あの雨の日から数日経った後、楓先輩からメールが届いた。
あの後ブン太にたくさん話を聞いてもらったこと、よく考えてやっぱりこのままじゃいけないと思って彼氏に別れを告げたこと。
先輩はあんなことがあっても彼氏が好きだったろうから、すぐ割り切ることは出来ないとは思う。でもこれからはきっといつでも側にブン太がいてくれる。
それなら楓先輩ももう大丈夫。ブン太は先輩を幸せに出来るやつだし、ブン太も幸せになれる。そう自分に言い聞かせた。…でも。
あたしの下駄箱に、あの日ブン太に貸した折畳み傘が入ってた。同じクラスなんだから、席は離れてても仲良いんだから、直接渡せばいいはずだけど。
それにブン太からの決別の意を感じた。楓先輩の問題を黙ってたことに、あたし自身後ろめたさもあったから。
それからしばらくの間、お昼休みは教室で過ごすことにした。仁王ともどこか話しづらくて。ブン太もブン太で、仁王と屋上へ行ってる様子はなさそうだった。あんなに楽しかったのにもう夢のよう。
だからこそ空が見たくなった。学校で、もっと言えばあたしの住む世界で、最も空に近い場所は屋上。
ブン太がきれいだと言った、あの明るい空に浮かぶ月をまた見たかった。
「おう、久しぶりじゃな」
屋上の扉を開けてドキッとした。なぜか仁王がいたから。
なぜかって言うのは、実は今はまだ朝の7時前。屋上に来たいと思っていても、さすがにお昼休みは仁王がいるだろうと思って来れなかった。だから、朝の時間に来たんだ。
「…なんでこんな早く!?」
「何となく」
何となくでこんな早くに来るか?今日はテニス部も朝練はないし。相変わらずマイペースな仁王に、ちょっと笑った。
「お前さんこそえらい早起きじゃな」
「え、あーうん、何となく」
「マネか」
「マネです」
仁王もははっと笑った。久しぶりだなあ、仁王の笑ったところを見るのも。
あたしと一緒で、早朝にここへ来たのにはきっと理由がある。でも今はちょっと話したくなさそう、そんな感じ。
ただあたしは、仁王のその理由に何となく検討はついた。たぶんだけど、今朝は服装検査があるから。
きっとまだ、想いがあるんだろうね。
フェンスを背に座る仁王の隣にあたしも座り、空を見上げた。思った通り、薄っすらだけど下弦の月が見れた。
「月がきれいですね」
「…は?」
ふと口から出てしまった。これは前ブン太が突然言い出したことで。そうそう、あたしもあのとき、あのブン太がいきなりロマンチックなこと言い出すもんだからびっくりした。そして仁王もあたしと同じでびっくり…………、
し過ぎじゃないだろうか。らしくなく口をあんぐり開けて、驚きというよりかは不審者を見るような目つきだ。…そんなにあたしがロマンチックなこと言うのがおかしいのか。失礼じゃないか。
「なんじゃそれ、俺に言っとるんか?」
「え?まぁ、今隣にいるからそうなるけど」
「…意味わかっとる?」
「意味?」
あたしこそ仁王の言ってる意味がわかんなくて、再び空を見上げた。
「…えーっと、あれは下弦の月でね」
「……」
「上弦の月との覚え方知ってる?上弦の月が…」
「それは知っとるが。さっきの、誰かに言われたんか?」
不審者を見るような目つきだった仁王は、今度は軽く笑いながら聞いてきた。
さっきのっていうのはつまり、月がきれいってことだ。誰かというならつまり、ブン太だ。
戸惑いながらも頷いたら、なるほどなって、さも意味ありげにニヤついた。
「アイラブユーじゃ、それ」
「…え?」
「夏目漱石が“I love you”をそう訳したっちゅう逸話。国語の授業で先生がそんなこと言っとったじゃろ」
国語の授業と言えばあたしにはお昼寝の時間とも等しいもの。
夏目漱石と言えば夏休みの課題になった“こころ”の作者。
“俺だってそう思うことぐらいあんだよ”
言われたのは確かにあのとき。きっと夏目漱石の話が出ていたからこその言葉だ。
