もう一つのお願い受付所

年の瀬も押し迫ってきた今日この頃。先日買った携帯で、いわゆるあけおめメールを着々と作成しているあたし。
生まれて初めてのあけおめメール。とりあえず手当たり次第アドレスを入手したクラスメイト(幸村くん除く)宛てに、30を超えるメールを保存、スタンバイさせていた。…のちに一斉でも送れるしコピーも出来ると知ったけれど。

そんな中、切原さんからメールが届いた。



“あさって、初詣行こう”



明後日、というのは1月1日。元日は申し訳ないけれど家族と行くので、そう返信すると、時間は午後からで、テニス部やら元立海の柳生くんやら何人か誘うから、とのこと。

テニス部。…丸井くんも来るのかなぁ。
あたしの期待が膨らみ、少し返信が遅れたところ、追加でメールがきた。



“丸井もくるよ”



自分しか見えないはずの切原さんだけど、あたしの心を見抜くまでに成長したのか。いや、最近はあたしがわかりやす過ぎるのかもしれないな。

行くか行かないか、迷いはなかった。行きたいって気持ちがすごくすごく強かったから。
ちょっと前に電話で普通に話せたし。二人きりはまだしも他のみんなも一緒なら、それは心強いことこの上ない。…ちょっと空気読めない輩もいるけれど。

それを礎に、もっと前みたいに普通に出来ればと、そんなチャンスに感じた。ウキウキしながら待った二日間。

しかしながら現実は、そんなあたしを甘いと嘲笑う。



「…あ、こんにちは!」



当日、待ち合わせ場所の、神社の最寄り駅に行ったところ、改札を出てすぐにあの赤い髪が目に入った。



「…おう、あけましておめでとう」

「おめでとうございます!」



携帯を何やら操作していた丸井くんは、あたしの声にすぐ顔を上げた。

学校は冬休みだし、丸井くん自体を見たのは久しぶりだった。電話はしたとはいえ、直接話すのも久しぶり。ドキドキする心を落ち着かせるために、ごった返す周りを見た。



「皆さんはまだ来てないんですかね」

「……」

「あたしもちょっと遅れたんですが、皆さんはもっと遅れてるんですかね」



そうそう、あたしはいつも通り5分ばかり遅れてしまって。また切原さんや仁王くんに文句言われるかなぁって、思ったけど。
丸井くんは何も言わない。携帯を握りしめてて。

そのとき、丸井くんの携帯が鳴ったようだった。取る瞬間の顔は、珍しく怒ってるような顔だった。そしてそれは気のせいではなく、電話相手に荒っぽく話し始めた。



「…おい、てめどーいうつもりだよ」

「?」

「…は?…ああ一緒にいるよ、今さっき来た」

「……」

「はぁ?ふざけん…ちょっと待て仁王!」



その台詞で、電話の相手は仁王くんだってわかった。…丸井くんと仁王くん、もう普通に戻れたのかな。試合でダブルス組んでて、見た感じ普通そうだったから少しほっとしたけど。
…いや、でも今丸井くんは怒ってる。件のこととは関係ないだろう。一方的に切られたらしい電話で、引き続き丸井くんはその怒った顔でまた誰かに電話し始めた。

でも相手は取らなかったらしい。丸井くんから盛大なため息が聞こえた。



「あのー…、どうしたんですか?」

「……」

「皆さんもいないし。待ち合わせ場所変更ですかね」



もう一つ大きな深呼吸をすると、意を決したように丸井くんは話し出した。

どうやら今日の他のメンバー、切原さんや切原くん、仁王くん、幸村くん、柳生くん、桑原くんなどなど。
全員家庭の事情で来れなくなったらしい。



「……ええええー!?」

「お前が来る直前にメールきて。今さっき仁王と電話したけど、“そういうことじゃきみなまで言うな”って」

「絶対ウソ!それ絶対ウソ!」

「ようするに俺らは嵌められたってことだよな。…あー腹立つ」



怒りの収まらない様子の丸井くん。いや、今回ばかりはあたしも……。

別に嵌められた、騙されたことはこの際どうでもいい。企画立案は切原さんや仁王くんって話だった。桑原くんや柳生くんはまだしも、切原くんも幸村くんもそういう悪ふざけに乗っかる質なのは十分過ぎるほどわかってる。

しかし、この状況。つまり彼らが言いたいことやりたいことはただ一つ。
…あたしと丸井くん、二人きりで参拝してこいと。



「ど、どうしますか」



この空気感に耐えられなくて、つい聞いてしまった。どちらにせよあたしに選択権はないように思えた。
丸井くんが嫌なら解散するし、別に構わないならそのままでも。…大丈夫かなぁ。

ちらっとあたしを見ると、丸井くんは人混み、神社へ向かう人たちの流れに目を向けた。
日本に住んでる限り、初詣はすごく身近な行事で。ほとんどの人が行ったことあるだろうし。出店とか、新年の祈願とか、それなりに楽しむことの出来るものでもある。

