出会い
「名字」
「はい?」
廊下を歩いてたら、隣のクラスの担任に引き止められた。
「今日、うちのクラスの仁王が休みなんだが」
「そうなんですか」
「明日も休みかもしれなくてな、でも渡したいものがあるんだ。届けてくれないかと思ってな」
仁王くん家は、あたしのうちの近く。他に近いと言える人はいないらしく、そういえば前あたしが休んだ日は仁王くんがあたしん家にいろいろ届けてくれた。それでお母さんが感激してたっけ。仁王くんってずいぶんかっこよくて素敵ねーって。あたしはそんなに仁王くんと仲良くはなかった。クラスもあたしは1組、仁王くんは2組。委員会も違う。共通点と言えば、家が近いことと、
「名字、大丈夫か?」
「あ、はい。部活後でもいいですか?」
「そうだな。テニス部は今日あるもんな」
そうそう。あたしはテニス部。そして、仁王くん自体はテニス部じゃないけど、仁王くんの一つ上のお兄ちゃんがテニス部らしい。しかもあの名門、立海大附属。今は引退こそしてしまったけどレギュラーだった。すごい人物なわけだ。会ったことはないけど。
とりあえず、別に嫌でもないし、むしろ前仁王くんが届けてくれた後、全然お礼も言ってなかったからその詫びも込めて、届けることにした。
─ピンポーン
この時期なだけあってさすがにこの時間は真っ暗。しかも寒い。やばい、凍える。早く仁王くん家の誰でもいいから出ろよーって祈った。
『はい』
やっと、インターホン越しに声が聞こえた。しかもこの声は仁王くん。ホッとしつつ、でも風邪なのに起こしてしまったのかと思って申し訳なくなった。
「あ、仁王くん?」
『はい』
「1組の名字だけど」
『……』
「今日ね、2組の担任から仁王くんに渡すもの預かって持ってきた。なんか期末テストの範囲っぽいよ。めっちゃ長いから、早めにやっとけってさ。ほんとやめてほしいよねー」
『……ああ。わざわざすまん。今行く』
そういって、インターホンは切られた。
やっぱり風邪気味だからか、仁王くんの声は普段より低く、テンションも低い。申し訳ないことしたな。渡したらすぐ帰ろう。寒すぎて痛くなってきた手も、もうちょっと頑張れ。
「どうも。寒いところご苦労さん」
カチャッと玄関のドアが開かれると、そこには知らない人がいた。背が仁王くんよりずっと高い。髪の毛もずっと派手。この人はどう見ても仁王くんではなく。でもさっきのインターホン越しの声そのものだった。
「ん?どした?」
「…え?…あれ?」
「ああ、俺、アイツのお兄ちゃんじゃ。はじめまして」
そっか、お兄ちゃんいたんだった…!てか、あまりにも声が似てるからさっきタメ口…、
「あ、あの!さっきはすいません!」
「まぁ、間違っとるんじゃなと思った」
「は、はい…。てっきり仁王くんだと…。本当にすみません」
「ははっ、いいぜよ。俺も仁王じゃし」
笑ったその顔は、仁王くんとそっくりだった。ただ、お兄ちゃんのほうがやっぱり大人っぽい。仁王くんも来年、こんな感じになるのかな。
「えっと、じゃ、じゃあこれ、仁王くんに渡してもらえますか?」
あたしはずっと抱えてたプリントを渡した。ついでに、クラスのみんなからの励ましの手紙も。
でも、あまりに手がかじかみすぎたせいか、握る力が出ず、プリントを落としてしまった。
「あ!ご、ごめんなさい!」
「んー、ええよええよ」
仁王くんのお兄ちゃんは、あたしと同時に屈んでプリントを拾ってくれた。
その一瞬、ほんの少しだけ、仁王くんのお兄ちゃんの指が触れた。たったの一瞬なのに、暖かさを感じた。
「じゃあ確かに。渡しとくぜよ」
「は、はい。お願いします。…じゃあ」
「あ、ちょっと、あとちょっと待って」
「?」
そういって、仁王くんのお兄ちゃんは家の中に入ってった。
そして勢いよく走って戻ってくる音。
「これ、使って」
目の前に、毛糸のモコモコした手袋を差し出された。
「え?え?」
「外寒いじゃろ。手も冷たくなっとるし」
「あ、でも…」
「ええって」
あたしにぐいぐい押しつけながら、仁王くんのお兄ちゃんは靴を履いて外へ出た。よく見たら、さっきまで長袖のTシャツだけだったのにコートを着てる。
「どっか行くんですか?」
「うん。コンビニ」
そのままあたしん家方面へ。コンビニなら逆だと言うのに。
でもきっと、送ってくれてるのだと、自惚れかもしれないけどわかった。だから敢えて聞かなかった。このお兄ちゃんは、優しくもあり強引でもありそうだ。
手袋をした手が、だんだんと、暖かくなってきた。
「えーっと、名字さん?」
「は、はい」
「弟と同じ学校っちゅうことは、神奈川三中か?」
「そうです。仁王くんとは、隣のクラスで」
「そうか。アイツ、学校でどんな感じ?」
学校で、か。実はあんまり仲良くはないんだけど。でも確か、うちのクラスによく来てるかも。しかもこのお兄ちゃんと全然違って、割りと賑やかなイメージ。そしてやっぱりかっこいいからか、女子からの人気が高い。
「明るくて、元気な感じ、ですかね?あと、かっこよくて人気らしいです」
「へぇ、アイツも一丁前にモテるんか。そうかそうか」
「意外ですか?」
「ん?まぁな」
でも、あたしにも、このお兄ちゃんこそ相当モテるであろうことはすぐわかった。雰囲気で。絶対、モテる。
「彼女おらんの?」
「今は、いないと思います」
「今は、ね」
何だかお兄ちゃんは楽しそうだ。やっぱり弟のことが気になるのかな。学校も違うし。
「じゃ、また届け物あったらよろしく」
「は、はい。送ってくださってありがとうございました!」
「いーえ。じゃあな」
仁王くん、しばらく休んでくれないかな?
うっかりそう思ってしまうほど、仁王くんのお兄ちゃんは素敵だった。
手袋はもういらないぐらい、手は暖まって、顔もほんのり、りんご色。
ちょっと熱っぽいかも。
END
[戻る]