知らずに言ったとしたら、ただただきれいだと思って言ったなら、それはなかなかの奇跡。
でもブン太は楓先輩のことが。だからあの雨の日、あんなに怒ってたんだもん。あんなに悲しそうだったんだもん。あんなブン太、見たことなかった。
きっとこれからはブン太が楓先輩を支えるんだって、そう思った。
「ま、誰にとは言わんでもわかるぜよ」
うんうんと頷くように仁王は言った。たぶんほんとにわかってるし、もしかしたら仁王にも、思うことがあるのかもしれない。
「…仁王」
「ん?」
「お昼休み一人にしてごめんね」
「ははっ、まぁちょっと寂しかったかのう」
「引っ越すことも言ってなくてごめんね」
「それはいいぜよ。それも寂しいが仕方ない」
「頑張れって言ってくれて、ありがとうね」
「そりゃ俺は光希のこと好いとるし、応援する気満々じゃ」
「うん、ありがとう」
「でも、俺みたいにさらっと言えんやつもいるってことは、わかってやりんしゃい」
仁王は普段イリュージョンとかモノマネの域を超えた変化の術を使うけど。それは見た目だけじゃなくて、本人の口調や性格も完璧に表現できるから。
だからあたしやブン太の心情なんかとっくに察してたんだろうなあ。俯いたあたしの頭をぽんぽん撫でてくれた。
「辛いなら辛いって顔しとったほうがいいぜよ」
「……」
「お前さんは辛そうなときでも笑ったりするじゃろ。それはこっちが辛くなる」
ぽたぽたとスカートに涙が染みた。
こうなっちゃうから。笑ってた方が楽なんだよ。うれしそうに見せた方が楽で。
でも夏の大会で、ブン太が笑顔じゃなく悔しいって涙を見せてくれて、あたしはうれしかった。
だからあの雨の日、ブン太があんなに怒るのは、悲しむのは、きっと楓先輩のためだけだって、そうも思って。
ブン太があたしに笑えば笑うほど、苦しかった。ブン太の笑顔がずっと続くようにって、願ってたこともあったはずなのに。
「あたし、頑張るよ。受験」
「おう。頑張ってもらわんと困る」
今日仁王がいて良かった。教えてくれて良かった。
時間を戻すことは出来ないけど。楽しかった思い出を辛いものにはしたくない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋上に行かなくなってからだいぶ経った。仁王は相変わらず一人でも行ってるみたいだけど。俺は光希と顔を合わせられなくて、話せなくて、行けなかった。
楓はまだちょっと心配だけど。でもそれはもう違う気持ちだ。
そういうこと全部、光希に言いたい話したい気持ちはあるのに。
ただのクラスメイトだっていうことを感じたあの日から、光希の教室で聞こえる笑い声さえ苦しくなってた。
「えー、今日は二学期最後の授業だな」
英語の時間。ちょっと前に羽山は結婚式を挙げて、今は左手薬指に指輪が光ってる。最初こそクラスのみんなに茶化されてたけど、今はもう見慣れた。
ただ、光希にとってはどうなんだろうな。
どんどん寒くなってもうすぐ今年も終わる。思い返すと、特段楽しかった思い出が多い年でもない。
なのに俺の中ではめちゃくちゃ特別な一年だった。
「今日は授業はなしだ。テスト前だし勉強するもよし」
授業がないと聞いて一気に騒ぎ出すクラス。まぁ俺も他のやつ同様によっしゃーって声はあげたけど。
「もう知ってると思うが、うちのクラスには受験生もいるから静かにな。あと…」
光希だけじゃなくて、その他にも受験するやつがいるってことは、ここ最近知った。受験なんてもう俺は縁がないから知らなかったけど、あんまり公表するもんじゃないらしい。どこどこ受けるーとか。言わずにこっそり受けるやつもいるって。
ああ、何で俺はあのとき光希に、頑張れって言わなかったんだ。後悔だけが残る。
「手紙ぃ?」
すっげー珍しい。クラス内でほとんど声をあげることのない仁王から、めちゃくちゃかったるそうな声が聞こえた。当の本人もついうっかりって感じだったっぽい。
