01.夏のはじまり

「もうすぐでみんなの大好きな夏休みだな。その前にささやかなプレゼントを贈ろう」


満面の笑みで担任(英語担当)がそう言い、2年D組1学期期末テストの返却が行われた。

夏休みといえば学校もないし、プールや花火大会や海やなんやでものすごく楽しみではある。
でも、毎度のことだけどこの返却の時間は憂鬱過ぎる。


「ウソだろ……?」


次々と返却される中、答案を驚愕の表情で見つめながら教室の片隅にて佇むマイクラスメイト。彼の足は心なしかガクガク震えている。


「あれれ赤也ー、やっちゃった?」


これも毎度の風景なんだけど、彼の背後に忍び寄り、肩を叩きながらその手の答案を覗き込んだ。それまではあたしもニヤけてて、よしよし赤点か?からかってやろうか?程度にしか考えてなかった。

でも、現実は想像を超える。上がっていた自分の口角は、次第に引きつっていった。


「…ウソでしょ?」

「……」

「……5点?え、100点満点だよね?赤也だけ小テストだったとかないよね?」


あたしの問いかけにその彼、切原赤也は、涙目であたしの目をじっと見つめた。まったく丸が見当たらない答案を辿ると、ようやく見つけた丸は最後の長文の問題で、もろ当てずっぽうに書いた訳が当たってしまいました感満載だった。


「芽衣…、やべぇよどうしよう…」

「……」

「どうすりゃいんだよ俺!こんなの真田副部長にバレたら…」


享年13歳。彼の生涯はとても明るく線香の閃光のようでした。そんな不吉なことが頭に浮かんだ。


「落ち着いて赤也。まだこの事実は赤也とあたしと先生しか知らない。つまり隠蔽できる、そう思わない?」


不安そうに赤也が教室を見渡した。あたしもそれにつられて教室を見渡すと、クラスメイト勢揃いでこちらを見ていた。ある者はさっきのあたしのようにニヤけ顔、ある者は爆笑、ある者は同情の目。


「訂正するわ。まだこの事実はあたしや赤也や他2年D組の38名プラス担任しか知らない。つまり…」

「えー言い忘れていたが、成績不良者は親及び部活の顧問にも伝えるからなー」


担任のその言葉に赤也の顔はもう泣き崩れる寸前までいっている。それを見てあたしの頭の中は、どう赤也に気休めを言おうかと必死だった。親と部活の顧問も加わるということで、つまり総勢40人強だから…。いや、テニス部は顧問じゃなくて部長副部長に連絡がいくんだよね確か。てことは。


「落ち着いて赤也。もう隠蔽は無理っぽいから残された道はただ一つ、今から退部届けを出すしか…」

「ちくしょーおお!」


全力で発狂したのち赤也は、ヨヨヨとあたしに縋りつき泣き始めた。かわいそう。すごくかわいそう。しばらく元気な赤也のテニスが見られないかもしれない。残念だ。

よしよしとモジャモジャ頭を撫でると、周りの人たちにクスクスと笑われた。


「芽衣はほんと赤也の保護者だね」


…だってさ。まぁあたし自身もそんな立場な気はする。

1年の頃から同じテニス部同じクラスで、なんだか知らないけどすごくノリが合って、男子と女子という境界線はあるけど、それを越えちゃうような仲ではある。赤也はちょっと子どもっぽいから、保護者だとか、姉弟だとか。

初めこそ周りの人たちには、付き合ってんの?好きなの?とか聞かれたもんだけど、今はもう、保護者や姉弟で定着してる。

2年目のこの夏も、そんなふうに始まっていくんだなと思っていた。この関係は何も変わらず、このままでいたいとさえ思っていた。


「「マコトに申し訳ありませんでした!!」」


その日の放課後。赤也と、赤也に頼まれてあたしも一緒に真田先輩の元へ行き、全力で謝った。

もちろん予想通り真田先輩の怒りの形相は凄まじく、それが振り切れたのか先輩はなぜか途中からフハハハと笑い始めて鳥肌が止まらなかった。

そしてこの一連の流れに助け舟を出してくれたのは柳先輩。3年A組前の廊下にて繰り広げられていた平謝りタイムだったけど、ちょっとした騒動だったようで、騒ぎを聞きつけてはるかF組から柳先輩がやってきたんだ。


