「まぁ、もうすでにそんな域じゃし」
「あたしも仁王君に続かないと!」
おぉっとオウンゴール
2月。朝からむちゃくちゃ寒かった今日は、あんまり学校に来たくなかった。別に寒かったからじゃない。俺なりの理由があって。まぁ部活だけはなんとか出ないと、せっかくレギュラーになったんじゃし。おまけに部長の幸村が今入院中。常勝立海とは言われちょるけど、その強さがガタ落ちしたのは確かな話。
「…食べ物を下駄箱に入れるとは感心しませんね」
朝練が終わって教室に向かう途中。柳生と靴を履き替えに下駄箱へ行ったら。俺の上履きがたくさんの包装物たちに埋もれてた。2ヶ月ちょっと前にも似たような光景があったな。
「俺のせいじゃないぜよ」
「仁王君が直接受け取らないからですよ。12月の誕生日も、休み時間の度に行方をくらまして」
「だからって下駄箱に突っ込むのはどうよ。ちゅうか俺が行方不明になるのはいつもじゃろ」
確かに。そう柳生は目からウロコが落ちたみたいな顔をした。
なんか知らんが中学入ってからやたらとプレゼントをもらう。小学生の頃ももらってはいたが、中学でこの立海に入ってからぐっと数が増えた。特に誕生日と、今日という日。去年もえらい数のプレゼントをもらって、これは面倒過ぎると思って今年の誕生日は雲隠れをした。
そしたら帰る頃、靴が埋もれてた。そして今日は上履きが犠牲になっとる。今年のみんなは朝型なのか。
廊下を見渡すと、前の方にブン太とジャッカルがいた。俺もだし一緒にいる柳生もそこそこもらうが、前をスキップする勢いで歩くブン太はそれ以上にもらう。食いもん大好きだし催促もするしってことで、女子はあげがいがあるんかな。
「丸井先輩、おはようございます!」
「おう、おはよ。…あ、それチョコ?」
「はい、トリュフです!丸井先輩に受け取ってもらいたくて」
「サンキュー!お前が作ったの、うまいから楽しみだぜ」
教室に向かうだけの短い時間にも、やつは後輩らしき女子からもらっとった。いーのう、大好きなお菓子に囲まれて。ちゅうか今の言葉からするに、あいつは一人一人の味を覚えとるんか?すげーなおい。
甘いもんは苦手じゃし荷物も重くなるしでうんざりだった俺は、柳生には止められたものの、やっぱり休み時間ごとに雲隠れ。昼休みはいつも屋上じゃけど、ブン太も来るかもしれんし今日はここ。
「…仁王君、また?」
「お腹痛いんです」
呆れた顔の保健の先生はほっといて、俺はベッドへ直行。ほんとは具合悪いとき以外はダメじゃき、滅多には来ないんじゃが。…またって言われたってことは、最近来たっけ?忘れた。
「具合悪い子いるから静かにね」
「はーい」
それは大丈夫。たぶんすぐ寝る。
そう思いながら、もうすでに布団に包まってる生徒を見ると。
「工藤さん?」
「…え、…あー仁王君」
布団に包まりながら携帯をカチカチ操作してた。久しぶりに見た工藤さん。ブン太と同じクラスじゃけど、あんまあっち行かんし。
「具合悪いんか?」
「んーちょっと。仁王君も?」
「まぁぼちぼち」
「なにそれ」
具合悪いなら寝てていいのに。工藤さんはゆっくり起き上がりながら笑った。
「仁王君、お昼ご飯は?」
「や、まだ」
腹痛いのは嘘ってのは、工藤さんにもバレてたらしい。俺は工藤さんの隣のベッドに、上履き履いたまま布団の上からダイブしたから。別に布団かけなくてもこの保健室はあったかい。
「じゃあさ、これ一緒に食べない?」
うつ伏せに寝たまま、目だけ動かして見ると、工藤さんは枕元から紙袋を持ち上げた。食べる、とは言ってないが、工藤さんは中身を少しずつ開けた。
「工藤さん、もらう側だったんか?」
「まさかぁ。あたしが作ったんだよ」
「へぇ」
今日という日にふさわしく、きれいにラッピングされたそれを丁寧に開け、俺に中を見せた。
腹痛いのは嘘じゃけど、昼飯は別に食べなくてもよかった。今さら海風館なんて行けないし、今日は弁当持ってくればよかったと思いつつも、別にそんなに腹は減ってなかった。俺は燃費がいい。
「…じゃ、いただきます」
「どうぞー」
甘いもんは苦手なんじゃけど、それ以上に俺の手を躊躇わせたのは、『これは食うためのものなのか』ってこと。ラッピングもそうじゃが、中を見た瞬間、これはもろ誰かに渡すようの物だと気づいた。
ただ、渡さないのか、そうこの俺が聞くのも野暮だと思った。違う可能性もあるが、これを渡すはずだったであろう相手が思い浮かんで、それがやけにうまそうにチョコを食べる姿だったから、俺は手を伸ばした。
「今日仁王君、いっぱいもらってるでしょ?」
「まぁまぁ」
「本命とか、いるの?」
工藤さんのチョコは、それはそれはシンプルなトリュフで。口の中で溶けるような柔らかい甘い味。
俺は知ってる。あいつが今日一番求めているのは、こんな感じの柔らかい甘いチョコ。普段はケーキのが好きらしいが、今日という日はこういうチョコが食いたいって、散々言っとった。
苦手なくせにその糖分が身に染みていくようで、あー俺、今日けっこうイラついとったんだと気づいた。
「だった人ならいる」
「あー、過去形。付き合ってたの?」
「そう。まぁ別れたのはけっこう前、夏休みぐらいじゃけど」
「そういえば仁王君のそんな噂聞いたかも。先輩だっけ?」
「ああ。部活は違うがの」
「そっかぁ。つまり……半年前か。まだ好きなの?」
まだ好き?俺が?どんな別れ方だったんか知らんの?…知らんか。
それはないって、つい出たけど、工藤さんは、口にチョコを含んだまま笑った。
「本命って聞かれて、半年も前のその人が一番に出てくるならそーなのかと思って」
ごめん揚げ足取っちゃってって、また笑った。
いやいや、半年なんてあっという間ぜよと言うと、そーかなぁと呟いた。
そんな中ふと気づいた。あーこいつは、俺に自分を重ねとるんだって。工藤さんとブン太のあの件は3ヶ月前。そこから今日まで、工藤さんにとっては長い長い時間だったってこと。
「…あれ、てことは?」
「?」
「あのさ、あたしと仁王君が初めてしゃべったのって、9月の修学旅行じゃん」
「ああ」
「あのときって、別れた直後だったの?」
「んー…たぶん」
「たぶん?」
俺も正確な日時はわからんって言うと、工藤さんはぽかんとした顔をした。いや、ほんとにわからんって。
「あ、自然消滅?」
「って線が濃厚かのう」
「えー、なにそれ。よくわかんない」
俺もよくわからん。なんでだったのか。それと、なんでこんな話を工藤さんにしてるのか。したいと思ったのか。
そこから、相手のことについてや、告白されてとりあえず付き合ったけどなかなかに俺はハマっていったこと。普通にうまくいってると思っとったのにある日突然音信不通になったこと。最後のデートは夏休みの水族館で、俺がずっと一番デカい水槽に張り付いて相手の希望に従わなかったことが原因かもしれんってこと。などなど。
「なるほどね。ってかやっぱ仁王君、大きい水槽好きなんだね」
「好き…まぁ否定はしないが」
「だって修学旅行でも張り付いてたもんね」
なんでこんな話をしてるのか。だんだんわかってきた。
こんな風に優しく笑ってくれる工藤さんなら、きっと俺の話を理解してくれると思ったからじゃな。事実だけじゃなくて、その裏の俺の心情も。
「それもいつか、そんなこともあったなぁぐらいになるよ」
「まぁ、もうすでにそんな域じゃし」
「あたしも仁王君に続かないと!」
そうは言うものの、俺よりはるかに遠い位置にいる。まだまだたぶんゴールは見えてない。頑張っては欲しいものの、一年かけてって言っとったから、自分でも時間がかかることがわかっとるんじゃな。
「これ、仁王君に食べてもらえてよかったよ」
たぶん渡せないから、と、呟いた。泣きそうなその声に、予想はしていたものの、さっきの自分の話に重なってなんだか俺が切ない。
「うまかったぜよ。誰に宛てとったんかは知らんが愛情たっぷりで」
「やめてー、冗談でもキツい!」
ほんとに言う通り、今はまだキツい冗談かもしれんけど。よかった、笑った。
俺はさっきの話は、柳生にすらしとらんかった。かっこ悪い恥ずかしいって思いもあったし、それだけじゃなくて単純に言い出せなかった。思った以上に深く突き刺さってた。そしたら半年経つのはすぐじゃった。
でも今、こうやって誰かに打ち明けることができた。工藤さんも、そういやそんなこともあったなぁぐらいに笑えるように、そうなって欲しい。
「あなたたち」
あー忘れてた。保健の先生がカーテンを開けてこっちに来た。ここは保健室で、普通に先生もおったんじゃ。てことは俺の恥ずかしいかっこ悪い失恋話もぜーんぶ聞いとったっちゅうことか。サイアク。
「先生にもそのチョコ分けて」
俺らの話に感動したんだと。仰々しく泣きそうな顔した先生に軽く引いて。工藤さんと顔を見合わせて笑った。どうやら先生もちょうど初恋は中2だったらしく、何十年前か知らんが告白もできずに相手は彼女ができちゃったとか、そんなどーでもいい話をしてくれた。
ただ、ほんとに心の底からいい思い出だと楽しそうに語る先生を見ると、ああ俺らもそのうちこうなるんじゃなと、いい見本を見せてもらえたようだった。
今年のバレンタインは悪くなかった。
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