06.エンドロール

男子の夏の大会はきっと夏休みいっぱい。でも女子はそれよりもずっと早く終わるだろう。それは毎年通りのことで、立海にいる誰もがわかってること。勝ち残る男子の夏が長いのは当たり前だって、俺も思ってた。

なのに今年は、女子が先に終わっちまうことがものすごく寂しく感じる。まだまだ経験もしないんだろうが、先立たれる気分だった。


「女子も先程試合が終わり、2回戦敗退が決まったようだ」


今日は俺たちも試合があり、それが終わった直後、連絡役の柳からそう告げられた。


「1回戦の勢いはすごかったからね。ベスト8ぐらいには行くかと思ったな」


残念そう、だけど淡々と幸村君は言った。他の連中も、女子悔しいだろうなぁとか、最後の試合応援行けなくて残念だとか、そんなことをこぼしていた。同じ学校の同じ部活で、お互いに応援している身であり、そりゃ片方が負ければ悔しいとか残念とかって気持ちになるんだろう。

けど、俺の中ではなんか違った。悔しさや残念さよりも、置いていかれるっていう寂しさが強かった。
この夏が終われば俺も引退だし、置いていくのは自分のほうだっていうのに。


「学校の近くの焼肉屋で打ち上げをしているようだ。俺は顔出しをするつもりだが、皆も行くか?」


柳がそう言い、みんなもそれに賛同した。

着いたタイミングが悪かったのか、いや女子だけのほうがよかったんじゃねーのかってぐらいに盛り上がってた。部長や副部長とかの役職連中は泣いたりしてて、うちら頑張ったよねーと見たまんますごく青春っぽくて。女子会に参加したことなんてないけど、なかなか楽しそうだななんて思った。


「先輩方お疲れ様でした」


男子のテーブルに綿谷がジュースを注ぎにきた。まずは幸村先輩、と幸村君の前に跪く。なんかキャバ嬢みたいだ。


「ありがとう。綿谷もお疲れ様。今日S2だったんだっけ?」

「はい。負けちゃいましたけど」

「負けは残念だけど、これからは君が女子テニス部の中心だ。みんなを引っ張っていくように、頑張ってね」

「あらまあ!もったいないお言葉ありがとうございます!光栄です」

「ウソ臭いよ、フフ」


あははと調子良く笑う綿谷は、ぱっと見落ち込んではなさそうだった。
まぁそれはそうか。綿谷自身が負けたとしても、幸村君の言った通り女子は綿谷が中心になるんだろう。唯一のレギュラーだったし、男子でいう赤也みたいな。

そのまま綿谷が他の男子にもジュースを注ぐのかと思ったけど、気づいた他の後輩女子たちがわらわらと群がってきて、綿谷は身を引いた。

俺のとこに来たら話せるかなってちょっと思ってたから、残念。
そう思いながら綿谷を目で追うと、この場からふらりと離れて行った。


「ん?丸井先輩どこ行くんスか?」

「トイレ」

「あ、俺も行きたかったんスよ!」


俺が立ち上がると赤也もそれについてきて、正直、ついて来んなとは思った。けど、いたほうがいいのかもとも直感的に思った。それは正解だった。

どこに行ったのか、普通にトイレかと思い始めた瞬間、入り口から見える角度の外の植え込みに、綿谷が座ってるのが見えた。
後ろ姿だし、どうかわかんないけど。


「ん?丸井先輩、トイレ行かないんス……あれ、芽衣?」


声が届く距離ではなかったけど、同じく綿谷を見つけた赤也にしゃべるなと合図し、綿谷のいるほうへと押し出した。
何がなんだかよくわかんねって表情でもたつく赤也をさらに足で蹴り出し、外へと送り出した。


「よう、芽衣」

「…あ、赤也?なんでここに」

「丸井先輩に……や、トイレ行く途中ここにいんのが見えて」


あの赤也でも俺の意図に気づいたのか、それとも空気を読んだのか、黙って綿谷の隣に座った。

俺はまた情けなくも、入り口の待ち合い席に座り、こっそり二人の会話に耳を傾けた。


「残念だったな、負けて」

「うん。あっという間だったよ」

「まぁ俺らの代の本番はこれからじゃん。この大会をなんつーか、踏み台にしてさ」

「うん。…いや、赤也はこの夏も本番でしょ。簡単に先輩たちを引退させないでよ」

「あ、そっか」


そっかじゃねーよ、お前俺ら最後の夏を踏み台だと思ってんのかよって乗り込みたくなったけど。綿谷が正しく突っ込んでくれてよかった。

でも、この会話を聞く限りでは綿谷は普通そうだった。まぁ綿谷本人が引退するわけでもないし、深刻に考え過ぎたか。

そう思って立ち上がり、席に戻ろうかと思った。これ以上、二人の会話を聞くのは綿谷に悪い気がして。心配してるっていうのを免罪符にして、影でコソコソ心中を探るなんてちょっと卑怯だし。
でも、足が止まった。


