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ベンチに座っても、やっぱり人一人分の空間はある。この距離を詰めるのは、歩いているときより難しいかもしれない。
「さっきさ、ちょっとイラっとしたかも」
仮病というか恋の病を打ち明けようか迷っていると、丸井くんが口を開いた。…イラっとした?そういえば、ちょっと機嫌が悪そうな顔だった。
「お前と赤也のやり取りに」
「…え?」
「成海が優しいのは俺が一番知ってんだけどって思ってさ。赤也が遅刻するのはいつものことだし、そんな心配すんなよ、とも思った」
「……」
「普通にヤキモチってやつだよなーこれ。嫌な思いさせてたらごめんな」
「…い、いえいえ、全然!」
丸井くんは、イラっとしたとは言っても、別に今怒ってる雰囲気ではない。地面を見つめつつ、ちょっと気恥ずかしそうに笑っている。
「ていうか、体調は大丈夫なの?フラフラしてたけど」
「…ま、丸井くん」
まだ体調のことを心配してくれてる、そんな丸井くんのほうが優しい。わざわざ立ち止まって、一緒に休んでくれて、私の顔色を見てる。
人一人分の空間は、壁でもないただの空間。それは誰にだって、私にだって突き抜けられる。
「……あの、手を」
「手?」
「て、手を繋ぎたいなって、さっき思ってて…その、丸井くんに寄ったり、フラフラしてたというか」
「……」
「その…今、もし、よかったら……」
思い切って打ち明けて、その手を伸ばした。前に文化祭でも少し繋いだ。ただあのときは、お互いの気持ちをわかってなかった。もしかしたら…?そんな期待はあったかもしれない。でもそんな期待もあんまり現実感がなくて、ただの希望や妄想だと、思った。
でも今はお互いの気持ちがわかってる。私は丸井くんが好きで、丸井くんは私が好きなんだって。
わかってる上で、実感する。丸井くんが私の手を取ったから。
「俺も繋ぎたかったんだ。ずっと」
「ほ、ほんと…?」
「ほんと。…だから、もうちょっと寄っていい?」
全力で頷く…よりも前に、丸井くんは少しこっちに寄った。
手以外はぴったりくっついているわけじゃない。でも丸井くんの体温が伝わってくる気がする。肌寒い季節の今、すごくあったかい。
「…今日ちょっと寒いよな」
「う、うん。海風が冷たいね」
「風邪引くなよ」
「うん。丸井くんも」
「俺は大丈夫。あったかいもん」
ぎゅっと手に力を込めて、へへっと笑った丸井くん。ちょっと寒いけど、たしかに今はあったかい。手を繋いでると、その手だけじゃなくて、身体中の熱が上がっていくみたい。
「お、そろそろ順番来そうってよ」
しばらくそのままでいると、切原くんから丸井くんにメールが届いた。さっき並ぶ予定だった、先に彼らが並んでいるアトラクションの順番が、そろそろらしい。
「どうする?」
「え?どうするって…」
急いで行かないと。そう思って中腰になりかけたものの、丸井くんは動かなかった。
でも、私もすぐに理解した。というか、感じた気持ち。まだまだここにいたいなぁって。丸井くんと手を繋いでいたいなぁって。
「丸井くんがよければ、このまま…」
「…いいの?」
「う、うん。あっ、もちろん丸井くんが乗りたいんだったら全然!是非!」
「まぁせっかく順番待ちしてるあいつらに悪いとは思うんだけど。でも」
「?」
「やっぱ離したくねぇな」
そう言って、これまで以上にぎゅっと手に力を込めた。ちょっと痛いぐらい。でも痛さも今は心地よい。
「あとでお詫びに、あいつらになんかおごるか」
「そうだね、なんか…なんか買おう!」
「ついでに言うと腹減ったし。何食うか今のうちに決めちゃおうぜ」
「うん!」
そう言って丸井くんは、ポケットからガサゴソ園内マップを取り出した。いつの間に持ってたんだろう、さすがだなぁ。優しいなぁ丸井くん…。
ちょっとずつで覚束ないけど。丸井くんと近づいていってる、そんな気がして、やっぱり胸がいっぱいいっぱいになった。