お昼休み。今日はブン太と一緒に、仁王を囲み取材する日。
ご飯を食べ終わったと同時に、二人で仁王の席にまとわりついた。
「ほらほら、いい加減吐けよ、仁王」
「何が」
「いるんでしょ?好きな人。わかってんだからさ、うちらには」
「何のことだかさっぱり」
屋上に行って昼寝をしたいという仁王を引き止めているため、少々仁王は面倒臭そう。
…まぁ、好きな人がいるとわかってるなんて言っても、相手が誰なのかはわかんないし、そもそも確証はないけどね。
でも最近のブン太との情報交換で、いることはほぼ、確信ということで。
「俺のこと光希に言ったのもお前だろぃ。さぁ吐けよ!」
ブン太とはだんだん仲良くなってきてはいたけど、この前のミニ補習のときにちょっと語り合って、今じゃ一番仲の良い男友達になった。お互い名字で呼び合うことから名前になったのも、あれ以来。やっぱり恋話すると距離って縮まるよね、性別関係なく。
そして、何かとうちらと絡むことの多い仁王も、それに巻き込もうって魂胆。せっかく同じクラス同じテニス部なんだしね。
「仮にいたとして、それ知ってどうするんじゃ」
「それはもう、俺も光希もめちゃくちゃ協力してやるぜ!」
「仮にいたとして、お前さんらが役に立つようには思えんがな」
「俺らのことだってお前は知ってんだろ。3人で語り合って発散すんのもいいじゃん」
「仮にいたとして、別に語り合うことなんてな…」
「もーカリカリカリカリうるさーい!」
突然叫んだあたしに、二人ともちょっとビビったけど。すぐに、どんだけ短気なんだよって笑い出した。いやね、イラついてたわけではないけど、あまりに強情だからついね。
「とりあえずさ、仁王」
「?」
「カラオケでも行こうよ!3人で!」
何でカラオケなんだよって、味方であるはずのブン太にもつっこまれたけど。何となく。3人の中を深めるような気がしなくもなくて。
仁王は、ほんとはいない、とは思えない感じだった。それはあたしとブン太の予想ってだけじゃなくて。ほんとはいなかったらいないで、おるかもしれんのうって言いそうだということを、もうわかってるんで。
「カラオケは嫌じゃ。歌いたくない」
「じゃああたしが全部歌うよ!」
「え、ずりーぞ!俺も歌う」
「それ俺行く意味あるんか」
「仁王くーん、お客さん」
話の途中、出入り口の方から、仁王を呼ぶ声。同じクラスの女子からだけど、その向こう、廊下には一人の女子が。
「冴島さん?」
教室内を見てあたしやブン太に気付いたのか、冴島さんはぺこっと会釈をした。
そして呼ばれた仁王は、その冴島さんの方へ向かった。
「何の用なんだろうな」
「さぁ…」
「あの二人って仲良かったっけ?」
「あ、服装検査のときとか、二人で話してるの見たことあるよ。冴島さん風紀委員だから」
「ふーん、なんか気になるな」
「あはは、冴島さんだったりして、仁王が好きなの」
自分で言っておきながら、あれ、ひょっとしてって思った。冴島さんは目立つタイプじゃないけどマイペースな感じでかわいいし。そもそも生活態度に問題ありまくりな仁王が風紀委員としかも後輩の女子と密会なんて。
ブン太をふと見ると、笑ってた、というかニヤけてた。たぶんあたしと頭の中は一緒だったんだろう。
「よし、その線で攻めてみるか!」
こんなふうに無邪気に笑うブン太も、この前は辛そうにしてた。悲しそうにしてた。きっと今まで、一人で泣いたことだってあるんだろう。あたしと同じように。
彼のこの笑顔がいつでも続くようにと願った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後、冴島さんの線で仁王を問い詰めたけど。
「残念。冴島を好きなのは柳生じゃき。俺は協力しとるだけ」
「「ええー!」」
「まぁ冴島も満更ではなさそうじゃし。近いうちくっつくぜよ、あの二人」
「「ええー!」」
ヒロシの恋話に驚いたのもあるけど。こんなふうに俺の件も光希にバラしたんだろうな。口軽過ぎだぜこいつ。しかも俺んときは一切協力してくんなかったくせに。挙句が楓からのお菓子だけは食うし。…結局何も教えてくんなかったし。
それからまたちょっと経った後、期末考査も終わって明日から夏休みって日。
一学期最後のHRに羽山から、話があった。
「…えー、ちょっと私事だけど、みんなにも報告することがあって」
