そして叶えられたもの

「お母上様。今生二度ないお願いを申し上げ奉り候!!」



床におでこを擦り付ける勢いで平伏し候あたしを見て、とても呆れたご様子の母上。その内容をお聞き賜り深いため息をお吐きになった。



「携帯が欲しいって…前はいらないって言ってたじゃない?」

「母上、それは過去の拙者のまごう事なき言葉ではござるが、今は必要というかあって欲しいと願い泣き伏せる毎日が続き候…」

「その前に何なの、そのよくわかんない話し方」

「左様でござるか」

「だからそれ」



最上級な尊敬語を使いたかったんだけれどあたしも途中でわけわかんなくなってしまったのは確か。

そう、あたしがこんなにも切にお願い申し上げ奉り候…お願いしてるのは、携帯電話が欲しいってこと。今まで持ってなかったのは、まぁ今の時代マイノリティーではあるけれど、特に今まで必要なかったからでね。

ただ、今は。というか少し前から、あったらいいのになぁって、すごくすごく思ってた。



「じゃあ、今年のクリスマスプレゼントにする?」

「えっ!本当でござるか!」

「お父さんにもお願いして、次の休みにでも携帯電話屋さんに行ってらっしゃい」

「やったー!!ありがとうでござる!」

「だから話し方変だって」



その話が一週間前。その後お父さんも説得し(割りかし甘い)、祝日の今日、携帯電話を買いに行った。
いきなりスマートフォンというのも難易度高いし、というか高いし、普通の二つ折り携帯にすることにした。
パパも新しいの欲しいなーなんてチラチラ見られたけれど、あたしにはどうにも出来ない案件ゆえ無視した。

帰ってから早速いろいろ操作を開始した。時刻の設定だったり、メールアドレスの設定。
あと、家族のや事前に聞いていた青学のみんなや切原さん、仁王くんなどの番号もサクサクっと登録。
余談だけど、幸村くんも携帯を持っているはずだけどあたしは番号を知らない。今後、番号交換なる行為をあの彼とすることが果たしてあるのか、あたしにはそのシチュエーションがまったく想像出来なかった。

最後に、丸井くんの番号も。直接、あたしと交換したわけじゃないけど。まぁその他の人も交換したわけじゃないけど。
勝手に入れちゃっていいのかなぁって、ちょっとだけ思った。でも。



“丸井ブン太 090-××××-××××”



この画面を見るだけで、こんなにもドキドキする。うっかり発信ボタンを押してしまわないか、とか。思い切って電話してしまおうか、とか。

今、何してるんだろう、とか。何を考えてるんだろう、とか。

携帯電話屋さんから帰って3時間。途中の夜ご飯を除くと、あたしは発信出来ないその画面をずっと見つめていた。その間ずっと同じ体勢(仰向け)だったため、腕が痺れてきたところ。

起き上がった勢いで、あたしは電話をかけることに決めた。
プップップップッと鳴っているときが一番、心臓が速かったかもしれない。ああ、かけてしまったって。その後のコール音は、まるであたしに落ち着けって、言ってるように感じた。



『はい』

「も、もしもし!高橋です!」

『高橋…って、高橋裕花さん?』

「そう!お久ぶりです!携帯買ったので!」

『ああそうなんだ。電話ありがとう。久しぶりだね、元気?』



その電話の相手は不二くん。
…いや、さっき丸井くんに電話したんだけれど。何回か鳴らしても取らなくて。

きっと普通だったら、折り返し電話があるかもしれないから、誰にも電話せず待っていた方がいいのかもしれない。あたしもそれはわかって、しばらく、というか5分ぐらい待ってたんだけど。

それはとてつもなく長い5分で。別に早く折り返しが欲しいという意味ではない。大変自分勝手だけど、自分がかける分には、自分のタイミングというかある程度落ち着かせて出来るけど、相手からの場合、落ち着いてる暇なんてないし。

おまけに丸井くんにとっては知らない番号。もしかしたらかけ直しもないかもしれない。まったくもって自分勝手だけど、なかったらないでショックもあるだろうなって。

というわけで現実逃避のため、他の人に電話しているという状況。



『へぇ、またテニスやってるんだ』

「うん!相手がいたりいなかったりだけど」

『でも立海だから男子部は盛んだよね。高橋さん上手だし、一緒に出来るんじゃないかな』

「ま、まぁ、ソコソコには…」

『フフッ、立海は曲者揃いだからね。いじめられたらボクが仕返ししてあげるよ』

「だ、大丈夫!それはもう大丈夫!」

『もう?』

「え、いや!何でもないでござる!」

『ござる?』



本当にもう大丈夫な話で。入学当初、もしこの携帯があって、青学のみんなと繋がってたら。中学のときのままの関係性だったら。あたしはもしかしたら、不二くん辺りに愚痴をこぼしていたかもしれない。

かつての仲間に頼ることは決して悪いことじゃない。
でも、それじゃきっと、今のような立海における彼らとの関係はなかった。きっと振り向いてばかりだった。
…今彼らと良い関係とは言い切れない気もするけれど。



『高橋さん、彼氏出来たの?』



これを正面切って聞かれてたら、あたしは動揺どころか叫び崩れていたかもしれない。電話で良かった。



「…いえ、まだまだそんな」

『そうなんだ?…じゃあ、好きな人が出来たってところかな』



話の流れ的にすでにドキドキはしてたけれど。不二くんのその言葉で、さらに心臓が高鳴った。



「な、なんで…」

『だって、卒業のときも入学してからも必要ないって思ってたはずの携帯を、今、買ったからね』



そうだ。あたしは例え卒業のとき、引越しのときでも携帯を欲しいとは思わなかった。ちょっとぐらいは欲しかったけど、そんなに。立海に入学してからも、新しい友達(切原さん)が出来ても別に。丸井くんと付き合っても……。

