聞けないことが増えてくる

『俺じゃなくて、もっと心配したほうがいいやつおるぜよ』



仁王くんはそう言った。あたしに注意喚起するぐらいだ、それはたぶん丸井くんのことだと、そこまで理解はしてる。ただその先が。一体何のことなのか。

あのとき仁王くんとは進路の話をしてた。つまり普通に考えると、丸井くんの進路、ということになる。
丸井くんの…進路?

仁王くんは確かに賢い。同じテニス部の柳くんや真田くんのように全科目完璧とまでは言い難いけど、数学はトップクラス。他の主要科目も概ね上位20%には入るだろう。…授業中よく寝てるのになぜ。
来年は理系コースに進んで、もしかしたら立海大学以上のバリバリ理系大学に進めるかもしれない。

しかし、失礼ながら丸井くんはそこまで成績優秀者ではない。文系科目やその他体育などは良いみたいだけど。

だからきっとあたしみたいに、丸井くんは文系が得意だからってことで来年文系コースに進んで、そのまま立海大学に進むんじゃないかって。そう思ってた。

もしかして、違う…?
違うとしたら。丸井くんが違う道を選ぼうとしてるとしたら。

わからないし、わかりそうもない。
丸井くんに、進路どうするんですかなんて、聞けない。かと言ってあたしは丸井くんにとって、そんな大事なことを話す間柄じゃない。腹巻きすら渡せないのに…!



「ちょっとどこやってんのよ!」



ひたすら丸井くんのことを考え悩んでただけに、切原さんの怒声にも似た声にビックリした。そしてすぐハッとした。
あたしの今打ったボールが、完璧なジャストミートによりホームランしてた。

そうです、あたしは今、切原さんとテニスをしています。コートはないけどテニスコートの側で。



「す、すみません!」

「アンタ取って来なさいよ」

「は、はい!ただ今!」



切原さんの頭上を遥かに越えたボールは、その先の男子テニス部部室の方へ行ってしまった。というか、たぶん男子テニス部部室にぶち当たった。何だか鈍い音が聞こえた気もする。



「あたしもう疲れたし、巻き込まれたくないから部室行ってんね」

「…はい?」



すれ違う際切原さんにそう言われた。疲れたしって、こんなお遊びのような打ち合いを始めてからそんなに経ってないのに、もう部室へ…、

というか、巻き込まれたくないとは?

不思議に思いつつ、足を速めながら男子部の部室へ近づくにつれ。
悪寒が、あたしを包み込んだ。



「…お前か」



部室手前にて。たぶん怒りに震えながら、あたしのマイボールを掴み仁王立ちする帽子系男子、真田くんがいた。鋭くあたしを睨む眼光と怒りの表情から、まるで般若の面を被ってるよう。

ちなみに真田くんの横には幸村くん、柳くんがいた。二人はあたしを見ると、真田くんとは違って……、

お腹を抱えて手で顔を隠しながら、たぶん笑い出した。笑いを堪えてるけど笑っちゃってる感じ。声は出てないけれど。



「何か言うことはないか」

「はい?」



何だろう。何で真田くんはこんなに怒ってるんだろう。何で幸村くんも柳くんも笑いを堪えてるんだろう。



「……あ!」

「……」

「ボールをキャッチしてくださってありがとうございました!」



たぶんそうだ。あたしのホームランボールを、真田くんは見事キャッチしてくれたんだ。この帽子のおかげで野球部さながらのキャッチ力が……、

そう思っていたら、ついにという感じで、幸村くんが吹き出して爆笑し始めた。もーダメって、幸村くんらしからぬギブアップのような言葉も聞こえた。柳くんもそれに我慢出来なくなったのか、クックックッと声に出して笑ってる。



「お前は……」

「は、はい!」

「人にボールをぶつけておいて謝らんとは、たるんどる!!」



真田くんの雄叫びは、ビリビリとあたしの体や空気全体を震わせた気がする。

ぶつけ……?



「お前の、打ったボールが、ちょうど部室を出た、弦一郎に当たったんだ」



所々笑いを含みながら、柳くんは教えてくれた。幸村くんはひたすら爆笑してる。珍しい。

お前の打ったボールが当たった?



「ええええ!?」

「何を驚いている!驚いたのは俺の方だ!」

「いや…、す、すみませんでした!」



本当にすみませんでした!いや、本当に!

最悪である。せいぜい部室に当たっちゃったぐらいかなーと思ってたのに、人に、あろうことかこんなに恐ろしい真田くんに当たるなんて…!切腹しろって言われたらどうしよう!介錯してやるって言われたらどうしよう!お願いした方がいいのかなぁ!



