クリスマス


寒い。寒くて死にそうだ。電車を待つホームはたった数分なのに長く感じる。寒さも倍増。

今日はクリスマス。友達とカラオケで騒いで帰ってくるところ。すっかり遅くなってしまった上に、方面が一人だけ違うあたしは一人ぼっちで帰ってる。

さっきまではみんなと楽しく騒いでたのに、なぜか急にさびしくなる。ホームから見える街の灯りも駅前のツリーも明るくて煌びやかなんだけど、なんでだろう。



「2番線、電車が参ります」



ようやく来た。ぱっと見、ちらほら人が乗ってる程度。仕事帰りや部活帰りの人ぐらい。きっとデートをしてるカップルや飲み会をしてる大学生なんかはもう少し後の電車なんだろう。

電車はゆっくり止まり、あたしは扉の目の前に立った。ラッキー、この車両空いてる。

と、思いきや、制服を着ている男子が4、5人いた。あ、なんか気まずい。同い年ぐらいだ。あたしも制服。違う学校みたいだけど、なぜか同い年ぐらいの男子の集団って苦手だ。あたしも集団でいたらそうでもないけど、こんなクリスマスに一人って、なんか恥ずかしいし。

向かって左側の席にその人たちはいたから、あたしは右側に行った。隣の車両に行くことも考えたけど、面倒だからその辺の座席に座る。そしてiPodを出して音楽を聞き始めた。目を伏せ、家までの20分、眠ることにする。



「おー、ジャンプ!今週のか?」



眠りに集中するため音量は小さめだったからか、でかい声がイヤホンを突き抜けて耳に届いた。さっきの男子たちに違いない。やっぱり隣に行けばよかったかな。



「丸井先輩、それ次俺の番っスよ!」

「残念、ジャンプは年功序列って決まってんだよ」

「えんこーじょうねつ?」

「年・功・序・列!なに援交情熱って。どんだけやらしー情熱だよ。これだからバカ也は」

「バカ也じゃないっス!」



いやーその間違いはバカと言わざるを得ないって。

まるい先輩とバカやくんとの会話を目を瞑りながら聞いてると、所々、聞いたことあるような笑い声が響く。てか、どこの学校の生徒だろう。電車に乗ってるってことは私立かなぁ。



「俺が仁王先輩の次って予約してたのに。仁王先輩からも言ってやってくださいよ!」

「あー、ブンちゃんは無理。あきらめんしゃい」

「つーか、買ったのは俺だぞ」

「あれ、ジャッカル先輩のっスか」

「買った瞬間仁王に奪われたんだよ」



…なーんか、聞き覚えあるよーなないよーな。てか、仁王…?

あたしは気になりはじめ、目を開けた。そして男子集団の座るほうへ目を向けると。

いろんな髪型や髪色をした男子たちがいた。その中に、

やっぱり。いた。
仁王くんのお兄ちゃん。



「じゃー二人でじゃんけんしんしゃい」

「ほら、丸井先輩!じゃんけん!」

「…俺が先って選択肢はねーのか」



あー、あれ、立海の制服なんだ。そういえばよく見かける。てゆうか私立なのにずいぶん自由なんだな。

…どうしよう。声かけようか。でも仁王くんのお兄ちゃんは覚えてないかもしれない。そしたら赤っ恥だ。周りのまるい先輩やバカやくんやじゃっかる先輩にも笑われてしまうに違いない。

でもでも。せっかく……、また会えたのに。



「仁王?」



どうしようかうじうじ悩んでいると、

仁王くんのお兄ちゃんが目の前にやってきた。

まるい先輩たちも、不思議そうにこっちを見てる。



「こんばんは。覚えとる?」

「……う、ぅは、はい!」



思わず立ち上がり気をつけ。カミカミの返事に、仁王くんのお兄ちゃんはククッと笑った。

仁王くん、そっくりの笑顔。でもやっぱり仁王くんのお兄ちゃんのほうが大人っぽくて、男らしい感じがした。

そしてあたしの隣に座る。合わせて、あたしも座り直した。



「乗ってきたときからわかっとったんじゃけど、なんか寝る体勢じゃったから声かけんかった」

「…あ、そ、そーでしたか…す、すいません」

「うるさかったじゃろ。すまんな」

「い、いえいえ、全然大丈夫です」



な、なんであたしこんな動揺してんだ。緊張しすぎ。ドキドキしてる。なんで?周りの人からもじろじろ見られてるから?