でも今は違う。



『話したいなぁって、繋がりたいなぁって人が出来たんじゃないかなって』



お見事不二くん。素晴らしいその寒気がする程の洞察力っぷりに唖然としつつ。

思い出した。いや、忘れていたわけじゃなかったけど。

少し前の自分の思いと決意を。



『頑張ってね』

「あ、ありがとう。不二くんもテニス頑張って!」

『うん。また試合のときはよろしくね』



静かに電話を切った不二くん。ときに人を動揺させることもあるけど、ときに人を落ち着かせることの出来る不二くんの言葉で改めてわかった。

あたしは丸井くんと別れてしまった。でも、だからこそ。



“繋がりたいなぁって人”



間もなく、あたしの携帯が鳴った。着信音はまだ特に変えてなくて、デフォルトであろう何の飾り気もない音が響いた。



「…も、もしもし、高橋です」



いつものデカい声はどこへやら。やっぱりかかってくるときは、心を落ち着けようにも無理だった。上ずった自分の声に、余計緊張感が増した。



『…………え?』



数秒後にようやく聞けた、というか何とか聞き取れた声。



「…高橋裕花です!1年E組の!」

『……』

「け、携帯を買ったので!クリスマスプレゼントで!その…っ」

『……』

「勝手にかけてしまってごめんなさいっ!」



何を謝ってるんだと思った。いやでも、直接交換したわけではないし、勝手に、というのはそれはそうだ。
なんて、頭の中はやけに冷静だった。

また数秒沈黙の後、あの声が聞こえてきた。



『…や、大丈夫』



いつもの丸井くんの声だった。
あたしに、優しくしてくれた丸井くんの。



『携帯買ったんだな』

「そ、そうです!クリスマスなので!」

『そっか。よかったじゃん』

「は、はい!よかったでござる!」

『ござる?…連絡くれてサンキューな』



電話することなんて小さい頃から慣れてはいるのに。こんな風に途切れ途切れで、次の会話も浮かばない。何を話していいのか、話したいのに出てこない。
電話って難しい。そんなことは初めてだ。



『今日さ、練習のあと、テニス部の1年でカラオケに行ってて』

「そうなんですか…あ、お邪魔でしたか!」

『いやいや、もう解散して、今駅』

「なるほど!電車を待ってるんですね」



そのとき、電話越しに駅のアナウンスが聞こえてきた。あたしと同じ路線同じ方面。丸井くんがきっと待ってた電車だ。



「電車来たようですね!」

『あー…うん』

「そ、それではこの辺で…」



話したかったけど。それとは逆にもう切りたくもなってた。これ以上会話を続けるのは難しい気がして。丸井くんばかり会話を振ってくれてるようで、気が気じゃなくて。



『まだ大丈夫。次のやつに乗るから』

「え?」

『もうちょっと、話そうぜ』



うれしい、うれしい気持ちが物凄くこみ上げる。でも同時に苦しい。
あのときの後悔が強くなる。

でも丸井くんからの願っても無い提案。
いろんな気持ちを持って、抑えて、何とか会話は続いた。練習のことや試合のこと、今日のクリスマスパーティーのこと、会話のほとんどを丸井くんから切り出してもらえた。
うれしかった。



『そういやアドレスは?』

「あ、さっき設定しました!」

『んじゃ教えてくれ。覚えるから』



失礼ながら丸井くんは、あまり数字に強い方ではないはずだけど。まぁあたしの名前と誕生日ってだけのアドレスだったから、大丈夫だったみたい。

その会話の最中、何やらピーって、甲高い音が聞こえた。



『もしかしてもう電池ないんじゃね?』

「え」

『買ったばっかはあんま充電されてないんだよな。箱に充電器入ってただろ?』

「あ、そういえば!」



せっかく丸井くんとの会話が弾んでるのに。もうすでに2、3本電車見送ってまで続けてくれてるのに。慌てて箱から充電器を取り出した、ときだった。



「……もしもーしッ!!」



きっと本日最大の叫び声。しかしながらすでに物言わぬ電子機器と化した携帯で、丸井くんには聞こえるはずもなく。

さらに慌てて充電器を差した。とてもゆーっくり電源が入ると、Welcomeというコミカルな文字が浮かび上がった。そんな挨拶いらないから!初期化しますかってまだほぼ初期化状態だから!

ようやく元通りの待ち受け画面になった、ほぼ同時に、2種類のメールが届いた。

一つは着信のお知らせ。
もう一つは、アルファベットが並んだ、つまり登録されてないアドレスからのもので。



“また電話しような。 丸井”



そう書いてあった。

電話、嫌だと思われてなかった。またしようなって言ってくれた。その有難さと。
繋がったことで、別れの事実を改めて痛感した。

クラスも違う。同じテニス部とはいえ男女別。あたしと丸井くんの繋がりは、今はこれしかない。

前に進めるかはわからない。さっき不二くんに対して感じたように、これは振り返ることまさにそれなんじゃないかって、そうも思う。

でも、こんな風にこみ上げる気持ちがあるから。間違いじゃないって、信じたい。

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