Race.11「なみだのゆくえ」

着いたら、もう真っ暗だった。
門をよじ登り、校庭に入り込む。


「ほら。」


先に降りた俺は、手を広げて亜季を受けとめる。
素直に飛び込んできた亜季は、俺にしがみついて可愛くて。
一瞬目的を忘れて抱きしめた。


「き、切原…、」

「ん?…ああ。」


こんな目立つとこで目立つことやってちゃ警備員の人に見つかっちまうな。
校舎裏に向かう。


「あ、あった。」


草むらの中に、そいつはあった。
でかい紙袋。今日見た中で一番大きい。
亜季は、それを俺に渡す。


「遅くなってごめんね。あたしからのプレゼント。」


お口に合うかわかりませんが、と照れ隠し。
俺があんたからもらったもの、合わないはずねーし。
お菓子かな?


「サンキュー!マジうれしい!」


さっきの続き。
俺は亜季に抱きついた。
この場所なら人来ても隠れられるし、校舎側からは見えない。

好きって気持ち、目一杯込めて、抱きしめた。
どうやらこいつはまだ疑ってるっぽいし。
確かにちょっと誤解を招くような発言した俺も、悪かったかも。
前に千夏さんが好きだったって、知ってたもんな。

てことは、今日元気なかったのは、やっぱ俺のせい。
あの話、勘違いして。


俺たちはしばらくそのままでいた。
こいつは何考えてるかわかんねぇけど、拒否はしないし、
むしろ、体にかかる重みで、だんだん亜季も俺にくっついてきてることに気付いた。

今日元気なかった原因。
今までの俺ら。
たった今、俺の腕の中にいること。
それを考えるとこいつの気持ち、もう十分わかった。
でもちゃんと聞きたい。
と、その前に。


「これ、開けていい?」


せっかくくれたんだから、早く見たい。
その袋は、今日もらったどのプレゼントよりもでかかった。


「ここではやめたほうがいいかも。開けづらいよ。」

「んー、じゃあ部室でも行くか。」


俺部室の鍵持ってるし。部長の特権。
ただし、朝いつも鍵開けんのは副部長のやつだけど。

中入って、電気はつけなかった。ばれたらやばいし。
まだちょっと違和感ある部室。
先輩たちが引退したんで、一応その辺のものは片付けた。
相変わらずブン太先輩のお菓子やら仁王先輩のよくわかんない玩具は転がってるけど。

椅子に座ると、向かいの椅子に亜季は座った。
机が邪魔して、ちょっと遠い。
そんなこと考えながら、紙袋に入ってた箱を取り出す。
フタを開けると、
でかいショートケーキだった。

あーブン太先輩がいなくてよかった。
食われたらたまんねー。
一口もやりたくないし。


「うまそーじゃん!食っていい?」

「あ、待って待って、ロウソク。」


亜季はショートケーキに、14本のロウソクを刺した。


「火持ってんの?」

「…ないけど、」


雰囲気、ロウソクあったほうがいいじゃないって、
まぁ確かに。


「……Happy birthday to you〜♪」


亜季は、静かに手拍子しながら歌い始めた。
すっげー恥ずかしそうに。
てか、俺も恥ずかしくて。
別に歌わなくてもいんだけどって思ったけど。

でもなんか、鼻の奥がツンとしてきた。
やべぇ、俺、感動してんだ。
くすぐったくて、照れるし、恥ずかしいのに。

俺の生まれてきた日。
俺の日。
祝ってもらうことがこんなにうれしいなんて。
世界で一番、大好きなやつからもらう、
世界で一番、きれいな歌。


「Happy birthday dear……、あ、」

「?」

「…赤也。」


初めて聞いた、こいつの口からの、俺。


「…は、Happy birthday to you〜♪」


歌い切って、笑顔で拍手する亜季。
照れてんの丸分かりだから。
ほんとに、こいつは。ドキドキばっかさせやがって。


「ふぅーっ。」


ちゃんとロウソクも消す、ふり。
喜んで、また拍手をした。
なんかままごとっぽいけどよ。
俺らにはぴったりな気がした。

部室には、フォークはないけど割り箸はあった。(柳生先輩のところてん用かな。)

それ使って二人でケーキを食べる。
美味くて美味くて。
途中何度か、泣きそうになった。
ありがとうって。
人への感謝って、意外と心地いいんだな。


「切原。」

「ん?」

「おいしい?」

「おいしいに決まってんだろ?へへっ!」

「切原。」

「おう。」

「好きだよ。」

「なんだよ、急に!へへっ!………って、えぇ!?」


俺は勢いよく椅子から立ち上がり、
勢い余って椅子は後ろに倒れた。

だって、あまりにも突然すぎて。
聞き逃すとこだった…!
わかっちゃいたけど、
たぶん俺のこと好きってことも、
こいつがいつも、いきなり結論述べることも!

目の前のこいつは、えへへーって、照れてる。
えへへじゃねーよ!うれしいけど…、


「…わりぃ、聞こえなかった。」

「……はい?」

「もう一回言ってよ。」


意地悪なんてゆーなよ。
その言葉、どれっだけ俺が待ってたと思ってんの?


