05.ノンストップ!
暇だ。合宿中に熱で隔離とかマヌケ過ぎるし、練習はハードとはいえせっかくの合宿なのに一人で部屋にこもってゴロゴロ〜ゴロゴロ〜、暇過ぎる。漫画もないしテレビは部長に禁止されてるし。
丸井先輩も一人で静養中だって聞いた。今何してんのかな。おとなしく寝てるかな。でも丸井先輩のことだからお菓子食べてたり?
…いいこと思いついた。お布団を跳ね除け起き上がったあと、洗面所で髪の毛を整える。まだちょっと体は怠いけど、もう大丈夫だと、鏡の中の自分を見て思った。
「どうぞー」
誰もいないし堂々と男子部屋エリアに進入。丸井先輩の部屋の扉をノックすると、先輩の声が聞こえてきた。寝てたら戻ろうと思ったけど、返事はすぐだったし起きてたんだな。
「失礼しまーす」
上がり込むと、テレビを見ながら寝転んでいた丸井先輩は、あたしの顔を見るなり飛び起きた。
「え、お前かよ!なにやってんだよ」
「お見舞いでーす。ほら、差し入れもたくさん」
「いや、お前も病人だろい」
「暇だし一緒に食べましょうよ」
ドサドサと持ち込んでいたお菓子を丸井先輩のお布団の横に並べた。昨日、肝試しから帰ったら一緒にお菓子食べようって言ってたのに、お互いお風呂からの即寝だったから叶わなかったんだ。
「部屋いないのバレたら怒られんじゃねーの?」
「丸井先輩こそテレビ観てるのバレたら真田先輩に説教されますよ」
「別に禁止されてねーもん」
「ウソ!…女子のほうが厳しいなんて」
「おそらく部活休んでるときにテレビって発想がないんだよ、真田には」
とりあえず持ってきたお菓子を食べようとなって、二人でささやかなお茶会が始まった。
外からかけ声やセミの声がたくさん聞こえる。
今外ではみんな、炎天下の中必死で練習しているんだろう。そこに加われないことに少し、もどかしい気持ちもあるけど。その反面、なんだか気分がいい。風邪で学校を休んだときに悠々とお昼のテレビを観るのは、なぜかものすごい楽しさがある。それと一緒な気がする。
あと、もし今のこの、いい気分に理由があるとするなら……。
ちらっと丸井先輩を見ると、すぐに目が合った。なんとなくつけっぱなしのテレビをずっと観てるのかと思ったけど。
「体調はもう大丈夫なの?」
「あ、はい。もう全然余裕です」
「そっか」
ポッキーを口に咥えつつ丸井先輩は、お布団にごろんと仰向けで寝転んだ。あたしは大丈夫だけど、丸井先輩はまだキツいのかな。
「暇だなー」
「暇っすねー」
暇だけどつまんないわけじゃないかな。そんなことを考えながら、あたしもごろんと後ろに倒れた。丸井先輩とは上下逆、足側に先輩の頭があって、顔は見えない。
「綿谷」
「はーい」
「お前休みの日って、何してんの?」
まだ外が明るいから点けられていない天井の照明を見つめながら、自分の休みの日を思い返した。すごく空白な気がした。
そもそも学校が休みの日であっても練習だったり遠征だったり、全体練習が休みでも先輩との自主トレしたり。オフらしいオフはなかなかない。それは男女同じだろう。
「録りだめしたドラマとか観てます」
「へー。他には?」
「他は、マ……読書したりとか」
「いるよな、漫画読むのを読書って言っちゃうやつ」
「丸井先輩だってめっちゃ漫画読むじゃないですか」
「まぁな。どっか出かけたりしないの?」
「うーん…、基本家だけど、小木と買い物とかカラオケ行ったりも…」
ふと思った。今あたしは休みの日にどっか出かけるってなったら、一番手に挙がる相手は梨花子なわけだけど。
もし梨花子が赤也と今後付き合うことになったら。せっかくの休みに、あたしが選ばれることはなくなるんじゃないかって。ますます引きこもりが捗りそう。
「丸井先輩は何してるんですか?」
「俺はー…、お菓子作ったり弟と遊んだり、ジャッカルとか赤也と遊んだり」
「へー、予想通りです。あれ、でも確かジャッカル先輩って休日は親父さんにこき使われてるんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう。ラーメン屋が繁盛してきたから、手伝いで忙しいらしいんだよな。だから最近は赤也と二人が多いかも」
