04.Don't worry
夜、肝試しがあった。場所は綿谷と休憩した林。そこまで広くないらしいけど、抜けると県道に繋がってて、その手前には小さな公園があるらしい。そしてそこにある名簿に名前を記入してミッションクリアってやつだ。
真田とかはくだらんっつって参加しないけど、ほとんどのやつらは参加する。男女ペアか、男子のが多いから男子同士も含めて二人組みで行くことになって、くじ引きで決めた。
俺のペアは…。
「シクヨロです!丸井先輩」
「おう、サルか。シクヨロ」
「サルじゃないですー弟ですー」
「メスじゃなくていいのかよ」
綿谷だ。すげー偶然ー、なんてお互い棒読みだった。
だって俺見えたから。綿谷と小木がくじ引きの紙を交換したところ。小木は赤也と今一緒にいるから、きっともとはこいつが赤也とペアだったけど、気を利かせたんだろう。
ついでに言うと、それを見て俺もジャッカルと交換した。ジャッカルは小木、つまり綿谷とになってたから。
まもなく俺らの順番がきて、まずは建物から林に向かう。
「林も怖そうだけど、だだっ広いコートも暗闇だと不気味ですね」
「な。空も真っ暗だし」
一応懐中電灯はあるけど、空は分厚い雲に覆われてて、星どころか月も見えない。日中は晴れてたけど、これは一雨降るかもな。
「なんかあのコートがお墓に見える。明日からあんな不気味なとこで練習できないかもです」
「んなこと言われたらゾンビでも出て来そうに見えちまうだろい」
「え、やだやめてよ丸井先輩!」
「怖がんなよ、俺まで怖くなってくるじゃん!」
「うわちょー怖くなってきたヤバい!」
「ヤバい俺も怖いヤバい!」
ビビりな俺らはそこからダッシュ。散々練習で走りまくったのに。怖い怖い言いながら、あっという間に林に着いた。
「あ、あれじゃないですか?公園」
綿谷が指差したほうを見ると、確かに公園だった。思ってた以上に林は小さくて、この肝試しは所要時間がめちゃくちゃ短いと思う。
その公園内はトイレとベンチと木馬みたいなものが2つあるだけで、殺風景なもんだった。そして1つあるベンチの上に、ノートを見つけた。
「お、これか、名前書くやつ」
「ですね。じゃあ名前書きますね」
「シクヨロ」
この肝試しを綿谷としたかったのは、単純に楽しいだろうなって思ったのと、綿谷の元気が少しでも戻ればいいって思ったから。
考えてた以上に短かったし、綿谷も落ち込んではなかった。小木に譲って昼間以上に落ち込んでんじゃねーかって思ったけど、杞憂だったわけだ。
短過ぎる二人きりの時間がほんの少しだけ惜しくもあったけど、綿谷が元気ならそれでいいやって、思った。
「…ん?」
少し遠くのほうから、バカデカい車のエンジン音が聞こえてきた。そういやそこに県道があんだよな。
そんなことを考えていると、遠くのほうだった音はあっという間に近づいてきて、もうすぐそばだと思ったら。そのエンジン音は止まった。一緒に鳴ってた重低音の音楽も。
「夜なのに近所迷惑な輩がいるもんですね」
「しっ」
え?と言う綿谷を引っ張って、ベンチの裏にしゃがみ込んで身を潜めた。
すぐに数人の足音と、エンジン音だけじゃない、声も騒がしい連中がこの公園内に足を踏み入れたようだった。
わかんねーけど、こういうときは見つからないほうがいい気がする。俺らは中学生だし、男女でハタから見りゃカップルに見えなくもない。変に絡まれでもしたら嫌だし。
こっそり頭をベンチから覗かせてそのやってきた連中を見た。
「先輩…」
ぎゅっと俺の服を掴んだ綿谷。不安そうな顔。それはもしかしたら、俺もそんな顔をしてるせいかもしれない。
何がおかしいのかゲラゲラ笑ってるその4人組は、暗くてよくは見えないけど木馬のところでみんなしてタバコ吸って酒を飲んでるようだった。一気飲みのコールも聞こえる。…車なのにそれって、やっぱ見つかんないほうがいい輩のパターンだよな。
うーん…こっそりここから逃げられるとは思うけど。でももし見つかって、想像以上にヤバい輩だとして追いかけられて捕まったら。
綿谷は女だ。サルだとか弟だとか言ってても、女の子だ。危ない橋は渡りたくないし…。
そんなとき、ツンツンと綿谷に突かれた。そしてスマホのメール作成画面を見せられた。
“次、赤也と小木の番です。もうちょっとしたらここに来ます”
そういやそうだったな。一組ごとに往復を待つんじゃなくて、しばらくしたら次のやつらが出発だから、つまりここに隠れてても赤也たちが来て、あいつらと会っちまう。俺らはダッシュでここまで来たから時間差はあるだろうけど…、まだコート付近か。それでもあいつらがいなくなるまでの時間には思えない。
