勘違いな私

平日ならきっと断念してたとは思うけど、言っても土曜日だし、生徒も少ないし、たぶん大丈夫…ということで。


「…なんか生徒多くない?うちら目立ってない?」

「大丈夫だよ、あっちゃん。今日はバドミントン部が練習試合なんだから、他校の制服でも全然浮いてないって」


まだ渋い顔のあっちゃんの手をぐいぐい引き、やってきたのはお隣、立海大附属中学。例の彼、マサハルくんが午後から練習試合ということで、あたしも午前中の授業が終わり次第、ここに駆けつけたというわけ。


「にしても広いし、伝統あるガッコーって感じ」

「でしょ?マサハルくんにぴったりだよね」

「あたしそのマサハルくんって見たことないんだけど」

「もうすぐ見れるって!…あ、ほら、体育館あったよ!」


あたしの思惑はかなり外れ、意外にも休みであるはずの土曜なのに、校庭にはたくさんの立海生たちがいた。まぁでも全体的に部活に力を入れてるし、野球部とかサッカー部とか、他の部活も今日は練習試合があるのかもしれない。

そして他校の生徒がいればやっぱり気になるものなのか、うちらはそこそこの視線を受けながら、無事体育館入り口に到着した。


「おお、体育館もめっちゃ大きい」

「こんなんで驚いてたらダメだよあっちゃん。さっきネットで見取り図見たけど、立海には体育館が2つあるんだから」

「2つ!?何に使うの!?」

「ふふ、マサハルくんっぽいよね」

「いやよくわかんないけどそれは。金持ち学校ってわけね」


バドミントン部がどっちでやってるのか、外からじゃわからなかったので、あたしとあっちゃんは、こそこそと中に入っていくことにした。

2つもあるのに、とりあえずこっちの体育館は、まるで市民体育館かのように立派。入るとまずはロビーらしき広間で、トイレや更衣室のような場所も目に入った。

それらを通り抜け、いざ、体育館を覗く…!


「どう?いる?」

「いや、ハズレだ」


ぱっと見てわかる、バスケ部が男女ともに練習をしている風景だった。


「もう一個の体育館のほうかも」

「じゃあそっち行ってみよ…」

「何か用ですか?」


突然背後からかけられた声に、あたしもあっちゃんも、ビクーッとなった気がする。実際なった。

振り返るとそこにいたのは、Tシャツにショートパンツの…ようするに運動着姿の、女子だった。
明らかに立海生であり、おそらく今ここで練習しているバスケ部員だろう。うちらより背も高くて、心なしか気の強そうな人。


「…えっと、用というか、様子を見に…」

「見学者なら、あそこで名前書く決まりになってるんですけど」


そう言って彼女は、入り口のロビーにあるテーブルを指差した。なるほど、設備万全のお金持ち学校だ。不審者対策のために、そういったルールを設けているのも頷けるわけで…。

つまり、うちらは今完全に不審者なわけだ。この女子がほんとに気が強いかどうかはおいといて、警戒心剥き出しな態度を取るのは当たり前かもしれない。


「す、すみません、知らなくて」

「バスケ部の見学ですか?」

「いや、バドミントン部の…」

「バドミントン部は今日休みですけど」


ダメだ余計に警戒心を強めてしまったと思った。眉間にシワを寄せた彼女に、どんどん詰め寄られてるような気がする…!あっちゃんはもう我関せずといった表情で、さっさと帰ろうよという心の声が聞こえる気がした。

…待てよ。バドミントン部は今日休み?


「あのー」

「?」

「じゃあ、マサハルくん…ニオウマサハルくんは、どちらに?」


もうこうなったら聞くしかないと思った。彼女がマサハルくんを知ってるかどうかはわからないけど、あれだけ目立つ髪だし、名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかって思って。

ここで今日一番、というかこれまでで一番、彼女は不愉快そうな顔をした。


「…仁王に呼ばれたの?」


おーよかった知り合いっぽい!それならこの女子に彼の居場所聞けばいいじゃん!…なんていう気持ちには、いくら少々ポジティブ気味のあたしでもならなかった。何だかとても怖い雰囲気!


