epilogue



「ここはね、えっと…」

「あー…わかんね」


学校帰りにブン太くんちへ行き、一戸建ての2階にあるブン太くんの部屋の小さなテーブルにて、二人で勉強を始めること30分。早くも彼は数学を投げ出し気味だ。

聞いていた通りお家には誰もいなかった。小学生の上の弟さんのご近所行事があるらしく、お母さんやおばあちゃん、下の弟さんがそこに参加しているとのこと。そしてお父さんはもちろん仕事があるので帰ってくるのは夜。


「ちょっと休憩ー」


そう言ってブン太くんはジュースを飲みながら、背もたれ代わりのベッドに頭を乗せ足を伸ばした。

…テニスやお菓子を作るときは何時間でも集中するのに、勉強となると集中力がなくなる。でもブン太くんらしいなぁって笑った。

お家で二人きりとか、すごく緊張するしいろいろ考えちゃうこともあるけど、ブン太くんはいつも通りだし、きっとこのままのんびりと過ごしそうだなと思った。


「…あ」

「ん?」

「あれ、写真?見てもいい?」


私も休憩しようと思って、ふと周りを見渡すと、学習机に写真が飾ってあった。

どーぞーと言う言葉を聞いて、立ち上がり学習机の前へ向かった。
写真立てを手に取りよく見てみると、その写真にはブン太くんと弟さんらしき小さい子どもが二人写っていた。場所は遊園地の入り口のようだ。


「…へー、弟さん二人とも、ブン太くんに似てるね」

「そうか?下のはまぁまぁ似てるけど、次男は俺と違って超絶イケメンになるって、母親が言ってるぜ」


確かに、次男と思われる中くらいのブン太くんは、こんなに小さいのに将来を期待できちゃうほどいい顔立ちだ。

でも、私としてはやっぱりブン太くんが一番かっこいい。というか、ブン太くん以上のイケメンとか想像つかないんだけど、お母さんはなんて贅沢な…。

ちらっとブン太くんを盗み見ようとすると、いつの間にか立ち上がっていて私のすぐ斜め後ろにいた。


「春休みさ、どっか遠くに遊びに行こうぜ」

「いいね!どこか行きたい!」

「この遊園地は前に赤也たちと行っただろい。なんか別の場所で行きたいとこある?」

「そうだなぁ…、水族館は冬休みに行ったよね」

「東京の動物園も行ったよな」

「それならー…、あ、イチゴ狩りとかは?」

「おお、いいじゃんそれ!その場で食えるし!」

「そう、持ち帰りもできるし……」


ぎゅっと横からブン太くんの腕が私の腰に回り、思わず写真立てを落としそうになる。


「いっぱい食いたいな」

「…う、うん!食いたいね!」


急に緊張してきてしまった私がわかったんだろう、ブン太くんは少し吹き出して笑った。
そしてもっと腕の力が強まり、顔を私の首元に埋めた。


「くすぐったい?」

「…ううん」

「ほんといい匂い」


正直言うとちょっとくすぐったいけど…。でもなんだろう、幸せって言うのか…。私もブン太くんの頭に顔をくっつけると、シャンプーのいい香りがした。それにとろけそうになって、くすぐったさを超える心地良さがある気がする。

少しして顔を上げたブン太くんは、私に優しく触れるキスをした。でもそれは最初だけで、だんだんと大きく啄ばむようになっていく。


「あっち行ってしよ」


手を引かれ一歩二歩三歩。先にブン太くんがベッドの上に座った。そして体ごと引かれ、すっぽりとブン太くんの腕や足の間に収まる。


「もう勉強とかどーでもいいよな」

「あれ、赤点は嫌なんじゃなかったの?」

「うーん…、なんかそれももうどーでもよくなったわ」


もともと投げ出し気味だったし、今のこの状態で、ブン太くんはこれ以上勉強のことは考えたくなさそうだ。

それは私も同じく。ドキドキするし緊張もするし、何も考えられない。もう目の前のブン太くんに必死。
至近距離でじっと見つめられると恥ずかしくて、間がもたなくて、思わず私からねだってしまった。

そこから途切れないたくさんのキスは、すごく刺激的な音と味がする。溶けそうなほど熱くて甘い感触に、時間もどのくらい経ったのかわからないぐらい、夢中になってキスをした。

少し唇が離れたとき呼吸は弾んでいたけど、そんな少しの間さえ我慢できず、またすぐお互いに吸いつく。そしてブン太くんの手が私の胸に触れると、軽く体ごと押されて、キスをしたまま自然と後ろに倒れ込んだ。


「大好き」


囁かれたあと、その耳に舌が這う。少しのくすぐったさに体を動かすと、がっちりと手と足で挟まれた。

私も大好き。もうね、勉強は本当にどうでもいい。このままだとどうにかなっちゃいそうだけど、このまま……。

ブン太くんの手がワイシャツの中に入り素肌に触れたとき。
………あれ?


