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体育祭当日。個人的にはあまり好きじゃないイベントだったけど、今年は楽しみ。…そう思っていたのは昨日までの話で。


「おはよ」


開会式が行われ全生徒が捌けたあと、みんなそれぞれがクラス別の観戦場所に戻って行くとき。後ろから声をかけられた。


「…丸井くん!おはよう!」

「朝早かったし、眠いよなー」

「うん、ちょっと眠いね」


生徒数も多く種目も多いせいか、体育祭は朝が早い。開会式の校長先生のお話中は、立ちながらうつらうつらしている生徒もいたほどだ。

もし今日、丸井くんが学校休んだらどうしよう。昨日一晩中、それが頭から離れなかった。体育祭に出ないんだったら来ても意味がない、丸井くんがそう考えてたらって。


「頑張れよ。応援してるからな」

「うん!」

「クラスもだけど、今日は真帆の応援に徹するぜ」


でも丸井くんは来た。その言葉はリップサービスかもしれないけど。でも私の応援をしてくれるって、いつもの明るい笑顔とピースサインで言ってくれた。

丸井くんが体育祭を諦める決定打を言い放ったのは私だ。これ以上後悔しないためにも、今日は全力で頑張らないと…!
そしてもしも今日、体育祭を無事終えて、かつ、勇気を出せたら…。一緒に帰ろうって誘ってみたい。

そんな思いと気合いは、見事に空回りすることとなる。


「続きまして3年女子100メートル走」


アナウンスとともに私含めI組の女子は順番にスタートラインに立った。リレーもそうだけど、この徒競走も私は憂鬱で…。どう考えても私より早い人ばかり。でも遅かったとしても、自分一人の責任であり結果に終わるだけだから…。

いや、違う。本日私は、絶対無理であろうと、個人賞を狙う勢いで頑張らなきゃいけない。丸井くんのためにも。


「位置について…よーい…」


あっという間に私の番がきて、合図とともに走り出した。

走っている間中、丸井くんのために、丸井くんのためにと、考えていた。遅いくせにガムシャラに走るなんて、それも丸井くんの前でなんて、恥ずかしい気もする。

でも、それでも丸井くんが笑ってくれるならいい。さっきは明るい笑顔だったけど、一人でいるときはものすごく落ち込んでいたのかもしれない。だから私が丸井くんを元気づけないと。頭の中ではそんな重いことを考える反面、足は軽くなっていく気がした。

ゴール手前、ほとんど横一列な気はするけど、きっとビリではない。よし、必死で頑張ることができた、そうほっとした。
そのほっとした隙に、頭にふと一つの言葉が浮かんだ。


“すっげー必死になるんだなって思った”


ファミレスでの丸井くんの言葉だ。丸井くんが、必死だって言ってた。あのときは深く考えてなかったけど、必死って、どういうことなんだろう。今の私のような…?

それと同時になぜか思い出したのは、例のご褒美の話。丸井くんはすでにケガをした状態で、私にご褒美の話を持ち出した。本人は出るつもりだったから、その時点ではケガも良くなっていたから、だからその話を出したのかもしれないけど。
必死って、つまり……。


「…あっ!」


私か周りか、きっとどちらもだと思う。その声が出た瞬間、軽かった足がまるで地面に引っ張られるよう置き去りにされ、上半身が空を切って沈んだ。反射的に瞼で遮られた視界が、次に映したのはざらざらの茶色い地面。


「大丈夫!?」


近くにいたらしい先生や生徒が駆け寄ってきて、ようやく理解した。転んじゃったんだ、私。全力疾走中に、あれこれと考えこんじゃったから。


「…だ、大丈夫、です」


すぐに起き上がると膝にビリっとした痛みが走った。血が滲んでいる。
遅いくせにガムシャラに走るなんて恥ずかしいとか、もうそんなの問題じゃない。それ以上に恥ずかしい。丸井くんだけでなく、全校生徒の前で…!

項垂れつつも、ちゃんと最後まで走らないとと一歩踏み出した。…けど。よく見ると、私の体はゴールラインをすでに越えていた。


「えーっと、成海さんは2位ね。最後転んじゃったけど、ギリギリセーフ」


着順を記録している先生からそう告げられた。ちゃんとゴールできていた、ということにほっとしつつ。まさか2位を取れるなんて。


「膝ケガしてるから、水道で洗って救護室へ行きなさい」

「は、はい」


やった。2位だ。ひょっとするとビリの可能性もあったのに。必死で走った甲斐があった。きっと丸井くんのことを考えてたから、愛のパワーでーとか……。

いやでも、これだけ派手に転んでしまったわけで。恥ずかしさがなくなるわけではない。思っていたよりも高順位で少し顔は緩んでしまうものの、すぐに水道へと向かった。


「いっ…たぁい!」


靴と靴下を脱いで、血が滲む左膝を水道ですすぐとものすごく染みた。不幸中の幸いで、右膝や手のひらは少しのかすり傷で済んだけど、この左膝、けっこう重症な気がする……。


「真帆!」


会場のグラウンドからは少し外れた水道で、盛り上がりを見せる歓声を背に聞いていると。それに割って入る声が私の耳に届いた。
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