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金曜日。たまにいい日だった金曜日も、今日で最後。
「よう」
5時間目と6時間目の間の休み時間。I組にやってきたブン太くんは、ジャッカルくんではなく迷わず私の席へとやって来た。
「あ、教科書?」
「いや、教科書はちゃんと持ってきてるぜ」
「?」
「あのさ、今日なんだけど」
そこで周りの視線に気づいたのか、ブン太くんの話は中断された。
さすがにもうたくさんの人に、うちらが付き合っていることは知られている。でもそのほとんどは、噂だったり友達の友達から聞いたレベルのもの。
だからちょっと居心地悪くて、二人でこそこそと教室を出て行った。
「やっぱあんなジロジロ見られると気まずいよな」
「うん、ちょっとね」
そんなことを笑って話しながら向かった先は、あまり時間はないけど屋上。
「おー、めっちゃくちゃ晴れてる」
ブン太くんの言う通り、空はきれいな青が広がっていて雲一つない。春らしく少し風が強くて、お互い髪の毛がふわふわとなびく。
「もうすぐ卒業だよなー」
「ねー。卒業式もこれぐらい晴れてたらいいなぁ」
「なー」
屋上のフェンスに張り付き校庭を見渡すブン太くんは、心なしか寂しそうだ。私もその隣で、フェンスにもたれかかった。
中高一貫とはいえ、やっぱり中学生であることから卒業するのは、少し寂しくもある。私もブン太くんも、それぞれ身近な友達で工業高校のほうに進学する人もいて、まったく同じ環境が続くわけじゃない。
「高校生って、どんな感じなんだろうね?」
「んー…、とりあえず勉強が難しくなる。あと学食メニューがグレードアップする、らしい」
「部活ももっとハードになりそうだね」
「大会前は死ぬかと思ったけど、高校だともっと死にそうなんだろうな」
「でもきっと楽しいよ。周りもブン太くんもレベルアップするだろうし」
「だな。あと、俺は高校でめっちゃ背伸ばすぜ!」
「じゃあ私は、大人っぽくきれいになる!」
全然想像つかないけど。例えばもっとメイクとかしたり、髪の毛も雑誌に載っているような雰囲気にしたり、かな。
でも本当に想像つかない。むしろ高校生でも今のまんま過ごして、大学生になったら華やかなデビューを!みたいに目論むことになるんじゃないかとさえ思った。
そんなことを考えていると、ブン太くんが私の顔を覗き込んできた。
「真帆は今のままでいいだろい」
「うーん、でも、もうちょっと何か変わりたい」
「ヤダ。このままがいい。…けど」
言いかけながらぎゅっとブン太くんは私を抱き締めた。
「ちょっと大人になっても、いいかもな。一緒に」
その発言の意味は、考えるだけでドキドキしてくる。ブン太くんと私との間で、変わったこともあれば変わらないままのこともある。
胸のドキドキが堪らなくなって、よりぎゅーっとすると、苦しーとブン太くんの笑った吐息が耳元に降りかかってくすぐったい。これだけで幸せなのに、この先なんて、私はどうなっちゃうんだろう。
「…高校でもずっと一緒にいたいね」
「うん。いような」
唇を重ねたところで、ちょうどチャイムが鳴った。残念そうなブン太くんからのため息が聞こえたけど、でも次は、本当に中学生最後の授業が待ってる。
「そういえば、今日なんだけど…ってさっき言ってなかった?」
「ああ、そうだった。今日なんだけど」
せめて廊下に出る前まではと、手を繋いで屋上の入り口までゆっくりと歩き出した。
「…やっぱやめとくわ」
「え?なに?なんで?」
「いや、さっきみたいな話をしたあとだと…」
ブン太くんが言うには、今日夕方まで家には誰もいないから、よかったら一緒に形ばかりの勉強でもしないかって、そんな話だった。
…なるほど。確かにさっきみたいな話をしたあとだと、意識するなというほうが難しい。…でも。
「…私は行きたいな、ブン太くんち」
「マジで?来てくれんの?」
屋上を出て階段を下りながら、そろそろまずいかと手を離した。
でも、私の言葉にブン太くんはものすごーくうれしそうな表情を見せた。…紳士だけど、やっぱり男子なんだなーと思いつつ、頷いた。
「じゃあ今日はうちでおベンキョーするか!」
「な、なんか言い方が…」
「気のせいだ。つーかちゃんと勉強もしようぜ。もう成績は関係ないけど、最後に数学も理科も赤点とかカッコ悪いだろい」
「じゃあ私がいろいろ教えてあげるよ」
「そっちの言い方のほうがエロくね?」
「それはもうブン太くんがそうやって考えちゃうからだよ」
「…まぁその、あくまで今日は勉強第一だからな。目的が違うから。ちゃんと我慢する。できる限り」
そんな頼りない言葉に、あははと二人で笑ったあとお互いの教室へと向かった。ちょっとの間離れるだけなのに、別れ際は寂しくて、ほんの少しだけ手を触れ合った。
体はお互い別の方向へ動き出し、手だけ名残惜しく伸ばしたまま。
「またあとでな」
「うん!最後の英語頑張って!」
「おう、真帆も頑張れ!」
卒業を控えている中、いろんなことやものとの別れに少し心がきゅっとなるけど。
まだ見えない先を楽しみに、ブン太くんといつまでも手を繋いで歩いて行けたらなぁと思った。
End..?
最後までお付き合い頂きありがとうございました!
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大人の階段を上りかける話です。