ヤキモチ
朝起きて外に出たら、一面真っ白だった。その白にまた次々と降り積もってく。ああ、今年は雪が降ったんだって、ちょっと嬉しい気持ちになった。
「…おい名字。どうした」
「…え?……に、仁王くん…!」
朝っぱらから雪のおかげでテンションが高かったんだろう、あたしは足跡のない雪を見つけてはふらふら、ふらふら、自分の足跡をつけて歩いてた。学校への通学路。
後ろからふいに声をかけられて振り向くと、仁王くんだった。
“仁王くん”ね。あたしと同じ学校の。
「お前もしかして雪降って浮かれちょる?ガキだなー」
「いやいやいや!そーゆうわけじゃないけど!」
そーゆうわけかもしれないけど。
にしても、朝仁王くんに会うなんて珍しい。初めてかも。家近いくせに行きも帰りもそういえば一緒になったことないな。あたしも仁王くんも、部活の朝練とかあるし。今日はたまたまなくて、雪も降ってるしラッキーだった。
てゆうかガキって、失礼な。仁王くんだってガキじゃない。こないだお年玉でプレステ3買ったって自慢しまくってたの知ってるもんね。
「仁王くん」
「……っ!」
あたしは仁王くんの顔目がけて雪を投げつけた。
お兄ちゃんそっくりなきれいな顔に、雪が散った。
「おま…!いきなり何すんじゃ!」
「へっへー、油断してるからだよーだ!」
仁王くんは意外と隙だらけ。きっと仁王くんのお兄ちゃんならあたしなんかが投げたってひょいっと軽く避けるに違いない。
いや、仁王くんのお兄ちゃんならわざと当てられてくれるかも。てゆうかお兄ちゃん相手ならまずあたしが投げられない。
「お返しじゃ」
「…へぶっ!」
今後は仁王くんの投げた雪が見事あたしの顔面にヒット。…やったわね。せっかく最近ファンデとかマスカラとかお化粧に気を使ってるってゆうのに。
「ふっ、あたしに勝負しかけるなんて100年早いよ」
「やり始めたのお前だろ。俺は女なんかに負けねーし」
「その言葉後悔させてやるわ!」
「ハッ、言うねぇ。じゃあ勝負だ!」
そうしてあたしと仁王くんのタイマン雪合戦が始まった。何故とかわかんないけど、とりあえずあたしも仁王くんも負けず嫌いらしい。
雪合戦をしながら思った。やっぱり仁王くんと仁王くんのお兄ちゃんは似てるなぁって。こーゆうガキっぽいところは違うかもしれないけど、笑い方とか、ちょっと意地悪だけど実は優しくて手加減して投げてくれてるのとか、何となく。
あーこのままじゃもしかして遅刻かも……なんて思い始めてたときだった。
「何遊んどるんじゃ二人とも」
げ、兄ちゃん!…と仁王くんが叫んだ。振り向くと、半ば呆れ返ったような顔の、仁王くんのお兄ちゃんがいた。そういえばここはあたしと仁王くんの通学路でもあり、最寄り駅までの道でもある。
「遊んどらんよ、勝負だ。こいつが先に仕掛けてきて…」
「ほーう。でも女の子に雪投げつけるのはよくないのう」
「うっ…」
お兄さんに嗜められて反論できない仁王くん。お兄ちゃんにはめっぽう弱いんだな。
にしても、なんだか今日の仁王くんのお兄ちゃん、ちょっと機嫌悪そう。いつもなら柔らかい雰囲気が、今日は違って感じる。
あたしが仁王くんにいじめられてるとでも思ったのかな。…って、ちょっと自信過剰かな。
「てか兄ちゃん遅刻じゃないんか?もうこんな時間…」
「あー、俺のことは気にするな。それよりお前のほうが時間ないぜよ。早く行きんしゃい」
「俺?別にまだ…」
「早く行け」
「え、名字は…」
「こいつは後から行く。早く行けって」
仁王くんのお兄ちゃんは、まるで仁王くんを追い出すように急かした。時間は、まだそんなに慌てるほどじゃない。てゆうか仁王くんが遅刻ならあたしもやばいし。
