会いにきた彼

帰ろうと足を進める直前、もう一度テニスコートに目を向けた。でもやっぱりマサハルくんはいない。今日はもう仕方ないと落胆しつつ、足を動かすと。


「雪宮」


今日はよく後ろから呼び止められる日だ。振り向くと、背が高くてきっちりジャージを上まで閉めた男子が立っていた。何だか見たことあるような……。


「…もしかして柳くん?」

「そうだ。久方ぶりだな」

「柳くん!久しぶりー!髪切ったんだ!」


やっぱりあっちゃんはこのニューキャラに勘弁してよって表情だけど。安心して、あたしもこれ以上柳くんとは特に話す内容が捻り出せない。確かに久しぶりだけど、もともと親しくはなかったし、むしろよく彼はあたしのことを覚えていたなってぐらいで。


「赤也に聞いたが、俺に何か用なのか?」

「え?」

「赤也に聞いたが、俺に何か用なのか?」


いやだこの人、ちゃんと聞こえたけどどう答えていいかわかんなくてとりあえず“え”を挟んだだけなのに、律儀にリピートするなんて…!

赤也って、確か切原くんのことだったよね。切原くん、柳くんに余計なこと言ったんじゃ…。


「えーっと…、それは切原くんの早とちりというか、柳くんではなくてね」

「やはり訪問相手は俺ではないようだな」

「そう!あたしはマサハルくんを見に…」

「参謀、それは俺の客じゃき」


そのとき、柳くんの後ろから聞こえた声、そして現れた姿。銀色の髪は、こういうときによりキラキラ感を出すためのエフェクトなのかもしれない。実際、輝いてるもん。あっちゃんからは、ヒイ!っていう怯えた声が聞こえてきた。まぁ確かに、今までの登場人物の中では一番、インパクトのある風貌だ。おまけにカッコいいもんね。


「なるほど、仁王に会いに来ていたのか」

「ああ。赤也はなんかごちゃごちゃ言っとったけど、バスケ部の友達から連絡きたんじゃ。俺のこと探してたって」


バスケ部の友達…きっとあの女子だ。怖そうなんて思ってごめんなさい!知らないところでそんな親切に…!

でも、そんなすぐに連絡を取り合う仲ってこと。それは間違いないんだ。


「では、俺はこの辺で失礼する」

「…あ!わざわざ来てくれたのにごめんね!柳くん!」

「ああ、気にするな。俺もお前との会話内容が思いつかず困惑していたんだ」

「だよねー!うちら話すことないもんね!」

「まったく、お互い少々気まずかったな。それでは」


そう柳くんは、きっと嫌味ではない笑みを浮かべて去って行った。側から見ればおかしな会話かもしれないけど、お互いぶっちゃけそうだったわけで。

チラッとマサハルくんを見ると、プッて吹き出して笑った。その顔はもう最高以外の何物でもない。今日のこれまでの苦労はどうでもよくなった。


「わざわざ来てくれたんか?」

「うん!テニスの試合、観てみたいなーって」


そう言うと、おーそうかって、マサハルくんはまた笑ってくれた。突然来て引かれたりもせず、多少なりとも喜んでくれてるのかも。あたしもうれしい。ほんとはバドミントンの試合のつもりだったけど、それは内緒にしておこう。

そう浮かれていると、マサハルくんは一瞬、目を丸くした。


「あれ、友達…」

「あ!ごめん、紹介するね!友達のあっ……あっちゃん!?」


マサハルくんにあたしの大親友、そして今日苦労をともにしてくれたあっちゃんを紹介しようとすると、あっちゃんはいつの間にかこの場から離れていた。そして遠くから手をぶんぶん振ってる。マサハルくんが目を丸くしたのは、あっちゃんが忍び足で去って行ったからか。

きっと気を使ってくれたんだ…!あっちゃんのことだからそろそろ面倒臭さ限界で帰りたいからって可能性もあるけど、きっと気を使ってくれたんだ!


「なんか友達もおもしろそうなやつじゃのう」

「え!?」

「えっ」


あたしの食いつきに、マサハルくんは少々びっくりしてた。だってあまりに楽しそうな表情をするから、カッコいいけどあっちゃんに惚れてもらっちゃ困る!そう瞬時に思った。

でもすぐに納得した。あっちゃんがおもしろい云々じゃなくて。マサハルくんはずっと共学なわけで、なかなか異性と話す機会のないあたしとは、立場が違う。例えばこんな風に、女子のことも気軽に評したり、あたしとも普通にしゃべったり、おまけにバスケ部にも連絡を密に取り合う女友達がいるわけで。

どんな学校生活を送ってるんだろう。小学生の頃は、あたしのクラスも半分は男子だったけど。ちょっと成長した今、中学生では、男女一緒ってどんな感じなんだろう。

少し黙ってしまったあたしの顔を、マサハルくんが覗き込んだ。きゃあカッコいい!


