恋する私

「うーん、なかなか決まらないなぁ」


次の日の日曜日。あたしは一人、学校近くのストリートバスケットコートにいる。もちろん、まだマサハルくんがバスケ部だと勘違いしてるわけじゃない。ただ単に、何となく、バスケットがしたくて。昨日帰り道、学校に寄ってボールパクってきて。学校でやるのは部員でもないのに変だし。あっちゃん誘ったけど明日は風邪引きそうだからって白々しい嘘つかれるし。

ぽーんとボールを高く投げる。シュートの格好としては間違ってない。だって小学校でも今の中学でも体育の授業でやったし。スラムダンクもあっちゃんに借りて見たし。でもけっこう難しくて。軌道はよくてもガコンッ!と外れた瞬間の残念な音は、もう何回聞いたのか。

何でバスケットをしてるのかって。ほんとに何となく。マサハルくんにそう嘘ついてるっていうのもあるし、昨日立海のバスケ部を見たっていうのもあるし。


“りえは県内でもけっこう有名な選手じゃき”


もしもあたしがほんとにバスケ部だったら、彼女と同じ選手の立場だったら、この言葉はきっとグサリと胸に突き刺さってただろうね。そんなスポーツにおける闘争心があたしにあるかは別として。

あたしはバスケ部じゃない。なのに、どことなく沈んでしまう。マサハルくんに褒められること、一目置かれること、同じ土俵にすらいないくせに妬んでしまう。

あたしにとっては土曜日が一番いい日だけど。もしかしたら、マサハルくんと彼女が会うことがない日曜日が一番いい日なのかも。…ていうか、普通にあの子だけじゃなくて他にもっと仲良しな女子がいたりして。……いやいや、もうそれ考えたらダメだ、果てしなすぎる…!


「あれ?雪宮サン?」


これでもう最後にしようもう帰ろうとボールを持ち上げた瞬間、聞き覚えのある素っ頓狂な声が聞こえてきた。慌てて振り返ると。


「あ、おにぎり女じゃん」


それはあんたでしょ赤いおにぎり…!
そう、そこにいたのは声をあげた切原くんとマルイくん。そして…あ、ナイストゥミーチューと言いたくなるような男子とメガネの男子。ちなみにこの二人はお初です。あっちゃんがいなくてよかった。

そしてそして、マサハルくんもいる…!
彼らは5人で、部活帰りなんだろうか、みんなしてラケット型の鞄を持ってる。


「一人でなにしてんスか?こんなとこで!」

「お前バスケ部だったの?ちっせえのに?」

「ははっ、丸井先輩には言われたくねーって顔してるっスよ!」

「んだとこのおにぎり女!」


そんなこと言ってもないし思ってもないし相変わらずこの二人は勝手に話進めるしで…!あわあわしていると、マサハルくんが吹き出して笑った。ああ、癒される。


「そ、それよりみなさんはどうしてここにいらっしゃる?」


男子の集団相手にしゃべるなんて、けっこう緊張する。図らずも言葉遣いが丁寧になってしまう。繰り返すけど、ここにあっちゃんがいなくてよかった。


「俺らは部活帰りっスよ!」

「飯食ってこれからどっか遊ぶとこねーかなってブラブラしてたとこだぜ」


なるほどなるほど。できればマサハルくんと話したいところだけど、たいした知り合いでもないのにきっちり答えてくれるこの二人の社交性には感謝した。


「あ、俺いいこと思いついたっス!」

「ん?なに?」

「雪宮サンボール持ってるじゃないっスか、俺らもバスケやりません?」

「おー、それいいじゃん!」

「バスケっつっても人数微妙じゃねぇか?」

「あれだよジャッカル。スリーオンスリーってやつだ」

「…にしても足りなくねぇか?」

「え?足りるだろい。俺、お前、赤也、ヒロシ、仁王、あとおにぎり」


いい加減おにぎり呼びはやめてほしい…!あたしはおにぎり欲しがってなかったし、第一あんたくれなかったでしょ!

