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もらったお菓子を眺めていたら、丸井くんが口を開いた。


「さっきの話な、愚痴…みたいなの」

「う、うん」

「それってつまり、お前が優しいやつだからだと思うぜ。頑固とかじゃなくて、人のことを考えられるやつだから」


丸井くんの言葉に、少し鼻の奥がツンとした。

自分でも頑固だと思った。それ以上に自分勝手だとも思った。自分さえよければいいって、まさに今の私にぴったりな言葉。

でも丸井くんはそれを肯定してくれた。少なくとも受け入れてくれてる。他の誰でもなく、丸井くんだからこそ、泣きそうなほどうれしい。


「…ありがとう」

「うん。だからさ、俺はそういうところが…」


少し俯いた丸井くんは、大きく大きく深呼吸をして。

そして私の目を見つめて言った。私が大好きなその魅力的な目は、今すごく真剣で、ほんの少し揺れている。


「そういう…成海のことが、好きだ」


小さい小さい儚い声。でもたしかに私の耳には届いた。

届いたのに。思わず、え?って。そう聞き返した私の声は、ざわざわと部室に戻ってきたらしい女子たちの声に掻き消されてしまった。

今、丸井くん、好きだって言った?私のこと?…好きって、言ってくれた?


「……そ、そろそろ帰んねーとな」


丸井くんは勢いよく立ち上がり、私から顔を背けた。


「早退するって抜けたのによ、ここにいることバレたら最悪だし、うん」


私も立ち上がったけど、何だか、呆然としてる自分がいる。いつになく早口な丸井くんに、何か言葉をかけたいけど。その言葉が出ないほど驚いてて、頭の中が真っ白で、ぼーっとして…。

少し遅れて、今やっと胸がドキンドキンと動き出した。この事態を、さっきの丸井くんの言葉を、今はっきりと理解して。


「それ、ちゃんと食ってな。小さいけど味は保証するし。…俺の気持ち、込めたから」

「……」

「じゃあ、またな。部活頑張って」

「……ま、待って!」


もう歩き出そうと、もっと言えば走り出しちゃうんじゃないかって体勢だった丸井くん。私の言葉にくるりと振り返った。立ち上がってから丸井くん自身、私から顔を背けていたし、私も何だかうまく見れなかったけど。

その、たった今見た丸井くんの顔は、表情豊かな彼の中でも、初めて見る顔だった。戸惑ってるような、気まずそうな、照れているような。何よりさっきと同じように、私をまっすぐ見つめる真剣さが、その目にはある。

だからこそ今まで見たことない彼に。今までで一番、ドキドキした。


「…わ、私も、これ!作ったの!」


手に持ったままだった、お菓子の袋を差し出した。


「私も丸井くんにあげたいって…気持ちいっぱい」

「……」

「好きって、いっぱい込めたよ!」


俯きながら、ほんとに献上って表現が合うかのように捧げた。丸井くんがそれを手に取るまで、一体どれくらいの時間だったのかわからない。果てしないような、あっという間のような。

仁王くんは自信持ってもいいって言った。実際丸井くんは私にあげたいって、今日は熱なのに来てくれた。そして好きだって、言ってくれた。

それだけのことがあるのに。どうして自分の気持ちを伝えることは、ただ心の中にある言葉を口にするだけでも、こんなに緊張するんだろう。

震える手から、がさっと、丸井くんの手に渡った。


「…サ、サンキュー」

「…い、いえいえ」

「すげーうれしい。ありがとう。マジでうれしい」

「ううん、丸井くんも、ありがとう…」

「いや。……好き、だからさ」

「う、うん…」


お互いの声が小さすぎて、聞き取りづらい。でも聞き取りづらいのは小さいからってだけじゃなくて、頭の中が真っ白で、何を考えたらいいのか。そわそわ落ち着かなくて、次は何を言えばいいのか。いっぱいいっぱいでわからないからかもしれない。