「あ、そういや今日は応援行けなくて悪かったな」

「いいよ、あたしも行かなかったし」

「お互いの試合は会場で応援するって約束だったけど。まぁ日程被っちゃしょうがねーか。次の俺の試合は見に来てよ」


綿谷と赤也はそんな約束をしてたのか。同じ学年で同じく唯一の2年レギュラー。そんな結束が生まれるのも、それはそうなのかな。

それにちょっとした嫉妬心を自覚しつつ。聞こえてきた赤也の驚いたような声に、心臓がドキンと跳ねた。


「…芽衣?泣いてんの?」


振り返って赤也たちのほうを見ると。綿谷が俯いて手で顔を覆っていた。肩を震わせて…泣いてる。

そして赤也が、その震える肩を摩り少し自分に寄せたのも見えた。綿谷がそこに顔を埋めるのも。


「これからだって。また頑張ろうぜ」

「……うん」


合宿のとき、綿谷は俺の胸を借りなかった。もちろん冗談だってのはわかってたけど、でもあいつはたとえ落ち込んでいてもシャンとしていた。
今、あの赤也の場所に俺がいても、きっと綿谷は泣いてないだろうし甘えることもないんだろう。それがめちゃくちゃ悔しい。

綿谷は赤也とこれからも立海大附属中のテニス部で頑張っていく。普通ならそれを応援して、俺こそ置いていく立場なのに、むしろ逆の気分。
それはたぶん、俺が綿谷のことを一人の女の子として、好きになっちゃったからなんだろうな。

そのあとすぐ俺は席に戻り、綿谷も赤也も順番に戻ってきた。
そして解散後、沈んだ気持ちで一人帰り道を歩いていると。


「丸井先輩ー!」


後ろからデカい声で呼ばれ、振り返ると駆け寄ってくる綿谷がいた。


「あれ、他のやつらと帰るんじゃなかったの?」

「や、丸井先輩が先帰るの見えて、追ってきました!」


ヘラヘラと笑う綿谷は、さっき静々と泣いていたことなんてウソだと思えるほど、明るかった。


「お店では全然話せなかったですけど、腹一杯お肉食えましたか?」

「おう、たっぷり胃袋に消えてったぜ」

「それはよかったです。あ、試合お疲れ様でした」

「綿谷もお疲れ」


それしか言えないなと思った。今日試合どうだった?とか、悔しかった?とか、うるさい先輩いなくなってもほんとは寂しいだろ?とか、いつもだったら繋げる言葉も、今回ばかりは。


「…なんかおとなしくないですか?」

「そんなことねーけど」


いつもと違う俺に、綿谷が気づくのは早かった。でもそう聞かれたとしても、何も言えない。
お前のことが好きだから赤也とのことに嫉妬してて、俺今すげー気分悪いんだよな、そんなことは言えない。

トボトボと歩く遅いスピード、綿谷はわかんないけど俺はそんなに疲れてるわけでもないのに、足が重い。


「あ、そうだ、こないだ言ってたあの件なんですけど」

「あの件?」

「あのー、デートっていうか」


綿谷は少し照れたように笑った。誘ったのは俺だけど、デートだと言い出したのはこいつ。まぁデートには違いないけど、そんな余計に緊張させるようなこと言うなよって思った。

あのとき誘ったとき、俺はすげードキドキしたし、きっと本番もめちゃくちゃ緊張するだろうとも思った。
でもそれも、無駄なドキドキになるんじゃねーかなぁ。


「お祭り行きませんか?」

「お祭り?」

「はい。あの幼稚園の近くの神社で、今週あるんですよ。どうかなって。もしかして弟と行きます?」


ああ、そういや毎年そんなのあったなと思った。でも特に弟と行く約束はなかった。


「いや、大丈夫だけど」

「お、よかった!じゃあそこに行きましょうよ」

「でも…」

「?」

「俺とでいいの?」


もともと誘ったのは俺だし、行きたいところあれば言ってって言ったし。その言葉通り行きたいところがあったから、それを俺に提案してくれたわけで。何もそんな卑屈に捉える必要はないのに。