「そうカッカするな、弦一郎。この二人は心から猛省しているように見受けられるぞ」

「む…」


なんであたしが猛省なのか意味不明ではあるけど、テニス部の先輩方にもあたしと赤也の関係には、あたしが思っている通りのイメージがあるらしい。


「てか、赤也はともかく綿谷は関係ねーじゃん。怒り過ぎだろい」

「うん、そうだね。真田、もうそろそろ切り上げよう」

「切原君には追試験を頑張ってもらいましょう」


気づけばB組の丸井先輩、C組の幸村先輩、A組の柳生先輩も集まっていて、真田先輩を宥めてくれた。…初めはおもしろ半分の見物ではあっただろうけど。

あたしは女子だけど同じテニス部として、常日頃から諸先輩方には大変お世話になっている。学校のエリートでもあるこれら男子テニス部の先輩たちは、心もエリート揃いだ。


「…丸井先輩、ところで仁王先輩は?」

「飛び火怖いっつってさっさと部活行ったぜ。今回地理かなんかが赤ギリギリだってよ」

「なるほど」


近くにいた丸井先輩にヒソヒソ聞くとそんな裏話も聞けて、男子テニス部も十人十色だと思った。おそらくここにいないレギュラー、ジャッカル先輩は、ここから最も遠いI組で平和にクラスメイトと談笑している頃だろう。


「今日もお疲れだな、綿谷」


真田先輩から解放され、先輩たちがそれぞれ散って行く中、丸井先輩にそう労われた。
先輩たちみんな優しいけど(真田先輩もほんとはちょっとは優しい)、丸井先輩はその中でも特に仲良くしてもらってるし、いつも気にかけてくれる。

じゃあ今度お菓子作ってくださいと言うと、楽しみにしてろと、いい笑顔で言ってくれた。

そしてその後、赤也は追試の勉強をするため教室に居残ることとなった。


「ねぇ、ここってこれであってる?」

「うーんと、そこはあってるけど、こっちとそっちとこれが違う」

「え?どこ?どれ?」


ちなみにあたしが追試のための勉強を教えている。赤也と違ってそこそこ成績は優秀だからね。この赤也に対して手取り足取り教えるのはものすごく大変だけど。


「あーーー、疲れた!」


しばらくすると赤也は、大きく伸びをしてシャーペンを投げ出した。


「なんか悪いな。いつも教えてもらって」

「いいよ。今日は自主練だけだし」

「そう?そういや男子も自主練だっけ。…あーあ、ほんとマジ英語なくなんねーかな。俺追試まで部活出禁だぜ」

「出禁!?」


一応エースで次期部長と言われてておまけに夏の大会も迫っている中、出禁なんてそうそうない。あたしが大きく笑うと、笑いごとじゃねぇと、赤也も笑った。

じゃあ休憩しようってなって、“赤也の家庭教師料だ”と柳先輩に頂いたジュースをごくごく飲んだ。


「それうまそうだな。俺もジュース買ってくりゃよかったぜ」

「いいでしょ。柳先輩におごってもらっちゃった」

「え!柳先輩、俺にはくんなかったのに…!」

「そりゃそうでしょ。赤也に教えるからってもらったんだもん」

「ふーん…。な、一口ちょうだい」

「一口だけね」


サンキュー!と笑い、赤也は心からうれしそうにそのジュースを受け取る。その飲む様子をじっと見つめながら、やっぱり喉ボトケ出てるんだなぁ男子だなぁと、なんとなく思った。

返されたあと、そのジュースにはなかなか口がつけられなかった。


「あ、やっぱりまだいた」


その休憩中、教室の扉が開いて、明るい声が響いた。
そこにいたのは同じテニス部の梨花子。クラスは違うけど、一番仲が良い友達。かわいいし、女の子らしい子だ。


「梨花子!自主練終わったの?」

「うん。男子も終わったみたいだよ。芽衣がまだいるなら一緒に帰ろうと思って来たの」


梨花子がうちらの席に近づくと、急に赤也がそわそわし始めた。“よ、よう、お疲れ”なんてちょっと声が高くなってる。

最近いつもそう。赤也と梨花子はもともとは話したことなかったけど、ちょっと前からあたしを通じて話すようになったらしい。

ダメだな。これ以上ここにいたら。


「そろそろ帰る?梨花子も迎えに来てくれたし」

「え、赤也君の勉強は?」

「大丈夫!やるときはやるって、赤也は。ね?」


そう言って赤也の肩をポンと叩くと、“任せとけ!”と照れたように笑った。こんな素直な赤也は、男子だけどかわいいやつだ。照れたのはきっと、あたしに褒められたから。
ただし正確には、梨花子の前で、あたしに褒められたから…かな。

ああダメだ。やっぱりちょっと、苦しい。


「じゃあ帰ろ!」


勉強道具一式を出すまではノロノロしてたくせに、しまうときのスピードはさすが。赤也が片付け終わると、3人で学校をあとにした。

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