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トボトボ歩いて教室に戻っていった。もう文化祭自体も終了間際。グラウンドの模擬店も、完売で店仕舞いしているところがいくつもあった。
「あ!真帆!」
教室前には美岬やジャッカルくんもいた。お客さんらしき姿はないし、みんなもう片付けムードなんだろう。
丸井くんの姿は見当たらない。…当たり前か。
「どこ行ってたの!?お昼からずーっと!」
「心配してたんだぜ、みんな」
ペタペタと、ケガがないかを確認するかのように美岬は私の体を触りまくり、ジャッカルくんはほっとしたような顔をした。
「何でもないの。ごめんね、迷惑かけて」
「別に大丈夫だけどさ。お菊さん楽しかったし」
「美岬がやっててくれたんだね、ありがとう。…あ、何か片付けるものないかな?倉庫に持ってくものとか…」
さっきまでの作業で、たぶんこのクラス内では一番私が倉庫内の配置に詳しいはず。せめてもの償いに、片付けを申し出た。
すると、美岬とジャッカルくんは、にやーっと笑い出した。
「片付けの前にさ、真帆、うちのお化け屋敷入りなよ」
「え?」
「俺らもさっき入ったぜ。せっかくだし、最後に楽しめよ」
「…え?え?」
「今、中は誰もいないしお客さんも入れないから、じゅーぶん、楽しんできてね!」
戸惑う私を二人はグイグイ押し、周りにいた何人かのクラスメイトも、一旦解散だなーと言っているのが聞こえてきた。
中に誰もいないって…、お化け屋敷なのに誰もいなかったら楽しむも何もないんじゃ…。
不思議に思いつつ、とりあえず入って足を進めた。
いつもの教室だけどダンボールで作った壁で迷路のようになってる。緞帳のようなカーテンのおかげで真っ暗だし、ぶら下げたコンニャクなど、いつもの教室だけど全然違う雰囲気だ。
でも、どこに何があるかはわかるし、怖さはまったくないし。もうすぐ私のテリトリー、お菊さんの井戸だし……。
「きゅーまいっ!」
「きゃああっ!」
そのダンボール製の井戸まで来ると、突然飛び出てきた何かに脅かされた。
そこまではまったく静かなものだったし、ほんとにお化けも誰もいないと思ってたせいで、ものすごくものすごくびっくりした…!おまけに9枚って、私死んじゃう!
反射的に固く閉じた目。縮こまりながらその目をゆっくり開けると。
「へへっ、驚いた?」
丸井くんだった。暗くてもわかる。得意げに笑ってる丸井くん。
「…丸井くん?…なんでここに?」
「なんでって、約束してたじゃん」
「でも私、すごく遅れて…」
遅れてどころじゃない。もう今の時点で、約束を破ったも同然だった。
待ち合わせに間に合わなくて、いろいろやらかして、もう丸井くんと今日文化祭を回るのは無理だと思った。
それできっともう丸井くんと話すこともできなくなっちゃう、ここに来るまでそう思ってた。
でも変わらない丸井くんの笑顔に、申し訳なさとうれしさと、ついでにさっきの驚きに。ぽろっと涙が出てきた。
「え!すまん!そんな驚くとは…!」
「ううん、違う、大丈夫、私こそごめん」
暗くてもすぐ丸井くんにはバレて、自分が脅かしたせいだと思ってなのか、丸井くんはすごく慌ててた。…重ね重ね申し訳ない。
「あー…えっと、あっち行かね?」
真っ暗だし、と言いながら、丸井くんは窓際を指差した。今日私がグラウンドを眺めていた、なかなかいいポジションだ。
二人でカーテンをくぐって、窓際に並んで、外を眺めた。日が傾きかけてて、もうほとんどの模擬店は片付けを始めてる。たとえ今から回り始めたとしても、何も文化祭らしいことはないだろう。
そう思うとまた泣きそうになった。さっきは暗かったけど、今ははっきり見られちゃうから。
あと、伝えたいこともあるから、何とか堪えたかった。
「丸井くん」
「ん?」
「遅れてごめんね。待っててくれてありがとう」
「おう、気にすんな」
丸井くんはすぐ笑って言ってくれた。うれしいけど、怒られるよりもそう言われるほうが余計胸にくる。
「俺も出直したほうがいいかと思ったんだけど。ジャッカルとかに、あいつは約束すっぽかすやつじゃねぇから待ってろって、言われてさ」
「そうだったんだ…!」
「で、それなら遅刻した仕返しで、このお化け屋敷で脅かしてやろうぜって話になったんだよ」
いたずらっぽくそう丸井くんは言った。けど泣かせるつもりはなくて…と、まだ気にさせちゃってたようだった。
ジャッカルくんにも美岬にも、ほんとに面倒かけちゃってたんだなぁ…。
「あと、仁王が倉庫でお前に会ったって、そのうち来るって言ってたしな」
「え!仁王くんここに来たの?」
「ああ。さっきまでいたけど、なんかブチ切れた真田に連れてかれたぜ」
「そ、そうなんだ。…まぁそうだよね」
「お前も片付けで遅くなったんだろい?」
片付けというか実は、と、大変言い訳がましいけど、今日の経緯を説明した。忘れ物をして家に帰ってて、無断だったから先生に怒られて、片付けをすることになって、こんなことになったと。
「へー、けっこうハードだったんだな」
「うん。でも私が悪いし…」
「ああ、それでか。さっき仁王がお前のこと、頑固って言ってた」
「えぇ、頑固!?」
「まーちょっとは当たってんじゃね?真田と違って、いい意味で」
いい意味で…そうかなぁ。というか、あんまり実感なかったけど。
でもそうかもしれない。周りには、頼りになるとか気遣いができるとか言われるけど。自分がこうするんだ!と思ったら、譲らないときもある。
その、こうするんだ!ってこと。今ちょうど、そう思ってる。ポケットの中のブレスレットを握りしめながら。