「ずいぶん嫌そうだな、雅」
「…いや、別に」
「いずれいい思い出になるぞ。三学期は他にも卒業の準備とかやることもあるし、今のうちに…まぁ無理にとは言わないけど。先生はオススメだ」
その仁王が嫌がった羽山の提案、それは、未来への手紙を書くっていうものだった。郵便局とかでそういう制度があるんだって。
相手は自分。もしくはもし宛てたい人がいるならその人。5年後、10年後、好きな未来に向けて書けって。
今の自分の気持ちを素直に書けって。
羽山の言った通り静かに授業じゃない授業時間は進んだ。意外にもテスト勉強をするやつはあんまいなくて、おもしろそうってことで羽山から便箋を貰って書き始めるやつがほとんどだった。
俺は……。ふと、便箋を貰うために出来た列を見ると、光希がいた。あいつは受験勉強があるだろうに。まぁそんなガリ勉タイプじゃねーか。
それか、それでも書きたいって思ったのか。
…ちなみになぜか仁王も便箋を貰ってた。
それを見て俺も。貰って書き始めた。
宛名は迷いに迷った。未来の自分に一筆書きたい気もあったけど。
でも、未来なんてよくわかんないぼんやりしたものじゃなくて。俺は今がいいって、思った。今しか言えない、今しか伝わらないもんがあるんじゃないかって。
“光希へ”
いつの未来でもいいって、羽山は言った。それなら近い未来に。明日でも明後日でも、少なくともあいつがいなくなる3ヶ月後までに宛てて。
今の俺の全部を書いた。月がきれいだとかI love youとか、そんなカッコいいもんじゃないし。どうやったら伝わるか、どんな言葉がいいのか。書いては消してを繰り返して、ちょっと汚くなっちまったけど。
口からは出せないのに、文字なら素直に晒け出せるもんなんだな。
そうわかってるからこそ提案した羽山を、人生の先輩として尊敬して、それとは別の意味で、羨んだ。
光希は、誰に宛てて何を書くんだろう。
あの後ブン太にたくさん話を聞いてもらったこと、よく考えてやっぱりこのままじゃいけないと思って彼氏に別れを告げたこと。
先輩はあんなことがあっても彼氏が好きだったろうから、すぐ割り切ることは出来ないとは思う。でもこれからはきっといつでも側にブン太がいてくれる。
それなら楓先輩ももう大丈夫。ブン太は先輩を幸せに出来るやつだし、ブン太も幸せになれる。そう自分に言い聞かせた。…でも。
あたしの下駄箱に、あの日ブン太に貸した折畳み傘が入ってた。同じクラスなんだから、席は離れてても仲良いんだから、直接渡せばいいはずだけど。
それにブン太からの決別の意を感じた。楓先輩の問題を黙ってたことに、あたし自身後ろめたさもあったから。
それからしばらくの間、お昼休みは教室で過ごすことにした。仁王ともどこか話しづらくて。ブン太もブン太で、仁王と屋上へ行ってる様子はなさそうだった。あんなに楽しかったのにもう夢のよう。
だからこそ空が見たくなった。学校で、もっと言えばあたしの住む世界で、最も空に近い場所は屋上。
ブン太がきれいだと言った、あの明るい空に浮かぶ月をまた見たかった。
「おう、久しぶりじゃな」
屋上の扉を開けてドキッとした。なぜか仁王がいたから。
なぜかって言うのは、実は今はまだ朝の7時前。屋上に来たいと思っていても、さすがにお昼休みは仁王がいるだろうと思って来れなかった。だから、朝の時間に来たんだ。
「…なんでこんな早く!?」
「何となく」
何となくでこんな早くに来るか?今日はテニス部も朝練はないし。相変わらずマイペースな仁王に、ちょっと笑った。
「お前さんこそえらい早起きじゃな」
「え、あーうん、何となく」
「マネか」
「マネです」
仁王もははっと笑った。久しぶりだなあ、仁王の笑ったところを見るのも。
あたしと一緒で、早朝にここへ来たのにはきっと理由がある。でも今はちょっと話したくなさそう、そんな感じ。