またツンツンと突かれ、画面を見せられた。次々と打ち込まれる文字を目で辿る。
“うちらは足速いしきっと逃げれます。でも小木は足が遅いんです。赤也もバカだし変に勇敢なとこ見せるかもです”
言われて納得した。確かに赤也はバカだしきっと今浮かれてるし、もし絡まれたら、やってやろーじゃんって向かって行くかも。
俺は今、綿谷のことしか考えてない。でも綿谷は、自分の身じゃなくて赤也と小木のことを考えてる。
ほんとはまだ辛いだろうに、根っからのいいやつなんだな。
そう思ってぼんやりスマホの画面を見ていると、その画面にぽつんと水滴が落ちてきた。一滴、二滴。次第に顔や腕にも冷たい雨が当たり始めた。
「雨じゃん?車戻る?」
「すぐ止むんじゃね?」
やつらのそんな声が聞こえてきた。絶対止まねーからさっさと消えてくれ。
「寒…」
綿谷が呟きながら肩を震わせた。確かに雨はちょっと強くなってきて冷たいけど、気温は高いから俺は気持ちいいぐらいだった。
…ああ、そうだったと。さっきもこいつは普通にダッシュしてたから気づくのが遅れた。
ふわっと、綿谷に覆い被さるように包み込んだ。少しでも雨が当たらないように。ちょっとでもあったまるように。
「ま…!?」
「やっぱりお前風邪じゃん」
寒いって言ったくせに、体すげー熱い。おそらく熱あるぜ、これ。強くなってきた雨が冷たいのと、腕の中が熱い。
やっぱ女の子だこいつは。ちっちゃいし柔らかいしなんかいい匂いするもん。サルでも弟でもない。
そんな当たり前のことを実感しただけなのに、湧き上がるこの感覚はなんだろう。
「寒気がするんだろ。あっためてやるから」
「…ヤバい、先輩がちょー男前に感じる」
「だーから、それは今さらだっての」
「初めて思いました」
「昼間も言ってたじゃん、男前って」
「あ、忘れてました」
俺の腕の中で綿谷は楽しそうに笑った。風邪だろうし熱もあるだろうけど、精神的には元気そうでよかった。
でもいつまでもここにいるわけにもいかない。…ちょっと惜しい気もするけど。
そーっとベンチから顔を覗かせてまた公園内を見渡した。よし、いない。
「戻るぞ。歩ける?」
「大丈夫です。まだまだ走れますよ」
「オッケー、じゃあ走るか。たぶん赤也たちももう戻ってるだろうし、ダッシュな」
「了解!」
って話になったものの、やっぱり怠いーと綿谷が言い、とぼとぼ歩いて戻ることにした。幸いにも、少しだけ強くなったあとはもうなんとなく体感できる程度の小雨に変わった。
「丸井先輩も風邪引いちゃうかもですね。すみません、あたしのせいで」
「お前のせいじゃねーだろ。むしろ…」
「や、あたし雨女なんですよ。重度の」
「やっぱお前のせいだわ」
あははと笑い合いながら、俺はなんだか胸が締め付けられるようだった。
たとえ俺が風邪を引いたとしてもまったく綿谷のせいじゃないし、むしろ、俺に勇気も何もなかったから動けなかったし雨にも濡れた。あの場合はいらない勇気かもしれないけど、情けなさは残る。
「綿谷」
「はい?」
「手、貸して」
一瞬、きょとんとした顔になったけど。前も思ったけどこの間の抜けた面やめろよ、笑っちまうだろ。けっこう真剣なのに。
笑うついでに、もたもたしてた綿谷の手を勝手に取った。ぎゅっとすると、躊躇ってた割には綿谷も、ぎゅっとしてきた。
「腹減ったなー」
「…あ、あたし、お菓子けっこう持ってきましたよ!」
「お、いいじゃん。くれ」
「はい!一緒に食べましょう!」
繋いだ手をブンブン振りながら宿への道を歩く。
ついこないだ、赤也が小木の顔を見て話せないとかウケるって思ったばっかなのに。
俺が今、そんな状態かも。
肝試しが始まったときは、綿谷が沈んでたらって心配だった。ペアを譲ったものの正直、モヤモヤした気持ちはあったんじゃないかとは思う。
でもこいつはそんな中でも、赤也や小木を思いやってた。
そんな綿谷を見て、俺は、守りたいって思った。単純にさっきのあの変な連中からってのもあるし、雨からもだし。
それと、いろんな意味で。そばにいたいと思った。確かに小木に比べりゃ女の子らしさは足りないかもしれないけど、でも女の子だ。それも俺にとっちゃ、けっこうかわいい子。
戻った俺らは即風呂送り。そして熱を測ると案の定熱があった。
驚くべきは綿谷だけじゃなく、俺もだったってこと。普通に二人揃って熱があった。バカは風邪を引いても気づかないんじゃなって仁王に茶化されたから、期末テストで地理が赤ギリギリだったことを真田にチクってやった。ざまあみろい。
次の日、俺と綿谷は隔離され練習は休むハメになった。合宿の意味ねぇ。