「いや。大会頑張ってって、言いに来たんじゃ」
「…わざわざ?でもありがとう、頑張るよ!」
オーバーラップしてきました
4月。今日から新学年。クラス替えはまぁまぁ楽しみではある。あの小煩い担任とは離れたいし、あとは前回や前々回のクラスメイトで、もう一緒になりたくないやつとかもおる。テニス部にも先生並みにうるさくてなるべく一緒になりたくないやつもおるが…。
「おい、仁王」
「ん?」
「俺ら一緒だ、クラス」
新学年初日だろうがテニス部には朝練がある。終わってぞろぞろと校舎に向かうと、新学年のクラスが掲示されとった。先に向かってたブン太とジャッカルが、俺の名前を見つけてくれてた。
「他は一緒のやつおる?」
「えーっと、テニス部はー…俺とお前がB組だろ、で、A組はヒロシと真田……うわー、真田と体育一緒かよ」
うわーマジか。と、うっかり出そうじゃったがなんとか抑えた。が、残念ながらブン太は近くの真田に凄まれてた。
「…あ」
自分のクラスもわかったし、別にあとはどうでもよかったんじゃが。ふと目に入った。というか、ちょっと探した。
…工藤さん。同じクラスか。
「どうしたんです?仁王君」
「え」
「何やら口元が緩んでますが。また良からぬ事でも…」
そんなんじゃない、そう否定はしたものの、自分でも若干緩んでるのは気づいた。工藤さんと同じクラスっていうのはそれなりに楽しみだと思った。なんやかんや縁があって、お互いの深いことも知っとる仲じゃし。うるさい女子と違ってだいぶラク。
ただ……。
「悪かったって!それよかクラス離れてよかった〜って言ってたぜ、ジャッカルが」
「言ってねーよ!…言ってねーからな真田!」
こいつがなぁ。一緒っちゅうのがなぁ。同じクラスになりたいかなりたくないかで言うなら、確実に後者ではなかった、数分前までは。だから同じB組って聞いて、まぁまぁよさそうなクラスだと思った。
ただ、工藤さんも一緒ってこと。というより、工藤さんがブン太と一緒ってこと。それが引っかかった。
「仁王君、よろしくー」
一学期はだいたい出席番号順なんじゃけど。そんなのは不公平だとかいう意見があって、改めてくじで席替えをすることになった。
隣になったのは工藤さん。俺は新学年そうそう運がいいらしい。別になんの不正もしとらんよ、たまたまじゃたまたま。
ただ………。
「よー工藤、シクヨロ」
「シクヨロー。ブン太と隣の席は初めてだ」
「そういやそーだな。宿題とか見せてな」
「お菓子と交換ならね」
「えー!まぁいっか、お前なら」
だから、そーいう言い方はやめろって、俺は口から出そうじゃった。何、お前ならって。そーいうお前は特別的な言い方はダメじゃろ。付き合えもせんくせに。せっかく工藤さんが吹っ切ろうとしとるのに。
「…なんだよ仁王、しかめっ面して」
ブン太の言葉に、工藤さんが振り返った。俺も工藤さんと隣じゃけど、ブン太も工藤さんと隣。ようするに俺とブン太に挟まれちょる。
「…別に」
「?」
ブン太の言動もそうじゃけど。さっきから工藤さんはずーっと左向きっぱなし。ブン太のほう。それもあって、なんかつまらんかった。一番廊下側じゃき、話すやつがおらんってのもあるが。
おまけにこっち振り返った工藤さんは、めちゃくちゃ笑顔だったってのが一番気に食わん。俺に対して、ではなくて、その直前ブン太に向けてた笑顔。
運がいいと思ったり、こんな風にイライラも感じたり。なんかよくわからん新学年のスタートだった。
それは今日だけかと思ったら、意外にも続いた。ちゅうか、ますます強くなった。
「へー、ブン太、ディズニーランド行ってきたんだ!」
「ああ、日曜だからめちゃくちゃ混んでたけどな。あ、これ、お前にお土産な」
「わーチョコクランチ!ありがとう!」
「それ好きだったろぃ?見た瞬間、あーこれは工藤に買わなきゃって思ったぜ」
だーかーらー、なんでそーいうこと言うんじゃ。繰り返すが、お前は工藤さんと付き合う気はないんじゃろ、恋愛対象じゃないんじゃろ。おまけに工藤さんが自分のこと好きってわかっとるじゃろ。なのになんじゃその発言の数々。言っとくが俺は普段は非常識じゃが、今回ばかりは俺は間違ってないぜよ。工藤さんは去年、一年かけてブン太のこと諦めるって決心したんじゃ。その足を引っ張るな。あーイラつく。相変わらず工藤さんが逆向きなのもイラつく。
これはなんちゅうか、親心的なものだと思った。工藤さんの心情を理解してるつもりの俺は、勝手とは思うが工藤さんの成長の邪魔をさせたくないと。
そこでブン太にガツンと言ってやることにした。昼休み、屋上でランチを誘って。
「珍しいじゃん、仁王が昼飯誘うなんて」
「まぁ、ちょっと」
「なんだよ?…とりあえず先食うか」
ガツンと言ってやると決意して誘ったものの、迷った。その理由その1、ブン太も工藤さんのことを本気で好きになってきたかもしれないってこと、その2、そもそも工藤さんはバレンタインがピークでもうブン太はどうでもよくなってるかもしれないってこと。
その2はないな、と思った。自分で考え出しておきながら、工藤さんは相変わらずブン太のことばかり見とるし、しゃべってるときのうれしそうな顔ったらもう。だから2はない。