ただあたしは、仁王のその理由に何となく検討はついた。たぶんだけど、今朝は服装検査があるから。
きっとまだ、想いがあるんだろうね。
フェンスを背に座る仁王の隣にあたしも座り、空を見上げた。思った通り、薄っすらだけど下弦の月が見れた。
「月がきれいですね」
「…は?」
ふと口から出てしまった。これは前ブン太が突然言い出したことで。そうそう、あたしもあのとき、あのブン太がいきなりロマンチックなこと言い出すもんだからびっくりした。そして仁王もあたしと同じでびっくり…………、
し過ぎじゃないだろうか。らしくなく口をあんぐり開けて、驚きというよりかは不審者を見るような目つきだ。…そんなにあたしがロマンチックなこと言うのがおかしいのか。失礼じゃないか。
「なんじゃそれ、俺に言っとるんか?」
「え?まぁ、今隣にいるからそうなるけど」
「…意味わかっとる?」
「意味?」
あたしこそ仁王の言ってる意味がわかんなくて、再び空を見上げた。
「…えーっと、あれは下弦の月でね」
「……」
「上弦の月との覚え方知ってる?上弦の月が…」
「それは知っとるが。さっきの、誰かに言われたんか?」
不審者を見るような目つきだった仁王は、今度は軽く笑いながら聞いてきた。
さっきのっていうのはつまり、月がきれいってことだ。誰かというならつまり、ブン太だ。
戸惑いながらも頷いたら、なるほどなって、さも意味ありげにニヤついた。
「アイラブユーじゃ、それ」
「…え?」
「夏目漱石が“I love you”をそう訳したっちゅう逸話。国語の授業で先生がそんなこと言っとったじゃろ」
国語の授業と言えばあたしにはお昼寝の時間とも等しいもの。
夏目漱石と言えば夏休みの課題になった“こころ”の作者。
“俺だってそう思うことぐらいあんだよ”
言われたのは確かにあのとき。きっと夏目漱石の話が出ていたからこその言葉だ。
知らずに言ったとしたら、ただただきれいだと思って言ったなら、それはなかなかの奇跡。
でもブン太は楓先輩のことが。だからあの雨の日、あんなに怒ってたんだもん。あんなに悲しそうだったんだもん。あんなブン太、見たことなかった。
きっとこれからはブン太が楓先輩を支えるんだって、そう思った。
「ま、誰にとは言わんでもわかるぜよ」
うんうんと頷くように仁王は言った。たぶんほんとにわかってるし、もしかしたら仁王にも、思うことがあるのかもしれない。
「…仁王」
「ん?」
「お昼休み一人にしてごめんね」
「ははっ、まぁちょっと寂しかったかのう」
「引っ越すことも言ってなくてごめんね」
「それはいいぜよ。それも寂しいが仕方ない」
「頑張れって言ってくれて、ありがとうね」
「そりゃ俺は光希のこと好いとるし、応援する気満々じゃ」
「うん、ありがとう」
「でも、俺みたいにさらっと言えんやつもいるってことは、わかってやりんしゃい」
仁王は普段イリュージョンとかモノマネの域を超えた変化の術を使うけど。それは見た目だけじゃなくて、本人の口調や性格も完璧に表現できるから。
だからあたしやブン太の心情なんかとっくに察してたんだろうなあ。俯いたあたしの頭をぽんぽん撫でてくれた。
「辛いなら辛いって顔しとったほうがいいぜよ」
「……」
「お前さんは辛そうなときでも笑ったりするじゃろ。それはこっちが辛くなる」
ぽたぽたとスカートに涙が染みた。
こうなっちゃうから。笑ってた方が楽なんだよ。うれしそうに見せた方が楽で。
でも夏の大会で、ブン太が笑顔じゃなく悔しいって涙を見せてくれて、あたしはうれしかった。
だからあの雨の日、ブン太があんなに怒るのは、悲しむのは、きっと楓先輩のためだけだって、そうも思って。
ブン太があたしに笑えば笑うほど、苦しかった。ブン太の笑顔がずっと続くようにって、願ってたこともあったはずなのに。
「あたし、頑張るよ。受験」
