ホワイトデー


ドキドキドキドキ。あたしは今朝から、というか昨日の夜からずっとドキドキが止まらない。なぜかと言いますと。



「あ、名字」

「…仁王くん!?」



仁王くん(弟)ね。彼と遭遇した。
ここは近所のコンビニ。今日は土曜日で学校は休みの日。
ただあたしは、お菓子を買いに来たとか立ち読みに来たとかそんなんじゃない。



「なにそんな驚いとんの。俺んち近所だし」

「え、まぁそうですね」

「?」



歯切れ悪く、というかついキョロキョロしてしまって、仁王くん(弟)の話なんてあまり真剣に聞けなかった。

そう、あたしがこのコンビニに来たのは、もしかしたら仁王くんのお兄ちゃんに会えるんじゃないかって思ったから。よくここに来てるらしいし。そして偶然にも仁王くんに会ったわけだけど、弟の方には正直用はない。



「…仁王くん、一人?」

「見たらわかるやろ。ポカリ買いに来た」

「へぇ、ポカリ好きなの」

「や、俺じゃなくて。兄ちゃんの」

「…お兄さんの?」

「そう。昨日から風邪引いとって、むちゃくちゃ熱高いから」

「えぇ!そうなの!?」



そう言って仁王くんは、ドリンクコーナーへ向かい、ペットボトルのポカリを数本取った。
そして、特に何も持たずなぜか後ろにくっついて来たあたしが不思議だったんだろう、じーっと見てきた。



「なんか用?」

「…いや、別に」



仁王くんと仁王くんのお兄ちゃんは、顔はそれなりに似てる。仁王くんのお兄ちゃんのが髪型はずっと派手だし、背も高いし、大人っぽいけど、きっと仁王くんも1年後はあんな感じなんじゃないかなって、思えるぐらい。

ただし、優しい雰囲気は雲泥の差。

そのままレジに向かう仁王くんをさらにストーキングすると、仁王くんはちょっと、不審者を見るような目つきだった。



「何も買わんの?」

「…えーっと、そうだなぁ」



もともと買い物に来たわけじゃないし。特に欲しいものもないし。
…でも、仁王くんのお兄ちゃんが熱で苦しんでる。あたしも何か買って、仁王くんに渡してもらおうか。そうしようか。それがいいか。それで好感度アップ的な。

あたしがあれこれ考えていると、仁王くんはさっさと会計を終わらせてしまった。…どうしよう。きっとこのままあたしをスルーしてスーッとこのコンビニから消え去るだろう。迷ってる暇はない………、



「あ、そうだ。名字今日予定ある?」

「へ?」



何を買うか考える時間もないし、とりあえずレジ付近にあるチロルチョコでも買おうかと、仁王くんのお兄ちゃんは甘いの好きじゃないけど、まぁ治って欲しいという気持ちが伝わればいいかななんて正当化してたとき。



「暇ならウチ来る?」

「……へ?」

「兄ちゃん、熱はあるけど慣れてきたんかけっこう元気で。暇暇言っとったから」



仁王くん(弟)に用はないと思ってしまったことを全力で詫びるぐらい、あたしは今、仁王くんが神様に見えた。



「も、もちろん!ご迷惑でないのなら!!」

「ああ、名字なら大丈夫。ちゅうわけで、これ」



そう言って、たった今買ったばかりのポカリが入った袋をあたしに差し出した。



「ポカリ兄ちゃんに渡しといて。俺、実は予定あって」

「……はい?」

「今日ホワイトデーやろ。ま、お前には関係ないか」



ははっと、あたしをバカにしつつ浮かれた感じで仁王くんは笑った。

あれ、もしかして仁王くん彼女いんの?誰?いつだったか、クリスマスに呼び出されてたとかで成就したの?…とか思いつつ。

あれ、これって……。チャンス!?
仁王くんのお兄ちゃんに会えるばかりでなく、お家にお邪魔できる!?

そして今日は言われた通りホワイトデー。あたしが今朝から、というか昨日の夜からドキドキしてた理由。それはあのバレンタインのお返しがもらえるかも!なんて期待してたから。



「任せて!!」

「おう、よろしく」

「用なしとか思ってごめんね!」

「はぁ?」



いけないいけない、ついつい本音が。でも仁王くん(弟)にはほんとに感謝!



というわけでやって来ました仁王家。
さっそくピンポンを押した。熱なのに、もし誰もいなかったら申し訳ないかなぁと思っていたら、割とすぐ、カチャって、インターホンを取る音がした。



『はい』

「こ、こんにちは、名字です!」

『……』

「あの、さっきコンビニで仁王くんに会って、ポカリを渡すよう頼まれました!」



頼まれた、というか悪い言い方すると押し付けられたわけだけど。まぁそれがあたしにとっては好転したけどね。

しばらく無言。…あれ、むしろもうインターホン切れちゃった?っていうぐらい静かになった。

もしかして、あたしが来たことが嫌だったとか?今さらだけど居留守使おうとしてるとか?休日にしかも熱で、鬱陶しいとか?
…そうかもしれない。あたしと仁王くんのお兄ちゃんは別に、特別な関係でもないし。ああ、どうしよう…!

