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きっとエイプリルフールでもこんな疑心暗鬼に満ちたことはない。


「だからぁ、ごめんって」

「…言ってくれたらよかったのに」

「朝思いついたんだもん。ごめんね?」

「…それでも言ってくれたらよかったのに」


ぶつぶつ、美岬に文句を言い続けて数十分。もう練習は始まってるから、こっそりとね。

あのあと学校へ着くと、なんと私以外の女子テニス部はみんな来ていた。みんな思惑は一緒で、幸村くんの言葉通り、いち早くお目当ての人のところへ向かったとか。

女子テニス部だけじゃなく他の部活の女子も早めに来てて、おまけに思った通り、男テニの部室は騒然としていたという。


「でも安心しなよ、丸井くんはいなかったらしいよ!だから誰にもまだお菓子あげてないはず!」

「…ほんと?」

「ほんとほんと。てか丸井くんだけじゃなくて、仁王くんとか柳くんもいなかったらしいけど」


それは彼らがこの企画を悪用…いや、活用?しているからであって。きっと先に誰かからもらってからじゃないとってことで、うまいこと姿を消してたんだろうな。

丸井くんはなんでだろう。まさか丸井くんもその企画に参加してるとか?でも幸村くんは、丸井くんはお菓子用意してるって言ってたし…彼の言葉を信じるなら、だけど。

ちらっと男子コートのほうを見ると、丸井くんの赤い髪は確認できた。よかった、部活自体は来てた。…でもこのあとどうするかなー…。

しばらくして休憩時間に入った。さすがにこんな短時間で仕掛けに行く人はいない。そう思っていた、そのとき。


「成海」


水道のところでみんなと休憩していると、仁王くんが現れた。瞬時に、今朝自分の心に刻んだことが蘇る。

“本日の要注意人物、仁王くん”

休憩中だけど、一目散に逃げ出した。逃走中のハンターもびっくりなスタートを切れたと思う。みんな、え?真帆どこ行くの!?ってびっくりしてたけど。走るの苦手なのに、頑張って頑張って逃げた。

でも私の頑張りなんて、彼に対しては無意味で。


「いきなり逃げるとは失礼なやつじゃのう」

「きゃっ!」


あっさりと腕を掴まれ、捕獲されてしまった。…いや、でもあっさりってほどでもないかな。わりと長めに逃げることができた。私の足も多少速くなってたり?みんなからはけっこう離れた位置。


「な、なにか…用…?」

「そう警戒しなさんな。別に今お前さんからお菓子をもらおうとは思っとらんよ」

「…ほんと?」

「ほんと。それより一個伝えたいことがあってのう」


そのために来たと。…なんだろう。それでもやっぱり警戒しながら彼の言葉に耳を傾けた。

ふと、ここから遠くに見える男子コートに目を向けた。さっきまで確認できていた丸井くんの赤い髪が、今は見当たらない。


「ブン太のやつな、今日風邪で熱があるらしい」

「熱!?」

「そのせいで遅刻もしたしの、今もちょっと休んどる」


そうだったんだ…!だから朝もいなかったんだ。最近、朝晩冷えてきたし、風邪も流行ってるみたいだし。丸井くん、大丈夫かなぁ。部活も無理しないで早退したほうがいいんじゃ……。


「でも今日は休みたくなかったんじゃな。お菓子をやりたい相手がおって」

「え…」

「だから、昼休憩に入ったらもらってやってくれ。午後は帰っちまうかもしれんし」


丸井くんには、お菓子をあげたい相手がいるんだ。ハロウィンなんだから、バレンタインとは違うんだから、あげたい相手を決めておくのはちょっと違うような気もするけど。

でもお菓子大好きな、食べるのも作るのも大好きな丸井くんだ。今日のこの日を楽しみにしていたのかもしれない。

そしてそのあげたい相手って……私?

わからないけど。自信は全然ないけど。そもそも仁王くんの言うことはどこまで信じていいのか…。

ただ、本当にそうだとしたら。私ももらいたいしあげたい。その気持ちにだけは、自信がある。
そう思って頷くと、仁王くんもほっとしたように笑った。


「ま、そういうことじゃき。よろしくな」

「う、うん。教えてくれてありがとう、仁王くん」

「どういたしまして。というわけで、Trick or Treat」


本日この顔をするのは2回目。ぽかんと口を開けて、事態を飲み込めない顔。それがおかしかったんだろう、仁王くんは吹き出して笑った。


「さ、早いとこお菓子取ってきんしゃい。ダッシュ」

「…ず、ずるいよ!」

「ずるいもクソもないぜよ。俺の顔見て逃げたっちゅうことは、幸村か柳に聞いたんじゃろ?」

「聞いてたよ!だから逃げたよ!でも追ってきたから…!」

「それは無駄骨じゃったのう。こっちは戦いの真っ最中じゃき。容赦せんから」


ははっと笑いながら言った仁王くんは、さっきまでの優しいとても気遣い屋さんの面影なんて欠片もなく。

もうすぐ休憩も終わりそうだと、急かす仁王くんに押し切られ、ダッシュでお菓子を献上することとなった。
…予定外のマイナス1。残り8個…!


「…ねぇ、仁王くん」

「ん?」

「さっきの話って、本当?」


お菓子を惜しみながら渡そうとすると、仁王くんはせっかくだから選びたいと言って、袋ごとぶん取った。そしてガサゴソと楽しそうにお菓子を選別している。…小さなチョコ3つセットのしょぼいものなのに。

仁王くんは嘘つきだ。さっきも、お前さんからお菓子もらう気はないとか言ってたのにこれだし。
じゃあ、丸井くんがお菓子あげたい相手とか、私にもらってやってくれとか、それも全部嘘かもしれない。


「俺がそこまでヒドイやつに見えるんか?」

「見える」

「その即答、ちょっと傷ついたぜよ」


だって事実だもん。仁王くんはたまーに優しいところもあるけど。丸井くんのことに関してだけは、いろいろアドバイスをくれたり、気遣ってくれたりするけど。ほんとに丸井くんのことに関してだけで…。


「もっと自信持ってもいいんじゃないかのう」

「……」

「自分で思ってるより、たぶんずっといい子じゃき、お前さんは。ちょっと頑固じゃけど」


その言葉は、私の心にすごく響いた気がする。まさか仁王くんにそんなことを言われるなんて、少しびっくりもした。
ちょっと呆気に取られた私を笑いながら、じゃあなと、仁王くんはお菓子を持って走って行った。

仁王くんは、丸井くんのことに関してだけは、これまでも度々アドバイスをくれた。たしかにそこを考えれば、彼は私にとってとても優しい人であり、頼りになる人。

そしてたった今、私自身に対して、アドバイスをくれた。これを彼の本心かどうか疑うことなんてできない。話すようになってから日は浅いけど、きっと彼は、何かしら私のいいところを見つけてくれた。そして伝えてくれた。

丸井くんも私のこと、優しいやつだって言ってたって、切原くんに聞いた。それはつまり、きっと丸井くんも、私のいいところを知ってくれてるんじゃないかって。
それらをいろいろ考えて、少しだけど、自分の中に何か芽生えたような気がする。

頑張ろうって、今、思った。
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