待ち合わせ
昼休み、いつものように友達とご飯を食べる。
友達には最近彼氏ができて、幸せいっぱい惚気話から、些細なことから発展したケンカまで、毎日聞くことが日課になりつつあった。
そんな話を聞いてると、やっぱり彼氏いるっていいなって思う。毎日が楽しそうだもん。お揃いのものを身につけたり、着信音は彼専用にしたり、待ち受けが彼氏とのプリクラだったり。
うらやましいばかりで、でもあたしに彼氏ができるのはいつなのかピンとこない。
─ブーッ…ブーッ…
五時間目が始まる2分前だった。携帯がポッケで震えた。
「……!」
表示された名前によってはスルーしようと思ったけど、あたしはすぐに廊下に飛び出した。
「も、もしもし?」
『おう。今大丈夫か?』
「は、はい!」
仁王くんのお兄ちゃんからだった。初詣で会って以来、顔は見てないけど、たまに夜電話がきたり授業中にメールがきたりする。ただ昼間に電話は初めてだ。
『今日のことなんじゃけど』
電話越しに、騒がしい声が聞こえる。まだお昼休みなんだろう。
『8時って言うとったけど、7時半にせんか?』
「あ、はい、大丈夫ですけど…、間に合いますか?」
『ああ。走れば平気』
「いや、そんなに急がなくても!部活で疲れてるんじゃ…」
『いいって。早く会いたいだけ』
低く優しく響いた声に、心臓がとくんと跳ねた。
今日のこと、というのは、今日夜仁王くんのお兄ちゃんと待ち合わせしてる。近くの公園で。
あたしはこないだ学校のスキー教室に行ってきた。二泊三日スキーをしまくるとゆう中学二年次最大のイベント。
そのとき、仁王くんのお兄ちゃんにお土産を買ってきたんだ。ただのお菓子だけど。
それを昨日話したら、仁王くんのお兄ちゃんは明日欲しいって、つまり今日。部活休みの日のがいいんじゃないかって言ったけど、やっぱり仁王くんのお兄ちゃんらしく、
『早く欲しいから明日』
ってことで、今日の夜、公園で会うことになったんだ。
『じゃ、7時半にな』
「は、はい」
電話を切った後のあたしは、誰がどう見ても気持ち悪かったと思う。にやけすぎて。
でも堪えきれない。うれしくて、ドキドキして。
あたしに彼氏ができることはあまり想像つかないけど、
きっとあたしは今、恋してる。実るかはわからないけど、単純に、恋してると思う。
部活も終わって帰宅。急いだせいか、家に着いたのは6時半前だった。
仁王くんのお兄ちゃん、やっぱり間に合わなくないかな?立海テニス部三年は今高等部に混じって遅くまでやってるらしいし。
まぁでも、多少遅れたってあたしが待ってればいいだけの話。
家には誰もいなく、あたしはソファーでゴロゴロしていた。仕事で帰りは遅くなるからと、台所にはお母さんが用意したカレーがおいてあった。
食べようかと思ったけど、帰ってきてからにしよう。なんだか今はあんまお腹が空いてない。
やっぱり会うとなると緊張してるからかな。会いたいけど会いたくない。恥ずかしいとゆうか、そわそわして落ち着かないとゆうか。しかも二人で待ち合わせしてっていうのは実は初めて。偶然会ったからってわけじゃないわざわざ待ち合わせしてまで。だからこそ緊張する。
あと一時間。
「ただいまー」
玄関のほうから声が聞こえた。お母さんの声。仕事が終わって帰ってきたんだ。
「おかえり」
「ただいま。ご飯もう食べた?」
そういえばお腹空いた。台所に目をやると、お母さんが朝作ったカレーの鍋があった。
……あれ、あたし何してたっけ。ご飯食べようとしてたんだっけ?まてよ、その前にうとうと眠くなっちゃって……、
「あーー!!」
