繋がっているんだ

光の速さに近づくことで未来に行けるという話がある。根拠としては相対性理論がベースであり、物質は光の速さに近づくほど時間の経過が遅くなり、光速で時が止まるというものだ。例えば光速の物質をA、普通の速さである周りをBとすると、Aを置き去りにBはどんどん時が進む。つまり時の止まったAは、それより時間が先の、つまり未来のBに在るということになる。要するにAはタイムマシン。
ただし、いかなるものも光の速さに到達することは不可能とも言われている。ゆえに現時点で未来へは行けない。

でも、誰しも知りたい未来はあると思う。自分は将来どうなっているのか、誰と過ごしているのか。
未来に行けなくとも、何年先もあの人と一緒にいたいという想いは、きっと未来へ届くはず。



「ねー、カチカチカチカチうるさいよ」



お昼休み、女子テニス部の部室にて。何度も言うけれどここは部活動時間以外使用禁止。でもいつも、なんやかんや切原さんのくだらないワガママで利用してるんだけれど。

今日はあたしが自らここに来た。そしてさっきから携帯のセンター問い合わせばかりしてる。カチカチうるさかったらしい。



「…インターネットって光の速さじゃないんですか」

「光回線のことならば、正確には光を通して情報を伝えるというものだ。余談だがお前の携帯は3Gだぞ」

「……」

「要するに、遅い」



それはあたし自身のことなのか。反応の遅いあたしに少々イラつきながら回答してくれたのは柳君。1年の終わり頃から、女子テニス部の運営に関することなどで丸井くんに次いで構ってくれるようになり、割と親しくなった。その柳君もなぜかこの部室にいる。さっきあたしと切原さんの後をつけてやって来たらしい。



「さっそくあっちで新しい彼女でも出来たんじゃろ。うらやましいのう、ブロンドパリジェンヌ」

「ええええ!?」

「高橋さんがあげたあのクソダサい腹巻きもきっと向こうで活用してるよ。便座カバーとして」

「ええええ!?」

「フランスは便器あったかくないんか?」

「うん、海外はね。やっぱり日本って便利だよね。痒い背中に手が届く感じで、いろいろ絶妙」



相変わらずの意地悪ぶりなのは仁王くんと幸村くん。仁王くんは同じ理系だけど隣のクラス、幸村くんは文系で階も違うクラス。

なのに、どうやらあたしをいじめるためにここに来た模様。



「てか、最初にメール送ったのって朝だっけ?」

「はい。返事がなかなかなのでその後も何通か」

「うわ、アンタバカだねー。しつこい女は嫌われるよ。もう嫌われてるかもしれないけど」



マニキュアを丁寧に塗りながら、フォローにもならないフォローをしてくれた切原さん。

そう、あたしは今朝の朝練前に丸井くんにメールを送ったのだ。今現在フランスにいる愛しの彼に。毎朝7時前後に起きるって言ってたし、大丈夫だと思って。でも返事が来なくて、送れてないのかと思って追撃メールもしたんだけれど。



「昨日の夕方に送ったときはすぐ返って来たんですが…」

「ブン太だってそんなに暇じゃないじゃろ。パリジェンヌと遊んだり」

「早く伝えたかったんですが…」

「ああ、女子テニス部に後輩が出来たこと?部長が高橋さんなんて先行き不安だよね」



そうなんだ。この意地悪ツートップは置いておくとして。
なんと、我が立海女子テニス部には今年度入学したピカピカの一年生が5人も入部してくれたんだ。



「でもさぁ、あの子らどー見ても男テニマネージャー希望の落選者じゃん。アンタ、そんなんでもうれしいの?」



そう、男子テニス部には昨年同様たくさんのマネージャー希望者(女子)が詰めかけた。でも男テニは例えマネージャーでも男子しか受け付けず、第二希望として狙われたのが我が女子テニス部。

仮入部してくれたのは20人もいたんだけれど、あれよあれよと今朝の本入部までに5人に減っていた。だがあたしと切原さんを合わせると7人もいる。今年こそ団体戦出場を目指したい…!
ちなみに入部しなかった子たちは男子テニス部の応援に勤しんでいるので、切原さんが言っていたことは正しいらしい。残念ながら。



「でもうれしいですよ!これからバリバリ、女子テニス部としての活動を!」



またデカい声を出してしまったせいで、この部屋の住人たちは揃いも揃って顰めっ面だ。この部室の管理責任者はあたしなのに。ああ、こんなときにあの優しい丸井くんがいてくれたなら。

