Race.4「いねむりうさぎ」

かったりぃ。
夏休み、最終日。
部活も休みの今日、普通なら遊んでるはずなんだけど。


「赤也!よそ見をするな。」


なんであのオッサ…真田副部長は竹刀片手に俺の周りぐるぐる回ってんスか。


「ヒロシー、ここわかんね。」


席二つ空けて右隣にはブン太先輩。
その前に柳生先輩。


「参謀。ここはこれでいいんかの?」


席一つ空けて左隣には仁王先輩。
その前には柳先輩。


「どうした?赤也。わかんないなら積極的に質問したほうがいいよ。」


俺の前に真田副部長、
その背後、恐れ多くも教卓に座ってるのは微笑む幸村部長。(似合いすぎ。)


「いや、まだ大丈夫っス。」


レギュラーは夏休み中、テニスばかりで宿題が疎かになっただろうって、幸村部長がこんな勉強会を開催した。
勘弁してよ。


「真田、ここ教えてくれ。」


俺の斜め後ろに座るのはジャッカル先輩。真田副部長に質問するとは、勇者だ。

勉強できる組―幸村部長、真田副部長、柳先輩、柳生先輩―が、
問題児組―俺、ブン太先輩、ジャッカル先輩(国語)、仁王先輩(教えるの嫌だからできない振りしてる疑惑)―に、宿題を教えてる。

なんだってこんな今やんなきゃなんねーんだよ。
宿題は夏休み終わってからやるのが俺のポリシーなのに。


「それよりみんな、その宿題終わったらプールだから。」

「「え!?」」

「今日一日、テニス部の貸し切りだよ。みんな頑張ってくれ。」


よっしゃ!プールプール!
すげーテンション上がってきた!
だから今日、水着持参だったのかー!
ブン太先輩も俺同様、プールに反応して張り切ってきたらしい。

頑張って早く終わらせねーと!


「はい。終わったぜよ。」


いきなり、左の方から嫌な感じの声がした。
見ると、仁王先輩が余裕の笑顔で机の上を片付け始めてた。


「やはりな、仁王。できない振りをしている確率85%だった。」

「なんのことだか。それじゃあ俺はプール行っとるぜよ。お先に。」


やっぱりあんの人は!
そのまますたすた教室を出ていった。

その後も次々と宿題を終わらせ、ついにというか結局ブン太先輩と俺だけになった。


「ちっくしょー!つーかあいつら教えてくれんじゃなかったのかよ!」

「ほんとっスよ!」

「絶交だ!……あ?」


ブン太先輩の携帯にメールが届いたらしく、確認してる。


「げ、仁王からだ。…なになに、プールには女テニもおるよ、誰かさんなかなか胸あるのう、ごちそうさん……ってコラー!!」


一人ツッコミで立ち上がるブン太先輩。
つーか女テニもいんの?