なになにーって、フランクな教師らしく、クラスのやつらから興味津々の視線や声が注がれた。
俺や、仁王みたいな勘の鋭いタイプ、それとたぶん、光希も。
次に続く話は何となくわかった。
「結婚することになりました」
えーマジでーとか、おめでとうーとか、やっぱりフランクな教師らしく、みんなから盛大な拍手や祝福の声が飛んだ。
俺もいつもならそう言ってたんだけど。声が、出なくて。かと言って隣も見れなかった。
ああ、何で俺が固まってんだ、ここは普通にしとかないと、逆に光希が辛くなるんじゃないかって思った。
そう思ってたら、意外にも、光希から祝福の声が上がった。
「せんせー、おめでとう!」
ようやく光希を見たら、拍手しながら笑ってた。いつか見た幸せそうな笑顔。
言ってたもんな。好きだから、幸せならいいって。そう思える存在なんだ。光希にとっては。
すげーなって、やっぱりこいつはカッコいいって思った。
羽山が教室を出て行ったその後、帰り支度をする前、仁王が席を立って俺と光希の肩に手をポンと置いた。
「どーし…」
「今日、3人でカラオケ行かんか?」
カラオケ?前は嫌だって言ってたじゃん、とか、いやいや今日もこの後部活があるじゃん、とか、そうは思ったけど。
すぐに仁王のその言葉の意図に、俺は気付いた。
光希も気付いたのかほんの一瞬だけど、止まった。
でも次の瞬間、にこーって、いつも見る明るい笑顔になった。
「部活はどーすんの?」
「今日はお休み。な、ブン太」
「ああ、ここ最近ハード過ぎて体調不良だ」
「どこが体調不良?もーあたしまでサボりに巻き込まないでー」
でもきっと喜んでくれる。もしかしたら一人で泣きたいかもしれないけど。
でもきっと、喜んでくれる。
それから3人でカラオケに向かった。全国前だし真田や幸村君にバレたら怖えけど、そしたらそのときなんかいい言い訳を考えるまで。
「あたし一番に歌っちゃおー!」
「おい、ずりーぞ!テニス部では俺が一番って決まってんだぜ!」
「女子テニス部ではあたしだもん!ブン太は好きな食べ物でも選んでな」
「えー…」
やや不満はあるものの、確かに腹を満たすことも大事だ。お言葉に甘えて好き放題頼ませてもらった。
それからしばらく、結局言い出しっぺの仁王は歌わずに俺と光希の歌合戦が続いた。
「うーん、けっこう歌い尽くした感あるなあ」
「だな。…このヒット曲とかのメドレー入れるか?」
「お、いいねぇ、歌えなかったら罰ゲームで!」
「罰ゲームならロシアンたこ焼きがあるぜよ」
「いいねいいね!」
まぁありがちな、罰ゲーム付きメドレー大会が始まったけど。なんやかんや失敗しないもんだから、頼んだロシアンたこ焼きは普通に食うことにした。
全部で8個。当たりは2個。せーので3人同時に食おうぜってなった。
でも。…いや、別にこのカラオケ屋のバイトであろう調理スタッフに文句言うつもりはない。ただ、もうちょっと工夫しろとは言いたかった。
部屋は暗いのに、もう見た目からして赤いっぽい調味料Xがはみ出てんのが2個あったわけ。
気付いちまったせいで、光希に食わせたくねーなと。ただのゲームみたいなもんなのに、そう思った。それが少しの隙になったのか、先に仁王がバレバレな当たりをひょいってつまんで口に入れた。気付いてたんだか稀に見る仁王のミスか。
…わかってるよ、俺も続く。
「…からっ!」
「あ!ブン太当たった!?」
「……」
「もしかして仁王も!?やったー!あたしはセーフ!」
仁王はもう声すら出せず、必死こいてジュースを飲み始めた。元から気付いてたとしたら、たぶん後悔してると思う。
でも、二人して1発目で引くとか、逆に運良すぎーって。そう光希が笑ってくれるかなって思った。それならそれが一番だって。もぐもぐ笑いながら口を動かす光希を見て、そう思った。
…いやーしかし、からい。
「ブン太、あたしのジュース飲みなよ」
そう、俺のジュースはもう空だったんだ。爽快にジュースを飲む仁王を恨めしそうに見てるのがわかったんだろう、光希は、俺にジュースを差し出した。
「お!サンキュー…」
礼を言いながら光希を見ると。光希は顔を下に向けてた。
部屋も暗いし表情はわかんないけど。
「…楽しいなあ、今日」
当たりは俺と仁王。光希はうまいたこ焼きしか食ってないはず。でも声が、わずかに震えてる。
