「進捗状況、俺のこと」

「あー…………順調」

「マジか」


ハットトリック達成!


勢いだったと言えばそうかもしれない。仁王が本気であたしと付き合いたがってると、イエスを返答した時点でつまりは信じたということ、それは自分でも不思議だった。ただ彼の強引というか自信たっぷりな態度を見ると、真剣に考えなきゃいけないと思ったのも事実。どこから来る自信なのかは定かじゃないけど。


「なぁ」

「なに?」

「この距離はなんじゃ」

「……」


体育館倉庫にて。あたしと仁王はなぜかこんなお弁当にホコリが入りそうなところでお昼ご飯を食べているわけなんだけど。

距離、というのは文字通りあたしと仁王の距離で、座っている位置のこと。今現在、ここで二人きりなものの、あたしと仁王はたぶん視力検査並みに離れた場所に位置してる。


「だって、仁王くっついてくるんだもん」

「いいじゃろ、寒いし。今日ぐらいは甘えたい」

「よくない!学校だし、もしかしたら誰かがここだって見つけるかも…」

「つまり学校じゃなきゃいいってことじゃな。なるほど」


なんでそういう前向きな捉え方するのかなぁ…!というあたしの心の声がはっきり伝わったんだろう。仁王はククッと笑った。

いやね、あたしも仁王とまぁお試しとはいえ付き合うと決心したわけだし、それなりに誠実に向き合いたいとは思うんだけど。


「……仁王、電話きてるんじゃない?マナーモードの音がするような」

「あー、ブン太か柳生か、はたまたジャッカルか。無視じゃ無視」

「いい加減出てあげなよ」

「いやじゃ。もう電源切る」


そう言って、ほんとに電源オフにしてしまった。

仁王の携帯にはさっきから何度か電話やメールがきてる。なぜかというと、彼は今日朝練を終えた直後から行方不明だから。ようするに呼び出しの連絡。

朝教室にいなかったものだから、もしかして今日休みなのかと思ったけど、すぐ『昼休み、誰にも言わずに体育館倉庫にきて』ってメールが届いた。彼が言うには、今日は屋上もまずいと。そして今体育の授業は全学年マラソンだから、ここなら放課後バスケ部が来るまで身を隠せると。


「そんなに嫌なの?」

「……」

「プレゼント攻撃」


仁王が嫌がってるのはプレゼントを渡されること。そう、今日は仁王の誕生日なんだ。普通だったらうれしいはずなんだけど、彼にとっては荷物になるしいちいち相手するのが面倒らしい。
そして仁王に渡そうとして訪れる女子たちには、同じクラスのブン太や仲の良い柳生君、テニス部の庶務課とも言われているジャッカルが対応してるということ。


「だって俺は今奈々と付き合っとるじゃろ」

「まぁ、一応」

「だから他の女子からのプレゼントは受け取れんし」

「え、別に構わないけど」

「……」

「……」

「…そもそもな、付き合っとるのは内緒にしたいって奈々が言うから。オープンにすればこうはならんじゃろ」

「だってもしかしたら来月には終わってるかもしれないじゃん」

「……」

「……」


あらら、傷つけちゃったかな。仁王は手に持ってたお弁当を床に置いた。その顔はまさに怒った顔。

ついこないだ言われたんだよね、仁王に。奈々は意外と冷たいって。たしかにそのときもなんだか怒ったような傷ついたような顔してたけど。
でもあのときは、仁王が余計なことするから。寒いのーとか言いつつ肩組んできて、今までになかった距離だったから。あれ以上はなんか変な感じになりそうだったから。

と、考えているといつの間にか仁王があたしとの距離を縮めてた。にじり寄ってきてる。


「な、なに…」

「こっち来ないなら、俺が行くしかないじゃろ」


思わず後ろに下がると、あたしの背中は体育館倉庫の扉にぶつかった。もうこれ以上は下がれない。扉を開けて外に出るのも、もう無理になった。前から伸びてきた仁王の手が、扉を押さえたから。これが噂の壁ドン…!
ヤバい。急に心拍数が上がってきた。


「に、仁王…!」

「なんじゃ」

「……お、お弁当は!?」

「ごちそうさん。奈々とくっつきたい」


………ごちそうさん?

その言葉の直後、仁王はまずいって顔をした。たぶんあたしが仁王を睨みつけたからだ。


「……すまん」

「もういいです別に」

「いや、よくない。怒っとるじゃろ」

「知らない。せっかく仁王のために作ったのに」


そうだ。仁王がさっきから食べてたのは、あたしが作ったお弁当。仁王が食べたいって言うから、今日は早起きして作ったんだ。

その割にはさっきから、おいしいもありがとうも言わないし、挙句がもうごちそうさん?食べ始めてから数分しか経ってないのに?もう食べないわけ?