あいつも、いんのかな…。
やべえ、想像しちまう。


「赤也!俺は宿題終わってねーけど行くぜ!千夏が変態に喰われちまう!」


高山サンもいんだからさすがに喰やしないだろうが。
でも俺も早くプール行きてぇ!
あいつに、会いたい。

や、水着だからとかそんなんじゃねーよ。
…まぁ半分ぐらいはそうだけど。一学期はほら、興味もなくて全然見てなかったし。それを今さら後悔してるわけだから。

とりあえずブン太先輩と一気に机片付けて、
真田副部長に怒られるとか、幸村部長にシメられるとか、そんなんどーでもよくなって、
プールに走ってった。



「ははっ、やっぱり来たか。」


幸村部長にはお見通しだったらしく、着いたとたんに笑われた。


「仁王がメール送ってたから、たぶんすぐ来るだろうと思ってたんだ。」


当の本人、エロ詐欺師は、高山サンといちゃいちゃ泳いでる。
あんなメール送ったなんて彼女は知らねんだろうな。ご愁傷様。


「やっほぉーい!」


ブン太先輩はシャワーも浴びずにプールに飛び込んだ。
水しぶきが飛んで、マジ迷惑。
そのプールの水面には太陽が反射して、キラキラしてる。

夏は終わりに近いのに、
まだまだ遊ぼうぜって、誘われてる気がした。

眩しさに目を細めながらあいつを探すと。
すぐ見つかった。
端っこで、プールサイドに座って足だけ突っ込んでバシャバシャやってる。
一人だ。ナイス。


「なーにやってんスか。」

「うぁ、切原!」



俺に気付くと、両手で前を隠した。
そんな裸じゃねんだから隠すなって。

華奢…とまでは言えない女の子らしい体つきで。
ほんとに毎日テニスしてんの?って疑いたくなるぐらい白い肌に。
俺の気持ちが高ぶる。

俺も隣に座ってプールに足を突っ込んだ。


「泳がないんスか?」

「うーん…、」

「まさか、泳げないとか?」

「えへへ。」


水怖いんだもんって、恥ずかしそうに笑ってる。
このキラキラしてるプールのせいか、
こいつの笑顔も、キラキラしてる。


「切原は?泳がないの?」

「んー…、」


泳ぎたいけど。
ちょっと離れたとこで、ブン太先輩や千夏さんや、ジャッカル先輩が楽しそうにはしゃいでるから。
仁王先輩も高山サンも、集まってきた。

楽しそう、だけど。


「まだいい。」


こいつを置いて飛び込めなくて。
こんな、どーでもいいときまで、ほっとけねぇって、思ってる。
重症だな。手遅れかも。


「あー、あちー!」


俺はゴロンと後ろに倒れ込んだ。
朝早かったから、眠いんだよ。

でも、後ろから見るこいつが、
足バシャバシャやってるのが、
妙にドキドキしちまって。眠れません。
寝たふり、薄目片っぽ開けて見つめてた。

もしかしてちょっと髪染めたのかな、
太陽にあたって、明るい茶色になってる。
のろいくせに、オシャレにはけっこー気遣ってんのは知ってる。
女が好きそうな細々したアクセサリーとか、小物類いっぱい持ってんのも知ってる。
たぶん、そーゆうのにも一生懸命なんだろな。


「切原。」

「あー?」

「あたし、泳ぎたい。」


こいつはいつも突発的なことしか言えないのかね。
てかカナヅチなんだろ?

何にでも一生懸命。
負けず嫌い、か。
俺とは正反対に、のんびりしたやつだけど、
変なとこで似てるかも。
度を越すとわがままだけどな。

泳げない。けど、泳ぎたい。
わかりました。
その願い、叶えましょう。

俺は先にプールに飛び込んだ。
そんで両手を差し延べる。


「ほら、入って。」

「えー!」

「支えるから大丈夫。絶対溺れさせないから。」


恐る恐る俺の手に捕まりながら、プールに体を沈める。

プールだから、あんまわかんねーけど、
実際なら有り得ない体勢。
俺はこいつの腰に手を回して。
こいつは俺の首にしがみついてるし。
体ちょー密着。思っていた以上に柔らかいこいつの体に、もー爆発寸前な感じ。

周りの目とかどーでもよくって、
ドキドキして、うれしかった。
変態じゃねーぜ、あくまで俺はピュアだ。


「んじゃ、泳ぎますか。後ろ乗っかって、おんぶみたいに。」

「…こう?」

「赤也号いっきまーす!」

「わっ!」


俺は泳ぎ始めた。
背中にこいつを乗せて。

あー小さい胸が当たる、なんてエロいことも考えながら。
背中の早川は、ケラケラ笑って、すげー楽しそうにしてた。
喜んでくれてよかった。
俺たぶん、今はお前のこと離せねぇ。
こいつが鈍臭いとか、のろまだとか、それもあるけど。

こんな暴走男が、いつも人より早く行動したい俺が、お前のためなら立ち止まる。

時々、耳元にかかる息に、体が反応して、ああ俺は、こいつのこと、
好きになったんだって。


夏が終わる。
三年は引退して、俺は一人になっちまうって、ずっと思ってた。

でもこいつがいるなら、
来年からもがんばれそうな気がした。
走って、上へ上へ、行けそうな気がした。
一緒にいてくれるなら。

ただ今は、のろまなお前を、待ってたい。
早く追いつけよ。



「今日はありがとうね。」

「いーえ。」

「ほんとに泳いでるみたいに楽しかった!」


帰り道、そっち方面に用があるって嘘ついて送ってった。
俺も楽しかったって言ったら、にっこり笑ってくれた。
その上まだ髪が濡れてる早川は、ちょっと色っぽい。

俺は、同学年はみんなガキだと思ってたけど。
たぶんそんなこと考えてた俺自体ガキだったんだな。


「明日から二学期始まるねー。」

「あー、宿題終わってねぇ!」

「あれ?今日やってなかった?」

「ブン太先輩と途中で投げ出した。」

「あははっ、丸井先輩もか!」

「あの人、俺よりやばいよ。」

「おもしろい人だよね。いなくなるの寂しいな。」


そう呟いた早川は、本当に寂しそうだった。
それ見てなんか、無性にブン太先輩に妬いた、と同時に、

たまらなく、さびしくなった。


「先輩いなくても頑張らなくちゃね!」


オレンジの空を見上げて、声を張ったこいつは、逞しく見えた。


「切原は、立海背負ってくんだよ。」


夕日はオレンジ、立海の色。
この空を背に、俺は、上へ駆け登ってやる。


「当然でしょ。お前が傍にいてくれんなら、頑張れる。」


夕日が反射したせいか。
こいつの顔が赤くなってくみたいだ。


「か…、彼氏候補っスか?」

「っス。」


俺もずいぶん大胆なこと言うよ。
寸止めもいいとこ。
早く告っちまえばいーのに。
上手く言葉が見つからなくて。
こいつの、のろさがうつったんだと、
理不尽にキレてみた。心の中で。

今日、このオレンジに誓ったことを、
俺は忘れないから、
お前も忘れんなよ。


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