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広いとはいえ、甘味処は家庭科室を使用してて、同じ校舎内。すぐに到着してしまった。その甘味処はすごく繁盛してて、外までお客さんの列ができてた。

チラッと中を覗いたけど、丸井くんの姿は見えない。確か丸井くんは厨房担当だったし、今は忙しいのかな。直接会ったとしても、うまく話せないかもしれない…。

そこで、ウェイティング用に用意されている紙を1枚と、ボールペンを拝借した。


“今日、午後から休憩をもらえるので、いつでも空いてます。成海”


そう書いて、中にいる誰かテニス部に渡してもらおうかと思った。
再び中を覗くと柳生くんが比較的入り口近くにいて、呼ぶとすぐにこっちに来てくれた。


「こんにちは、成海さん。どうかしましたか?」

「あの、ちょっとお願いがあって」

「お願い、ですか?」


柳生くんとはあまり話さないけど、部活だけでなく風紀委員としても一緒だ。かつ、物腰が柔らかいし、頼みごとをしやすい…気がする。

でも、“これを渡してほしい”と差し出すと、予想外にも難色気味だった。


「それは成海さんが直接渡したほうがいいのではないですか?」

「えっと…、丸井くん、今忙しいだろうし」

「大丈夫ですよ。すぐに呼んできます」

「いやいやいや、ちょっと待って…!」


呼びに行こうとする柳生くんを何とか引き止めたけど。…おかしいな。優しい紳士な柳生くんなら、二つ返事で引き受けてくれると思ったのに。

どうしよう…ここは一旦引き下がろうか……。
そう思っていると柳生くんは、ちょっとこちらへと、少し離れたところへ私を誘導した。

ちょっと柳生くんの雰囲気がいつもと違ってて、もしかして怒られる…?(理由はよくわからないけど)なんて思って、もう教室に帰ろうと思った。


「あ、あの、もうこの手紙はいいから…」

「俺じゃ俺、仁王」


そう言って柳生くんは自分の髪の毛を無造作に掻いて、いつもびっしり整えられている髪型から、少しぼさついた髪型に変わった。

いや、ぼさついてるんじゃなくて、この髪型は……。


「仁王くん!?」

「しーっ、静かに」


慌てて口を抑えるものの、あまりの衝撃に口自体はふさがらない。噂では聞いてたけど、こんなに似てるものなんだ…!感動すら覚える。


「…って、なんで柳生くんに変装してるの?」

「変装じゃなくてイリュージョンと言ってほしいぜよ」

「…なんでイリュージョンしてるの?」

「まぁいろいろあってのう。柳生を騙し…じゃなくて、柳生にお願いしてな」


聞くと、もともと仁王くんはテニス部の模擬店は1日目、つまり切原くんたちと一緒だったんだけど。例の担当変更があり、2日目となってしまい、いろいろまずいから柳生くんを騙して甘味処にいるということらしい。

いろいろまずい、その意味については仁王くんは言葉を濁したけど、だいたいわかった。
2日目は真田くんがいるからだ。真田くんがいて、あの“マル秘特典”がバレたら叱られるからだ。そして柳生くんを生け贄にしたんだ。恐ろしい。


「それより、なんでブン太と直接話さないんじゃ」


仁王くんの非道な行動に驚きつつ、やっぱり彼らしいと納得しつつ、さっきグラウンドで見た愛想のいい仁王くんは柳生くんだったんだと腑に落ちつつ。

彼の核心を突いた質問に、心臓が速くなる。


「いや、ほら、忙しそうだし…」

「大方、昨日のことが気まずいんじゃろ?」


仁王くんはほんとに洞察力というか、人の知られたくない裏側まで見抜く力があるというか。

図星であるとともに、やっぱり第三者的に見ても、あれはまずい対応だったんだと痛感した。


「お前さんよりブン太のほうがずっと気にしとると思うがの」

「え、何か言ってた…!?」

「さぁな。気になるんなら直接話しんしゃい」


そう言って仁王くんはささっと髪型を整え、再び柳生くんに変装した。そして、ちょっと待っててと言い残し、中に入っていく。

少ししてお店から出てきたのは、丸井くん。


「お待たせ」

「あ、忙しいのにごめん!」

「いやいや。どーした?」


私より丸井くんのほうが気にしてる。確かに、言われたほうが気にしちゃうに違いない。たとえ丸井くんが私のこと、まったく眼中になかったとしてもだ。

だったら私が頑張って、何とかしないといけない。


「あのね、こないだ、誘ってくれて…」

「ん、ああ」

「私ね、午後からなら休憩に入れるから…」

「そっか。俺も午後なら空いてるぜ」


そう言って丸井くんは廊下の時計を見た。今はまだ10時半。今日は文化祭自体は16時までで、そのあと後夜祭があって、売り上げランキングの発表や、有志でちょっとした演し物がある。


「14時ぐらいでどう?」

「うん、大丈夫!」

「じゃあ14時にそっちのクラスまで迎えに行くから」


さっきの仁王くんが言ってたことは違うんじゃないか、私のように考えすぎなだけじゃないか、そう思ってしまうほど。丸井くんはいつものように爽やかに、ニカっと笑った。

きっとそうだ。丸井くんは何も思ってない。昨日頭から離れなかった、あの悲しい丸井くんの顔はたった今の笑顔に上書きされて、そう思えた。

そして丸井くんと別れた直後。私は一つの重大事項を思い出した。
丸井くんにとってもらった景品。丸井くんの手作りブレスレット。あろうことかそれを今日、家に忘れていた。
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