23


人混みをかき分けながら、ドキドキしながら歩いた。丸井くんは少し先を歩いてて、置いていかれないように、迷惑だと思われないように頑張った。

トイレ付近に着くと、やっぱりそれなりに列はできてた。でも終わるまでには間に合いそうだ。


「じゃ、その辺で待ってるからな」


丸井くんはトイレに背を向けてそう言った。
…あれ?丸井くん、トイレに行きたいんじゃなかったの?


「丸井くん、トイレは?」

「ああ、行かなくても平気」

「…え!?でもトイレにって」

「いや、トイレっつーか…」


そう言いながら丸井くんは、周りを見渡した。その先にはカキ氷屋さんがあった。ふわふわカキ氷って書いてあって、けっこうな行列ができてる。


「あそこ、人並び過ぎててさっき行けなかったんだ。だから一人で行こうと思ってさ」

「……」

「トイレのが早かったら先戻ってていいぜ」


じゃ、と丸井くんは後ろ姿で手を振って歩き出した。トイレじゃなくて、ほんとはカキ氷を食べたかったんだ。確かにその他の食べ物と違ってシェアしづらいし、行列でさっきは行けなかったわけか。

これはさらに、チャンスだと思った。迷惑じゃないことを祈って。


「…ま、丸井くん!」


急いで追いついて声をかけると、丸井くんは目を丸くして、驚いた顔をした。


「私も行ってもいいかな?」

「え、トイレは?」

「トイレは大丈夫!」

「ほんと?無理すんなよ」


無理なんかじゃない。もともとトイレに行きたかったわけじゃない。丸井くんが行こうとしたからで。

でもそれを言うと変なやつだって思われちゃうかもしれない。せっかく優しいって思われてるのに。


「ほんとに大丈夫なの。カキ氷食べたいし」

「んー…じゃあ行くか。ていうか、あとで行きたくなったらまた寄ればいっか」

「うん!」


丸井くんもたぶん心配?してくれたけど、なんとか了承してくれた。

屋台に二人で並ぶとか、すごく幸せだ。


「すげー人だな」

「そうだね。有名なのかな」

「あ、あそこ、テレビカメラあるじゃん」


丸井くんの指差したほうを見ると、確かにテレビ局っぽい人たちがいた。カメラマンと、リポーターと、照明さんと。きっと近くの有名な甘味どころ屋さんか何かが出店してるんだろう。

この場所からは花火は見づらいけど、音でまだ打ち上がってるのがわかる。でも時計を見ると、もうすぐ終わりそうだった。


「ごめんな、付き合わせちまって」


並んでる間、暑いなーとか人多いねーとか、そういうのばかりで、そもそも無言だったりもして、会話が弾んでるとは言えない状況だった。

でも、私はすごく幸せだった。ただ並んで、同じ空間にいられることが。


「ううん、全然。私もカキ氷食べたいし」

「や、俺がお前の分も買ってくりゃよかったかなって。ずっと並んでんの退屈だろ。花火も見えねーし」

「ううん、それも全然。楽しいよ」

「……」

「今すごく楽しい」


丸井くんにはピンとこない感想かもしれない。暑い中ただ並んでるだけなのに、楽しいだなんて。

でもほんとに楽しい。丸井くんが隣にいる。一緒にカキ氷を待ってる。


「…俺も」

「うん?」


すみませーん、と私たちの前を横切った人がいて、丸井くんの言葉が途切れた。なんだろう、なんの話をしてくれるんだろう。


「俺も、なんかすげー楽しい」


ポケットに突っ込んでた手を出して頭を掻きながら、丸井くんはそう言った。

すごく楽しい、幸せ。丸井くんの言葉で、その気持ちが余計に高まった。

そして少しだけ、気恥ずかしい空気。私も丸井くんも、しばらく下を向いたまま時間は過ぎた。
それだけでもやっぱり、幸せだった。
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