聞きたいことはあるけれど

年が明け数日経ち、学校もいつも通り始まった。寒い日はまだまだ続くけれど、あたしは風邪も引かず元気。

そう、寒い日はまだまだ続く。つまりまだ腹巻きが必要…であると信じてる。
結局丸井くんへの手編み腹巻きは、クリスマスもすっかり過ぎ、さぁ来月にはバレンタインだ!と盛り上がりに差し掛かるこんな時期に完成となった。…初めてとはいえ時間がかかり過ぎてしまった。

でも、せっかく完成はしたものの、あたしは丸井くんに渡せるのかなぁ。喜ぶどころか鬱陶しく思われないかなぁ。丸井くんの中であたしは今どうなんだろうなぁ。はぁー……。



「新年早々ため息ばっかりだね」

「はい…。ちょっと、いろいろ思い悩むことがあるので」

「ふーん、高橋さんでも悩むことなんてあるんだ」

「ありますよそりゃー……ん?」



普通に話に入ってくるもんだからスルーしかけたけれど。いつの間にかお隣の席には幸村くんがいた。後ろからガタッと音も聞こえ、軽く振り返ると仁王くんも今到着した様子。二人とももちろん朝練後だけど、疲れはおろか汗ひとつない。



「おはようっ!」



力一杯挨拶をすると、幸村くんはおはようと微笑みながら返事をくれた。今更おせーよって顔に書いてある気もしなくもないけど。仁王くんは、おうって小さく返事。声デカいって顔に書いてある気もしなくもないけど。

わかりますかこの進歩。入学当時と比べ、彼らは何と軟化したことでしょう。あたしが成長した…とは言い難いものの、彼らとの関係は格段に良くなり。

そして丸井くんとも。ちょっとは進歩したかなぁ。



「そういえば、席替えはまた一週間後ぐらいがいいんですかね?二学期みたいに」

「「……」」



朝練などないはずの切原さんはまだ来てなかったので、とりあえず二人に旬そうな話題で話しかけた。

二学期は始まってから約一週間後に席替えをしたんだ。今学期ももちろん席替えがあるだろうし、それなら来週辺りかなと。



「時間あるなら今週でもいいですよね。何分、三学期は短いし」

「「……」」



忘れちゃいけないのが、あたしはこの1年E組の学級委員ということ。つまり席替えとか、クラスの行事(行事というのか微妙だけどそれなりに盛り上がるし)に関してはあたしが取りかかり議事進行をするべきであるからゆえ。

…というか二人ともさっさと返事なりなんなりしてくれないと、あたしのデカい独り言になってしまう。
そう思っていたら、幸村くんが口を開いてくれた。



「何、そんなに早く俺たちと離れたいのかい?」

「…え!?そ、そんなわけないですよ」

「ふぅん」



そんなわけないですよがちょっと棒読み気味だった。確かにそんなわけないんだけど。軟化したとはいえ、やはり幸村くん、仁王くんに囲まれるこの陣形はちょっと…とも思ったり。他クラス含めあたしのこの席は女子にとって死ぬほど羨ましい席であると言う噂も耳にしたけれど。



「まぁ、正直この席は飽きてきたのう」

「あ、そうですよね!やっぱりそろそろ違う席順に…」

「今度は廊下側にするか。入り口近いほうが何かと楽じゃろ」



そう言って仁王くんはニヤッと笑った。

この含み笑いも気になることながら、何だか仁王くんと微妙に会話が噛み合ってない気がしなくもない。
席替えって、クジつまりランダムのはず。



「俺は一番後ろは遠慮したいな。プリントとか足りなかったら腹立つしね」

「俺も。後ろの人が回収ってのが面倒じゃき。廊下側の真ん中でどうよ」

「ああ、いいよ。今度は仁王が作ってきてくれよ」

「了解」



何だか…二人の会話は何だか引っかかるような。というか仁王くん、一番後ろはプリント回収が面倒とか言ってたけどいつもあたしがやってたような…。

そんなことを考えていると、ようやく切原さん、続いて先生がやって来た。新学期ゆえ学級委員らしく宿題の回収とかその他諸々雑用があったせいで、この話題はこのまま終了した。

そしてその一週間後。またしてもこの二人の策略により、廊下側の前から3番目、かつ隣が幸村くん、後ろに仁王くんという何だか見覚えのある席順になってしまった。
ちなみに切原さんは仁王くんの後ろ。きっと彼女は素で、ある意味運がいいんだろう。…悪いのかな。



それからまたちょっと経ち、一年でたぶん最も寒い2月に差し掛かるときだった。
あたしはサード先生からの依頼で、放課後教室にて授業用の冊子作りをしていたところ。

ガラッと、教室の後ろの扉が開いた。振り返ると仁王くんだった。



「あ、仁王くん!」

「まだ残っとったんか」

「はい!サード先生にお手伝いを頼まれたので」

「へぇ、学級委員は大変じゃな」



あまり心のこもってなさそうな言葉。推薦したのはあなたですけども。まぁもういいですが。
仁王くんは席、つまりあたしの後ろに来て、ガサゴソ机のものを鞄に入れ出した。

…あれ、仁王くんそういえば部活はどうしたんだろう。テニス部は今日もあるはずだし。おまけに制服だ。
じーっと見てたら、仁王くんはちょっと眉間にシワが寄った。



「なに」

「え、いや、部活はどうしたのかなと」

「これから。今まで面談しとったんじゃ」

「へー、面談ですか」



そうか、そういえばサード先生は今日、面談があるからとか何とか言ってて、あたしがこのようにお手伝いを頼まれたんだった。
面談相手は仁王くんだったってこと。



「……面談、とは?」



普通に不思議だった。確かに、2年次は文系と理系コースに分かれるから、どちらを希望するか二学期末に面談はあった。今の時点で得意な方や、志望する学部学科に合わせて選択するわけだけど、特に試験とかはない。ちなみにあたしは理系コース。仁王くんも理系。
ついこないだあったのに、また面談?