「どうした?」

「いやいや!…あ、マサハルくん試合は?まだなの?」

「ああ、さっき一回やったけど、このあとまだあるんじゃ」

「そうなんだ〜!頑張ってね!」

「おう。そういやお前さんは今日、部活はないんか?」

「え、ないっていうか…」


入ってないっていうか。部活?…え部活?そう頭の中に疑問符がついた瞬間、ピンときた。そうだった…あたし、マサハルくんにバスケ部だとか嘘ぶっこいてたんだった。


「さっきりえに会ったんじゃろ?あいつ、俺と同じクラスなんじゃ」

「りえ?」

「うちのバスケ部元主将で、背番号4番の。知らん?」


あの女子のことだ。あの子、主将だったんだ。どうりで何となく戦いの女神的な目つきをしていた…!しかもマサハルくんと同じクラスとか、ちょーうらやましい!


「えーっと、ちょっと存じないかな〜」

「そうか。近くじゃし練習試合もよくあるんかと思っとったぜよ」

「あ、あははは〜…」


これはまずい。非常にまずい。もしかしたら普通に練習試合とかしてるかもしれないけど、知ってる、なんて迂闊に言えない。いくらうっかり者のあたしでも。


「りえは県内でもけっこう有名な選手じゃき、どっかで会ったらよろしくな」

「あ、うん!こちらこそ〜…」


さっきから気づいてた。あの女子のこと、普通に名前で呼んでる。そりゃあたしもあのとき、名前で呼んでもらえたけど。でもそれはあたしが名字を名乗らなかっただけで。そのりえちゃんとは、明らかに差がある。

おまけに今の話。マサハルくんから彼女への、信頼、尊敬、慈愛、いろんな気持ちの可能性を感じた。


「あの子って…マサハルくんの彼女?」


ここで、ウンソウダヨなんて言われても嫌だけど。やっぱり、聞いておくべき事柄だし。


「いや、普通に友達じゃ」

「ほんと?」

「ああ。ちゅうか、彼女はおらんって言ったじゃろ?」


そうだけど。マサハルくんが嘘つきだなんて思いたくないけど。こういうことに関しては、嘘はつかれてもしょうがないというか…。

イコール、マサハルくんを信じてないわけじゃない。ただ単に聞いて、ノーと言われて、ほっとしたいだけなんだ。乙女心的に。


「お前さんは彼氏おらんじゃろ」

「ハイ、よくご存知で…」


あたしがどんよりしたのがわかったのか、マサハルくんはまるで励ましてくれるかのように、ははっと笑った。でもどんよりしてるのはその質問っていうよりも、さっきの話、例のりえちゃんのことで、何だか落ち込んできちゃって…。

ていうか、あたしってそんな男っ気ないかなぁ?まぁ女子校ではあるけど、彼氏いないのがバレバレな干物女に見えるのかな?それはそれでショック。

さらにどんよりした雰囲気が伝わってしまったのか、マサハルくんは今度は心配そうな顔になった。


「ん、なんか失礼になっちまったかのう」

「いやいや!あたしはほんと、見るからに彼氏いなそうだし…!」

「ああ、そう思ったわけじゃなくてな」

「え?」

「ただの希望」


ふわっと笑ったその表情は、いつも電車で見つけるときよりも、鞄を持ち上げてくれたときよりも、ここ最近普通に話したときよりも、ずっとずっとあたしをドキドキさせた。

あたしの中には、まだ数えられるほどしかマサハルくんはいない。きっとさっきのりえちゃんは、彼の言う通りただの友達だとしても、あたしの知らないマサハルくんを少なくとも半年、ひょっとしたら3年近く見てきてるのかもしれない。敵うか敵わないか、そんなことを考えるつもりはない。

ただただ好きだなぁって、思った。あたしはマサハルくんに恋してる。


「そろそろ戻るとするかのう」

「あ、うん!ごめんね、わざわざ!ちょっと試合だけ観させてもらって、あとはあっちゃんと適当に帰るから!」

「おう、こちらこそわざわざありがとな」

「うん!頑張ってね!」

「任せんしゃい。じゃあ」


また土曜日!その言葉は重なった。あたしはもちろん、マサハルくんも土曜日を待っててくれてるんじゃないかって。ただの妄想?ただの希望?何でもいいや。もう胸がいっぱいで。ほっぺたの緩みが止まらない。

マサハルくんを見送ったあと、あっちゃんのところへ行き、思った通りのマサハルくんの印象を聞き(何アレ不良!?だって)、試合も影から見守らせてもらった。

モヤモヤした不安もあれば、恋してる、なんていう充実感もあったり。総合すると、やっぱりカッコいい!また来る土曜日が楽しみだった。

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