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3年に上がってからもう一年近くになる。来週頭から学年末テストも始まり、そしてそれも無事過ぎたらもうあっという間に卒業を迎える。

そんな中学最後のこの一年は、何も変わりばえがない、なんて言ったら嘘になる。
でも変わっていないこともたくさんある。

まず月曜日。風紀委員として週頭の服装検査の日だ。来週はもうテスト週間だから、実質最後の検査。


「では、本日も服装等問題のある生徒は名前とクラスを聞いて、リストに控えるように」


ずっと変わることのない真田くんのこの言葉は、今日で最後なのに、ああまた一週間が始まったなと感じることができる。そしてさっそく彼は、いつの間にか派手な髪色となっていた下級生の男子を捕まえたようだった。

あともうちょっと。腕時計で時間を確認したあと、学校へ向かってくるたくさんの生徒の流れに目を向けると、少し遠くに誰よりも目立つ赤い髪を見つけた。ブン太くん。

私の大好きな人であり、彼氏だ。

今なら真田くんは別の生徒を指導してる。早く、早くと思った。


「おはよ、真帆」


隣にいる同じクラスのジャッカルくんではなく、ブン太くんが私に声をかけた。


「おはよう、二人とも」

「いつも大変だよなぁ。ま、今日でこの面倒くせーのも終わりか」

「うん、今日で任務終了!」


かつてはこんなとき、ブン太くんはジャッカルくんの影に身を潜めていたものだけど、今は逆。ジャッカルくんはうちらに遠慮して、そばで微笑んでいるだけ。


「真田くんこっちに気づいてないから、早く行ったほうがいいよ」

「おう。最近すげーうるせんだよな。もーすぐ卒業式だからちゃんとしろーって」


心底面倒臭そうにブン太くんがため息を吐いた。それに思わず笑いつつ、私としてはもちろんずっと話していたいけど、真田くんに見つかる前に早く!という気持ちだった。


「じゃ、またな」


私の横を通る瞬間、ブン太くんは私の手に何かを入れてきた。

足早に去って行く二人を見送ってから、手のひらを開けて入れられたモノを確認した。
入っていたのはキャンディー。食べているのが真田くんに見つかったら、私こそ叱られちゃうけど。…こっそり目を盗んで口に含んだ。

メロンソーダっぽい味。しゅわ〜っと口の中に甘さもいっぱい広がった。いい月曜日だ。


火曜日。火曜日は4時間目に音楽があるから、いつも早めに移動をする。ブン太くんのB組がその前の時間だから、少しでも話せたらなーって。


「早く音楽室に行こー!」

「はいはい」


美岬もいつも通り小走りについて来てくれた。
でもその日は前の授業が長引いちゃって、音楽室に着いた頃にはもうすでにB組の誰もいなかった。

ああ残念だーと思いつつ、席に座ると。
机に何か文字が書いてあった。


“最後の音楽 楽しめよ!”


これははっきりとわかる、ブン太くんの字。ノートとかはけっこう雑に書く彼だけど、私へのメッセージはいつだって、こういう風に一文字一文字丁寧に書いてくれる。

そういえば今日で音楽の授業は最後なんだなーと思って、その文字は消さなかった。音楽の授業をブン太くんは好きだったけど、私も好きだった。こうやってみんなで歌うことはもうないかもしれない。
ちょっと感傷的になってしまった火曜日だった。


水曜日。もう窓側の席ではないから、B組の体育は見られない。でも、授業が始まる少し前に校庭を覗くと。
ブン太くんが(ついでに仁王くんも)いた。

気づくかなー上見てくれないかなー、そんな念が届いたのか、まもなくしてブン太くんの顔がこっちに向いた。
そばに仁王くんがいるからか、控えめだけど、笑って手を振ってくれた。

そしてやっぱり仁王くんに何か言われたのか、すぐにブン太くんは仁王くんを蹴る作業に移ったようだ。
相変わらず楽しそうな彼を見ることができて、これからもこういう姿が見れたらいいなと思った、そんな水曜日だった。


木曜日。4時間目の体育が終わったと同時に走り出した。目的地は食堂だ。そこでブン太くんに会えるから。

今日は私のほうが早かったようで、先に自販機でジュースを買おうと小銭を入れると。
後ろから手が伸びてきて、ピッと勝手に誰かに押された。もう季節的に温かくなってきてるというのに、押されたのは“あったか〜い”のミルクティー。


「ちょっと!」


振り返る前から、そんなことをするのは誰かなんてわかっていた。ブン太くん?そんなわけはない。


「ちょうど飲みたかったんじゃ。いらんなら俺がもらうぜよ」


犯人は、いつものように追い剥ぎをする仁王くん。膨れる私の顔を見て笑われた。

じゃあお金をくださいと手を出すと、まるで犬がするお手のように、丸めた彼の手を乗せられた。ニヤ〜っとしたその顔……憎たらしい!


「何してんの」


タイミングが悪過ぎる。私と仁王くんの手がまるで繋いであるかのようなこの状態で、ブン太くんが来てしまった。勢い良く仁王くんの手は払ったけど、案の定ブン太くんは、さっきの私以上の膨れっ面だ。


「ははっ、そんな怒りなさんなって」


ぺろっと舌を出しておかしそうに笑った仁王くんは、自販機からさっきのミルクティーを取り出すと、そそくさと退散してしまった。私のミルクティーが…!お金はジュース1本分しか持ってなかったのに。


「…ブン太くん」

「なに」

「ちょっとの間だけ、お金貸してください!」


ブン太くんは思っていたよりもずっとヤキモチ妬きで、些細なことでも単なる誤解でも、すぐに拗ねる。それを自分自身気にしている節もある。

でも、何も言わずに溜め込むよりは言ってくれたほうがいい。私はそう言った。少なくとも付き合った当初のように、お互い何となく遠慮がちになるよりはずっとマシだと思って。


「金忘れたの?」

「いや、仁王くんの追い剥ぎに遭って…、教室に財布はあるんだけど」

「…あのヤロー!」


私とブン太くんは、相変わらず仁王くんのおもちゃにされる。きっとブン太くんは中学3年間を通してそうだっただろうけど、私のこの一年での被害も相当だ。

ブン太くんはポケットからジャラジャラと小銭を出した。


「…やべ、俺も1個分しかねーな」

「あ、そうなの?じゃあ私のはいいよ!」

「や、問題ないぜ。一緒に飲も」

「…うん!」


どれがいい?と聞かれ、微炭酸のスポーツ飲料を指名した。


「はい、お先にどーぞ」


蓋を開けて、笑って差し出してくれた。もう機嫌は直ったらしい。
ありがとうと、一口目を頂いた。

ブン太くんもだけど、私も以前と変わったと思う。必要のない遠慮はなくなった。今みたいにちょっとの間お金貸してーとか、1個しかないジュースを飲もうと言われて断ることもなくなった。

代わりばんこに飲むジュースは、一人で飲むよりずっとおいしく感じられた。
そんな当たり前のことに気づけた木曜日だった。
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