でも何となくそんなことは言いだせなくて。仁王くんも不思議そうにしつつも素直に従って学校に向ったから。
あたしと仁王くんのお兄ちゃんは取り残された。
「あ、あの…」
「……」
「…おはよう、ございます」
とりあえずは挨拶を、と思ったけど、やっぱり今日の仁王くんのお兄ちゃんは機嫌が悪いらしい。あたしの挨拶に返事をしなかった。
ちょっと気まずいな…どうしよう。
「…仲良しじゃの」
「え?」
「うちのと。仲良くないって言うとったのに」
仁王くんのお兄ちゃんは目も合わせず、とゆうかそっぽ向いたままこぼした。
なんだか拗ねてる子供のようで、なんでかはわかんなかったけど、少しだけ胸が痛くなった。誤解されるのだけはやだから。
「べ、別に仲良しじゃ…!」
「でも一緒にいたじゃろ。仲良さそうに雪合戦しとったろ。……俺だって朝一緒に、行きたいのに」
だんだんと語尾が小さくなっていったから聞き取りづらかったのは確かだけど。
もしかしてこれって、ヤキモチ……?
「あー、ダメじゃ…」
仁王くんのお兄ちゃんは大きくため息をつきながら呟いた。傘をさすほどではないぐらいの小さな、ひらひらとした雪の結晶が仁王くんのお兄ちゃんの頭に溶け込んでいく。
銀色で、うらやましいぐらいのきれいな髪にしばらく見惚れてしまったせいか、言葉がうまく出ない。
「…ごめんな」
何かされたわけでもないのにすごく申し訳なさそうに謝る仁王くんのお兄ちゃんに、今度はさっきとまた違う、別の痛みが胸を刺した。
よくわかんないけど、きっと仁王くんのお兄ちゃんもうまく言葉にできないんだと思う。こんなに器用で、何もかもうまくこなせるはずの仁王くんのお兄ちゃんがもどかしそうにしてる。
あたしも何かうまく繋げられればいいのに。仁王くんのお兄ちゃんの気持ち、誰よりわかりたいのに。
「あの」
月並みかもしれないけど、仁王くんのお兄ちゃんのためなら何でもしたいって思ってる。好きだから。仁王くんのお兄ちゃんにはいつだって笑っててほしいから。
「…あたしに何かできることありますか?その…、お兄さん、困ってそうなので……」
ああ、なんて微妙な言葉。そして遠回しすぎる。言ってしまえばいいのに。あたしは仁王くんのお兄ちゃんが好きだって。今日会えたことだってすっごく嬉しいんだって。
でもそれが仁王くんのお兄ちゃんにとって嬉しいことなのか、自信がなさすぎて。言えないんだ。
仁王くんのお兄ちゃんの返事が少しあいたせいか、より一層あたしの心臓はドキドキいってた。
「…じゃあ」
仁王くんのお兄ちゃんは左手を、あたしに向けて差し出した。
「手、繋いでいいか?いつもみたいに」
大きくて、いつもテニスのラケットを持つその手は、手袋をしてないせいか少し赤くなってた。
あたしは右手の手袋を外し、そのかじかんだ手に、ゆっくり重ねた。
思ったより暖かかった仁王くんのお兄ちゃんの手は、やっぱりいつものようにあたしに指を絡ませる。
「こうしてるときが一番好きじゃ。ありがとさん」
ようやく、仁王くんのお兄ちゃんは笑ってくれた。
それを見てあたしも、笑った。
仁王くんのお兄ちゃんの不安定な心。
こうして、あたしと手だけでも繋がってることで、少しでも安心できればいいなって。
「…俺、意外と独占欲強いんじゃな」
仁王くんのお兄ちゃんは苦笑混じりにそう言った。独り言なのかあたしに語り掛けてるのか、それは小さすぎる言葉だったけど。
たぶんあたしも一緒だと思います、と言っといた。
END
仁王家はプレステ派だと思うんです。
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