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そうやって幸せを噛み締めていると、丸井くんが私の顔を覗き込んできた。くっついて座ってるだけに、顔が近くて、急にカァッと熱くなるようだった。
「ちょっと顔色戻ったな」
「あ、私、顔色悪かった…?」
「うん。泣きそうだったし」
「ごめん…!」
「いいって。まぁ今は高いとこってことは忘れてさ」
顔色が戻ったのは、きっと丸井くんがこんな風にくっついてくれたり、手を握ってくれたりしてるからだと思う。外は少し寒いけど、この中はあったかいし、余計に。顔が火照ってる。…今度は熱かなんかで心配されちゃうかもしれないから、なるべく気づかれないようにと、少し下を向いた。
すると丸井くんは逆側の手を伸ばして、回して。私の頭をそっと、自分の肩に寄せた。ほっぺたが丸井くんの肩に触れて、より一層熱くなる。下を向いたのなんて意味なかったかも…!
「下に着くまで寝てていいぜ」
「…うっ、うん!」
こんな状況で寝られるはずないのに…!親切心から丸井くんはそう言ってくれたわけだけど、そんな…!
さっきまでは手を繋ぐどころか、そばに寄ることもドキドキして、照れてできなかった。手を繋ぐことができたあとも、それ以上のことなんてまだまだ無理だなんて思ってた。
でもこうやって丸井くんは、すんなり飛び越えた。もしかしたら私と同じようにドッキドキかもしれない。緊張しているかもしれない。手探りで先がわからなくて、それでもこんな風に優しい。
寝ていいぜと言われても当然寝られるわけがないし、でも景色も見れないし、丸井くんはつまんないんじゃないかって、不安もいっぱい。
ただ、このあったかさが心地よくて、安心できる。自然と目が閉じられた。
そうしてしばらく経った頃。丸井くんが少し動いたように感じた。すごく自分勝手だけど、離れないで!と思いながら、まだ目は開けずにいたら。丸井くんがさらに体をこっちにくっつけてきたように感じた。
ずっと開けなかった目。そのままでいればよかったのかもしれない。でも気になってしまって。
薄っすら開けた先には、もうすぐそこ、数センチの距離に丸井くんの口元があった。
やっぱり開けるべきじゃなかった。びっくりしたというか…反射的に顔を上げぱっちりと目を開いてしまって、同時に丸井くんと目が合った。ほんとにもう、数センチの距離で。
「…あっ、ご、ごめん!」
慌てたように謝った丸井くんは、私から少し離れた。弾みで観覧車がけっこう揺れたけど、そんなことを気にする余裕はなかった。
今のって……今のって…!?
「も、もーすぐ下に着くぜ」
「う、うん…!」
「ごめんな、そのー……寝てろって言ったのに、早めに起こしたし、今けっこう揺らしちまって」
「うっ、ううん!全然!起こしてくれてありがとう!」
「いやいや…」
狭い観覧車内。外よりもあったかいこのゴンドラ内は、今きっと真夏並みに暑い。体も熱い。少し丸井くんは離れたものの、まだ手は繋いでいるから、それこそたった今私の手汗は半端ない気がする。ぎゅっと握る手で、お互い力んでいるのがわかる。
「……ごめん」
丸井くんは顔を逸らしながら、再び私に謝った。早めに起こしたこと、揺らしてしまったこと、それらを指しているとは思えない。
きっと今私に、キスしようとした。それをごめんって。
手を繋ぐ以上やぴったりくっつく以上のことなんて無理だと思ってた。でも丸井くんはあっさり飛び越えて、私が息をつく間もなく近づいてくれた。
観覧車を降りてからもドキドキが止まらないどころか、うれしかったのと、ちょっと惜しかったと思う気持ちが湧いてきて。ごめんだなんて謝らないでほしいって、思った。
そんな自分が信じられない。もちろんいい意味で、頭がついていってないんだろう。それ以上に照れる気持ちも押し寄せる。そのあとと帰り道は、まともに丸井くんの顔が見られなかった。