話すんなよ、とか。
だからか、その見た目普通な転校生サンの異常なとこに気付いた。



「…ブン太先輩、今ドーナツ何個目?」

「いちにい……、5個だな。」

「げぇ!よくそんな食えんなお前。」

「いい加減にしないと太りますよ。」



マジかよ。ブン太先輩は相変わらずなんだけど。もう慣れてるけど。



「…あの人、転校生サン今、8個目食ってんスけど。」

「「「は!?」」」



また先輩たちが一斉にあっちを見た。やっぱ息合いすぎ。



「すげ…、俺より食ってんのかよ。」

「8個って別腹とかの量じゃないじゃろ。」

「別に太ってねーよなぁ。」



でも、痩せすぎでもなく、適度にぷにぷにしてそう。…って、何想像してんだ俺。マジでセクハラだな。

なんか、でもやたらそのドーナツが似合ってて、マジ美味そうに食ってるし、いい食いっぷりにびっくりっつーか。
すげー食う先輩だなーと、思った。



しばらくして、俺はトイレに立った。
そしたらトイレのある廊下で会っちゃいました。



「あ!」



向こうからもあからさまに会っちゃいました声を発せられた。
松浦千夏。



「どーも、松浦先輩。初めまして。」

「あ、初めまして!二年生だよね?えーっとえーっと…、」

「切は…、」

「ああ!待って!今思い出すから!」



そういって腕を組み、必死で思い出そうとしてる。…っておいおい、いつまで待たせる気だよ。こっちはトイレに来たんだけど。



「きり…きり……、…切原くん!ね!」

「そーっス。切原赤也。みんな赤也って呼んでるんで赤也でいいっスよ。」



全然、社交辞令。これから先呼ばれることがあんのかないのか知らないけど。はじめましての自己紹介のときはだいたい言ってる。



「わかった!赤也ね!」



笑うとちょっと可愛かった。40点は低すぎたかも。50点で。



「どーっスか、立海。慣れました?」

「うーん、まぁ…まぁ…まぁまぁ!」



結局どっちだよ。けっこう突っ込みどころ多いな、この人。



「クラスの人はまぁ慣れたけど、あとは部活かな。あ、女子は大丈夫だけど、男子はまだ全然話してないなぁ。」

「今あっちにいんのがレギュラーっスから、その辺と話せりゃ問題ないっスよ。」

「そっか!えーっと、なんだっけ、今いないけど…真田くん?」

「副部長?」

「そーそー、あの人ほんとに中三?」

「ははっ、それはみんな疑ってるっスよ。」

「老けすぎだよね!よく見るとシワあるし。最初OBかと思っちゃった。あとさぁ、真田くんと一緒にいる柳くん?あの人はいつも目閉じてるし。よく歩けるよねー。」

「ぷぷっ!確かに!」

「あと、あそこにいる赤い髪の丸井くん?よく食べるよねぇ。」

「いや、先輩のが食ってましたよ、ドーナツ。」

「ええ!嘘!」

「マジマジ。ブン太先輩5個、先輩8個っしょ?」

「えー!それじゃなんかあたしが大食いみたい。」

「みたいじゃなくて、大食いなんスよ。」

「きょ、今日はちょっとお腹が空いてて…!」



てゆうか、なんやかんや男子の名前知ってんのな。ぱっと出てこなかったの俺だけか。まぁ二年だししょーがねーけど、なんとなく…、悔しい。



「なんか立海っておもしろい人多くて楽しいなぁ。ね!」



ね、って言われても俺もともと立海なんスけど。
それにしてもよく喋る人。すっげー明るい。



「あれ?トイレ行きたいんじゃない?」

「あ、」



完全に忘れてた。でも別にずっと喋っててもよかったかもな。

すっげーよく食う、すっげーよく喋る、
それがこの人の、第一印象。

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