追いかけてきた彼

「おー、りえ!」


声がしたほうへみんな目を向け、マルイくんがそう声をあげた。見たことあるし、聞いたこともある名前。昨日体育館で会った、例のりえちゃんだった。


「何してんの?」

「あたしは自主練。いつも日曜日ここでしてて」

「へぇ、知らなかったぜ」


りえちゃんは、確かにバスケットボールを持ってて、すぐにでもプレーできそうな服装。

昨日は何だか怖そうだなって、実際うちらは不審者だったわけだから当たり前だけど、問い詰められてて。でもこうやってまじまじと見ると、やっぱりかわいい。というか、バスケ部主将ってこともあってか、カッコいい。

そしてふと、りえちゃんと目が合ってしまった。睨まれる、というわけではないけど、あまり温かい視線とは言えない。なんでこいつがここにいるの!?そう思われてるかも…!


「あ、りえが来たしちょうどいいじゃん」

「何がっスか?」

「女子2人だし、おにぎりも参加できるぜ」


もうおにぎり呼びはいいからちょっと黙っててマルイくん…!そう言いたくなった。

ただでさえ男子の中で、おまけに女子バスケ部主将もいるなんて無理に決まってる!ド素人だって、嘘だってマサハルくんにバレちゃう!

どうしようと思っていると、当のりえちゃんはやや難色を示した。


「えぇ、あたしも?」

「バスケ部元主将で元エースなんだからバシッと決めてくれ!」

「自主練しに来たのに…」

「じゃあこの雪宮サンに指導してやってくださいよ!雪宮サンもバスケ部なんスよ!」


この子がバスケ部?…という、明らかな疑いの目を、りえちゃんからは向けられた。そりゃそうだ、きっと近くの学校だから、練習試合も度々あったんだろう。だからあたしがそこにいなかったことも、きっとわかってる。おまけに元エースって、これまた立派な肩書き追加されちゃったよ。ていうか切原くん、確かにあたしはマサハルくんには嘘ぶっこいたけど、君らには肯定してなかったよね。勝手に断定しないで…!


「まぁそれはやらんでいいじゃろ」


この場からいなくなりたい、消えてなくなりたい、そう思ったあたしに、マサハルくんが助け船を出してくれた。ほんとになんて優しいの。ピンポイントであたしを救ってくれる。消えてなくなりたいけど、マサハルくんと今日会えたことは消したくない。数少ない彼との時間をなくしたくない。…けど。


「りえは自主練に来たんじゃし。俺らの遊びに付き合わせたら悪い」


違う。あたしに助け船を出したんじゃない。りえちゃんに気を配っただけだ。


「別にいいよ、あたしは。遊びでも相手がいたほうがいいし」

「や、りえは素人相手でも手加減ナシじゃき、俺らがボコボコにやられる」

「なにその言い方!いつも1on1じゃ仁王のほうが手加減ないくせに」

「そうか?まぁ今んとこ俺の勝ち越しじゃけど」

「そういや3年B組って、よく昼休みにバスケとかで遊んでるっスもんね!やっぱり女子主将でも素人男子が勝っちゃうんスか?」

「いや、仁王は卑怯なんだよな。ボール受け取った瞬間、3P決めやがる。ミッチーもびっくりのえげつなさ」

「ほんとシューティング関係は得意なんだよねー、仁王」

「へぇ〜なんか3年B組楽しそうっスね!」


あたしは、あたしよりもりえちゃんのほうがマサハルくんとの時間が長いだとか、そんなことばかり考えていたけど。それだけじゃなくて、たとえばマルイくんも一緒にいる時間だとか、他の友達と一緒に遊んだ時間、授業も、昼休みも、学校行事も、思い出がいっぱいなんだ。

側から見たあたしがそう感じるほどなんだから、マサハルくんにとってはもっともっと濃くて、楽しくて、大切な時間なのかもしれない。


「あ、あのー」


楽しく談笑してるところで申し訳ないけど。あたしはこの輪に入れっこないし。このままここにいたら、きっとどんどん落ち込んできちゃう。


「あたしそろそろ帰るね!」

「え?帰っちゃうんスか?」

「うん!ちょっと約束があって」

「そっか。じゃーまた、今度は朝飯忘れんなよ!」

「いやいや、あのときも忘れたわけじゃ…!」

「ははっ、冗談だよ。またな!」


バイバーイと、立海のみなさんからは笑顔で見送られた。きっとみんないい人。りえちゃんもちょっとあたしに対して懐疑的だけど、不審者だからしょうがない。

トボトボと駅までの道のりを一人歩いて行く。車の通る音や人の声で、けして静かな道のりじゃないけど、すごく静まり返ってる気がする。きっと急に一人になったから。別に彼らとは、まだ友達と呼べる間柄じゃないんだし、面倒ごとになる前におさらばする、それはおかしなことじゃない。

なのになんでだろう。あの場を抜け出せば楽になると思ったけど、余計に沈んできちゃった。賑やかな場所から遠ざかるのが、こんなに寂しいなんて。

きっとあたしはうらやましいんだろうな。ああいう輪が。眩しい。憧れる。これまでの彼らもきっと楽しかっただろうし、これからもきっと楽しいんだろうな。ほんとなんで女子校にしちゃったんだろう…!隣の立海にしておけばめっちゃイケメンパラダイスだったのに!あの5人だけでもカッコよくて運動神経バツグンでドキドキイケパラ学校生活が送れ……。