果てしなくネガティブに、一気にへこんだ。またピンポン押す勇気もないし、仕方なくドアのノブにポカリの袋をかけ、踵を返した。その次の瞬間。

ガチャっと、扉が開いた。振り向くとそこにいたのはもちろん仁王くんのお兄ちゃんで、ちょっと息が上がってる。



「…お待たせ」



全然待ってもないし、あたしはへこんだから帰ろうとしただけだけど。仁王くんのお兄ちゃんは、慌てて出て来てくれたみたい。



「変なカッコしとったし、髪もボサボサで」



変なカッコってどんなだろう。それも見たかった。というか、仁王くんのお兄ちゃんはきれいな髪だし、ボサボサとか想像つかない。今はもういつも通りだし、むしろボサボサを見たかった、なんて。



「来てくれてありがとな。中入って」



すっと手を掴まれて、中に引き込まれた。あったかい手。熱だからかな、眠かったのかな、そう考えながら、すごくドキドキした。



「お、お邪魔します!」

「誰もおらんから、畏まらんでいいぜよ」



二人きり。そのことも、フッと笑う仁王くんのお兄ちゃんの顔も、さらにあたしの心拍数を上げた。

とりあえずと、リビングに通された。ソファーに座らせてもらって、さっきの仁王くんとのやり取りを報告した。



「あいつ、今日は家にいて俺の相手しろって言っとったのに」

「ホワイトデーということで忙しいみたいですね」

「…あー、今日ホワイトデーか」



そう言って、壁にかけてあるカレンダーに目をやった。…いや、ちょっと期待してたからね。もらえるかなぁなんて。
でも、忘れてたのか…。ちょっとだけショック。

そしてふと、あるものが目に入った。仁王くんのお兄ちゃんが、仁王くんに対して“相手しろ”と言った意味がわかった。



「ゲームですか、それ?」

「ああ、バイオハザードっちゅう…まぁガンシューティングゲームみたいなもんじゃな」

「へぇ、きれいな映像ですね。ほんとの人間みたい」



そう、めちゃくちゃきれいな映像。あたしはゲームとか全然やったことなくて、イメージ的にはなんか横向きに進んでいく、マリオとか、そんなものしか知らなかった。



「あ、名字さん、一緒にやらんか?」

「え」

「二人での協力プレイじゃから、適当にボタン押せばいいぜよ」

「え、え…あたし全然やったことないんですが…!」

「大丈夫じゃ。こっちで動かして、このボタン押しながらここ押して敵に…」



カチャカチャと、コントローラーなるもので操作方法を指導された。ちょっと、ほんのちょっと指が触れたりして、それだけでもドキドキする。
でもその後、もっとあたしの心臓を壊すものがあった。それは………。



「ぎゃああ!出た!」

「名字さん、コントローラー投げんと攻撃攻撃」

「す、すみません!…えーっと、狙いをつけて…ぎゃああ!痛い!」



あたしが痛いわけではないけどね。あたしの分身である画面内のキャラが、ゾンビなる異形の生物に容赦ない攻撃を受けてた。怖くて気持ち悪くてまた投げ出してしまったコントローラーが、ブルブル振動してる。

仁王くんのお兄ちゃんの嘘つき…!どこがガンシューティングゲーム?まぁたしかにガン使ったシューティングだけど。そうではなく、先にこの敵キャラ、というかこのゲームの本旨を説明して欲しかった!

そして呆気なくあたし死亡。もうこの“GAME OVER”の文字、何度見ただろう。

全然進まなくてつまんないだろうなって、申し訳なくなって横をちらりと見ると。
…全然。お腹抱えて笑ってた。



「はははっ、そんなに怖いんか」

「怖いです!いきなり出てくるし!気持ち悪いし!」

「そりゃすまんかったな」



仁王くんのお兄ちゃんは一頻り笑ったあと、ふぅーって深呼吸した。そんなにおもしろかったのか、それともやっぱりまだ熱が辛いのか。大丈夫かな。

そう思ってると、仁王くんのお兄ちゃんは立ち上がって奥の、キッチンのほうに向かった。よく笑ったし喉が渇いてポカリでも飲みに行ったのかな。

そして戻ってくると、あたしに差し出した。



「はい、お返し」

「…え」

「ホワイトデーじゃろ、今日」

「……」

「ほんとはウチまで持ってこうかと思ったんじゃが。熱が出ちまったし、移したら悪いし」



受け取ると、それまできっと冷蔵庫にでも入れてたんだろう。もらったラッピング済みのその箱は、ひんやりした。



「さっき来たときもビックリしたぜよ。せっかく会わんようにしとったのに」

「……」

「でも会ったらもう帰したくないからのう。風邪引いたらごめんな」



そう言って、あたしの頭を優しく撫でてくれた。



「…あ、ありがとうございます!」

「いーえ。こちらこそ」



ほんとにほんとにうれしい。さっきは忘れてるんじゃないかって思ったけど。そう思ったから余計に。
うれしすぎて泣きそう…!



「でもなんか物足りんな。それだけじゃと」

「え?いやいや、十分ですよ!すごくうれしいです!」

「いや、足りない」



ニヤッと笑ったかと思うと、仁王くんのお兄ちゃんはふわっとあたしを包み込んだ。



「もっとお返ししたいのう」

「え、え、え…!」

「ちゅうか、これだと俺がうれしいだけか」



ははっと、優しげな笑い声が耳に響いた。仁王くんのお兄ちゃんはきっとまだ熱があるんだろう、ポカポカする。
あったかく包まれてるのもその耳にかかる吐息にもまたドキドキして。



「…あたしもうれしいです」



聞こえるかどうか、不安なぐらいの小さな声だったけど。仁王くんのお兄ちゃんはぎゅっと、腕の力を強めた。あたしも、ちょっと控えめに手を回した。

しばらくそのままで、その後はまたあの呪われしゲームの続きをした。
ビックリして相変わらず心臓に悪いけど、さっきのドキドキと比べたら全然。

最高のホワイトデーだった。



END
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