「奈々の、そーいうところがいい」

「…え?」

「俺の超ど真ん中」


クリアします


たとえば、好きな芸能人の仕草だったり趣味だったり持ち物だったり、そういうのを真似したくなるというのは、人間の性というものだと思う。
同時に、芸能人ほどの高嶺ではないけど好きな人、つまりは同じクラスの男子だったり同じ部活のかっこいい先輩などなど、それらの人たちのものやことを真似するのも、乙女の性だと思うの。


「そろそろ捨てれば、それ」


仁王にそう指摘され、ドキッとしたのは事実。でも別にこれは彼を真似したわけではない。彼を好きだった当時、たしかに同じ物を手に入れたことで、うれしい気持ちや好みが一緒なんだと喜ぶ気持ちが半分、同じ物を喜んで持つことで、彼や周りに気持ちがバレてしまわないかと心配にもなった。実際バレて、同じクラスの男子に指摘されたこともあった。


「…や、これは一応、修学旅行の思い出というか」


あたしは自分の手元にあるペンケースについたジンベエザメのマスコットを弄った。

彼がこれを買ったのはたぶん気まぐれで。あたしと彼は同じお土産屋さんにいた。そのときはまだ水族館に行く前だったけど、やっぱり沖縄の目玉と言えば、みたいな感じで、まだ見たことのなかった巨大生物に思いを馳せてた。水族館に行けば山ほどあるはずだけど、あたしはこれに妙に惹かれた。
そしてあたしがこれ買っちゃおっかなーと、そう話した横で、『おー、いいなぁそれ。俺も買おっかな』と、彼が言ったんだ。

お揃いだねと言うと、沖縄の海に負けじときれいに澄んだ笑顔を見せてくれた。


「…気に食わないって、顔だね」

「当たり前じゃろ」


仁王に、これがつまりはブン太とお揃いだということは言ってなかったんだけど。どうやらバレバレだったみたい。このペンケースを出した時点でいやーな顔をしてたので、まさかと思ったけど。


「それより、早いとこ予定範囲終わらせちゃおうよ」

「……」

「そのあと、外ブラブラ散歩。ね?」


少しはマシそうな顔になった。仁王のペースで付き合い始めたものの、なんやかんや主導権を握っているのはあたしだと、ホッとした。

今日は日曜日。ただの日曜日じゃない。テスト前の日曜日。部活もないし、一緒に勉強しようってなって、仁王んちで勉強してる。

…仁王んちに来るなんて危険な気もしたけど。たぶんちょっと前のあたしなら、きっと断ってた。

ただ、向き合っていくと決めたし。仁王も、嫌われることはしない…つまり無理して何かやらしいことはしないはずと、勝手に信じた。


「…なんか、静かだね」

「勉強しとるからのう。しゃべるか?」

「や、そーじゃなくて」


この仁王家全体。お邪魔したときにご両親と挨拶はした。いや、来月には別れてるかもなんて思ったりしたけど、仁王が来てくれってうるさいし、それならご挨拶はしないとと思って。

そして仁王の部屋で勉強し始めてちょっと経った。それまでは何か物音やテレビの音が聞こえた気がしたけど、今は全然。


「ああ、どっか出かけたんじゃろ」

「二人で?」

「そう。しょっちゅうどっか飯行っとる。高いとこ」

「へぇ!仲良しなんだね、ご両親」

「まぁまぁ。でも子どもにはわからんからって、毎度自分らだけってのもどうよ」

「それはちょっと……って、そんな高級なところに行ってるの?すごいなぁ」


結婚して家族になって、さらに子どもができたら、それはそれでいいことだけど、たまには恋人気分で…なんて思う夫婦も多いと聞く。あたしも自分がその立場になったら、きっとそう思うだろう。だから仁王のご両親はほんと素敵だなって思った。容姿も、さすが仁王の遺伝元って感心するぐらいだったし。

と、そんな感心するほどの容姿を持つ彼、仁王が、そのきれいなお顔をあたしに寄せてきた。向かい合ってたはずが、いつの間にか隣に。


「…な、なに」

「二人きりじゃしチャンスと思って」

「チャ、チャンスって…!」

「ダメなら、しない」


しないって、何を?聞いていいのか悪いのか。彼はどこまで本気なのか。腕を腰に回しておでこを肩に乗せてきた、つまりそれ以上のことであることはたしかなんだけど。
こないだ感じた落ち着くような匂いと心地良いあったかさ。頭がぼーっとする。仁王の色香に惑わされてるみたい。