じゃあ1。これかもしれん。
「あのよ、ブン太」
「んー?」
「あの件はどーなっ……」
「悪い、仁王、ちょっと電話!」
俺が意を決して話し始めると、ブン太の携帯に着信があって、外に出て行った。外っちゅうか中か、校舎の。いつもなら飯菓子優先のブン太が慌てて出て行った。
気になった俺は、扉に耳をくっつけた。あれ、去年も同じような体勢でこんなことしとったな。
「おう、こちらこそ昨日はありがとな!すげー楽しかった!」
昨日……?あー、そういや昨日ブン太はディズニーランドに行ったって言っとったな。ブン太んちはちっこい弟も2匹おるし、家族旅行したって話もよく聞くからてっきりその線かと思っとったが。……まさか。
「今?今は屋上で仁王と飯食ってる。…あーいやいや、全然邪魔じゃねぇって。…うん、俺もお前の声聞きたいって、ちょっと思ってたし」
「……」
「ちょっと…じゃねーかも。ま、まぁまたそれは今度な!」
キザっぽいと言われとる俺ですら言ったことない。そんな歯の浮くような台詞に自分が一番恥ずかしかったのか、ブン太は早々に電話を切った。まずい、盗み聞きしてたのがバレる。
「…おい仁王」
「どうも」
「聞いてたわけ?」
「何が?」
何がじゃねーよって、前にもあったな、こんなやり取り。
ブン太は元いた場所に戻ると、また弁当を食い始めた。
「言ってなかったけど」
「ああ」
「今、いい感じのやつがいて。後輩なんだけど」
後輩…。そういえば、ちょっと前からよくブン太に餌付けしとる後輩がいた。名前は知らんけど、あんなかわいい子なら俺ですらお菓子受け取るかもって思った。
ブン太と同じく、俺も弁当の続きを食い始めたが。喉を通らない。
「まぁでも、夏の大会終わるまでは付き合うのとかなしにして、テニスに集中しようとは思ってる」
「そうじゃな。真田にバレたら一大事ぜよ」
「だよな。テニスが疎かになったら幸村君にも、他のやつらにも申し訳ねーし」
「しょうがない、黙っといてやるかの」
「頼むぜ。…てか、お前の話は?なんか話あったんじゃないの?」
「あー…忘れた」
「なんだそれ」
工藤さんのことは?そんなことは当然、聞けんかった。だって、ブン太にとってはたぶんもう、去年のあの時点で終わっとったことだから。当たり前の話なのに、気づけなかったのは俺の落ち度。
あのバレンタインのとき、工藤さんに言われた。半年も前に別れた相手の名前が一番に出てくるなら云々。俺はさっぱりした性格だと思っとったが、そうでもなかったらしい。こんなふうな考えなんて、ねちっこいってこと。
いまだにたぶんブン太を引きずっとる工藤さんも。もしかして相性ピッタリ?
「工藤」
授業も終わって放課後。テニス部も陸上部も部活中。テニスコートからさほど遠くないところに、陸上部の練習場所がある。
うっかり、工藤って呼び捨てじゃった。まぁいいか。
「…あれ、仁王君?」
「ちょっと」
「え、部活は?」
「休憩中」
と言うのは嘘で、ほんとは陸上部が休憩時間に入ったのが見えたから、こっそり抜け出してきた。
時季的にちょっと暑くなってきて、工藤さんはスポーツドリンクをゴクゴク飲んどった。そこをキャッチ。 陸上部は次の大会が最後。たぶん勝ち抜けないからお先に引退だなーって、こないだ言うとった。
俺らテニス部の大会は8月。
今年も体育祭は11月。
さっきの話、もしこのままいけば、おそらくブン太が付き合い始めるのは……。
「どうしたの?なんか元気なくない?」
「いや。大会頑張ってって、言いに来たんじゃ」
「…わざわざ?でもありがとう、頑張るよ!」
ブン太に彼女できそうって、ほんとは言うべきだったんかな。でももしかしたら、もう工藤さんは吹っ切ってきてるところかもしれんし、余計なことはできん。俺にはどうしようもない。
「仁王も頑張ってね!」
「ん、ああ、まだ先じゃけど」
「えへへへ」
工藤さんは急になんだか笑い出した。その瞬間、なんでなのか、胸が痛くなった。それはたぶんいいことでも悪いことでもある。
工藤さんの笑った顔にドキドキした。カッコ悪いが、ときめいた。
それと、かわいそうって。そんなふうに無邪気に笑ってるが、お前さんの知らんところでいろいろ進んどるよって。それを知ってしまったら、苦しむんじゃないかって。かわいそうにって。
俺もきっと苦しくなる。
「さっき工藤って呼ばれたから、あたしも仁王にしよーって」
「ああ。それはもちろんいいぜよ」
「仁王君とはいろいろ語り合った仲だしね、それぐらいがちょうどいいかなって」
「深くまで知っとる仲じゃしな、いろんな意味で」
「…なんかやらしー。でも仁王君なら、たしかにそうかも」
俺らテニス部の大会は8月。
工藤さんは足が速いから、きっと間に合う。あと負けず嫌いじゃし。
これは親心なんかじゃない、そう気づいた。
工藤さんもきっとそうなんじゃろうな。君ならっていう特別っぽい扱い、たとえ相手にそのつもりはないとわかってても、むちゃくちゃうれしい。
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