「置いていくとは、つれないのう」


突然聞こえた声にドッキリ、心臓が飛び跳ねた。憧れっていうか若干不純な気持ちを抱えていただけに、めちゃくちゃビビった。


「マサハルくん!」


いつの間にか隣に歩いてて。フッと笑ったマサハルくんは、片手に2つ缶ジュースを持ってて、あたしに差し出した。2つってことは、つまり一つはあたしにってこと。


「あ、ありがとう…」

「いいえ」

「なんでここに?」


あたしを追いかけてきてくれたの?なんで?さっきすごく楽しそうにしてたのに、このあとりえちゃんも一緒にバスケやるはずなのにどうして…。

そう思っていると、マサハルくんはあたしとは逆側の小脇に抱えた、バスケットボールを差し出した。


「大事なもん忘れとったぜよ」

「…あ!」


そうだった…!思い出して思わず立ち止まる。これは学校からパクったボールで、さっきまでマルイくんが持ってたからすっかり忘れてて、そのまま帰ってきちゃったんだった!


「ありがとう!申し訳ない!」

「いいえ」

「えっと、それじゃ…」


マサハルくんはボールを持ってきてくれただけだ。置いていくとはって言うのもきっとボールのこと。だから、また土曜日にねって、言おう。

でも言ったらマサハルくんは戻っちゃうし、去って行く後ろ姿を見たら、きっとさっき以上に寂しくなっちゃいそう…。

そう思っていると。ふと、マサハルくんがラケットの鞄も持っていることに気づいた。あれ…?


「追いかけてきたのにまた置いていくんか?」

「え…」

「一緒に帰るぜよ」


ぐいっと腕で背中を押され、歩き出した。つられてあたしも歩き出す。


「いいの?その…クラスの女子もいたのに」

「平気。どうせ明日も1on1させられるし。今日は用事があるしの」

「あ、用事があったんだ?」

「ああ、すずと同じ電車に乗るっちゅう大事な用事」


さっきのヤギュウくんの言葉が頭の中に浮かんできた。マサハルくんもあたしと同じように、土曜日のあの時間をもしかしたら大事に思ってくれてるのかもしれない。今日は土曜日ではないけど、同じような時間を過ごせる。

カッコよくて優しくて、心があったかくなる。ドキドキもする。


「マサハルくん」

「ん?」

「あたし、ほんとはバスケ部じゃないんだよね」

「……」

「ごめんね、嘘ついて」


ほんとにほんとにくだらない嘘だった。言い訳がましいけど、嘘っていうか、適当に答えたっていうか。自分でもなんでああ答えたのかわかんないし。

でも結局訂正もしなくて、ここまで引っ張った。嘘を口から出したつもりはなかったとしても、時間が経てば、あたしとマサハルくんの時間が増えれば、それは嘘になっていく。


「まぁそうじゃろうな」

「……そうじゃろうな?」

「最初は男子との対決が嫌なのかと思ったんじゃけど。さっきやってて思ったがそのボール、ほんとは外用じゃないじゃろ。皮じゃし」

「……」

「前に俺とブン太が外で皮のボール使ったらな、りえ率いる女バス集団にむちゃくちゃ怒られて」

「……」

「だからまぁ、違うんじゃろうなって、思った」


知らなかった…!適当に体育館倉庫にあった、せめて古ぼけたなくなっても誰も気づかなそうな古臭いボールを持ってきただけだったんだけど…!

そしてそれを見抜く洞察力。マサハルくんは、カッコよくて運動神経がいいだけじゃなく、ものすごく賢いのかもしれない。


「あと」

「あと?」

「お前さんはおそらく部活、ちゅうか運動部には入ってないって。知っとった」

「え!なんで知ってたの!?」

「さーて、なんでじゃろうな」


運動部なんてとんでもないぐらい鈍臭く見えるってこと…!?それはちょっとショック…。いやでも、部活に入ってないのは事実なわけだし、ここはマサハルくんの洞察力がすごいってことで。…それより。


「それでもごめんね、嘘ついて」

「別にいいぜよ。たいした問題じゃない」

「…そお?」

「まぁ、ほんとにバスケ部なら、ちっこいのにぴょんぴょん飛んでかわいいんじゃろうなって思ったけど」


もうやめてほしいぐらい…!いや、もっと見たい。マサハルくんが優しく笑う顔。それを見るとあたしの体が熱くなる。でも同時に、こういうことをさっきのりえちゃんとかクラスの女子とかに言ってたらって。恋を自覚して、楽しいウキウキなだけじゃなくて、こんな風に何でもかんでも気にしちゃう気持ちも出てくるんだなぁ。

駅までの道のりはあっという間で、そこからの電車も、いつもより逆方面なだけで、やっぱりあたしにはあっという間に感じられたけど。

別れ際のまた土曜日にねって言葉は、今度は寂しい気持ちも少なく、またすぐに会えるんだっていう楽しみな思いで言うことができた。

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