それと、さっき見つけた。あたしがこの修学旅行で買ったものをいまだ大事にしてるように、仁王の部屋にも修学旅行のときのものが一つ飾ってあった。

あたしがあげたスノードーム。インテリアはいらないタイプなのか、ベッドや机、小さな本棚、ダーツの的はあるものの、他の小物は一切見当たらない。仁王は今までいろんな人にいろんなプレゼントをもらってるはずだけど。
でもスノードームはあった。生き残ってるらしい。それがあたしを、スノードームよろしく舞い上がらせた。


「…い、いいけど」


そう言った瞬間、うれしそうに顔を上げた仁王と視線がぶつかった。めちゃくちゃ近くて、思わずまた俯いた。
あたしの反応がおもしろかったのか。はたまたこの話には続きがあることを、あたしの性格や前歴で気づいたのか。少し声を出して笑った。


「けど、なんじゃ?」

「30分、ね」

「30分?」

「30分経ったら、外に行く」


時間に拘るのは陸上部だからか?と、ついさっき言われたばかりだった。勉強し始めたときも、1時間ちゃんとやってから休憩、と提案したり。口には出さなかったけど、仁王とのお試しを1ヶ月と区切ったり、ブン太を諦めるのを1年としたところも、仁王の頭の中にはあったかもしれない。たしかにあたしは何かしら時間に拘る癖があるのかも。

ダラダラされるよりはずっといいけどな、と、そうフォローも忘れなかった。


「了解。じゃあ遠慮なく」


そのフォローは別にリップサービスではなかったと思えるぐらい、彼はうれしそうに笑った。この状況を前向きに、喜ばしいことと捉えてくれたみたい。

約束通り30分後。あたしと仁王は手を繋いで外へ出た。


「今日はほんと寒いね」

「な。雪降りそうじゃ」


もう日も沈んでたこともあるけど、今日は朝からやけに寒かった。初雪かもしれないって、そういえば天気予報でやってた。

ただ、手はすごくあったかい。風に曝される手の甲ですらあったかさを感じる。


「30分って、あっという間じゃな」

「まぁ1800秒だし」

「秒数にすると長い感じになるんじゃけど」

「うーん、じゃあ0.5時間」

「あ、そうすると短そう。やっぱ短いぜよ」


ほんとにあっという間だった。
仁王は結局、あたしが考えてたことまではしてこなかった。首元にぐりぐり顔を埋めたり、ぎゅっとしてきたり。押し倒されたときはビックリしたけど、それも横になっただけ。腕枕でね。

ただ、あたしはその間、ずっとドキドキしてた。
それを思い出して図らずも、あたしは手に力を込めた。


「もっとイチャイチャしたかったか?」

「…え」

「うち出るとき、ちょっと残念そうにしとったから」


すでにイエスの意味丸出しだったとは思う。そのときのあたしも、今こうしてぎゅっと握ってる手も。自分で時間を区切ったのにね。
あたしから改めて聞きたいんだろう。仁王は、多少口元を緩めながらも、あたしの言葉を待った。


「…まぁ、まぁ」

「はは、素直じゃないのう」

「素直だよ、あたしは」

「そうか?」


ほんとに、もしかしたら他の人と比べたら素直じゃないのかもしれないけど。あたしとあたしを比べたら、これはだいぶ素直。

でも仁王にとっては、素直じゃないのかな。かわいくないって、そう思われちゃうのかな。


「奈々の、そーいうところがいい」

「…え?」

「俺の超ど真ん中」


仁王の好みを昔聞いたことがある。本人からじゃなくて、学校新聞だ。なぜかテニス部レギュラーのインタビューとか個人データが載ってて、もちろんブン太が載ってるからこそあたしは隈なくチェックしたんだけど。

仁王の好みは、かけ引き上手な子。あたしはかけ引きをしてるつもりはないんだけど。でも、なかなか彼の思い通りにならないという意味でなら、そうかもしれないと思った。

つまり間接的ではあるけど。仁王はあたしに、愛の言葉を言ってくれたと、そういうこと?


