「お疲れ様です!」
ノックする直前、扉がガチャっと開いた。足音で俺が来たことがわかったのか。
「よう、お待たせ」
「いえいえ!」
部室内に入って、先に座らせてもらった。後に続いて高橋も向かいの席に。
「…えっと、……ど、どうでしたか?」
ちょっとだけ無言の後。聞いていいか微妙だけど気になるから聞いちゃったって感じで。恐る恐る高橋は口を開いた。
「…ダメだったかも」
「ええええ!?」
「なんてウッソー」
「………ええええ!?どっち!?」
「ちょー完璧。ここ来る前に自己採したけどほぼ満点だな」
「……」
「天才的だろぃ?」
笑ってピースすると、一瞬固まった高橋は、机乗り越えて向かいの俺に抱きついてきた。バランス崩して落ちたら痛いだろうよ。
「良かったぁ!本当に良かったー!」
「おう。ま、自信しかなかったからな。俺じゃなくて誰が行くんだって」
「そうですそうです!丸井くん以外行く価値ないです!フランスの地を踏む資格ないです!」
それは言い過ぎだろぃ。でも、自分のことのようにめちゃくちゃ喜んでくれて、ぎゅーっと抱きしめてくれて。
俺も堪らなくて、抱きしめ返した。ちょっと体勢ツラいけど。なんか高橋落ちそうだけど。
「あのさ」
しばらくしてから俺が口を開くと、高橋は体を離して正座した。机の上で。真剣な話なんだろうってわかったんだと思う。正座して、きちんと耳を傾けてくれるようだった。机の上でな。
「さっきの続きな。俺からも言いたい」
「は、はい!」
静かな部室内で、ゴクッと唾を飲み込むような音が聞こえた。そんな畏まらなくても、ビビんなくても答えはわかってるだろうに。
いや、わかんないか。俺はいつも高橋に、好きだって気持ちは伝えてきた。高橋だって伝えてくれてた。でもそれは言葉じゃなかった。ただの自己満足な態度。それはお互いそうだったんだと思う。
だからさっき高橋に好きだって言われて、そんなの知ってるよって気持ちと、やっと言ってくれたって気持ちと。
ほんとにそうだったんだって。わかってたくせに噛みしめることが出来た。態度とか何となくな雰囲気だけじゃなくて、言葉で形になって俺の中にしっかり刻まれた。
「俺も高橋が好き。大好き」
「……」
「4月からしばらく、いなくなるけど」
だから俺も高橋に、俺と同じことを味わって欲しい。愛されてるって、刻みこんで欲しい。
「俺のこと待っててくれ。必ず、高橋裕花のところに帰ってくるから。ずっと大好きだから」
そう言い終えると高橋は、手で顔を覆った。たぶん泣いてる。それは喜んでくれてるからってわかる。
俺も同じように泣きそうだ。でも泣かない。高橋を優しく笑ってやる。
「おーい、大丈夫か?」
「……っ」
「せっかくなんだから顔見せろぃ」
「丸井くん…っ!」
位置的に俺のが低くて覗き込もうとすると、高橋がさっき以上の勢いで俺に抱きついてきた。
というか、飛び込んで来た。それはまるでプールへの飛び込みかなんかと勘違いしてるんじゃないかってぐらい。
危険だとか痛いとか関係ないって感じで。潔く、侍のように。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
ドシーンと、深く低い鈍い音が響いた。たぶん下の階、下の下の階まで響いてる。飛び込みをした高橋と飛び込まれた俺は、後ろに倒れ込んだ。
「…いてて」
「すみませんすみません…!大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫」
「興奮してしまったので…すみません!」
机じゃなく今度は俺の上に乗っかりひたすら土下座。出来れば退いて欲しかったけど。
ぎゅっと今度は俺から抱きしめると、高橋も俺のお腹ら辺をぎゅーっとした。
「丸井くん」
「ん?」
「余談なんですが」
「余談?」
「ちょっとふくよかになりました?」
「……は?」
「さっき廊下で抱きついたときにもふと思ったんですが。何だか、以前よりお腹周りが厚くなったような」
そう言って高橋は、俺のお腹を撫で始めた。
いやな、相変わらずだけど。そういうとこもかわいいけどよ。
「でも贅肉って感じではないですね。何だろうこの感触」