「なるほどー」
てことは、丸井先輩もあたしと同じ立場になるかもしれないんだ。赤也と梨花子が付き合ったら。
つまりあたしも丸井先輩も余り者同士ってことか。じゃああたしと丸井先輩が遊べばいいんじゃない?…とか言っちゃって。
でも、丸井先輩と二人でどこか遊びに行ったら楽しいだろうな。そんなことあり得ないだろうけど。でも楽しそう。
「綿谷」
「へーい」
「どっか遊びに行かない?俺と」
あり得ない、でもきっと楽しいんだろうな、そう思う中誘われてしまって。心臓がドキンと跳ねて痛くなった。
ちょっと頭を上げて足元の丸井先輩を見ると、先輩もこっちを見ていたようで、目が合って笑った。
「まぁ今大会前だし、いつがオフになんのかわかんねーけど」
「…そーですね。女子より絶対男子のが大会長くなりますもんね」
女子も全国にはいくけど、男子はたぶん決勝までいくだろう。むしろ優勝しちゃうだろう。幸村先輩も復活したし。
でもきっとあっという間に終わってしまいそう。丸井先輩たち最後のこの夏は。
「で、どう?」
「…その、デートですか?」
「デー…まぁデートになんのかな。あんまり?」
「いやいや、もちろん喜んで行きます!光栄です」
「なんかウソくせー言い方」
「マジです。丸井先輩とデートとか、立海の全女子に自慢できちゃいます。先輩めっちゃ女子に人気だし」
「……」
「にしてもあれですね、丸井先輩ってやっぱりさらっとデート誘うんですね。イメージ通り」
そう言うと丸井先輩は起き上がり、バサッとあたしの頭目がけてお布団を被せてきた。そしてぐるりとあたしの全身はお布団に包まれ、上から押さえつけられた。
「え、何するんですか!暑い!」
「お前が茶化すからだろ!簀巻きにしてやる」
お布団のせいで丸井先輩の表情は見えない。もしかしてちょっと怒ってるのかな。
茶化したつもりはない。…けど、なんだか。
「すみません、ちょっと照れちゃって」
「……」
「謝ります。すみません。なので顔だけでも出させてくださいな」
息苦しくなってきた。お布団の圧迫感のせいなのか。それとも丸井先輩があたしの真上にいるからか。
ゆっくりと頭の部分だけ、丸井先輩は剥がしてくれた。
その直後、丸井先輩は、お布団ごとあたしに抱きつきそのまま真横に倒れ込んだ。回されたのは腕だけじゃなく、脚も。
「あ、いいじゃんこれ。抱き枕みたい」
「いや、ちょっとさっきから何してるんですか…!」
「抱き枕。いいわーこれ」
文句を言うあたしにはお構いなしに、丸井先輩はさらにぎゅーっと腕と脚を締めた。
あくまで、お互いの間にはお布団があり直で触れてるわけではないけれども。たとえ間接的にでも、丸井先輩に抱きつかれて。
すごくドキドキしてきた。暑いのはお布団のせいだけじゃなくて、そのドキドキとまた熱が上がってきたんじゃないかってほど、のぼせ上がる。
「…あのー先輩」
顔を覗き込むと、案外丸井先輩は普通の顔をしてた。あたしなんかたぶん動揺丸出しで、ちょっと耳が熱いから赤くなってる気もする。
普通、だと思ったけど、よくよく考えたら普通なところが余計にドキドキする。じっと見つめられて心臓が痛くなる。
そして気づいた。めちゃくちゃ近い、丸井先輩の顔と。そのままでも近かったのに、さらに丸井先輩の顔は寄ってきた。同時に腕の力ももっともっと強くなった。
「…目、閉じない?」
その言葉の意味が一瞬でわかった。わかったけど、自分がどう行動すべきかの判断はできず。
指示、というか本能に従った。ぎゅっと目を閉じると、先輩の手があたしのほっぺたに触れて、そのまま髪の中を指が通り後頭部に。
ヤバいですこれは。丸井先輩にこんなにドキドキするなんて。そりゃこの体勢とこのシチュエーションにドキドキしない女子なんていないだろうけど。
目を閉じたからその来たるタイミングがわからなくて、余計にドキドキが止まらない……。
「ブン太、起きているか?」
突如、コンコンという扉をノックする音と、そんな声が聞こえてきた。目を開けるとまさに鼻の先にはイケメンが。
なんとなくムードに乗っちゃってたけど、よく考えたらすごいことしそうだったんだ…!