そんな自分を意識しすぎて、ますます顔が熱くなってきた。暖房のせいじゃない。絶対、今顔赤い。



「今日うちの弟、女の子に呼び出されとって」

「え、そーなんですか?」

「ああ。名字さんだったりしてって思ったんじゃが」

「ち、違います!あたし、そんなに仁王くんとは親しくないです」

「…そーなんか」



げ、しまった。つい言ってしまった。これを仁王くんに伝えられると困るな気まずいな。

でも疑われるのは嫌だし。



「じゃ、名字さんは今日誰かとデートだったんか?」

「いやいや、全然!友達とカラオケに行っただけで」

「へぇ。さびしいのう」



からかうように、仁王くんのお兄ちゃんは笑った。確かにさびしいけど。なんか悲しい。仁王くんのお兄ちゃんならきっとこんな日は遊ぶ恋人が一人や二人…、

てか、仁王くんのお兄ちゃんもまるい先輩とかといるじゃない。



「ま、俺も人のこと言えんよな。今日は部活やっとったし」



やっぱり。よく見たらラケバも持ってる。まるい先輩たちも持ってるから、きっとみんな立海のテニス部。引退したのにまだ練習してるんだ。しかもこんな日まで。



「…お、お兄さんは、今日デート、しないんですか?」

「ん?まぁ、相手次第じゃな」



迷うことなく、でもちょっと曖昧な答え。さすがに彼女いるよね。こんなにかっこいいもん。



「あ、あまり時間ないですけど、楽しんできてくださいね」



なんでだ。地味にへこんでる。こないだからちょっと憧れちゃってたからかな。素敵な人だなって。

今日会えてうれしかった。声かけてくれてうれしかった。
あたしにとっては、ささやかなクリスマスプレゼントだった。



「おう。…じゃあ、とりあえず飯でも食いに行くかの」

「い、いいんじゃないですか」

「何食べたい?」



はい?

あたしの間抜けな声をかき消すように、まるい先輩たちの声が響いた。



「じゃな、仁王」

「お疲れっス!」

「また明日な」



電車は止まり、三人ともその駅で降りていった。仁王くんのお兄ちゃんだけ違う駅なんだ。

そんなことより、さっきの話。何食べたいって、それじゃあまるで……、



「とりあえずケンタッキーでチキンはどうじゃ?」

「あ、あの…!」

「そのあとケーキで」

「それって…、あたしですか?」

「ん?何か用事あるんか?」

「い、いや、ないですけど…!」

「じゃ、決まり。次で降りるぜよ」



うちの駅からは一個手前。電車が止まると同時に、仁王くんのお兄ちゃんはあたしの手を引き電車を降りた。

突然の出来事で頭がついていかなくて。どうすればいいか、何を言えばいいかわからなくて。

仁王くんのお兄ちゃんに掴まれている手が熱い。



「あんま時間ないけど、楽しもうな」



振り返って笑ったその顔は、仁王くんでも見たことないぐらい無邪気な笑顔だった。

もしかしたら、仁王くんより仁王くんのお兄ちゃんのほうが幼いのかも。強引とゆうかマイペースとゆうか。こないだもそんな感じだったし。

大人っぽい外見と違う、そんな一面を見た気がした。

ささやかどころじゃない。
最高のクリスマスだ。



END
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