仁王くんはあたしの質問には答えず。片付け終わった鞄を床にドンと置いて、あたしの隣、つまり幸村くんの席に座った。



「これ、1枚ずつのセットにするんか?」

「え?…あ、はい」

「どっちから?」

「えっと、これが一番上で…」



仁王くんは無言で、あたしの机に広げてあるプリントを1枚ずつまとめていった。ちなみに幸村くんのお机も借りてますすみません。

トントンと、仁王くんがプリントを整える音が静かな教室に響く。



「手、止まっとるぜよ」

「…はっ!すみません!」



もしかして、もしかしなくても、仁王くん手伝ってくれてる?あり得ない。本当にあなた仁王くん?あり得ない…!

口に出したらきっと怒られるし、これ以上ボケっとしてても怒られるだろうし、あたしも慌てて作業を開始した。

無言で、紙を重ねる音、トントンする音、教室の時計の針の音だけが聞こえる中。あともうちょっとのところで、仁王くんが口を開いた。



「進路相談しとって」

「え?」

「大学のこと」



二学期末にあった面談では、あたしもだけどほとんどの人が、文系にするか理系にするかの二択で話は進められたと思う。立海には附属大学があるから、その大学での志望学部学科、というのが前提。そのまま進まない人ももちろんいるけど。

あたしは理系が得意だから理系にしようと思った、ただそれだけだった。
大学なんてまだまだ先の、遠い将来のことのように思ってた。



「俺な、高校も、こっちにするか工業高校のほうに進むか迷ったんじゃ」

「……」

「何となく今のままがいいと思って、こっち来たけど」



校舎は離れてるけど、立海系列にはここ、立海大附属高校と、立海大附属工業高校の2つがある。

もちろん知り合う前だし知るわけもなかったけど。今この学校に通ってる人の中には、高校進学時にそれなりに迷った人もいるはず。少なくとも仁王くんはそうだったんだ。

そして大学への進学にかけ、また迷う人がいるはず。少なくとも仁王くんはそうなんだ。



「違う大学…考えてるんですか?」

「んー…まぁ、まだわからんけど。俺もともと建築士目指しとったから」

「建築士!?すごい!」

「立海より上のとこに行ける可能性あるなら、ちょっと考えてみたいと思ってのう」



面談のときあたしは、まだ1年生だから、大学なんてまだ先、ついこないだ高校受験も終わったばかりなんだから、そんなことを考えていた。

仁王くんは違った。将来を遠いものとして見るんじゃなくて、今の道標にしようとしてる。



「なんじゃ、俺がいなくなると寂しいんか?」

「…ええええ!?」

「冗談じゃき」



ククッと意地悪そうに笑うと、これが最後じゃなって言いながらプリントの束を整えた。

寂しい…寂しいのかな。もしたった今、仁王くんが立海やあたしの周りから消えてしまったら、それは確かに寂しいけれど。

それよりも、偉いなぁって。そう思ったのと、あたしも大学やその先の将来に向けて、少しずつ何かを考えていかなくちゃって、意識しなくちゃって、そう刺激された気がした。

将来かぁ…あたしの将来……。



「なに唸っとるんじゃ」



うーむと唸るぐらい考え込んでしまったあたし。ふと視界に入ったのは、笑う仁王くんと、その彼から伸びた手。
ああ、これはあれだと、一瞬なのにスローモーションのように頭の中で再生された。何度か経験したから。

これから仁王くんがあたしの頭を撫でるって、わかった。

わかったからこそ同時だった。あたしがほんの少し体を後ろに逸らすのと、仁王くんが伸ばしかけた手を、さっと引っ込めたのが。

一瞬間を置いて仁王くんは下向き加減に立ち上がり、鞄を掴んだ。



「…じゃ、そろそろ行く」

「…は、はい」



あたしが自然と思い浮かんだように、仁王くんもきっと前までの感覚で、自然と手を伸ばした。

でもあたしはもちろん、仁王くんも、例え冗談でもご愛嬌でも、もう今度こそダメだと、そう気付いた。

将来のこともそうだけど。確実に時間は過ぎていってるんだから、大人になるんだから。一つ一つ、間違えては正解を選んでいかなくちゃいけない。
大丈夫だ。あたしも仁王くんも進んでるはず。

そして仁王くんは教室を出て行く瞬間、少し振り返った。



「俺じゃなくて、もっと心配したほうがいいやつおるぜよ」

「……え?」

「じゃあな」



何のこと?俺じゃなくて……。

答えを言わずに仁王くんは去ってしまったけど。仁王くんが言う、俺じゃなくてという言葉。

それはきっと、丸井くんのことを指してるんじゃないかって、思った。きっとそうだ。仁王くんがあたしに向けて、あんな気遣いともいえるようなことを言う相手なんて。

丸井くんのこと……丸井くんの何だろう。何を心配?あたしとのこと?恋愛関係?他に好きな人が出来そうとか?
乙女ゆえそれが一番気になることではあるけれど。たぶん違う。話の流れ的に。

仁王くんや切原さん、最近では幸村くんのことも段々と、薄っすらではあるけど考えがわかる。

でも丸井くんのことだけはわからない。好きな人なのに、一番遠く感じる。

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