丸井くんもそうだったのかもしれない。とにかく中身見せてもらうなって照れたように笑って、袋の中を確認した。

それが、お菓子大好きな丸井くんらしくて。私の落ち着かない心をふんわりさせた。
ああ、好きだなぁって、改めて思う。


「……ん?」


笑顔だった丸井くんは一瞬訝しげな顔をして、袋の中に手を突っ込んだ。そして中から、何かを取り出した。

出てきたのは、私が昨日美岬と作ったチョコ……ではなかった。


「…これ、スーパーボール?」

「……」

「あれ、お菓子作ったんじゃなかったのか?スーパーボール?作ったの?」


丸井くんは少々びっくり、という表情で。


「イヤ不満とかじゃねーんだ!予想外でびっくりしただけだから!」

「……」

「スーパーボールなんて作れるんだな、すげーじゃん!」


もちろん、そんな丸井くんよりはるかにびっくりしたのは私自身。なにスーパーボールって。なんでそんなのが入ってるの?私のチョコは?だって昨日チョコを作って、たしかにその袋に入れたし、今朝幸村くんにあげたときもそのあと仁王くんにあげたときもチョコは入ってて、そのあとここに来るまで中は見てないけど………まさか。


「ち、違うの!それ私のじゃない!」

「違うのか?じゃあ誰かのと間違え……あ、なんか紙も入ってるぜ」

「…紙?」

「なんだっけこいつ、カボチャの…ジャック何とか」


スーパーボールとともに丸井くんが取り出したのは1枚の紙で、そこにはカボチャのお化け、ジャック・オー・ランタンの絵が描いてあった。そしてその横には吹き出しで…。


「“Play a Trick”…」

「……」

「…つーかこの胡散臭い字、どっかで見たことあんだけど」

「まさか…」


仁王くん!?最後に触ったのは仁王くんだし、そういえばあのとき執拗に中身を確認してたし!なんかあのときらしくなくいい感じの優しい言葉をかけてくれたから、私が何だか呆然としてて、まさかその隙にすり替えた…!?


「…ふざけんなよ仁王のヤロー!」

「ま、待って!」


私の推理を話した途端、おそらく仁王くんに殴り込みに行こうとしたんだろう、走り出そうとした丸井くんを、何とか引き止めた。気持ちはわかるけど、今戻ったら真田くんとかに見つかって大変なことになる。

…それにしても仁王くん。前言撤回。もう全っ然優しくなんかない!


「とりあえず、風邪治ったら仁王殴りに行くわ」

「うん!私もあとで文句言う!」

「あー、なんかさらに熱上がった気がする」

「だ、大丈夫!?」

「大丈夫。それもこれも全部、あの胡散臭い詐欺師のせいだ」


ほんとにそう!うちらの両思いの瞬間を邪魔して、さらに丸井くんの風邪を悪化させて!きっと最終的なお菓子の数を競ってるわけだから、水増しに利用するつもりなんだ…!

ふと女子のコートを見ると、もうみんなお昼休憩を終えたのか、ぼちぼち部室から出てきているみたいだった。


「そろそろ行かねーとまずいよな。お前飯もまだだろい?」

「うん、そうだね…」


あーなんて名残惜しい。まだまだ丸井くんと話していたい。初めての両思いで、しかもずっと憧れてた丸井くんで…。

これから付き合っていくってことになるのかな。…でも付き合おうって話にはなってない?確認したほうがいいのかな。でも確認って、何を聞けばいいの?それにもう丸井くん、帰りそうだし、これ以上話を引き延ばすのは…。


「じゃ、俺も帰るぜ」

「う、うん!お大事に!」

「おう、またな!」


一応、丸井くんはスーパーボール入りの袋を受け取ってくれて(この袋を成海からもらったことにするって)、真田くんの目に入らないよう、裏門から帰っていった。

お昼ご飯はまだだけど、胸がいっぱいでご飯が喉を通りそうもない。
好きだった人と同じ気持ちだっていう、それだけで、こんなに幸せなんて。

ただ、これからどうすればいいんだろう?初めての経験だから、どうしていけばいいのかまだよくわからなくて。幸せだけど、ほんの少しだけ、不安もあった。

…ちなみに、その後仁王くんに文句を言うと、“こないだ答案用紙探してやった礼としてもらった”とかなんとかしれっと言われた。…ほんとに小賢しい人!
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