「…ありがと」


下向き加減だったけど。そう言ったら、また仁王はうれしそうに笑ったようだった。ほんとに素直に、うれしいと思った。それを仁王に伝えたいとも。仁王も喜んでくれるかな。

次の言葉を繋げようとしたときだった。あたしは仁王から、いろんな意味で目が離せなくなってた。仁王ばかり見てた。

だから、周りは見えてなかったし、
うれしそうにしてた仁王が一瞬、顔を強張らせたのもわかった。


「どうかした?」

「奈々、やっぱ戻るぜよ」

「え?」

「うち」


そう言って、あたしの返事を待たずにくるっと向きを変えた、来た方向に。すごく慌ててたと思う。

それがやけに不自然で。
あたしは振り返った。本来ならあたしたちが進む方向だった先を。

すぐに、今度はあたしが強張った、全身。そしてそれに気づいた仁王は、隠すかのようにあたしの前に立った。


「奈々」

「…なに」

「うち戻るぜよって」

「違うでしょ」


仁王は何も言わなかったけど、そこから退くことはなかった。でももう遅かった。仁王が塞ぐ前に、あたしは見てしまった。


「知ってたの?」

「……」

「いつから?前から?」

「……」

「あれって一個下の子だよね?よくお菓子あげてる」

「……」


この件では何も言わないつもりなのか。彼と約束したのか、それとも独断か。どちらにせよ、それはあたしが彼に思いを寄せてたから、という事実がそうさせてるんだ。

見てすぐわかったよ。だって手繋いでたもん。あたしと仁王がそうしてるように。寄り添って。


「仁王は知ってたから、あたしに付き合わないかって言ったってこと?」

「……え?」

「同情で言ったの?」

「そんなわけないじゃろ」


ずっと黙ってた仁王が、珍しくも語尾を荒げて否定した。一方で、顔は悲しそうにしてる。

そもそもが唐突過ぎたんだ。なんでいきなり付き合ってだったのか。彼と彼女のあの様子じゃ、昨日からです〜には見えない。それに、もしあたしに言った、あの体育祭のが先なら、きっと今みたいに仁王は否定や訂正をする。


「…あたしのこと、かわいそうって、思った?」


そう仁王に投げかけたものの、もう仁王はその表情で答えを出してる気もした。
いつからかは知らない。でも仁王はきっと初めから知ってたんだ。そしてあたしが、仁王にこうやって隠させた。こんなに悲しそうな顔もするんだね。


「……それは、否定できない」


嘘はつきたくないと、仁王の誕生日のとき、そう言ってくれた。きっとそれの通り、仁王はあたしに嘘はつかないつもりなんだろう。黙ってることはあるとしても。


「…わかった」

「待て、わかっとらんじゃろ。たしかに思ったことは思った、奈々に嘘はつきたくない」

「……」

「ただそれと、俺が付き合ってって言ったんは別じゃき」

「別じゃないじゃん」

「別。俺はブン太のあれと関係なく奈々のこと」

「いい。もういいよ」


この言葉は、仁王に対してすごく重い言葉だったんだと思う。それ以上何も言わなかったから。


一人で帰る道。さっきのことがぐるぐる頭を回ってた。目からはたくさんの涙も。

あたしは別に、ブン太が彼女らしき女の子と手を繋いでたからショックだったんじゃない。まぁほんのちょっとは、やっぱり衝撃もあったけど。

仁王があたしに付き合ってって言ったのは、なんでなんだろうって、ずっと思ってた。モテるのに、ただの女友達であるあたしのことなんか、恋愛対象にないと思ってた。それどころか自分の友達のことが未練たらしく好きなやつ、それぐらいだと思ってた。

ああ、全部繋がってしまったような気がする。仁王があたしに付き合ってと言った理由が。
短いけど。たったの1ヶ月だけど………、1ヶ月?違う。

仁王とのことはたったの1ヶ月なんかじゃない。仁王はずっと、あたしのそばにいた。あたしがブン太を諦めようとしてたこの1年、ずっと。

その1年の、彼の心の動きを知りたくなった。たとえかわいそうと思われてたとしても。
でもそう思っても、もう遅かった。

この涙は苦しいからだ。あたしは仁王が好きになっちゃってた。

 
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