「えっと、あたしは切原が…、」

「ちょーっと待った。俺さぁ、耳悪くて。」

「はい?」

「机あるせいで遠くて聞こえないんスよね〜。だから、こっち来て。」


俺は自分の隣の椅子をぽんぽんと叩く。
少し不思議な顔はしたけど、素直に亜季は隣に来た。


「あたしは切は…、」

「切原って誰?」


にやっと笑う俺を見て、からかわれてると思ったんだろ、亜季は軽く膨れた。からかってねーのに。
名前で呼ばれたいだけ。
赤也って、こいつの声で聞きたいだけ。

そんな膨れるこいつに笑っちまって、俺は油断してた。


「赤也が好き。」


立ち上がって抱きついてきた亜季に、
心の準備が一切できてなかった俺は、心臓が破裂しそうになる。

わかっちゃいたけど、こいつの気持ちも、
いきなり結論述べるやつだってことも。
でも抱きついてくんのは予想できなかった。

好きって言葉に。
飛び込んできたこいつに。
おとなしくならない身体中のドキドキ。
堪えきれない気持ちが伝わるように、ただ夢中で、抱きしめた。
ありがとうと、好きを、代わる代わる言い合って。

俺がこんな甘い時間を経験するなんて、あんま想像つかなかった。
まだまだ先の話だって。
でもこの数ヵ月で、俺は成長したと思う。
テニスの腕はもちろん、精神的にも。
まだまだ修行が足りないのはわかる。
でもそこがわかるようになった時点で成長したってこと。
今までは相手の気持ちなんてどーでもよかった。

今じゃ、こいつのことばっか考えてる。
俺は、どーやったらこいつを幸せにできるかなんてわかんねぇ。
たぶん、女の子が夢見るようなロマンチックなことはできねーよ。気も利く方じゃねぇし。
そんな俺でも、こいつに約束できることはある。


「俺、亜季のこと、世界で一番愛してやる。」


それがこいつの幸せにつながりますように。


「期待してるっス。」


耳元で囁かれて、
こいつの方が一枚上手な気がした。


「亜季、」

「?」

「キスしていい?」


俺がそう言った瞬間、
亜季は勢いよく後ろに下がった。
嫌ってことっスか?


「俺、こないだからお前にキスしたくてしたくて。」

「な、何言ってんの!」

「お前が変なこと言うからだろ?キスされると思ったーとか。」


部室内は暗いけど、何となく亜季の顔が赤くなってきたのはわかった。
構わず俺は、亜季に顔を近付ける。


「な、いいじゃん?」

「ちょ…!近い…!」


ドキドキしてそうな顔が、逆に色っぽくて。
こんな状況で我慢できるかよ。


「き…赤也…!」

「黙れって。」


ケーキもうれしいけど、
一番のプレゼントはキスだなーなんて思った。
たぶん人生で最高に幸せな日になる……、



―♪〜♪♪〜



…ところまであと5ミリ。
恐ろしいほどに空気の読めないこの電話の相手は、だいたい予想がついた。
着信画面の名前を見てやっぱり。
最高のタイミング。絶対どっかで見てんだろ。


「早く出なよ。丸井先輩?仁王先輩?」


にっこり笑って亜季が促す。
ああ、俺もいつの間にか笑ってた?


「…ハイハイ。」

『もしもし、赤也?俺俺。』

「新手の詐欺なら切りますよ。」

『お前今どこいんの?千夏んちの前通ったら暗いし、中誰もいねーし。』

「あー、今学校っス。」

『学校!?なにしてんだよ?亜季は?』

「忘れ物取りに。亜季も一緒っス。」

『忘れ物ぉ?………おい、赤也たち今学校だってよ!』


どうやらブン太先輩の後ろにはみんないるらしく、騒がしい。
忘れ物はデータになかったとか、じゃあ賭けはどーすんの?とか聞こえた。

賭け?


『ちなみにだな、お前、亜季とはうまくいっ…、』

「先輩たち!もしかして俺で賭けしてたんスか!?」

『へ!?い、いや!』


やーっぱり!最低だ!こいつら最低だ!
電話の向こうで必死で言い訳をしてるブン太先輩の横から、貸しんしゃいって、嫌な感じの声が聞こえてきた。


『プレゼント、気に入ってくれたかの?』

「気に入ると思うことに驚きっス。」

『俺の愛用しとるやつなのに。冷たいのう。』

「…まぁその内使いますけど。てか、用はなんなんスか?」

『今から仕切り直し。千夏んちでパーティーやるぜよ、お前さんたちもはよ来んしゃい。』


電話切られる間際に、マジで俺今ケーキ焼いてるからな!ってブン太先輩の声が聞こえた。

亜季の顔見たら、ケラケラ笑ってる。
そりゃこんな静かな空間なんだから、話聞こえるよな。


「最高の先輩たちだね。」


最低の間違いだろ。
…いや、間違いじゃねーか?


「じゃ、行きますか。」

「あ、赤也。」


立ち上がりかけたそのとき、
俺のほっぺたにふんわりした感触。


「今日はほっぺで我慢ね。」


ほっぺたに手を当てると。
どんどん、身体中高ぶるのを感じて。


「できるかよ!」


パーティー出遅れ覚悟して。
俺の人生で最高の一日になった。


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