綿谷はまたきょとんとした間抜け面を見せたあと、大きく笑った。


「やっぱり見てたんですね、さっきの」


さっきのってのは、赤也に泣きついてたことを指してるって、すぐにわかった。


「赤也がぽろっと、丸井先輩に連れて来られたって言ってて」


いや俺が連れてったわけじゃねーじゃん。ただトイレにあいつが勝手についてきて。
でも確かに綿谷のもとに行けと押し出したのは俺。そのことを余計なお世話だと言われたら、きっとこの気分はさらにドン底に行くんだろうと思った。

でも綿谷はまったく別の、よくわかんないことを言い出した。


「あたしね、泣いたのは、頭の中になんかエンドロールが流れたからなんですよ」

「…エンドロール?映画とかの最後の?」

「そうそう、なんかいろいろ終わったなぁと。だっていつもは逆だったんです。いつもは赤也が悔しがっててあたしが励ます、みたいな」

「……」

「それが逆で、もう今までとは違うなって。もちろん大会も終わったし、それでなんかいろいろ終わったなぁって、感傷的になって」


そういえば綿谷の言う通り、いつもなら赤也が悔しがったりなんかへこんでたら綿谷が励ますってパターンがよくあった。俺も何度も見たことがある。


「それでエンドロール?」

「はい。ちなみに主演はあたしで監督は三谷幸喜なんですけど」

「もろコメディー路線じゃねーか」

「違いますよ。エンディングソングはSummerですもん」

「…なんかそれ足すと急に青春路線になったじゃん」

「いい曲ですよね、Summer」

「夏の帰り道って感じの曲だよな」

「ではお応えして」


頼んでもいないけど、綿谷はタラララランララン〜…と、頭悪そうにメロディーを歌い始めた。

頭悪そうだし、けしてうまいとは言えないけど。途中から一緒に歌うとなんだか俺も感傷的になってきた。音楽の力ってすげーと思う。


「いろいろ終わったけど、新しい自分もいろいろ見つけちゃいました」


歌が終わり、というか超有名な部分しかお互い知らず打ち切りとなって、綿谷はまた話し始めた。

新しい自分っていうのは、また来年に向けてテニスを頑張る自分か、はたまた赤也への想いに諦めをつけられた自分か。そのどっちかと思った。…けど。


「どんな綿谷?」

「たとえば、新しい浴衣を買いに行こうと張り切ってる自分とか」


新しい浴衣を買いに?…浴衣?なにそれって、なんか話の繋がりあったっけって一瞬わけわかんなかったけど。

ちょっと恥ずかしそうに俺を見て笑った綿谷の顔に、フッと思い浮かんだ。


「さっきの質問ですけど、あたしは丸井先輩と行きたいですよ」

「……」

「ダメですか?」


その綿谷の言葉で、今言ってた“新しい綿谷”が、ほんの少しわかった気もした。
あくまで、期待値でのことだけど。


「…ダメじゃねーよ。むしろ、俺もそうだって思ったわ」

「え?」

「新しい自分見つけた。一喜一憂するダサい自分」


俺のその言葉にまた照れ臭そうに笑った綿谷の顔は、もう暗くなった辺りを照らすように感じるほど明るく見えた。

ドキドキする。ワクワクもする。


「あとついでにその浴衣脱がせてーなーって思う自分とか」

「は?何か言いました?」

「…や、何でもね」

「丸井先輩ってけっこうエロいんですね。仁王先輩の悪影響ですか?」

「聞こえてんじゃねーかよ!…まぁあいつが9割ぐらい」

「友達やめたほうがいいかもです」

「考えとくわ」


こないだの合宿での肝試しみたいに手を繋ぎたくて、チラチラと綿谷の手を見ていると。綿谷にはスカートを見られてると思われたらしく。


「そういう視線がエロいっす」

「ちげーよ!たまたまだよ」

「それは失礼しました」


そしてまた笑った顔に、ドキドキとワクワクが止まらない。

エンドロールか。綿谷の中でいろいろ終わった。先輩とのテニスもそうだろうし、赤也のこともそうなんだろう。

そして新しい自分を見つけて、そこから始まることもある。
たった今、一緒に歩いているこの瞬間が幸せな自分にも、夏の終わりとともに、エンドロールを思うときがくるのかな。

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