あたしの叫んだ声に、お母さんが何事!?と返した。
飛び付くようにして携帯を掴む。時間を見ると、元からバクバクいってた心臓は、より速くなった。
9時3分ー…。
着信が、何件もきてた。
「ちょっと、こんな時間にどこ行くの!?」
叫ぶお母さんの声を後ろ手に聞きながら、あたしはコートも着ないで外に飛び出した。
寒いとか言ってる場合じゃなかった。
だって、着信と一緒に残ってたメール、最後のメールに、
“まだ待っとるから”
こないならもう帰るなんて怒ったものでもなければ、早くこいなんて催促でもなかったことが、あたしの胸をより痛めた。
クラスリレー、アンカーから二番手を務めたあたしは足で精一杯地面を蹴りながら、公園へ向かった。
もう真っ暗な公園のベンチに一人、人影が見えた。
「…ご、ごめんなさ……っ!」
息も切れ切れに発した言葉は途中で途切れた。
同時に立ち上がった仁王くんのお兄ちゃんは、真っ直ぐ歩いて、あたしの目の前に立った。
1メートルあるかないかぐらいの距離。さっきまで暖かい部屋にいたあたしと、まるで違う体温差が、離れているのに感じ取れた。
そう思ったのも一瞬。すぐに仁王くんのお兄ちゃんは腕を伸ばして、大きな身体であたしを包み込んだ。
本当に冷えきった身体。
「よかった、待っとって」
耳元で囁いた仁王くんのお兄ちゃんの声は、心底安心したような、どこかうれしそうな、そんな気持ちが入り交じってるように感じた。
仁王くんのお兄ちゃんは、いつもそうなんだ。強引なのに、わがままなのに、なんでこんなに優しいの。
「…ごめんなさい」
あたしが小さく呟くと、仁王くんのお兄ちゃんは身体を少し離した。暖かさが少し、逃げた。
「言い訳聞いてやるから3秒で答えんしゃい」
「さ、3秒!?…えっと!家帰ってソファーで……っ」
「ブー、時間切れー」
そう言ってまたあたしをぎゅっと、今度は強く抱きしめた。
「…本当にごめんなさい」
「うん」
「寒かったですよね…?」
「うん。でも今あったかいからいいよ」
あたしも自然と、仁王くんのお兄ちゃんの背中に手を回してた。
やっぱりおっきいな。
「なんで帰らなかったんですか?あたし連絡取れなかったのに…」
「さぁ、なんでじゃろな」
ククッと笑ったのがわかった。本当になんで?あたしだったら絶対帰ると思う。寒いし、バックレられたというショックで。
「待っとる間も楽しかったぜよ」
「へ?」
「早く会いたいって思ってたら、あっという間じゃろ」
ああそうか、そういうことか。じゃあきっとあたしも帰ってない。
そわそわして落ち着かなくて、会いたいけど会いたくないみたいな。早くその時間がきてほしいけどきてほしくない、そんな気持ち。
楽しみな時間はその前からが、楽しいんだ。
って、遅刻したあたし(しかも寝てたなんて)が言うなって話だよね。
「ちなみに、お土産は?」
うわー、すっかり忘れてた!慌てて飛び出したからな。
遅刻した上にお土産も忘れたなんて言ったらさすがの仁王くんのお兄ちゃんも怒るんじゃないかしら…!
でもやっぱり仁王くんのお兄ちゃん、あたしのそんな裏事情もすっかりお見通しのようで、意地悪そうに笑った。
「日曜12時、駅前集合じゃな」
はい、と、躊躇うことなくあたしが頷くと、仁王くんのお兄ちゃんはうれしそうに笑ってくれた。
そして自分が着ていたコートを脱いであたしにかけてくれた。
遠慮はしたものの、仁王くんのお兄ちゃんのことだから絶対聞き入れてはくれない。素直に受け取ることにした。
待っててくれてありがとうございますと、付け足して。
END
[戻る]