いや、でもそれはこの際どうでもいい。それよりも、今のあたしにはいわゆる修羅場とやらが訪れていると、すぐに理解した。

こんないかにも運動できます男子たちとバスケなんかやれるわけない。そもそもあたしはバスケなんて下手クソ中の下手クソだと、ついさっき確認したばかりだ。マサハルくんにバスケ部とか言ってるのに、嘘だとバレちゃう…!

女子だけど大丈夫か?的なことを、ジャッカルと呼ばれた男子は言ってくれた。いいぞもっと言え!…でもなぁ、なんか主張が弱そうな男子で…いい人そうだけど。マルイくんが、こいつなら大丈夫とかよくわかんない信頼寄せてくれちゃってるし…。


「とりあえず俺らが2ー2でやるっちゅうのはどうじゃ。誰か一人と、すずが見学」

「すずって?こいつ?」

「そう」

「あ、そういや雪宮サン、すずって名前でしたね!やっと思い出したっス!」

「じゃあそうすっか。グッパしようぜ」


ああ、やっぱりマサハルくんは優しい…!きっと心底嫌そうな顔したあたしに気を使ってくれたんだ。流れですずが誰だかわかるだろいとマルイくんにツッコミたかったり、やっと思い出したの切原くんとか、いろいろ思うところはあるけれど。

何にせよマサハルくんは優しくて、おまけにこれから彼のバスケを観れるわけだ。…いや、むしろここはあたしと見学者になったほうが、話せるしいいかなー?なんて…。

そしてチーム分けをして、観戦者であるうちらはコートの外へ。そのうちらとは、あたしと。


「自己紹介が遅れました。私は柳生比呂士と申します。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそどうぞよろしくお願いします…!」


あたしと観戦者ペアになったのは、マサハルくんでも切原くんでもマルイくんやジャッカルくんでもなかった。ヤギュウくん。

しばらく無言で観戦。マルイくんが何度か遠くからシュートを決めてる。あの中じゃ一番背低いし不利かと思ったけど。なんか知らないけどめちゃくちゃ器用というか、リングにぐるぐるぐるぐるめっちゃ回してからのインとか、ジャッカルくんの頭に当ててからのインとか、妙技何ちゃらって叫びながら繰り出す技がなんか、すごい。切原くんもちょこまかスピードが速いな。タックルも一番上手いし…。でもやっぱり一番カッコいいのはマサハルくんだよね。知らなかったけどサウスポーなんだね。余計にカッコいい。

そこでチラッと、あたしの真横にいる彼を見た。すると、即座に目が合った。


「皆さん、お上手ですね」

「そ、そうですね!」

「雪宮さんとおっしゃいましたか。あなたはお隣の藤堂女子に通ってらっしゃるんですね」

「は、はい!以後お見知りおきを…」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」


彼との今後があるかは不明だけど。でもすっごく丁寧な男子だ。正直、5人の中じゃ一番話しづらそうな空気を醸し出してた。あっちゃんに言わせれば、きっとどいつもこいつもってなるだろうけど。そしてその予感通り、終始敬語で話しづらいっちゃづらい。

ただ、物腰が柔らかくて、優しい雰囲気。こうやって気も使ってくれるし、いい人であることは間違いないだろう。


「ところで、仁王君とはどういったご関係で?」

「え、か、関係ですか…?」

「いえ、変な意味ではなく。どういった経緯でお知り合いになったのかと」

「ああ、そういう意味…」


そこであたしは話した。毎週土曜日に彼を見つけるようになって、あるとき鞄を網棚に乗せてもらったこと。そのあとマルイくんとともにちょこっと話したこと。次から電車で普通に話せるようになったこと。昨日試合を観に行ったこと。

口に出してからよくよく思い知る。このヤギュウくんに説明したこれまでのことは、あたしにとっては紛れもなく大切な一つ一つ。だけど、それだけだ。言葉にしちゃえばたったの1分足らずで言い終わってしまう、あたしとマサハルくんとの時間は。


