Race.3「のんびりいきましょう」

「あー、うっめー!」


隣の食いしん坊先輩は、二個目のアイスにかぶりついて叫ぶ。
腹壊さねーのかな。

今は夏休み。練習中。
のはずだけど、今日はロードワークから始まって、
暑いし疲れたーっつってわがままブン太がコンビニに寄るっつーから寄って、十分涼んだところで外の駐車場に出てアイス食ってる。

もちろん、こんなとこを真田副部長に見られたら…、
考えるだけで恐ろしい。


「やっぱ夏はアイスだな!……あれ?」

「どーしたんスか?」


ブン太先輩の目線を辿ると。
ひょこひょこというか、のろのろ歩きながらくる女がいた。
こっちに向かってくる。


「早川。」

「あ、切原…と、丸井先輩こんにちは!」


ちょっと離れたところで一度立ち止まり、ブン太先輩に深々とお辞儀をした。…そんなんいいから早くこっちくりゃいーのに。

相変わらずのろのろと、こっちに歩いてくる姿を見てると。
…あれ、ちょっと歩き方おかしくね?


「おーっす、亜季。お前もサボり?」


え、何この人。いつの間に呼び捨て?千夏さんのがうつったのか。
そーいやこないだ三人でケーキバイキング行ったっつってたな。
てことは早川も大食い族か。

つーか、サボりなんて人聞き悪いじゃないっスか。


「えっと、サボりじゃなくて…、丸井先輩、大変です!」

「え?なにが?」

「松浦先輩が、練習中倒れたんです!」

「「マジで!?」」


俺とブン太先輩は同時に叫んだ。
ブン太先輩はもちろんだけど、俺だって千夏さんの一大事はほっとけねー。


「でも先生とかいなくて、熱もあるみたいだからあたし、氷買いにきたんです。」

「そっか…日射病とかかな…。早く氷買ってかねーと!」


普段滅多に見れない不安な表情のブン太先輩は、慌ててコンビニに入ろうとした。きっとうっかりアイスを落としたことにも気付いてない。


「あ、丸井先輩はとりあえず早く行ってあげてください!あたしが氷買って行きます!」

「じゃあ頼んでいいか!?ありがとう!」


そのまま全力で走ってった。
さっきまでバテバテだったくせに。


「切原も心配でしょ?早く行ってあげなよ。」


そう言うと、早川はコンビニに入ってった。

心配。心配。確かにすげー心配。
千夏さんはよく無理するから、きっとぎりぎりまで練習し続けたんだろう。もうすぐ全国だから。
熱もあるって、病院行かなくて大丈夫かよ。
ブン太先輩がいるから、俺なんか行ったところで何も変わらねーけど。
でも、心配。

そう思って、俺はブン太先輩の後を追おうとした、けど。
さっきの、あいつの歩き方が気になった。


「あれ?どうしたの?行かないの?」


そうこうしてるうちに早川は氷を手に出てきた。


「先に行ってていいよ。あたし歩くの遅いから。何だったら氷ごと先に、」


差し出された氷をそのまま受け取る。
このままこれを持って先に行ったほうが…、
いや、それは無理。


「あんたさ、足くじいたっしょ?」


たぶん右足。ひょこひょこ歩いてるから。


「…松浦先輩が倒れたとき、支えなきゃと思って駆け込んだんだけど、その時…。」

「鈍臭せーな。」

「おまけに間に合わなくて普通に先輩倒れちゃった。」

「くじき損じゃん。」


俺は背を向けてしゃがんだ。


「ほら、おんぶ。」

「えぇ!?いい!いいっス!」

「いいっスじゃねーよ。ただでさえのろいんだから、日が暮れるし。」


早く早くって、急かすと、早川は恐る恐る乗ってきた。肩に手を添えて。


「よいしょ。」


軽々と持ち上がったこいつのせいで、
背中がじんわり、熱くなった。
こいつこそ熱あんじゃねーかと疑いたくなった。

先行ってもよかったんだけど、
千夏さん、心配だけど。


「…あ、ありがと。」

「いーえ。」


こいつはほっとけねぇ。
なんでかわかんないけど。

レギュラーとれないのに、
たぶん頑張っても無理そうなのに(運動音痴だし)、
毎日一生懸命練習してる。
頑張れって、言いたくなった。


“松浦先輩になりたい”