そんな当たり前の人の流れ。



「…お前が、いいなら」



その流れに、自分も乗りたいと思った。きっと丸井くんも。



「行こうぜ」



目は合わせず、手を掴まれた。もう二度とないかもしれないと思ってたそのドキドキ。それすら懐かしい気もして。

人混みがあって良かった。普段なら押されるし邪魔なそれは、今は柔らかくあたしたちを包んでるみたい。離れないようにくっつけてくれているみたい。



「とりあえず参拝すっか」

「そ、そうですね!」



やっぱり元日なだけにめちゃくちゃ行列。あたしと丸井くんも並んだ。

途中、会話が途切れることもあったけど。こないだの試合のこととか、今後の大会のこととか、テレビの話、学校の話、何でも話した。



「次だな」

「はい!」



ようやく、あたしたちの前まで来て、お財布から10円玉を出して出番を待った。

右手には10円玉。左手は丸井くん。
その左手に、ぎゅっと力が込められた気がした。



「決めた?」

「はい?」

「願い事」



その質問に答える前に、前の人が横に捌けたので、あたしたちは一歩前に出た。一度手を離して、お賽銭して柏手。

願い事なんて決まってる。
丸井くんは?そう聞きたかったけど。
丸井くんは、あたしよりも顔を上げるのが遅かった。あたしよりも長かった。

顔を上げて目が合うと、優しく笑ってくれた。キラキラした笑顔、ドキドキする笑顔、心安らぐ笑顔。

長かったのは、願い事がたくさんあったからかもしれない。迷ったのかもしれない。そう、丸井くんの笑顔を見て感じて。例え冗談ぽくでも何も聞くことは出来なかった。

その後、いくつか出店も回って、暗くなり始めたので神社を後にした。



行きよりは空いてる車内。人混みがないと、二人の物理的な距離が出来てしまうようで。手はずっと、軽く繋いでるんだけれど。
もう次で丸井くん最寄りの駅に着いてしまう。

あたしは自分勝手なだけじゃなく、欲張りだ。



「…あ、あの」

「ん?」

「よ、良かったら、…お送りしてもいいですか?」



丸井くんがあたしを家まで送ってくれることは何度かあった。でもあたしは、丸井くんちやあの公園には行ったことあるけど、丸井くんを家まで送ったことはない。

今日、すごく久しぶりに二人きりで長時間一緒にいられたのに。
もっともっと一緒にいたいって、欲が出てきた。



「や、俺が送る」

「いやいや!あたしが!」



まぁ普通は男子が女子をってなるけれど。だから丸井くんも少し不思議そうだったけど。あたしの勢いに押され、駅に着く頃には承諾してくれた。

前に一緒に通った、駅から丸井くんちまでの道のり。あのときは切原さんちからの帰りで真っ暗だったけど、今日はまだ完全に日は落ちてないから、周りの景色も良く見える。



「前に来たときも思ったんですが、この辺りは便利そうですね。駅前にいろいろお店があって!」

「ああ、娯楽は少ないけどな」

「でも駅も新しくなってるし、きれいで……」



少し歩いたところで、丸井くんはふと止まった。前ではなく、横を向いてる。その視線の先には、一軒のお店。
いや、お店だった場所。シャッターが閉まってて、貼り紙があった。
“12月31日をもって閉店しました”、そう書いてあった。

…あれ?この外観。きっとお魚屋さんでも八百屋さんでも写真屋さんでもない。



「ついに閉店かー…」

「ここって…」

「俺が好きだったケーキ屋でさ。1年ぐらい前から休業の貼り紙はあったけど」

「……」

「もう食えないんだな」



寂しそうな声に、思い出した。文化祭の前日だったろうか。一緒に帰ったときの、丸井くんの話。星型の砂糖菓子がついたチョコケーキの話。



“俺は一度も食べたことなくてさ”



丸井くんはもう二度とその星型の砂糖菓子を食べられない。似たようなもの、味はたくさんあっても、丸井くんが憧れたそのお菓子は食べられない。

お菓子の存在は、人によって軽いものだろう。ただ甘いものおいしいものを食べられればいいって人や、そもそも食べない人もいる。あたしだって、ずっと食べられなくても別に…。

でも丸井くんにとっては違う。



「だ、大丈夫です!」



何が大丈夫なんだか。やっぱり慌ててるとき、自分の頭に冷静な自分もいる。



「丸井くんはきっと、もっとおいしい星型のお菓子を作れますよ!」

「……」

「だって、あんなにクッキーもケーキもクレープもおいしくて、それはそうそう人に真似出来ない才能なので!」

「……」

「その…、才能というか、それ以上にきっと丸井くんが、おいしくなるようにって頑張って作ってるからなので……っ」



言ってて泣きそうになった。あたしが丸井くんの何を知ってるんだって、そう思われても仕方ないけど。

きっと丸井くんは、ただ自分が食べたいだけで作ってるんじゃない。食べてもらう相手においしいと感じてもらえるように、そう願って作ってると思うから。



「ありがとな」



お節介な感じで言ってしまったかと、少し後悔しかけた頃。丸井くんから聞こえてきた。



そのほっとした瞬間。丸井くんに、手を引っ張られ引き寄せられた。あたしのおでこが、丸井くんの胸にぶつかった。

前みたいにぎゅっとされるわけじゃなく、ただそれだけ。繋いでる手と、胸にくっつくおでこと、あたしの頭に触れる丸井くんの口元、それだけ。お互いの体には、1本線が引かれたような距離があるのに。

ドキドキして苦しい。苦しいのに離れたくない。



「ごめんな、ちょっとだけ」

「は…ははい!」

「俺、頑張るから」



そう呟いた丸井くん。ドキドキとか、この状況は一体とか、考えてて。うれしさも舞い上がりもあって。
だから、何をっていうこと。
また丸井くんの話は聞けなかった。

あたしの、神様へのお願い事。
どうか丸井くんの願いが叶いますようにって、そう願えばよかったと思った。

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