嘘つきな彼

その日から私はすごく浮かれていた。遠くからこっそりカッコいいなぁと思っていた男子と話せたし、優しかったし、やっぱりちょっと怖い雰囲気あるけどやっぱりカッコよかったし。

いわゆるこれが恋っていうのかもしれない。好きな人なら小学生の頃もいたことはあるけど、中学入ってからは女子校のせいか、テレビの中の人に憧れるだけ。友達と恋話できるっていうのはすごく楽しい。


「そのさ、すずが言ってるのって立海の生徒なわけでしょ?」


一番の友達、あっちゃんがそう切り出した。あの電車の彼とのことがあってから週が明けた、今日は月曜日だ。


「うん!あたし立海の制服は知らないけど、南口だしきっとそうだよ!」

「同じ駅なのに、片や女子校片やカッコいい男子のいる共学。立地変わらないのになんでこっちにしちゃったんだろ」

「だよねー。もしあたしも立海だったら、あの彼と一緒だったのに」

「でさ、何度も聞くけど立海なわけじゃん?」

「うん!たぶん」

「立海ってさ、確か土曜日休みじゃなかったっけ」


あっちゃんの話は初耳だった。うちは土曜日普通に授業もあるけど、立海ってないの?まぁないところもたくさんあるだろうけど…言われてみれば、平日はたくさん立海の生徒がいるのに土曜日は疎らだ。

じゃあなんで彼は学校へ?


「まさかあたしに会うため!?」

「だったりして」

「どうしよう!それならもっと話せばよかった!」

「まぁそれは冗談としてさ」

「…冗談かよ」

「あたしが言いたいのは、その彼、部活か何かやってるんじゃないの?」


あっちゃんが言うことはもっともだと思った。少なくとも、あたしに会うため…なんていう妄想よりもずっと現実的だ。何より立海は文武両道。頭もいいけど、男女ともに部活動がやたらめったら優秀という話を聞いたことがある。

ということは、あんなカッコいい人がスポーツに青春を注いでるってこと。なにそれ、ちょーカッコいい…!


「次会ったとき部活でも聞いてみたら?」

「うん!…あでも、もしかして彼バスケ部かも。だって背高いし髪の毛派手だもん。男子バスケ部ってなんか華やかそうだし」

「うーん…わかんないけど、聞いてみ」

「うん!」


そのあっちゃんの助言通り、今週の土曜日、その彼を見つけたら絶対に聞こうと思った。


でも。実際にその土曜日がきても、なかなかその計画は実行に移せそうもなかった。彼は珍しく座ってるけど、すぐそこにいるのに。
なぜかと言うと…。


「あー腹減った。せっかく今俺の手におにぎりがあるっていうのによ。お前のせいで食えないあー腹減った」

「電車の中で食うとか勘弁じゃ。食うならあっち行け」

「せっかく座れたのに立ちたくねーもん」

「じゃあ駅着くまで我慢しんしゃい」

「あー腹減った。なんで寝坊しちまったんだろ。あー腹減ったお前のせいで腹減った」

「ちょっとうるさいんじゃけど」

「てかこの時間で間に合うの?いつもこの時間?」

「間に合うぜよ。たまに」

「たまにかよ!」

「いいじゃろ。俺ら一応引退したんじゃし」


そう、彼は友達らしき人と一緒にいた。その友達はどデカイおにぎりを両手に持ってて今にも口に放り込みそう。ていうか、友達も髪の毛赤いし派手だな。

耳をすませて聞くところによると、どうやらその赤い髪の友達は寝坊したらしく、朝ご飯を食べ損ねたらしかった。そしておにぎり2個だけは持ってきたみたいだけど、一緒にいる例の彼が、電車の隣で食事は勘弁…ということで、赤い友達はヘビの生殺しのような雰囲気を漂わせている、と。

こんなの絶対話しかけられないじゃん!友達がいるのも邪魔だけど、朝飯食う食わないのやり取りで何となく空気悪そうだし…。あれ、でもよく見たら友達もカッコいいな。類は友を呼ぶってことですか…!