そのあたしの丸井くんへの想いがついに届いたのか。机に置いてあった携帯が振動した。



「おー、ついに返事来たじゃん!」

「なんて書いとる?別れようって?」

「次からは俺から連絡するって書いてあったらキープだよ、確実に」



もうみんなのことは無視だ無視。
あたしはメールを読むとすぐに駆け出し、外へ飛び出した。



「言いそびれていたが」

「なんじゃ」

「フランスは日本と、今の時期はサマータイムで7時間程の時差があるぞ」

「「「……」」」



そんな彼らの話はあたしの耳には届かず。あーこれはアイツに怒られるなと、切原さんは思ったらしい。



全力で走り下駄箱に向かい、校舎も出た。お昼休みだからと校庭では男子がサッカーをしてる。その中に、今月高等部に入学した切原くんがいた。

国際電話は高いけど。ちょっとだけならいいよね。本当にちょっとだけでも、声が聞きたい。



『もしもーし』



たった1回のコールで丸井くんは出てくれた。メールは何度かやり取りしたものの、声を聞くのは久しぶり。ずっとずっと聞きたかった。



「丸井くん!お久しぶりです!」

『おう、久しぶり。元気か?』

「はい!丸井くんも元気ですか?」

『めちゃくちゃ元気だぜ。って、さっきメールにも書いたか』

「あ、メールありがとうございました!」

『いやいや、こちらこそ。返事遅くなってごめんな』

「いえいえいえいえ!」



ほーらね。見ましたか、あの意地悪男子どもめ。丸井くんはあたしにこんなに優しい。あっちに例えセクシーな金髪パリジェンヌがいたとしても、丸井くんはあたし一筋なんだから。

あたしと丸井くんは、いろいろあったもののまだ知り合って1年も経ってない。だから知らないこと、これから知っていくことがまだまだたくさんある。

でも、例え1年未満でもわかることだってたくさんある。それは今のような、丸井くんの声。



「丸井くん、無理してませんか?」

『え?』

「元気でいてくれるならうれしいですが。大変なことはないですか?」

『まぁ、大変なことはけっこうあるけど。でも毎日楽しいぜ』

「そうですか…」



遠い。思った以上に遠い。物理的な距離は、あたしたちの心も離してしまうんじゃないか。

元気だと、楽しいと言う丸井くんの声は、前みたいに弾んでいない。きっと何かあったんじゃないかって。もちろん大変なことがあるのは、それは当たり前だけど。些細なことでも話して欲しいって。そうワガママだけど思ってしまう。



『どーしたんだよ』

「……」

『俺じゃなくて、お前のほうが無理してそうじゃん』



丸井くんを心配して、というのが根底にはあるけど。結局はあたしが、丸井くんに何でも話して欲しいって思ってるあたしの気持ちなだけだから。



『言って。心配だから』

「……」

『俺はお菓子と、裕花のことばっか考えてるって、さっきメールに書いてあっただろぃ?』



そう、丸井くんからのメールにはそう書いてあった。だからあたしからのメールはめちゃくちゃうれしいって。寝てたから気付くの遅くなったけどって。

……寝てた?



「あの」

『ん?どーした?』

「何だか、丸井くんの声が、ちょっとだけ沈んでる気がして」

『……』

「何かあったのかなって。何でも話して欲しいって、そう思ったので」



ただのワガママだと思った、あたしの。
でも丸井くんも、あたしのことばっか考えてるって言ってくれた。こうやって心配して何でも聞いてくれる。それは申し訳ないと思いながらも、うれしい。

だから、あたしもこうやって言ったら、丸井くんもそう感じるかなって。希望だけど。



『…や、ほんと何もないっつーか、たぶん寝起きだからじゃね?』

「…寝起き、とは?」

『さっき起きたんだよ。だからメールの返事して』

「……お昼寝ですか?」

『いやいや、普通の睡眠。こっち今、朝の6時過ぎだから』

「……」

『7時間だっけ、時差があるじゃん。そっちは昼休み?そういや飯食った?何食った?』



あーー!!っという叫び声は、フランスまでは届かなくともやや遠くの女子テニス部部室までは届いていたらしい。柳君がその瞬間、やはりなって言ってたって。

7時間の時差。つまりあたしは、丸井くんが1日の疲れを癒すため快眠していたところを妨害したと。



「すみませんすみません…!」

『だ、大丈夫。…ちょっと耳痛いけど』

「本当に本当にごめんなさい!」



見えないだろうけどあたしは膝におでこがつく勢いでひたすら頭を下げた。本当に申し訳ない!

…あれ?ということは?



「あたしが送ったお誕生日メール、もしかしてフライングでしたか!?」



そう、今日は4月20日。丸井くんの誕生日。今朝送ったのだ。0時過ぎだと実習で疲れて寝てたら悪いからと思って朝練前に。

気遣いのある彼女を演出したつもりが、逆にド迷惑だったとは。



『いや、それは0時ちょうどだったぜ』

「本当ですか!?ラッキー!」

『裕花にしちゃピッタリですげーなって思ったけど。なんだよ、たまたま?』

「…あ、えっと、その…」

『まーいっか、お前らしいし』



きっと本当に寝起きだったからなんだろう。次第に丸井くんの声は元気になってきた。あたしの失敗に、笑ってくれてる。

ダメだなぁ。いつもこんなことばかりで。丸井くんが笑ってくれるのはうれしいけれど。



『俺そろそろ出かける準備するわ』

「あ、はい!お付き合いありがとうございました!早朝から!」

『いえいえ。また連絡してな。俺もするから』

「はい!では!」

『じゃあな。…愛してるよ』



切り際に丸井くんがそんなことを言ったせいで、あたしはドキドキふわふわ。まるで魂を抜かれたかのように、チャイムが鳴り渡るまで立ち尽くした。

ちょっと携帯代高いわよと、母上に叱責されたのは翌月のことだった。

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