「なに騒いどるんじゃ」



90度通り越して180度近く頭を下げたあたしの耳に届いたのは、扉を開く音と仁王くんの声。

顔を上げると部室から出て来たらしい仁王くんと。
その後ろに、丸井くんがいた。ぱちんと風船ガムが割れた。

そしてようやく笑いに一区切りついたんだろう、幸村くんが事情を説明した。



「ああ、聞いてよ、今すごくおもしろい事件が起こってね」

「な…!面白いとは何だ!」

「お、なんじゃ。何があった」



途端にニヤけた仁王くん。一方丸井くんは、一瞬あたしと目が合ったものの、すぐに逸らし幸村くんの方を向いた。

進歩したような気もしてたけど。…やっぱり、わからないなぁ……。



「はははははっ!」

「あーそれ見たかったのう。ははっ」



と思っていたら、幸村くんが事情を説明した途端、仁王くんと、丸井くんも爆笑し始めた。

丸井くんが笑ってる。楽しそうに笑ってる。それを見ることしか出来ないけど。楽しそうにしてると、それだけでうれしい。

…というか、何故みんなこんなに笑うんだろう。そんなに真田くんがボールをぶつけられたことがおもしろいのかな。ちょっと真田くんがかわいそう。って、ぶつけた本人のあたしが言うのも変だけど。

おまけに、そもそも何で彼らは部室にいたんだろう。男子部は普通にコートで練習していたはず……。

そう思っていたら、さすが、察した柳くんが教えてくれた。



「今日はレギュラーでミーティングをしていたんだ」

「…ああ!ミーティングでしたか!」

「2年は校外学習でいないため、俺たちだけだったがな」



なるほどなるほど。そういえば今日は2年生は朝からいなかった。だから残りの1年生レギュラー、つまりこのメンバーでミーティングをしてたのか。…にしてもみんなの笑い様はなぜ。



「まぁ、お前にとっては運がなかったようだな」

「え?」

「弦一郎が機嫌を損ねないといいが」



そう柳くんが意味あり気に言うと、真田くんが、いい加減練習に向かうぞ!とその場を一喝した。

柳くん、まだ笑う幸村くんや仁王くんも真田くんに続いてコートに足を向けた。
丸井くんも、ワンテンポ遅れて足を動かした。けど。

あたしの横を少し通り過ぎた位置で止まって、振り返った。まだちょっと笑ってる。



「真田がな、さっきのミーティングでお前の話を持ち出して」

「え?あたしの話?」

「同じ立海のテニス部員として、男子部の試合に同行させたり、コートとか備品も、ちょっとは貸した方がいいんじゃないかって」

「…真田くんが!?」

「意外だろぃ?けっこうお前のこと見てたらしいぜ」



最近真面目にテニスやってるって言ってたって、丸井くんは付け足した。

あたしはすでにテニス部の試合は見に行ってた。でもそれは単なるギャラリーという身分。制服で、他校の生徒や保護者たちと同じような場所からの観戦。

同じテニス部としての参加を、真田くんが提案してくれた。全然会話もしてないのに、見ていてくれた。



「まぁ幸村が、それはとんでもないって、つけ上がらせるなって反対したけど」

「ええええ!?」

「でも柳や仁王も、俺も賛成だったからさ。先輩には真田が提案してみるってなって、あーよかったなって思った、けどな」

「?」

「まさかその真田にぶち当てるとは。あいつもなー、大人気ないとこあるし。オッサンくせーのに」

「……」

「白紙だ!って言い出したりしてな」



はははっと、また丸井くんはおかしそうに笑った。

そうか、そういうことだったんだ。だからみんなもあんなに笑ってたんだ。せっかく槍が降るんじゃないかってほどの真田くんが気遣いを見せたのに。

まさかあたし自身がぶち壊すようなことをしでかすとは。



「わ、わざとじゃないんです!」

「わかってるよ、わざとだったらすご過ぎだろぃ」

「そうです!ちょっと考えごとをしてたら思いの外飛んでしまって…!」

「考えごと?」

「え!いや…その…」



丸井くんのことで、なんて言えるはずはない。あたしがどんなに丸井くんのことで悩んでも、考えてても、それは丸井くんの知ったことじゃない。



「な、何でもないです!大丈夫です!」

「…そっか」



勘違いじゃなければ、丸井くんは少しだけ寂しそうに呟いた。



「じゃ、俺ももう行くから」

「あ、はい!頑張ってください!」

「おう。お前もな」



丸井くんの手が、軽くあたしの頭をぽんとした。それだけで悩んでたことも吹き飛ぶぐらいうれしかったし、ドキドキした。

仁王くんや他の人とはもうこんなことはしないし、ドキドキもしない。あたしにとっては特別な行為で。



「あ、そうだ」



もう数メートル離れたけれど、また丸井くんは振り返った。



「好きな色って、何色?」



好きな色…?ピンクとか、白とか、可愛らしい色は好き。あとは昔だったら、青学カラーの青とか。今まで誰かに聞かれたら、そう答えていたと思う。



「赤です!」



それは好きな色ではなく、好きな人の色だ。



「了解!」



何で好きな色なんだろう、なんて考えたけど。おまけに前までだったら、あたしは丸井くんに何でも質問してたのに、もう何も聞けなくなってるんだなぁなんて。

でも笑った丸井くんの顔は、冬の弱い陽射しの中でもキラキラ輝いてた。

それに更にドキドキしてしまったせいで。
真田くんがあたしの貴重なマイボールを持ち去ってしまっていたことに気付いたのは、だいぶ後だった。名前書いておけば良かった。

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