「なるほど、そういうことでしたか」

「はい。なので、特に関係って言えるものもないというか…」

「いえいえ、十分、素敵なご縁だと思いますよ」


ヤギュウくんの言葉は、あたしへの細やかな慰めともとれるけど。でも、うれしかった。あたし自身が大切に思ってることだから。

そんなあたしの心情を読み取ったのか。ヤギュウくんは優しく笑った。


「仁王君、ここしばらく土曜日の練習に遅刻しているんですよ」

「え、そうなんですか!」


そういえばたまに間に合うって程度の話だったもんな。前にマルイくんは、寝坊してあの時間だったわけだし。

朝苦手なのかな、そういえばよく欠伸してるな、もし今後早く行くことになっちゃったらどうしよう会えない。…なんて、それはちょっと勝手か。いや、そしたらあたしが早起きすればいいんだ、そういうことだ。


「遅刻して、真田君…私たちの代の副部長に怒られて、不貞腐れてます」

「へぇ〜!マサハルくん、不貞腐れたりするんだ!」

「しょっちゅうですよ。それなら早起きすればいいものを。平日の朝練は遅刻しませんし、土曜日に限って遅刻だとわかっていながら早く来ない」

「ふぅん?」


あ、間抜けな声が出てしまった。敬語だしあたしも敬語だったけど、やっぱり物腰が柔らかいせいか、逆に話しやすいなってふと思って。おまけにマサハルくんの情報をジャンジャン発信してくれてるし、ありがたい。

そんな中、クスッと笑ったヤギュウくんに、ドキッとするようなことを言われた。


「きっとあなたに会うためでしょうね」


……へ?さっきよりも数倍、間抜けな声だった。切原くんが素っ頓狂な声だとか言えない。

あたしに、会うため?


「おーい、次どっち入る?」


いつの間にか試合は終わってて、やってた4人がこっちにやって来た。

ヤギュウくんと話してたせいで全然試合観てなかった。カッコいいマサハルくんを見逃した。勝敗すらわかんない。ヤギュウくんのせいだ。

ヤギュウくんのせいだ。この、ドキドキうるさい心臓どうするの…!


「すず次、やってみるか?」

「ぅえ!?」

「なんじゃその声」


やだ、マサハルくんに話しかけられたのに変な声出ちゃった…!そんなあたしをマサハルくんはおかしそうに笑ってくれて、ついでに切原くんやマルイくんも笑ってたけど。

だってヤギュウくんが変なこと言うんだもん。確かに、マサハルくんはほぼ遅刻だってわかっててあの時間に電車に乗ってる。そりゃもしかしたら、早起きが苦手だとか、引退もしたし遅れたって構わないと思ってるのかもしれない。副部長とやらに怒られて、不貞腐れてはいても、たいして気にしてないのかも。

ただ…。どんなに違う、自惚れるな騙されるなと自分に言い聞かせたとしても、このドキドキと高鳴る胸は、しばらく止みそうもない。


「まだ休憩するなら、俺も休憩にしようかのう」

「では、次は私が参加しましょう」

「おう、柳生頼んだ」

「フフフ、お任せください。柳君には及びませんが、皆さんのオフェンスパターンははっきり読めました」


次はゼッテーうちが勝つっス!と切原くんが叫び、とりあえずお前ラグビーじゃねぇんだからタックルはやめろとジャッカルくんが窘め、ちょっと栄養補給とマルイくんはポケットから出したチョコを食べ、ドキドキ高鳴るあたしの心臓も含めてこの場はいろいろ騒がしいはず。

なのに、マサハルくんが楽しそうに笑ってる顔を見ると、時間が止まったかのようにあたしの世界は静かになる。もうそれしか目にも頭にも入らない。

そしてそのマサハルくんがあたしに目を向けてくれて、フッと笑ってくれて。好きだわーって、思う。


「あれ、テニス部。何してるの?」


そのとき、女子の声が聞こえてきた。

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