「よ、呼ばれたというか…」

「誘われたんです、応援にきてって」


ずっと黙ってて、今にも知らん顔して逃げ出しそうだったあっちゃんが、にっこり微笑んで言い切った。…すごい度胸!すごい嘘つき!


「…そうですか」


それを聞いて彼女は、もう話すことが面倒になったのか、何も言わずうちらの横を通り抜けた。

よし、今なら逃げれる。とりあえず一安心と、二人で胸を撫で下ろした。
ていうかバドミントン部が休みってどういうこと?もしかしてマサハルくんはバドミントン部じゃなかったの!?じゃあ何部……。


「仁王なら、テニスコートにいると思いますよ。サボってなければ」


ここから出て行こうとあっちゃんと足を進めた瞬間、後ろから、さっきの彼女が教えてくれた。驚いて振り向くと、彼女は目が合ってすぐに踵を返してしまった。

さっきは怖くて気づかなかったけど、思い起こせばかわいらしい顔だった。立海は男女ともにレベルが高いのかな。というか、やっぱり類は友を呼ぶ的な。

マサハルくんとどういう仲なんだろう。知り合いということは間違いないし、むしろあの口振りだとすごく仲の良い友達か…。
ひょっとして、彼女?いないって言ってたけど、よくよく考えたら親しくもない同じ電車に乗ってるってだけのあたしに、プライベートなことを詳しく教えてくれるはずないんじゃ…。


「おー、体育館も体育館だけど、こっちもすごいねー」


あっちゃんがそう感嘆するのも無理はない。さっきの体育館も、中学校にしては十分すぎるほどだったけど、このテニスコートも、ただの中学校とは思えない広さ。そして人の多さ。部員だけでなく、コートの周りには観戦者もたくさんいる。


「結局、バドミントン部っていうのはすずの早とちりだったわけ?」

「うっ…」

「まぁいつものことだからいいけど。それよりその、マサハルくんはいる?」


あの派手な髪だし、すぐ見つかると思った。でもコートをザッと見渡すも、彼はいない。

サボってなければ、さっきの女子はそう言ってた。じゃあもしかしてサボってるのかなーと思いつつ。

それを見抜くさっきの女子は、当然あたしよりずっとマサハルくんのことを知ってるわけで。そしてこの立派なテニスコートや人の多さから、きっと立海では、バドミントン部よりもバスケ部よりも断然、テニス部が花形なんだろうなってわかる。

あたしの好きな人は、そんな気軽に恋していい相手じゃないのかも。


「はぁー…」

「なに急に落ち込んでんのよ」

「落ち込むよー。なにこの黄色い歓声ーマサハルくんどこー?」

「人気があるってわけだね、そのマサハルくんとやらがいるテニス部は」


たくさんいる観戦者も、女子が多い気がする。でも納得といえば納得かな。ぱっと見るだけでもイケメンがひいふうみい……いやだ、ずいぶん強面の生徒もいるよ。先生みたい。


「あれ?雪宮サン?」


観戦者からは少し離れた、コートを見下ろせる石段に座っていると、後ろからあたしの名前を呼ばれた。

振り返ると、テニス部のユニフォームらしきものを着た、黒い癖っ毛の男子が立っていた。…あれ、この子どこかで。


「やーっぱり!雪宮サンじゃないっスか!」

「…あ!切原くん!?」

「そうっス!久しぶりっスね!」


切原くん。切原…下の名前忘れちゃった。あたしと同じ神奈川第二小で、一個下の子だった。学年は違うけど集団下校で一緒だったり、運動会係りで一時期仲良かった後輩なんだ。


「てかその制服、隣の藤堂女子じゃないっスか!お嬢様学校!案外近かったんスね〜」

「そうそう!切原くんこそ立海だったとは〜!懐かしい!」

「懐かしいっスねぇ!運動会で写真係りだった雪宮サンがSDカード入れるの忘れてて撮った写真全部パーになったの、今でも覚えてるっスよ!」

「イヤハヤお恥ずかしい!あたしも、切原くんが運動会係りのミーティングどころか予行も本番も全部遅刻して結局運動会当日に運動会係りクビになったの、覚えてるよ!」

「「いや〜懐かしい!」」

「…とりあえず仲良しだったわけね」


あたしと切原くんが手を取り合い再会を喜んでいると、あっちゃんの呆れた声が聞こえてきた。あたしのうっかりなところは昔から変わってないのだ。そして切原くんもわりと同類。