うーんうーんと悩みつつ、どうしようか悩みながらそれでもチラチラ彼のほうを見ていると。…何やら赤い友達が彼に、ヒソヒソと話し始めた。途端に彼と目が合う。

やばい…!あたしは今尾行中のスパイの気分だ。気づかれちゃったんだ視線に。ドキッと、ときめきではない心拍数が跳ね上がる。当然もう彼らのことは見れないし、何を言われていたのか気になる。でも絶対嫌なことだ。あいつチラチラ見ててキモいよな、そういえば毎週同じ電車だキモい、とか…?薄っすら入る視界の端では、何となく彼が笑ってる気もした。

不安でいっぱいのまま、いつもより到着が果てしなく感じる学校最寄り駅。着いた瞬間、ダッシュで逃げようと扉の前に控えると。


「おい」


後ろから声が聞こえてきて、恐る恐る振り返った。電車はもう緩やかに止まりかけ。


「よかったらこれやるけど」


そう言って、彼…ではなく、今日初めて見た赤い友達が、おにぎりを差し出した。


「…はい?」

「お前、これ食いたかったんだろい?」

「……」

「…ぷっ」


何のことだかわからず、何と返答していいのかもわからず、ボケーっとしていると、例の彼が笑い出した。


「え?違うのか?」

「…違います、けど」

「…てめ仁王、騙しやがったな!」

「ほら、扉開いたぜよ」


彼は笑いながら、顎で扉を指した。慌てて電車を降りた。

引き続き何のことだかわからず戸惑っていると、二人はあたしを追い越して足を進めた。男子だからか、時間に余裕がないのか、ちょっと速歩きだ。


「あのー」


その彼らに追いつくように、あたしも足を速めて、そして背後から彼らに聞いてみた。


「なんで、おにぎり食べたいって…」


赤い友達は、歩きながらもうすでに一つ目のおにぎりをかじっていた。


「こっちチラチラ見てたから、知り合いじゃねってこいつに聞いたら」


もぐもぐ…もぐもぐ…おにぎりを口に含んでいるため一旦話は中断された。この人は一体どれだけお腹が減ってたんだって思う。けど、そもそも食べてる最中に話しかけたのはあたしだ。嫌な顔せず対応してくれたので、赤い友達もなかなかいい人なのかもしれない。ついでに言うと、口の中身全部なくなってから話を始めるから、お行儀は悪くないみたい。


「“知り合いだけど、たぶんこのおにぎり食いたいんだと思う”って」

「……」

「“そういやいつもここで朝飯食ってるのに今日は忘れたみたいじゃのうかわいそうに”って。だからまぁ、知り合いって言うし、お前にも分けてやろうかなって」


まぁでもこいつの嘘だったけどなー…と言ったあと、一つ目最後の一口を口に放り込んで赤い友達は言った。

チラッと例の彼を見るも、だから何とでも言うかのように、でっかいそれこそおにぎりがそのまま入りそうなぐらい口を開けて、欠伸をしていた。


「…い、いつも食べてないよ!」

「まー俺もおにぎり差し出した瞬間から後悔したし、もったいなくて。結果オーライってことだ」


赤い友達が二つ目のおにぎりを食べ始めたそのとき、駅での分かれ道に行き当たった。

だいたいなーお前は嘘が多すぎんだよと、またも赤い友達はおにぎりを中断し例の彼にグチグチ言ってる。そして彼は、やっぱりどこ吹く風という対応で。

あたしには目もくれず、いつも通り左方向へと歩いて行った。


(知り合いかぁ…)


一応一緒に歩いてたのに知らん顔して行っちゃったのはちょっと寂しいし、おにぎりの件も謎だけど…知り合いだって、彼は言ってくれてたらしい。それがすごくうれしかった。ここからもっと話せるようになったり、名前も知ったり……あ、部活何に入ってるのか聞くの忘れてた。

しばらく彼らの後ろ姿を見送り、くるりと回ってあたしも足を進めた。そのとき。


「また来週な」


あたしに?どっちの声?そう思いながら振り返った。

その先には、こっちを向いて手をあげる、彼の姿があった。続いて隣の赤い友達も、もぐもぐ口を動かしながら手を振った。


「またね!土曜日に!」


少し間をおいちゃったけど、あたしも手をぶんぶんと元気に振ることはできた。

そして一つ、気づいた。今さらって感じだけど…彼と赤い友達は、肩に大きな鞄をかけてる。まったく違和感もないし、きっと今日も今までも持ってたに違いない。あたしが顔ばっかり見てて見落としてただけで。

その鞄の形からすぐに思い当たった。
…そうか、彼らはバドミントン部なんだ。あれはラケットの形だもん、絶対そう!
次会ったら詳しく聞いてみようと思った。

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