「ブン太はほとんどご飯、食べちゃうし」
「……」
「仁王はぜんぜん、歌わないし」
「……」
「でも二人がいて、今日、ほんとによかった!」
そう言って顔を上げると、光希は泣いてはなかった。むしろ笑ってた。いつもの明るい笑顔。きっと泣きたいはず。傷ついてるはず。
でも何て言やいいんだろう。俺からの言葉なんかが、こいつに必要なのか。元気出せよ?すぐ忘れられるよ?励ましの言葉は、たった今の場をしのぐ繋ぎにしか感じられない。
そう戸惑っていたら、仁王がピピっと、曲を入れた。いや空気読めよと、お前歌わないんじゃなかったのかよとつっこみたかったけど。それ以上にその曲。
「…サンキュ?ドリカム?」
「おう」
「仁王がドリカム!?」
「姉貴が好きでのう、俺もよく聞いとる」
ほんとかよ!意外っつーか似合わないっつーか。光希もちょっとびっくりしてる。
「光希」
歌が始まるまでほんの十数秒。俺はさっき、光希にどんな些細な励ましの言葉ですらかけられなかったのに。
「俺もな、失恋確定」
「え?」
「今度、冴島と柳生がデートするって」
「「……え?」」
「あーツラいのう。というわけで一曲、聞いてください」
「「ええええー!」」
マイクを使ったわけでもねーのに。俺と光希の声は、たぶん部屋の外まで響いてた。…まさかマジで冴島さんだったとは。
詳しく聞くと、どうやらもともと仁王と冴島さんは風紀委員と問題児(俺もだけど)の関係でちょくちょく絡んでて仲良かったと。だからヒロシのことでも協力しやすかったと。
でも何で仁王が冴島さんにハマったのかわかんねーな。だって俺だったら、身近なら冴島さんより光希だ。
仁王のカミングアウトもあり、元気になるかなーと思ったら。
光希はついに、というかようやく、泣き出した。仁王意外と歌うまくてやだー、って笑いながら。
その姿に、よくわかんない気持ちがこみ上げてきた。もし仁王がいなかったら抱きしめてたかもなーとか、でも仁王がいなかったら光希は素を晒せなかったろうしそれは悔しいなーとか。
だからか今日、3人でいることが楽しいと心から思った。このバランスが居心地良かったんだ。
光希のあの明るい笑顔がいつまでも続くように願った。
ご飯を食べ終わったと同時に、二人で仁王の席にまとわりついた。
「ほらほら、いい加減吐けよ、仁王」
「何が」
「いるんでしょ?好きな人。わかってんだからさ、うちらには」
「何のことだかさっぱり」
屋上に行って昼寝をしたいという仁王を引き止めているため、少々仁王は面倒臭そう。
…まぁ、好きな人がいるとわかってるなんて言っても、相手が誰なのかはわかんないし、そもそも確証はないけどね。
でも最近のブン太との情報交換で、いることはほぼ、確信ということで。
「俺のこと光希に言ったのもお前だろぃ。さぁ吐けよ!」
ブン太とはだんだん仲良くなってきてはいたけど、この前のミニ補習のときにちょっと語り合って、今じゃ一番仲の良い男友達になった。お互い名字で呼び合うことから名前になったのも、あれ以来。やっぱり恋話すると距離って縮まるよね、性別関係なく。
そして、何かとうちらと絡むことの多い仁王も、それに巻き込もうって魂胆。せっかく同じクラス同じテニス部なんだしね。
「仮にいたとして、それ知ってどうするんじゃ」
「それはもう、俺も光希もめちゃくちゃ協力してやるぜ!」
「仮にいたとして、お前さんらが役に立つようには思えんがな」
「俺らのことだってお前は知ってんだろ。3人で語り合って発散すんのもいいじゃん」
「仮にいたとして、別に語り合うことなんてな…」
「もーカリカリカリカリうるさーい!」
突然叫んだあたしに、二人ともちょっとビビったけど。すぐに、どんだけ短気なんだよって笑い出した。いやね、イラついてたわけではないけど、あまりに強情だからついね。
「とりあえずさ、仁王」
「?」
「カラオケでも行こうよ!3人で!」
何でカラオケなんだよって、味方であるはずのブン太にもつっこまれたけど。何となく。3人の中を深めるような気がしなくもなくて。
仁王は、ほんとはいない、とは思えない感じだった。それはあたしとブン太の予想ってだけじゃなくて。ほんとはいなかったらいないで、おるかもしれんのうって言いそうだということを、もうわかってるんで。
「カラオケは嫌じゃ。歌いたくない」
「じゃああたしが全部歌うよ!」