「ところで、こんなところで何してるんスか?」

「あ、今日はね、テニス部の試合を観に来…」

「知り合いでもいるんスか?」

「知り合いっていうかいつも電車でいっ…」

「もしかして柳先輩!?」


あたしですら切原くんの勢いに押され気味だというのに、あっちゃんはもう疲労困憊かもしれない。ちらりと顔を見ると、ヤナギ?もうニューキャラは勘弁してよ、という表情だ。

それはおいといて。切原くんの言う柳先輩とは、あたしと同い年の柳くんのことだろう。途中から二小に転校してきた男子で、あまり話したことはなかったけど、彼も立海だったっけ。


「なんだったら俺呼んで来ましょうか?」

「いやいや!柳くんじゃなくて…」


柳くんを呼ばれたところで、やぁ久しぶり、ぐらいしか会話が思いつかない。何となく物静かな賢そうな男子だったし、うっかり八兵衛のあたしとなんか話が弾むとは思えない。


「おーい赤也、何してんの…って」


切原くんになんて答えようか迷っていると、またあたしの知り合い、というか、知ってるイケメンが現れた。マサハルくんの友達、赤いおにぎりの彼だ…!

彼もテニス部のユニフォームらしきものを着てるし、やっぱりマサハルくんはバドミントン部ではなくテニス部!そう確信しほっとしたあたしとは対象的に、あっちゃんはもうげっそり顔だった。うちらは女子校ゆえに、こんな矢継ぎ早に男子が現れたらビビる。おまけに髪赤いし。


「あ、お前こないだのやつじゃん。おにぎり食いたがってた」

「いやいや、あれは誤解で…!」

「丸井先輩、雪宮サンと知り合いなんスか?」

「知り合いっつーか、おにぎりを譲り合った仲だ。な?」

「いやいや、それも誤か……それは誤解じゃないか」


何となく違うような気もしたけど、まぁ彼の頭の中ではそれがもう記憶として出来上がってそうなので、放っといた。

でも、あっちゃんには悪いけどあたしとしては、これはいい事態だ。マサハルくんとこの赤いおにぎり…マルイ先輩って呼ばれてたからマルイくんは、紛れもなく友達だ。彼にマサハルくんの行方を聞けばいいわけで。チャンス到来とばかりに、意を決して口を開いた。


「ところで切原くんにマルイくん、ちょっと聞きたいことがあるんだけ…」

「てかなに、仁王に会いに来たの?」

「え?柳先輩じゃなかったんスか?」

「なんで柳なんだよ?仁王の知り合いだろい?」

「俺と雪宮サンと柳先輩、同じ二小なんスよ!」

「へぇ、二小か。てか雪宮って?こいつ?」

「そうっス!雪宮…へへっ、下の名前忘れちゃいました!」

「あ、俺は丸井ブン太な、シクヨロ」

「改めて、俺は切原赤也っス!お友達サンもどーぞよろしく!」

「てか赤也、早く部室戻らねーと、幸村君キレてたぜ」

「うげ!忘れてた!ちょっとトイレのつもりが雪宮サン見つけちまったから…!」

「んなことだろうと思ったわ。さっさと戻って、次の対戦表作ろうぜ。ついでにお菓子タイムだ」

「ういっス!」


そんじゃまた今度〜……二人はそう言い残し、嵐のように去って行った。

チラッとあっちゃんを見ると……わかる、言いたいことわかるよ、あたしですら疲れたよ…!いくらイケメンでも今の二人、しゃべりすぎじゃない!?全然こっちが話す間もないし!


「…で、結局、マサハルくんとやらは?」


収穫なし。ぱっと見た感じコートにはいないし、きっとさっきの二人と一緒で部室にいるのかも。一応引退したって言ってたし、今は裏方かなんかに回ってるのかな。

せっかく来たけどきっと今日は会えない。落胆しつつ、あっちゃんに軽く文句を言われつつ、帰ることにした。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -