やっぱりテニスは楽しいです!

「…応援?」

「はい!お願いします!」

「あたしが?アンタの?」

「はい!このように、自分で旗も作ってきたので!」



こないだ、赤髪系男子のブン太くんに決闘を申し込まれた。ここ何日かはあいにく雨だったので、よく晴れた今日がその決闘日となった。

場所は部活後の男子部テニスコート。部活後なんて、疲れてるのに悪いなって思ったけれど。ブン太くんいわく、ハンデらしい。どちらにせよ、久しぶりにテニスができるから、あたしはとても楽しみだった。

でもきっとブン太くんは応援してくれる人がたくさんいる。同じ男子部とか、あとテニス部は女子に人気みたいだし。

そこで、あたしは名付けて“高橋後援会”を作り、その会員として切原さんをお誘いしたというわけ。



「ヤダ」

「えええー!?」

「だって部活終わるまで待ってなきゃならないんでしょ?ヤダ」

「一度帰ってからでも構いません!18時頃にまた来て頂けたらいいので!」

「めんどくさいし一人とか。ヤダ」

「“高橋後援会”会長のサード先生もいます!」

「…え?」

「二人で応援してください!」



切原さんの目の色が変わった。サード先生、ダシにしてしまってすみません。勝手に会長にしてすみません。でも先生も、行けたら行くって約束してくれたし。切原さんは一人ではない。たぶんだけど。



「…しょーがないなぁ」

「いいんですか!?」

「ま、一回ウチ帰るけど。その後でいいなら」

「ありがとうございます!」



こうしてあたしは無事、応援団を作ることに成功した。本来なら応援団なんて自分で作るものじゃないけど。
…というか、高橋後援会より高橋応援団のがよかったかな。でも団長よりは会長のほうが実に社会的な感じがするし。まぁネーミングはあとでまた考えるか。



そしてやってきた、18時。男子部の練習も終わり、ちょっと自主練する部員もいたようだけど、あたしとブン太くんは、コートの1面を確保することに成功。
練習も終わったし、練習を見守ってた生徒たちはぼちぼち帰っていったけれど、何か始まるの?という雰囲気に、残った生徒もいた。



「いいか、1セットマッチな」

「はい!」

「で、勝ったほうがチョコバットだからな」

「はい!よろしくお願いします!」

「シクヨロ」



審判はジャッカルくんが引き受けてくれた。本当にやるのかよって、若干呆れてたけれど。

というか、今さっきブン太くん、なんて言った?勝ったほうがチョコバット?

……チョコバット…とは?



「あーーー!!」



もうサーブトスをしてたブン太くんは、あたしの絶叫にビックリしたのか打てず、頭にボールをぶつけてた。申し訳ない。



「お前なぁ!それはルール違反だぜ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「ったく。今のはナシだからな!」

「は、はい!…あ、その前にちょっとタイム!」

「はぁ?」



キョロキョロ、コートの周りを見渡すと。

フェンスの向こうに、“高橋ガンバレ”とあたしが書いた旗をすごくやる気なさそうに振った切原さんがいた。よかった…!



「切原さん!」

「アンタ何やってんの?もう始まるよ。てかサード来てないんだけど…」

「お願いします!今から駄菓子屋でチョコバットを買ってきてください!」

「はぁ?」

「お願いしますお願いします!あたしの応援はもういいので!」

「アンタ、あたしをパシるつもり?」

「す、すみません…!切原さんの好きなものも買っていいので!あとで返金します!」

「…んー、じゃあ行ってきてあげるよ。サードもいないし」

「ありがとうございます!」



よかった…切原さんがいてくれてよかった…!何だか今日教室にいたときよりもとても化粧が濃くなってて気になったけど。

あたしがコートに戻ったと同時に、もう打つからな!って、怒った様子のブン太くんがサーブを始めた。

危なかった。そうだ、今日は決闘だった。ブン太くんは別に久しぶりにテニスできるあたしに付き合ってくれてるわけじゃなかった。チョコバットをかけた決闘だったんだ。

まさかその賞品であるチョコバットをすでに食べてしまったなんて、口が裂けても言えない…!

と、動揺しつつごちゃごちゃ考えていたら。
ブン太くんのサービスエースとなった。



「げ!」

「ふん。口ほどにもねーな!」



そうか。ブン太くんは今は1年だし正レギュラーではないけれど。去年までは確かにレギュラーで、試合にも出てたし、関東大会では桃城くんたちにも勝ってたんだった。

その後もまたぽんぽん決まり、アッサリ1ゲーム先取されてしまった。



「お前のサーブだろ早く打てよ!」

「……」

「なんだったら左手でやってやるぜ?土下座してお願いしたらな!」

「……うだ」

「…は?」

「上等だコラァ!!」



バカデカい声プラスあまり見せない形相に、少なからずブン太くんやジャッカルくんはビックリした様子。

あたしは青学で言われてた。残念な子、の他に。

女版・タカさん。ラケット持つと河村くんみたく性格が変わるって。言葉使いは海堂くんみたくなるって。英二くんや不二くんなんかはおもしろがってくれてたけど。けっこう引いちゃう人もいて。何とか改善できないか悩んだりもしたけど無理で。

ただ、それだけテニスは楽しかった。



「…あ、やべ」

「よっしゃー!1ゲーム!」

「はっ、次俺サーブだしぜってー取るぜ!」

「負けねーぞ!」



途中、審判のジャッカルくんがインをアウトにしてくれたり助太刀はあったけど。試合はブン太くんが5ゲーム取ったところで、あたしはついに1ゲーム取った。

楽しいなぁ。テニス。明らかにブン太くんは手加減してくれてるし、審判はあたし寄りだし、こんなのちゃんとしたテニスじゃないけど。

楽しいなぁ。



「おい!お前たち!」



ブン太くんのサーブの番。コート中というか学校中響き渡った怒声。

その声のほうを見ると、あの帽子系男子がいた。



「いつまで遊んでいるつもりだ!」

「げっ、真田!」

「さっさとコートの片付けをしろ!」



見渡すと、辺りはもう真っ暗。コート内は照明があるから気にならなかったけど。というか、楽しくて、時間を忘れてた。自主練をしてた部員はもう制服に着替えたようで、あたしたちの試合を見守ってた。あの男子テニス部の先輩たちが若干引き気味だったのが心配だけれど。

…そういえば、あの帽子系男子は、真田くんって言うのか。よし、覚えた。手塚くん並みの大人っぽさで顔はもう覚えていたけど、名前も知れてよかった。

同じ1年なのに、同い年とは思えないほどの迫力で怒られたので、あたしもブン太くんも渋々、試合は中止した。
そのあと、ジャッカルくんも一緒に片付けを手伝ってくれた。



「…ったく、真田が邪魔しなかったら勝ってたのに。あーあ、俺のチョコバッ…」

「ブン太くんっ!」

「ぅわ!」



ブツブツ文句を言いながら、散らばったボールを拾うブン太くんにこっそり忍び寄った。呼びかける声はデカくなってしまったけど。



「今日は、ありがとうございました!」

「…あ、ああ」



試合は中止になったけど、最後はしっかり一礼しないと。

それと、感謝の気持ちも伝えたかった。



「あの、これ」

「…え?これは!」



チョコバット二つを差し出すと、ブン太くんは目を輝かせて固まった。



「よかったら食べてください!」

「…いーのか?ありがとう!」



いいも何も、元から渡すつもりだった。それを忘れて食べてしまったけど、こうして切原さんが買ってきてくれてさっき渡されて……、



『ほら、買ってきたよチョコバット』

『あ、ありがとうございます!…って、チョコバット10個!?』

『あるだけ買ってきた』

『えええ!?』

『何個か聞いてなかったし。あ、あとあたしのと合わせて960円ね。明日でいーや』

『きゅーひゃくろくじゅうえん!?』

『じゃ、あたし帰るからー。そんじゃねー』



あたしの1ヶ月分のお小遣いがなくなってしまうことや、切原さんが持ってたのは明らかにコンビニの袋で中に雑誌が入ってたのは気にかかったけれど。

一応、またこんなふうにブン太くんとテニスする機会があるかもしれないし。今日は二つだけあげて、あとは貯蓄しておこう。



「あの、ブン太くん」

「ん?」

「今日は、本当にありがとうございました!」



さっそくブン太くんはチョコバットをかじってて、もう一瞬にしてなくなってしまいそうな雰囲気だった。

あたしのお小遣いは残念だけれど、今日はそれ以上に、得るものがあった。



「今日、久しぶりのテニスだったんです。ずっと一人で出来なかったので」

「……」

「だから、決闘でも負けてても本当に楽しかったです」

「…ふーん、そりゃよかったな」

「はい!」



本当によかった。楽しいって、立海に入って初めて感じた。

何よりブン太くんはとても上手いし。全くもって手加減してもらってたのは気づいてたけれど。
青学のみんなにも、楽しいですって、やっと書けそう。



「…そういやさ」

「はい?」

「なんかこないだお前さ、聞きたいことがって、言いかけたじゃん。あれ何?」

「……聞きたいこと…とは?」

「いやだから、今それを俺が聞いてんだろぃ」



まーたいしたことねぇならもういいけどって、言われたけれど。それはあたしが気になる。

聞きたいこと…聞きたいこと…?



「ああっ!」

「思い出した?」

「名字を聞こうと思って!」

「名字?」

「ブン太くんの名字!やっぱりこれだけ話すならちゃんと名字も知らなくちゃと思ったので!」

「あー俺のか。丸井だよ、丸井ブン太」



丸井くんか。丸井ブン太。なるほどね、覚えた。

ついでにクラスも聞くと、C組でジャッカルくんも一緒らしい。隣じゃないから体育も合同ではないし、あまり見たことなかった。



「丸井くん、よろしくお願いします!」

「別にブン太のままでもいいぜ」

「いやいや、あたし、名字で呼ぶことがほとんどなので」

「ジャッカルはジャッカルくんって呼んでるじゃん」

「え?ジャッカルくんは、ジャッカルが名字で桑原が下の名前ですよね?」

「いや桑原が名字だから。桑原なんて名前のやつ普通いねーって」

「えええ!?」

「当たり前だろぃ。何言ってんだよお前は」



そうか、盲点だった。ジャッカルくんはハーフっぽいから、先に下の名前で後が名字なんだ。考えてみればそうか、桑原は普通に名字だ。

と、丸井くんはすごくおもしろそうに笑ってる。楽しそうにしてる。

そんな彼を見てると、あたしも、さっきまで以上に楽しくなった。それでしばらく一緒に笑った。
テニスもだったけれど、声出して笑ったのも、久しぶりだったかもしれない。

丸井くんはきっといい人だ。テニス一緒にしてくれただけじゃなくて、こうやっていっぱいお話してくれて。
何より、さっきからいつも通り叫んでばかりのあたしに対して、鬱陶しそうにしたりうるさがったりしない。面倒臭そうにもしないし。たまにビックリしてはいるようだけど。



「丸井くん、本当にありがとう!」

「や、もう礼はいいって」

「いやいや、本当に今日は楽しいです!テニスもだし、クラスでもあまり話せる人がいないので」

「クラス?…って、E組だっけ?」

「はい!」

「E組っつったら幸村と仁王も一緒じゃね。しゃべんないの?」



そうだった。丸井くんは同じテニス部だし、しかも中学の頃は同じレギュラーだったわけだしで、きっと彼らとは仲がいいんだ。

あたしが黙ってると、丸井くんは不思議そうな顔をした。
でもよくよく考えると、この丸井くんも、本当はあたしのこと嫌いかもしれないし、青学だからって憎んでいるかも。



「あのー」

「ん?」

「丸井くんはそのー」

「なんだよ?」

「おい、お前ら!」



振り向くとそこにはちょっと怒った感じのジャッカルくん、いや桑原くん。

そういえば。あたしたちは片付け、というかボール拾いやらネット下げやらやってるんだった。
でももう全部終わってる。桑原くんがやってくれたのか。申し訳ない。



「ずっとしゃべってやがって、結局全部俺がやったじゃねーか!」

「ご、ごめんなさい!」

「わりーな、ジャッカル」

「あのなぁ、俺は今日、あくまで手伝ってやっ…」

「さーて、終わったし着替えて帰るか!」

「おい、聞けよ!」



丸井くんは、それはそれはちっとも悪いと思ってなさそうに謝った。いや、あたしは本当に悪いと思った。桑原くんは、あたしが思った通り、本当にいい人らしい。人がいい。

あたしも更衣室に行って着替えないと……、



「あ、高橋!」



丸井くんの声に振り返ると、ぽーんと、何か投げられた。いきなりだったから落としそうになったけれど、何とかキャッチ。

見ると、さっきあたしがあげた、チョコバットだった。丸井くんが手をつけなかったほう。



「それやるよ」

「…え?」

「敢闘賞だ。またテニスやろーな!」



切原さんが買ってきてくれたチョコバットは10個。だからあたしは残り8個も持ってるんだけど。

それでももらったこの1個。すごくうれしい。



「…あ、ありがとうございますっ!」

「そんじゃあな!」

「お疲れ!」



今度こそ、丸井くんと桑原くんは部室のほうへ走って行った。

チョコバットは合わせて9個。青学の、去年のメインレギュラーたちの数だ。そして丸井くんにもらわれていった1個。何だかまるであたしのようだ。もう食べられちゃったけれど。

立海に入って、元気がなくなった、楽しくなくなった、そう思っていたのは、あたしの頑張り不足だったのかもしれない。

丸井くんは、あたしのこと嫌ってないといいなぁ。

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