36
文化祭2日目。今日、私はクラスのほうの当番で、テニス部、つまり丸井くんとはそうそう会えない。
でも一緒に回らないかと誘われたし、私のほうから会いにでも行かないと。そうは思ってるんだけど。
「真帆、結局丸井くんとは待ち合わせできたの?」
「…いや、まだ」
「まだ?午後から休憩なんだから、今のうちに抜け出して甘味処行ってきなよ!」
そう美岬は言ってくれるけど…。ちょっと行きづらい。
理由は昨日の件だ。きっと丸井くんは気にしてないし、何とも思ってないだろうけど。私自身が変な風に考えちゃって、会いづらい。…そんな会いづらいなんて言ってる場合じゃないのに。
うちのクラスの模擬店は、教室を使ってのお化け屋敷。これが意外とウケが良くて、なかなかに繁盛している。ちなみに私はお菊さん。ダンボール製の井戸の中からお皿を数える作業。
…向こうのほうから足音と小さな話し声が聞こえてきた。ふふ、お客さんが来たようだね。私の出番だ。
「…1まーい……2まーい……」
「うわっ!」
「5枚6枚なな…」
「きゃー!」
直前の立て看板(ダンボール製)に、“9枚目を聞いてしまうと狂い死ぬ”なんて書いてあるもんだから、だいたいこの辺でみんな逃げる。私もそれがおもしろくて、3枚目や4枚目を飛ばすこともしばしば。
少しお客さんが途切れたところで、すぐそばの分厚いカーテンをくぐって窓から外を眺めた。
グラウンドにはたくさんの模擬店が並んでて、人気な海原祭らしく全体的にお客さんもたくさん。
うちのゲームチームもここから見える。昨日はあんまりだったけど、今日はなかなかお客さんが入ってるようだった。
あそこに丸井くんがいてくれたらなーとじっと見ていると、仁王くんがいるのがわかった。そして仁王くんもこっちに気づき、遠いながらも目が合ったような気がした。
私は今お菊さんなので、カツラと白っぽい浴衣を羽織ってる。…私だってわかってるかな。一応手を振ってみようか。
そう思って軽めに手を振ると、仁王くんはにっこり笑って、手を振り返してくれた。おお、意外と愛想がいい…。
「ちょっと、真帆」
小声で後ろから話かけられ、振り返ると、さっきの私と同じようにカーテンの裾から美岬が現れた。
「今さっきお客さん通ったのに、勝手に休憩してるでしょ」
「あ!ご、ごめん…!」
「テニス部の模擬店見てるの?」
美岬も隣に並んで一緒にグラウンドを眺めた。そして再び仁王くんと目が合い、今度は彼から手を振ってくれた。
「なんか仁王くん、ずいぶん愛想いいね」
「ねぇ。頭でも打ったのかな」
「言うね〜真帆!あとで仁王くんに言ってやろ」
「やめてやめて!」
本人に伝わるなんてとんでもない!今以上にいじられてしまう。それほどこの立海で恐ろしいことはない。
「やっぱカッコいいよね、あの仁王くんも」
「…え?」
“あの仁王くん”という表現に引っかかったものの、美岬の発言内容のほうが衝撃だった。
「…え?…まさか、美岬…」
「あ、真帆今抜けていいよ。あたしが代わりにお菊さんやるから」
「ちょっと待って!仁王くん?E組の人はどうしたの!」
「ほらほら、早く甘味処行かないと!カツラと衣装脱いで!」
美岬の発言の真意が気になるものの、お菊さんの衣装を剥がされ、早く行け行けと追い出されてしまった。…しかし気になる!
ただ、この気遣いはありがたいし、丸井くんに会えるのもうれしいけど…。向かう足が少し躊躇う。
ゆっくり、この気持ちを切り替えながら、甘味処まで歩いて行った。