仁王の顔は見たくなくて、くるっと背を向けた。今なら、仁王の手が引っ込んだ今ならここから出て行けるけど。なんでか立ち上がる気力がなかった。ちょっとショックだったのかもしれない。というかそれ以上になんだか……泣きそう。


「ごめん」


今度は仁王は、あたしを後ろからぎゅってした。ああ、あすなろ抱き。何なのよもう。女子が男子にやってほしいこと寄せ集めばかりして。まぁあたしも憧れてはいたけどね。でもこれは自分のことを好きにさせるためだけの作戦なんじゃないの?
そう、これは作戦なんだって思い込んじゃってるあたしは、素直に受け入れられない。突き放すこともできるけど。

でも、背中がすごくあったかい。寒いから仁王はくっつきたいと言った。あたしは別に寒くないと思ってたけど。それは間違いだったと思うぐらい、このあたたかさに心地良さを感じた。


「うまかったぜよ、弁当」

「嘘つき。もういらないんでしょ」

「いらないっちゅうか、もうない」

「……ん?」

「食い終わったから」


仁王に抱えられたまま、あたしは顔だけ振り向いた。その結果、めちゃくちゃ顔が近くなって、どきんとした。思わず俯いたら、仁王の笑った声が聞こえた。

仁王は腕を解くと、トコトコ、さっきいた場所まで戻った。そしてさっき床に置いたお弁当箱を持って、またやって来た。


「ほら」

「……」

「うまかったしうれしかったから、すぐなくなったぜよ」

「……」

「…あー、ありがとうも言っとらんかったな。ごめん。ありがとう」


仁王は、あたしが怒った理由はおいしいやありがとうを言わなかったからだと思ってる。もちろんそれもそうなんだけど。

あたしは空のお弁当箱を受け取って、その中をじっと見た。数分しか経ってなかったのに、もう食べたんだ。色合わせのためにつけただけのパセリまで食べてる。仁王って、食べるのそんなに早くなかったと思うんだけど。ブン太じゃあるまいし。


「…奈々」


もう、今度は正面からですか。お弁当箱があるせいで、仁王のご希望通りにはぴったりくっつけないけど。

でもすごくすごくあったかい。仁王って、こんな匂いなんだ。人によって違うんだろうけど、この匂いはあたしは好きなほうだ。そういえば動物とかは、その匂いで相性ぴったりな相手を見つけたりするらしいけど、人間もそうなのかな。
これは、この人は、あたしにぴったりなのかもしれないとそう思った。


「…もうやめとくか」


仁王は、そう呟いてあたしから離れた。もうやめとく……?

聞き返すこともできず固まったあたしを見たからか、仁王は笑って、そういう意味じゃないって言った。


「これ以上抱きつくのはやめとくって意味じゃき」

「…あー、そういう…」


やめとくって言うのは、付き合うのをやめるって意味かと、あたしはすぐ頭に浮かんだんだ。そしてそう頭に浮かんだあたしの表情を見て、仁王は訂正した。

たぶん仁王でもわかるぐらいあたしは、それは嫌だって顔だったんだと思う。たしかに心の中でそう思った。

変なの。別にもう付き合うのをやめても、あたしは構わない立場のはずなのに。


「……なんで?」


ほんと変なの。別に仁王が離れたところで何も思わなかったはずなのに。むしろ突き飛ばしてもいいぐらいのつもりだったのに。

戸惑ってる。その戸惑ってる自分に一番、戸惑ってる。


「このままだと嫌われることするからのう」

「嫌われること?」

「奈々のこと大事にするって決めたんじゃ。嘘もつきたくない」


ま、20日後にはフラれてるかもしれんけどって、付け足して笑った。

壁ドンもあすなろ抱きも正面からも、正直ドキドキした。ときめいた。でも素直に受け入れられなかった。
それは、仁王自身を受け入れられないんじゃなくて、そうときめいた自分を受け入れられなかったんだ。

でもヤバい。そんなドキドキより、今の仁王の言葉のほうが、ぐっときた。心臓掴まれちゃったみたいに。

…そうか、あたしは受け入れられなかったんじゃなくて、自分で受け入れないようにしてたんだ。もっと素直に単純になれば、きっとこの今の自分のほうが自然体だ。


「ところでな、今のところどんな感じ?」

「どんな感じって?」


もうすぐチャイムも鳴りそうで、あたしは教室に戻ることにした。仁王は引き続き雲隠れするらしい。放課後は部活に出て、あたしも部活だから裏門で待ち合わせようってなった。


「進捗状況、俺のこと」

「あー…………順調」

「マジか」


だと思う、と足したのは聞こえなかったのか聞かないことにしたのか。仁王はよしって、軽くガッツポーズした。テニスの試合ですらやらなそうなのに。

ほんとにそうなのかもしれない。あたしは近いうちに、仁王が言った通りになってしまうのかも。

…あ、そういえばあたしも仁王にお誕生日おめでとうって言ってなかった。ごめん、仁王。

 
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