でも今はいろいろ考えてる場合じゃなくて、すぐに抱き枕地獄(天国?)から解放されお互いに飛び起きる。
「…柳か?ヤバくね?」
「ヤバいっすよね…!」
「とりあえず押入れの中に隠れろ!」
小声の密談終了後、あたしはなるべく静かに押入れへと潜んだ。…あれ、でもあそこにお菓子とか広げたままだし、もし中に入ってきたらバレるんじゃない?ヤバくない?
心臓の音がうるさい中、ガチャッと扉を開ける音も耳に届いた。
「おう、もうけっこう大丈夫」
「そうか。今日は念のため終日静養し、明日からは加われるといいが」
見えないけど、たぶん入り口のところで二人が会話しているのが聞こえてきた。お昼はまだだろうし、休憩時間に柳先輩が代表でお見舞いに来たのかな。…てことは、もしかしてあたしの部屋にもうちの部長か誰か行ってる?ヤバくない?
「休憩時間も短いのでな、大丈夫そうなので慌ただしいが失礼する」
「ああ、練習頑張れよ」
そう聞こえてきて、ラッキーバレてないと、こっそりガッツポーズをした。あとは、すぐにあたしもここから出て自分の部屋に戻らないと……。
「ちなみに、綿谷の見舞いも俺に一任されている」
なかなか扉の閉まる音がしないと思ったら、まだ柳先輩の話が続いた。
…あたしの見舞い?逆にヤバくない?戻るときに会っちゃうんじゃ。
ハラハラしつつ、どうやって部屋に戻ろうと頭を抱えかけたけど。
悩まなくてもよかったようだ。
「手間が省けたことには礼を言おう」
「…は?」
「ただし、黙っていてやるのは今回限りだ。二人とも静養するのが今日の部活メニュー。わかったな」
「……はい」
そしてようやく扉を閉める音が聞こえ、柳先輩は去って行ってくれたようだった。
こっそり押入れから顔を出すと。苦笑いの丸井先輩が戻ってきた。あたしも押入れから出て部屋の中央へ、なんとなくお互い正座で向かい合った。
「あれって、もしかしなくてもバレてましたよね?」
「だろうよ。ほんと目敏いっつーか」
「なんで!部屋まで入ってないですよね?」
「ああ、でも柳の視線で気づいたんだけど、スリッパ。2組あるからそれだ」
もともとはお互い複数人の部屋だったけど、風邪が移るとダメだからってそれぞれ一人部屋に隔離された。
なのに入り口にスリッパが2組。柳先輩にはお見通しになっちゃったわけか。
「すみません!あたしが勝手に来たから」
「まぁ柳は黙っとくって言ってたし、今回は大丈夫だろい」
「いやほんと、申し訳ないです…」
「いいんだって。来てくれて、うれしかったから」
丸井先輩はそう言うと足を崩し、もう風邪も治ったっぽいし午後から練習出ようかなーと、言い出した。
うれしかったって、丸井先輩。その言葉があたしはうれしかった。
「…そ、そろそろあたしも戻りますね。お菓子は半分置いてくんで」
「マジか!サンキュー!…あ、あと。さっきの、デートの件だけど」
持って帰ろうとお菓子を拾い上げたけど、その手がちょっと震えた。またドキドキしてきたせいだ。
「俺もなんか考えとくけど、もし行きたいところあったら言ってくれ」
丸井先輩とデート。さっきまでは、絶対楽しいとか、みんなに自慢できちゃうとか、そんなことしか考えてなかったけど。
そのあとのアレがあって。このデートにはすごく大きな意味があるんじゃないかって、急激に意識してしまう。
「は、はい!考えときます!」
「シクヨロ」
「じゃ、戻りますんで!」
「おう、お大事に」
「丸井先輩もお大事に!」
あんなことがあったのに、案外お互い普通の感じで別れた。いや、少なくともあたしは普通に見えるようにした。力んだけど頑張った。
きっともう、意識せずに丸井先輩とはいられない。一晩明けてもその後合宿が終わっても、さっきの丸井先輩の部屋でのことを思い出すと、胸がドキドキしてほっぺたも緩んでしまう。
どうやらあたしは新しい自分を手に入れたようだ。ふざけ合ってばかりだった丸井先輩を、男子として意識する自分。