「…今、あれ…気のせいかな?」

「ん?なにが?」

「ガチャガチャって、音が…」


お互い耳をすませた。
…バタン、ガサガサ、確かに聞こえてきて…。


「ただいまー!」

「あれ、お兄ちゃん帰って来てるねぇ」

「ブンちゃーん!ただいまー!」


下から、小さな子どもと女性の声が聞こえてきた。…これはもう決定的だった。


「…やべぇ!帰ってきた!」

「え?え!?」

「下のチビだ!たぶんばあちゃんもいる!」


二人で飛び起き、乱れていた制服や髪の毛を急いで整える。
やばいやばいやばい…!何がやばいって…えーっとえーっと……。


「とりあえず下に行くか!」

「う、うん…!」


一緒に部屋を飛び出ると、…危なかった。もう弟さんとおばあちゃんが階段を上り途中だった。危なかった…!

あら〜女の子遊びに来てたの〜なんて穏やかな笑顔で言うおばあちゃんと、その後ろに隠れて様子を伺う完全に人見知り期の弟さんに、初対面。初めましての挨拶とともに下のリビングで、一緒にティータイムとなった。

もちろんそのあと勉強はしていない。私こそ赤点だったらどうしよう。



「なんかごめんな。結局チビたちの相手させちまって」


晩ご飯前に丸井家を出て、近くまでブン太くんに送ってもらっているその道で、申し訳なさそうに言われた。

おばあちゃんたちが帰宅したあとちょっとしてからお母さんと噂のイケメン次男くんも帰ってきて、その弟さんたちとブン太くんと私とでしばらく遊んだ。最初は人見知りモードだった下の子も最終的には懐いてくれたようで、私としてはうれしかった。


「ううん、楽しかったよ」

「帰ってくる前に連絡してって言ってたんだけどな」

「まぁしょうがないよ」


4人で買い物をして帰るはずが、下の子がぐずり始めたそうで、おばあちゃんと早めの帰宅になったらしい。

ブン太くんは、あーあと心底残念そうだけど、それでも、今日のことだけでも私は楽しかった。


「春休み入ったらイチゴ狩りの計画立てないとね」

「だな。あとでいつ部活休みか連絡するわ」

「うん!」


繋がれた手を二人でブンブン振りながらゆっくり歩いた。お別れの時間が近づいている。でもあっという間にそのときは来てしまう。


「それじゃあ、今日はありがとうね」

「いーえ。家着いたら連絡ちょうだい」

「うん!」


家への道を一歩踏み出すけど、手だけ名残惜しく繋いで伸ばしたまま。なかなかどちらからも離せない。


「よし、いっせーのせで離そうぜ」

「うん」

「真帆から言って」

「じゃあ…、いっせーのーー…」


“せ”を言わなかったら、ブン太くんも言わなかった。そして手も離さない。おかしくてお互い大きく笑った。


「ダメじゃん!」

「なかなかね、こうなると離せないよね」

「んじゃあ、これが最後な」


ぐいっと手を引かれ、少し離れていた距離がゼロになる。

ブン太くんの胸に飛び込んだと同時に、おでこにチュッとかわいらしいキスをされた。


「おやすみ」

「…うん、おやすみ」

「気をつけて帰れよ」

「ブン太くんもね」


まだ寝る時間ではないけど、そんな気分。ブン太くんとの1日が終わりを告げた。
ただ、今日は終わりだけど、ブン太くんとの1日はこれからも毎日毎日続く。今日の終わりは寂しくても、明日への楽しみもある。

姿が見えなくなる最後の最後まで手を振った。
まもなく立海大附属中学の生活にも、こうやって少しの寂しさと明日への希望を感じながら、別れを告げるんだろう。



Fin


最後の最後までお付き合い頂きありがとうございました!

2016.03.17 モコ
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