「え、ずりーぞ!俺も歌う」
「それ俺行く意味あるんか」
「仁王くーん、お客さん」
話の途中、出入り口の方から、仁王を呼ぶ声。同じクラスの女子からだけど、その向こう、廊下には一人の女子が。
「冴島さん?」
教室内を見てあたしやブン太に気付いたのか、冴島さんはぺこっと会釈をした。
そして呼ばれた仁王は、その冴島さんの方へ向かった。
「何の用なんだろうな」
「さぁ…」
「あの二人って仲良かったっけ?」
「あ、服装検査のときとか、二人で話してるの見たことあるよ。冴島さん風紀委員だから」
「ふーん、なんか気になるな」
「あはは、冴島さんだったりして、仁王が好きなの」
自分で言っておきながら、あれ、ひょっとしてって思った。冴島さんは目立つタイプじゃないけどマイペースな感じでかわいいし。そもそも生活態度に問題ありまくりな仁王が風紀委員としかも後輩の女子と密会なんて。
ブン太をふと見ると、笑ってた、というかニヤけてた。たぶんあたしと頭の中は一緒だったんだろう。
「よし、その線で攻めてみるか!」
こんなふうに無邪気に笑うブン太も、この前は辛そうにしてた。悲しそうにしてた。きっと今まで、一人で泣いたことだってあるんだろう。あたしと同じように。
彼のこの笑顔がいつでも続くようにと願った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後、冴島さんの線で仁王を問い詰めたけど。
「残念。冴島を好きなのは柳生じゃき。俺は協力しとるだけ」
「「ええー!」」
「まぁ冴島も満更ではなさそうじゃし。近いうちくっつくぜよ、あの二人」
「「ええー!」」
ヒロシの恋話に驚いたのもあるけど。こんなふうに俺の件も光希にバラしたんだろうな。口軽過ぎだぜこいつ。しかも俺んときは一切協力してくんなかったくせに。挙句が楓からのお菓子だけは食うし。…結局何も教えてくんなかったし。
それからまたちょっと経った後、期末考査も終わって明日から夏休みって日。
一学期最後のHRに羽山から、話があった。
「…えー、ちょっと私事だけど、みんなにも報告することがあって」
なになにーって、フランクな教師らしく、クラスのやつらから興味津々の視線や声が注がれた。
俺や、仁王みたいな勘の鋭いタイプ、それとたぶん、光希も。
次に続く話は何となくわかった。
「結婚することになりました」
えーマジでーとか、おめでとうーとか、やっぱりフランクな教師らしく、みんなから盛大な拍手や祝福の声が飛んだ。
俺もいつもならそう言ってたんだけど。声が、出なくて。かと言って隣も見れなかった。
ああ、何で俺が固まってんだ、ここは普通にしとかないと、逆に光希が辛くなるんじゃないかって思った。
そう思ってたら、意外にも、光希から祝福の声が上がった。
「せんせー、おめでとう!」
ようやく光希を見たら、拍手しながら笑ってた。いつか見た幸せそうな笑顔。
言ってたもんな。好きだから、幸せならいいって。そう思える存在なんだ。光希にとっては。
すげーなって、やっぱりこいつはカッコいいって思った。
羽山が教室を出て行ったその後、帰り支度をする前、仁王が席を立って俺と光希の肩に手をポンと置いた。
「どーし…」
「今日、3人でカラオケ行かんか?」
カラオケ?前は嫌だって言ってたじゃん、とか、いやいや今日もこの後部活があるじゃん、とか、そうは思ったけど。
すぐに仁王のその言葉の意図に、俺は気付いた。
光希も気付いたのかほんの一瞬だけど、止まった。
でも次の瞬間、にこーって、いつも見る明るい笑顔になった。
「部活はどーすんの?」
「今日はお休み。な、ブン太」
「ああ、ここ最近ハード過ぎて体調不良だ」
「どこが体調不良?もーあたしまでサボりに巻き込まないでー」
でもきっと喜んでくれる。もしかしたら一人で泣きたいかもしれないけど。
でもきっと、喜んでくれる。
それから3人でカラオケに向かった。全国前だし真田や幸村君にバレたら怖えけど、そしたらそのときなんかいい言い訳を考えるまで。
「あたし一番に歌っちゃおー!」
「おい、ずりーぞ!テニス部では俺が一番って決まってんだぜ!」
「女子テニス部ではあたしだもん!ブン太は好きな食べ物でも選んでな」
「えー…」
やや不満はあるものの、確かに腹を満たすことも大事だ。お言葉に甘えて好き放題頼ませてもらった。