「……」
「あ!防弾チョッキですか?」
「…お前さぁ」
「はい?」
「こういうときにボケかますなっての!」
「はっ、すみません…!」
防弾チョッキは通常硬いものでしたじゃねーよ。謝るところズレ過ぎだろぃ。
今日この場で見せる気はなかったけど。そのうち…俺か高橋の家で、そういうことするときにジャーンって見せようかと。
俺は無言でブレザーを脱ぎ、セーターも捲ってYシャツも上げた。丸井くんどーしたんですか!って高橋は照れつつ焦ってたけど。
見せたら、また固まった。
「これのせいだろ」
「……」
「言っとくけど太ってねーからな。部活だって筋トレだって毎日やってるし」
体重計は最近乗ってねーけど。…でも最近お菓子いっぱい供えられるもんだから、ちょっと食い過ぎかもしれない。…え、でも太ってないと思うんだけど。
そんなこと考えてたら、また抱きついてきた。何なんだよさっきから。抱きついたり離れたり、泣いたり固まったり、忙しねーやつ。
でも、喜んでるって、たぶんまた泣いてるってわかった。
この、もらった腹巻きのおかげで腹周りはめちゃくちゃあったかいけど。
それ以上にどんどん体が熱くなる。
「高橋ー」
「…はい…っ」
「さっきの返事は?」
「……もう、ずっとずっと待ってる!丸井くんがずっとずっと大好き…!」
「おー、よかった」
声も言葉も余裕振ってるけど。実際はうれしくて、ほっとして、やっと手に入れた大事なものがここにあって、ドキドキもする。
髪の毛の匂いとか体温とか柔らかさとか。百歩譲って俺がほんのちょっとふくよかになってたとしても、高橋は何も変わってない。
それは一度手離したものだけに、喜びが大きい。
「にしてもお前さ、けっこう大胆だよな」
「はい?」
「廊下で好きーって叫ぶとか」
さっきの出来事を思い出したのか、また高橋は顔が赤くなった。ちなみにここでようやく俺の上から退いてくれた。
「廊下で、丸井くんの後ろ姿を見て」
「……」
「このまま丸井くんが消えていなくなっちゃうように感じて、今言わなくちゃって、思ったので」
「……」
「ご迷惑おかけしてすみませんでした!」
だからってあんなところで叫ぶか普通。ほんとバカだな。周りが残念だって言う気持ちもわからなくもない。
でも、そんな高橋だからこんなに好きになった。バカだけど真っ直ぐなやつ。
あんな恥ずかしい告白されても、迷惑どころか余計にめちゃくちゃうれしいって思っちまった俺も、きっと残念なやつなんだろう。
「迷惑なわけねーだろぃ」
「本当ですか!」
「最高にうれしかった」
一旦離れた体をまた抱き寄せた。顔も寄せておでこ、瞼、ほっぺたに順番にキスをして。
最後に唇、精一杯の愛情込めて、長くて深いキスをした。
幸せだーって、それこそ高橋みたいに叫びたいぐらい。
こういうの、久しぶりだったし。俺も都合良く、今すぐにでも脱げる格好。おまけにちょっと日が暮れて、部室もいい感じに薄暗くなって来たところだ。つまり。
「せっかくだし」
「はい?」
「このまま、いい?」
そう言って高橋のセーターの中に手を入れると、ガッシリ掴まれた。
「ダメですよ!」
「えー!なんで」
「まだ練習やってる時間ですし早く部活へ!来月大会なので!」
「えー」
「丸井くんはレギュラーですし!留学から戻ってきてもレギュラーになれるように今頑張らないと!」
そうなんだ。たった今レギュラーとはいえ、しばらく離れる。立海からもテニスからも。もしかしたら他のやつに抜かれるかもしれない。どんどん差が広がるかもしれない。
でも俺は欲張りだから。高橋がそう言ったように、帰ってきてからもまたレギュラーを取る。夢もレギュラーも高橋も、何一つ譲る気はねぇ。
「んじゃ、また今度な」
「は、はい!」
「俺の合格祝いってことで。いーっぱい、な?」
恥ずかしそうにだけど笑って、はい!って言ってくれた。
言葉で伝え合ったことがまず第一。それに付随するってだけのことではあるけど、その日を心待ちにして。
一時ではあるけど別れのその瞬間まで。高橋と仲良く、前に話したようなラブラブな関係で、今度こそ幸せに過ごしていきたいと思った。