あー、思い出しちまった。
なんか照れてきた。
背中も熱いし、氷溶けたらどーしよ。


「切原。」

「ん?」

「あたしは来年からも、ずっといるよ。」


またこいつは意味不明なことを。
これってそーゆう意味なんかねぇ。


「彼女候補っスか?」

「っス。」


おんぶしててよかった。
俺の顔、今半端なくにやけてる。

氷溶けそうだけど、
千夏さん、心配だけど、
このままこいつをおんぶしたまま、
背中に感じたまま、
ゆっくり歩いてった。

同じぐらいのペースで、自分の中の何かがふわっと浮き上がっていく気がした。



保健室に着くと、


「ちょー心配したぜ。」

「ごめんねー。心配してくれてありがと。」

「お前のためならなんだってするし。安静にしてろよ?今日は送ってくから。」

「ほんと?やったぁ。」

「ついでに泊まってく。今親いねんだろ?」

「あ、そっちが目的でしょ?」

「ビンゴ!」

「変態ー!」

「好きだからしょーがねーじゃん。」

「もー。」


いちゃついてた。このバカップルめ。
早川には止められたけど、俺は遠慮せずずかずか入りこむ。


「氷、買ってきたんスけど。」


げ!とか言いながら、ブン太先輩と千夏さんは、慌てて繋いでた手を離した。
今更遅いから。


「お前ノックぐらいしろい!」


病院じゃねんだから。
隣の早川には刺激が強かったらしく、顔が赤い。


「あ、亜季ちゃん!氷ありがとう!」

「はい!」


早川はのろのろと、氷枕の準備を始めようとした。
けど、俺はその氷を奪った。


「足くじいてんだから座ってなって。」

「え、でも、切原は練習行ったほうが…、」

「平気平気。これ作ったらあんたの手当てもするから。」


小さくありがとうと呟いて、早川は座った。
ブン太先輩たちのとこは気まずいらしく、俺のすぐ後ろにいた。


「切原って、」

「んー?」

「背中意外とおっきいね。」


褒めてんのかは微妙だけど。
何となく、恥ずかしくて、
うれしくなった。


「帰りもおんぶしてってほしいんスか?」

「いやいや!ちゃんと自分で帰れるよ!」

「あっそ。」


引き下がんないけどね。
無理矢理にでも送ってってやる。

てか、なんで俺こんなこと考えてんだろ。
さっきの、ブン太先輩と千夏さんを見て、別に何も思わなかったし。あ、バカップルだとは思ったけど。
千夏さんが心配だけど、それ以上にこいつのが心配って思っちまったり。


「切原、氷入れすぎ!」


ぼーっとしながら氷詰め込んでたら、溢れてた。
早川の手が俺を止める。
じんわり、まだ汗の引いてなかった俺の腕に、こいつの手が重なって。
また厄介なことになっちまう気がした。

俺は決めてたんだ。しばらく恋すんのやめようって。
だって、前回は惨敗だったし。
あんなカッコ悪いの、もうやだって。


「切原?」


ほらね、こいつがいつの間にか可愛くなってる。可愛くみえてる。
これはあれの前兆。
俺の大嫌いなやつだ。


「大丈夫だよ。切原にはテニスがあるじゃん。」

「…は?」


またまた意味不明だよ。あんたこそ大丈夫?


「テニスしてるときの切原、すごくいいもん。恋は…、うまくいかなかったけど。」


もしかして、まだ俺が千夏さんを好きだと思ってんのかな。
それは……まずいような。


「切原はあたしの憧れだから、頑張ってほしい!応援してるよ!」


のろまなくせに、俺より先に言いたいこと言うなよ。
頑張れって言いたいのは俺だから。


「早川。」

「は、はい!」


俺が憎まれ口じゃなくてこんな気の利いたこと言うのはマジレアだよ。


「あんたは千夏さんになんなくていいよ。そのまんまで十分、」


可愛いとか、魅力的だとか、
あとの言葉は想像してくれ。
たぶんいい意味の言葉だいたい当てはまるからさ。
早川はほっぺた染めて、またありがとうって呟いた。

ま、テニスは目指したほうがいいんじゃないっスかって付け足したら、
膨れながら笑ってた。


ゆっくりでいんだと思う。
俺はせっかちだから、なんでも人よか早くって、思っちまうけど、
あんたみたいにのんびり、穏やかなのも悪くないって。
のろくたって、絶対前には進んでるから。



帰り、やっぱり遠慮しまくりな早川を押し切って、チャリの後ろに乗っけた。


「もうすぐ全国始まるね!」

「あー。」

「負けないと思うけど、頑張って!」

「当然。優勝したら真っ先に教えるから!」


そんで、お前のために頑張ったって言いてぇ。
なんて、俺はかなりせっかちだと、
今更思った。


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