それからしばらく、結局言い出しっぺの仁王は歌わずに俺と光希の歌合戦が続いた。
「うーん、けっこう歌い尽くした感あるなあ」
「だな。…このヒット曲とかのメドレー入れるか?」
「お、いいねぇ、歌えなかったら罰ゲームで!」
「罰ゲームならロシアンたこ焼きがあるぜよ」
「いいねいいね!」
まぁありがちな、罰ゲーム付きメドレー大会が始まったけど。なんやかんや失敗しないもんだから、頼んだロシアンたこ焼きは普通に食うことにした。
全部で8個。当たりは2個。せーので3人同時に食おうぜってなった。
でも。…いや、別にこのカラオケ屋のバイトであろう調理スタッフに文句言うつもりはない。ただ、もうちょっと工夫しろとは言いたかった。
部屋は暗いのに、もう見た目からして赤いっぽい調味料Xがはみ出てんのが2個あったわけ。
気付いちまったせいで、光希に食わせたくねーなと。ただのゲームみたいなもんなのに、そう思った。それが少しの隙になったのか、先に仁王がバレバレな当たりをひょいってつまんで口に入れた。気付いてたんだか稀に見る仁王のミスか。
…わかってるよ、俺も続く。
「…からっ!」
「あ!ブン太当たった!?」
「……」
「もしかして仁王も!?やったー!あたしはセーフ!」
仁王はもう声すら出せず、必死こいてジュースを飲み始めた。元から気付いてたとしたら、たぶん後悔してると思う。
でも、二人して1発目で引くとか、逆に運良すぎーって。そう光希が笑ってくれるかなって思った。それならそれが一番だって。もぐもぐ笑いながら口を動かす光希を見て、そう思った。
…いやーしかし、からい。
「ブン太、あたしのジュース飲みなよ」
そう、俺のジュースはもう空だったんだ。爽快にジュースを飲む仁王を恨めしそうに見てるのがわかったんだろう、光希は、俺にジュースを差し出した。
「お!サンキュー…」
礼を言いながら光希を見ると。光希は顔を下に向けてた。
部屋も暗いし表情はわかんないけど。
「…楽しいなあ、今日」
当たりは俺と仁王。光希はうまいたこ焼きしか食ってないはず。でも声が、わずかに震えてる。
「ブン太はほとんどご飯、食べちゃうし」
「……」
「仁王はぜんぜん、歌わないし」
「……」
「でも二人がいて、今日、ほんとによかった!」
そう言って顔を上げると、光希は泣いてはなかった。むしろ笑ってた。いつもの明るい笑顔。きっと泣きたいはず。傷ついてるはず。
でも何て言やいいんだろう。俺からの言葉なんかが、こいつに必要なのか。元気出せよ?すぐ忘れられるよ?励ましの言葉は、たった今の場をしのぐ繋ぎにしか感じられない。
そう戸惑っていたら、仁王がピピっと、曲を入れた。いや空気読めよと、お前歌わないんじゃなかったのかよとつっこみたかったけど。それ以上にその曲。
「…サンキュ?ドリカム?」
「おう」
「仁王がドリカム!?」
「姉貴が好きでのう、俺もよく聞いとる」
ほんとかよ!意外っつーか似合わないっつーか。光希もちょっとびっくりしてる。
「光希」
歌が始まるまでほんの十数秒。俺はさっき、光希にどんな些細な励ましの言葉ですらかけられなかったのに。
「俺もな、失恋確定」
「え?」
「今度、冴島と柳生がデートするって」
「「……え?」」
「あーツラいのう。というわけで一曲、聞いてください」
「「ええええー!」」
マイクを使ったわけでもねーのに。俺と光希の声は、たぶん部屋の外まで響いてた。…まさかマジで冴島さんだったとは。
詳しく聞くと、どうやらもともと仁王と冴島さんは風紀委員と問題児(俺もだけど)の関係でちょくちょく絡んでて仲良かったと。だからヒロシのことでも協力しやすかったと。
でも何で仁王が冴島さんにハマったのかわかんねーな。だって俺だったら、身近なら冴島さんより光希だ。
仁王のカミングアウトもあり、元気になるかなーと思ったら。
光希はついに、というかようやく、泣き出した。仁王意外と歌うまくてやだー、って笑いながら。
その姿に、よくわかんない気持ちがこみ上げてきた。もし仁王がいなかったら抱きしめてたかもなーとか、でも仁王がいなかったら光希は素を晒せなかったろうしそれは悔しいなーとか。
だからか今日、3人でいることが楽しいと心から思った。このバランスが居心地良かったんだ。
光希のあの明るい笑顔がいつまでも続くように願った。