「おう。頑張ってもらわんと困る」
今日仁王がいて良かった。教えてくれて良かった。
時間を戻すことは出来ないけど。楽しかった思い出を辛いものにはしたくない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋上に行かなくなってからだいぶ経った。仁王は相変わらず一人でも行ってるみたいだけど。俺は光希と顔を合わせられなくて、話せなくて、行けなかった。
楓はまだちょっと心配だけど。でもそれはもう違う気持ちだ。
そういうこと全部、光希に言いたい話したい気持ちはあるのに。
ただのクラスメイトだっていうことを感じたあの日から、光希の教室で聞こえる笑い声さえ苦しくなってた。
「えー、今日は二学期最後の授業だな」
英語の時間。ちょっと前に羽山は結婚式を挙げて、今は左手薬指に指輪が光ってる。最初こそクラスのみんなに茶化されてたけど、今はもう見慣れた。
ただ、光希にとってはどうなんだろうな。
どんどん寒くなってもうすぐ今年も終わる。思い返すと、特段楽しかった思い出が多い年でもない。
なのに俺の中ではめちゃくちゃ特別な一年だった。
「今日は授業はなしだ。テスト前だし勉強するもよし」
授業がないと聞いて一気に騒ぎ出すクラス。まぁ俺も他のやつ同様によっしゃーって声はあげたけど。
「もう知ってると思うが、うちのクラスには受験生もいるから静かにな。あと…」
光希だけじゃなくて、その他にも受験するやつがいるってことは、ここ最近知った。受験なんてもう俺は縁がないから知らなかったけど、あんまり公表するもんじゃないらしい。どこどこ受けるーとか。言わずにこっそり受けるやつもいるって。
ああ、何で俺はあのとき光希に、頑張れって言わなかったんだ。後悔だけが残る。
「手紙ぃ?」
すっげー珍しい。クラス内でほとんど声をあげることのない仁王から、めちゃくちゃかったるそうな声が聞こえた。当の本人もついうっかりって感じだったっぽい。
「ずいぶん嫌そうだな、雅」
「…いや、別に」
「いずれいい思い出になるぞ。三学期は他にも卒業の準備とかやることもあるし、今のうちに…まぁ無理にとは言わないけど。先生はオススメだ」
その仁王が嫌がった羽山の提案、それは、未来への手紙を書くっていうものだった。郵便局とかでそういう制度があるんだって。
相手は自分。もしくはもし宛てたい人がいるならその人。5年後、10年後、好きな未来に向けて書けって。
今の自分の気持ちを素直に書けって。
羽山の言った通り静かに授業じゃない授業時間は進んだ。意外にもテスト勉強をするやつはあんまいなくて、おもしろそうってことで羽山から便箋を貰って書き始めるやつがほとんどだった。
俺は……。ふと、便箋を貰うために出来た列を見ると、光希がいた。あいつは受験勉強があるだろうに。まぁそんなガリ勉タイプじゃねーか。
それか、それでも書きたいって思ったのか。
…ちなみになぜか仁王も便箋を貰ってた。
それを見て俺も。貰って書き始めた。
宛名は迷いに迷った。未来の自分に一筆書きたい気もあったけど。
でも、未来なんてよくわかんないぼんやりしたものじゃなくて。俺は今がいいって、思った。今しか言えない、今しか伝わらないもんがあるんじゃないかって。
“光希へ”
いつの未来でもいいって、羽山は言った。それなら近い未来に。明日でも明後日でも、少なくともあいつがいなくなる3ヶ月後までに宛てて。
今の俺の全部を書いた。月がきれいだとかI love youとか、そんなカッコいいもんじゃないし。どうやったら伝わるか、どんな言葉がいいのか。書いては消してを繰り返して、ちょっと汚くなっちまったけど。
口からは出せないのに、文字なら素直に晒け出せるもんなんだな。
そうわかってるからこそ提案した羽山を、人生の先輩として尊敬して、それとは別の意味で、羨んだ。
光希は、誰に宛てて何を書くんだろう。